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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第五章  二人は摂理から外れている
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第十八話  悪い知らせ

 ボルスに向かっていた時とは打って変わって、街道上には魔物があふれていた。

 戦場から引いて行く甲殻系魔物、逆に戦場へと向かうスケルトン。

 甲殻系魔物もスケルトンも互いを味方とも敵とも思っていないのか、完全に無視してすれ違っている。

 スケルトンにはかなりの割合で遊離装甲を纏っている個体が混ざっている。中には歩兵から奪ったらしき長剣を持っている個体さえいた。

 障害物と割り切るにはあまりにも危険すぎるが、森の中はさらに混雑しているようだ。

 速度を抑え気味にしながらミツキと並走して、街道を進む。

 手に持った自動拳銃でミツキは街道の中心線から左側、俺は右側を担当し、魔術を使用してくる魔物に銃撃を加えて魔術の発動を妨害する。

 妨害を乗り越えて発動された魔術はその都度ロックウォールで防いだり、速度を調整して躱していく。

 ボルスに向かっていた時に比べて速度は遅かったが、集中力のいる道行きだ。

 先の見えない急カーブに入る度にカーブを抜けた先から飛んでくる魔術に備えて感覚を研ぎ澄ます。

 索敵魔術が役に立たないほどの魔物の密度だったが、魔物の種類はボルスから遠ざかるほどに甲殻系魔物に偏って行く。

 ボルスに向かっているスケルトンを全てやり過ごし、逃げていく甲殻系魔物の先頭が見えてきた頃、タリ・カラさんの乗るスイリュウが見えてきた。

 甲殻系魔物をシャムシールで切り払いながら進んでいたスイリュウの拡声器からタリ・カラさんの声が響く。


「鉄の獣が帰還します!」


 タリ・カラさんが後方の部隊に報告すると、街道を塞ぐように横列で陣形を組んでいた月の袖引くのメンバーが道を開けてくれた。

 ゴールはすぐそこだ。


「ミツキ、加速!」

「遅れないでね、ヨウ君!」


 ミツキを乗せたパンサーが急加速する。

 俺もディアを加速させてパンサーの後に続き、月の袖引くが作ってくれた道を駆け抜け、安全地帯である月の袖引くの陣の裏側へ到着する。

 ディアを減速させながら、そのままロント小隊長が乗る整備車両の横を抜け、ワステード元司令官の整備車両へ走る。


「ただ今戻りました!」


 整備車両の助手席に乗っているワステード元司令官に声をかけ、ディアを反転させて車両に併走する。

 続いて、ミツキが俺の隣に並んで空を見上げる。


「間に合ったね」


 ミツキの言葉に見上げた空は、夜明け前に特有の墨を流し込んだような真っ黒な空だった。

 俺は窓を開けたワステード元司令官にベイジルの言葉を伝える。


「了解した、だそうです。それと、ホッグスはボルスからマッカシー山砦へ新大陸派の兵を連れて撤退、救援を呼びに行ったとの事でした」

「そうか」


 短く答えたワステード元司令官は、俺とミツキに距離を取るよう手振りで指示してくる。

 指示に従って距離を取ると、ワステード元司令官は助手席の窓から手を出して空に向けて光魔術ライトボールを打ち上げた。

 先頭にいる月の袖引くからライトボールが打ち上がる。ロント小隊がそれに続き、殿を務めている二人の小隊長が指揮している部隊からも同じようにライトボールが上がった。

 直後、全体の速度が上がる。


「鉄の獣、仕事を果たしてくれて感謝する。これからの事はロント小隊長に聞いてくれ」


 ワステード元司令官は前方のロント小隊を指差すと、助手席を立って荷台へ向かった。

 俺たちはワステード元司令官の指示に従って、ロント小隊長が乗る整備車両に向かう。

 俺たちが並走すると、ロント小隊長はすぐに窓を開けた。


「作戦を説明するよう、ワステード副指令から頼まれている。この車両の荷台に乗れ。中で話そう」


 魔力も込め直した方が良いのだろう、とロント小隊長はディアとパンサーを見た。

 魔力を込め直す必要がなくとも一休みしたいところだったので、ロント小隊長の言葉に甘えて一時停止した整備車両にディアやパンサーごと乗り込む。

 休憩していたらしいロント小隊の歩兵がぎょっとした顔をした後、文句を言いたくても言えないでも言いたい、と葛藤が見える顔を見合わせる。

 全部無視してディアを停め、蓄魔石に魔力を込める。

 ロント小隊長がやってきて、壁に取り付けられた補助席のようなものを引っ張り出して腰かけた。


「ボルスは放棄する」


 開口一番、ロント小隊長がそう言った。

 ずいぶんと思い切ったものだと思いつつ、この作戦を知っているのならベイジルは何を考えているのだろうかと思う。

 かつての仲間の墓があるボルスを守るのが仕事だと、ベイジルは言っていた。

 ロント小隊長が続ける。


「現在、ボルスには民間人が多数いる。彼らをマッカシー山砦へ避難させる事がこの作戦の最大の問題となる」


 ふと脳裏をよぎるのは料理屋のお喋りな看板娘だ。

 防壁は瓦礫の山となっていたが、街の中へ侵入された様子はなかった。無事だとは思うが、心配になる。

 隣のミツキも心配そうな顔をしていた。考えることは同じという事か。

 あの看板娘でなくとも、ボルスには宿屋や料理屋が多数存在している。

 幸いというべきか、商人はいまボルスにほとんどいない。護衛を引き受けてくれる開拓団が少ないため、ボルスへ向かえなかったからだ。


「民間人の足ではマッカシー山砦まで三日はかかる。彼らの護衛として、この混成部隊の整備士等を回し、車両を使って速度を上げる予定だ。ボルスからも最低限の人員を残して整備士たちが出発して露払いをしている頃だろう」


 ロント小隊長が荷台の中に視線を巡らせ、怪我人もだ、と付け加える。

 整備士といえども軍人だ。きちんと戦闘訓練を受けているため、護衛を行う事は出来る。ここにいるほとんどの軍人が旧大陸の開拓学校を卒業している事もあり、護衛としての務めを果たす腕は持っているはずだ。


「彼ら整備士たちにボルスとマッカシー山砦を結ぶ街道上にバリケードなどで作った複数の簡易的な防衛陣地を作成してもらう。我々は戦闘部隊としてボルスに帰還、住民の避難が終わるまでの時間を稼ぎ、整備士たちが作成した防衛拠点を使用して魔物の足止めを行いながらマッカシー山砦へ撤退する」


 作戦を聞く限り、言うは易し、行うは難しの典型だ。

 リットン湖から命からがら逃げだしてきたこの混成部隊は、湿地帯を碌な整備もできずに駆け抜けてきたボロボロの状態の精霊人機や新兵ばかり。雷槍隊機でさえ、洗浄液などが足りずに泥を洗い流せていない有様だ。

 現在ボルスに残っているベイジル等の戦力も昼夜を問わない連日の防衛戦で満身創痍。

 自分たちだけでも撤退できるか不安になるほど、どちらも酷い状態なのだ。

 ロント小隊長が無表情で続ける。


「ボルスにおける防衛期間は二日、明後日の朝までとなる」

「……無理だと思います」


 正直に感想を述べると、ミツキが隣で何度も頷いた。


「集団自殺の計画にしか聞こえないよ」


 ロント小隊長が無表情のまま腕を組む。


「言われなくとも分かっている。それともう一つ、知らせがある」


 そんな顰め面で言われても……。

 見るからに愉快な知らせではなさそうだ、と身構えた俺たちに、ロント小隊長は静かに口を開く。


「お前たちが出発した後、後方から生き残りの部隊が追いついてきた。と言っても、二人きりだったがな。鉄の獣と岩場で会ったと言っていた」


 特徴を聞くと、岩場で俺たちから食料を奪おうとした七人組の二人だと分かった。

 ミツキがため息交じりに問いかける。


「残りの五人は?」

「河を渡る際、濁流に飲まれたそうだ。彼らは救援が来るまで崖下で待つつもりだったそうだが――」


 ロント小隊長は首を横に振る。


「超大型が崖にやって来たそうだ。彼らは食われそうになって必死に逃げ出し、河を越えてきた。しかし、超大型も後を追うように河を渡ってこちら側へ来たらしい」

「それって……」


 頬が引きつるのを感じる。

 ロント小隊長はあくまでも無表情に、続けた。


「あぁ、超大型がボルスに向かってくる可能性がある。彼らの証言では、森までやってきて木々の葉を食べていたそうだが、もしも奴が来ればボルスは壊滅する」


 頭が痛くなってきた。

 甲殻系魔物や魔術を使うスケルトンだけでも手が余るのに、あんな正真正銘の怪物がやって来るかもしれないなんて。

 悪夢なら覚めてほしい。

 ロント小隊長が俺たちをまっすぐに見つめてくる。鋭い視線だ。


「お前たちは開拓者だ。軍人ではない。ボルスを死守する責任はどこにもない。民間人と共に避難するといい。月の袖引くにも伝えておけ」


 ロント小隊長の言う通り、俺たちには軍事拠点であるボルスを死守する責任などありはしない。

 ホッグスと違って軍事裁判に掛けられるはずもない。

 俺はミツキと顔を見合わせ、互いの眼を見てから無言で頷きあった。

 やはり、考えることは同じだ。

 ロント小隊長が視線を和らげる。


「お前たちに出していた救出願いはただいまを以て終了とする。こんな状況だ。報酬として出せる物はほとんどないが、感謝している」


 ロント小隊長は椅子から立ち上がり、俺たちに最敬礼した。鋭い視線を周囲にめぐらせると、兵たちが慌てて立ち上がって俺たちに最敬礼する。

 敬礼の仕方を知らない俺はミツキと一緒に見よう見まねで敬礼を返した。


「報酬はいりません。正式な依頼ではありませんから。感謝を頂ければ、十分です」

「欲がないな」

「欲ならありますよ。死なないでください」


 それが難しい事は重々承知の上だ。

 だが、死なれたら救出した意味がなくなってしまう。

 知り合いに死んでほしくないから、俺たちはボルスを出て豪雨の中を駆けずり回ったのだから。

 ロント小隊長が困ったように苦笑した。


「前言を撤回しよう。お前たちは欲深い」

「それはもう、強欲そのものですよ。ボルスの防衛にも参加して手柄を上げつつ、ワステード元司令官やベイジルも生かしてやろうと思うくらいね」


 笑って返すと、ロント小隊長は驚いたように目を見開く。


「お前たちは迷わず避難すると思ったがな」

「自分たちの命が危なくなったらきちんと逃げますよ」


 もうボルスが近いのか、激しい戦闘音が車両の中にまで届いてくる。

 俺はディアに魔力を込め終えて、深呼吸する。満タンにはできなかったが、戦闘に支障はないだろう。

 ミツキも蓄魔石の様子を確認して、立ち上がった。


「さぁ、ヨウ君、心中しましょ」

「洒落にならないけど、地獄の底まで付き合うよ」

「そこは来世まで付き合ってほしいな」

「来世とは言わず、いつまでも」


 笑い合って、俺たち各々の愛機に乗る。

 俺はロント小隊長を見た。


「それじゃあ、丸二日の防衛戦、頑張って行きましょう」



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