第十七話 ボルス防衛軍
大型スケルトンは体中に二種類の重量級遊離装甲セパレートポールを纏って街道を跨ぎ、森へ入る。
俺たちのように街道を進むのではなく、森を直進してボルスに向かっているらしい。
「他のスケルトンならともかく、あの歩幅で森を突っ切られると俺たちでも間に合わないな」
「けど、森の中はスケルトンがうろついてるでしょ。それに、ボルスの方も戦闘音が聞こえるし」
森を突っ切ってボルスに向かいたいところだが、スケルトンを躱しながら行くとかえって時間がかかる。
それに、森の木々で姿が隠れている俺たちに気付かず、精霊人機の操縦士が広範囲の魔術攻撃をする可能性もある。
急がば回れの言葉通り、街道を進む以外の方法がない。
緩やかな右カーブが見えてきて、ミツキが俺を振り返って頷く。
前に向き直ったミツキがパンサーを道の左に寄せた。
俺もパンサーの動きに合わせて道の左、森との境にディアを寄せる。
カーブに入ると、ミツキが徐々にカーブの内側、右へとパンサーを寄せ始める。
パンサーの走った軌跡を忠実にディアでなぞった。
カーブの中心まで来ると、ミツキは遠心力に極力逆らわない様にパンサーを左へ寄せていく。
アウト・イン・アウトのコース取りを忠実に守り、カーブを抜けて直線に入った。
機動力に優れたパンサーだけであればもっと小さく回ることができただろうが、ディアはそうもいかない。
パンサーはディアの風よけとして走っているため、ディアが取れるもっとも速度の乗るコース取りでカーブを走り抜けたのだ。
ミツキは肩越しに俺を振り返り、ついてきているのを確認して前に向き直る。
次は左右に二回ずつ曲がる複合カーブだった。
ミツキがパンサーの重量軽減の魔術効果を強め、速度を上げる。
先ほどのカーブでボルスまでに必要な魔力を計算し、魔力消費を上げてでも、ボルスへの到着を早める作戦に出たのだ。
俺も慎重にディアの重量軽減の魔術設定を変更して速度を上げる。
普段以上の速度が出るため、遠心力が大きく働き外側に持って行かれそうになる所を、俺自身の体の重心をカーブの内側に持って行く事で強引に修正する。
ミツキのパンサーのスリップストリームを利用しながら魔術で重量軽減しているため、かつてないほど速度が出ていた。
複合カーブを抜け、ミツキが俺を振り返る。
ミツキの眼は、まだ速度を上げられるかどうか訊いていた。
俺は躊躇せず頷きを返す。
それでこそ、と言わんばかりにミツキがにやりと笑い、パンサーの爪を伸ばした。
本来は近接攻撃用のパンサーの爪がスパイクとして活用される。
パンサーの速度が急速に上がった。
月に照らされて本来より細く見える街道にパンサーが爪を突き立て、風を切り裂き、次なるカーブへ突入する。
俺はパンサーの後ろにピタリとくっついて風を避けながら、カーブ直前にわずかに速度を落とし、カーブ内で少しずつ加速する。
遠心力に引き寄せられてカーブの出口で道の端によりながらも、パンサーの真後ろに食らいつく。
神経質な速度調整と、ミツキの描くコースをなぞりつつディアが走り切れる軌道への微調整、湿った道の状況と索敵魔術の反応、ボルスまでの距離、残存魔力量、あらゆることを計算しながら、それでも速度を上げていく。
直進の最中、森からスケルトンが飛び出してくる。振り上げた右手に石が握られていた。
ミツキはスケルトンを完全に無視して、頭を下げながらすぐ脇を走り抜ける。
高速で走るパンサーが巻き起こす風でスケルトンの顎がカタカタと鳴った。
俺は、スケルトンが投げつけてくる石がディアの角に接触する瞬間に重量軽減の魔術を切り、同時にディアの足を全て地面から離す。
ガンと音がして石がディアの角に弾かれた。総金属製のディア本来の重量を以て衝撃に抗い、一切速度を落とさない。
石を弾いた刹那に重量軽減の魔術を再発動し、ディアの足を地面に降ろす。
ディアは軽々とした足取りでパンサーの後を追う。
スケルトンを置き去りに、パンサーもディアも加速していく。
獣型の魔物が身体強化を施してもこれほどの速度は絶対に出せないだろう。
それでもまだ、不満だった。
ミツキが振り返り、俺の眼を見て笑う。右手をハンドルから離したと思うと、握り拳から人差し指と親指を立て、拳銃のような形を作って前に向けた。
ミツキが前を向き、パンサーの設定を弄る。
直後、じわじわとパンサーの速度が上がっていった。
重量軽減の設定を弄った様子はない、となると――
俺はディアの首の付け根を見る。
――これか。無茶するな。
ミツキの姿勢を見て、確信した俺は内心苦笑する。
精霊人機であれば遊離装甲に当たる魔術、騎手姿勢制御の一部機能を停止させる。
騎手が銃などを使用する際、両手を自由にしても振り落とされないように支える機能に当たる魔術だ。
この機能の停止はすなわち、戦闘の完全放棄を意味する。
しかし、騎手が振り落とされない様に精霊獣機に押さえつける方向に働くこの魔術はある意味では精霊獣機の枷だ。
速度が上がるほどに強く働くこの魔術を切る事で、騎手は純粋に己の筋力だけで精霊獣機にしがみ付く事になるが、枷を逃れた精霊獣機は本来のスペック通りの速度を叩きだせる。
ディアが加速し始める。
枷を逃れたディアの四肢は先ほどよりもさらに軽く、弾丸のように風を切る。
風よけになっているパンサーに乗るミツキに風圧が直撃しているはずだが、俺とは違って元々の速度に優れるパンサーならば騎手姿勢制御の魔術を完全に切る必要はないからか、振り落とされる様子はない。
パンサーが高速でカーブに進入する。
アウト・イン・アウトを守りながら、続くカーブを見据えた巧妙なコース取り。
長くパンサーに乗り続けたことで、前世でさえモータースポーツに親しみのなかったミツキも操縦技術が上がっている。
複合カーブに切り込み、速度を微調整して駆け抜けた先に、ボルスが見えてきた。
前回の防衛戦で崩れていた防壁が破壊されていた。ボルスの周囲を囲む防壁のうち、リットン湖側が完全に開放されている。
精霊人機が四機、カメ型の大型魔物タラスク三体を相手取っている。三体とも魔力袋持ちらしく、ロックジャベリンや巨大なファイアーボールが飛び交っている。
二体のタラスクが前衛代わりに突進と後退を交互に繰り返して精霊人機を守勢に回らせつつ、三体目のタラスクが後方から魔術を撃ち込む戦術を取っているらしい。
防衛に回っている四機の精霊人機はすでに満身創痍といった風情だった。
ギルド所有機とみられる機体と、ボルス防衛に残されていたらしき二機、そしてもう一機は――青羽根の精霊人機、スカイ。
「よし、生きてるな!」
思わず言葉が口を突いて出る。
しかし、スカイはセパレートポールを失っており、代わりに板状の遊離装甲を纏っている。ボルスに保管されていた在庫の遊離装甲を流用しているらしい。
しかし、改造セパレートポールとは違って後方からの圧空の魔術を効果的に受けることができておらず、本来の性能を出し切れていない。衝撃緩和の機能やシールドバッシュを使用する事は出来ないだろう。
持前の防御力を十全に発揮できていないにもかかわらず、スカイは果敢にタラスクの突進に合わせてハンマーを振るう。
圧空によって後押しされたスカイのハンマーは如何なる精霊人機よりも鋭く速い振り抜きで突進してきたタラスクを真正面から撃ち返し、後方で助走距離を稼いでいたもう一体のタラスクにぶつけた。他の精霊人機では突進の勢いを相殺する事は出来ても、押し返して、ましてや後方のタラスクにぶつけることなどできなかっただろう。
スカイの拡声器からボールドウィンの声がする。
「いまだ、ベイジルさん!」
その声に応じるように、ボルスの中から石の矢が豪速で飛び出す。
ベイジルの乗る特殊な弓兵仕様の機体、アーチェが放ったらしきロックジャベリンの矢はまっすぐに最後方で魔術の発動準備を整えていたタラスクの頭を射貫く。
「よし! 奴が帰って来る前に残りを片付けるぞ、お前ら!」
ボールドウィンが大声を張り上げて、スカイを駆けさせ、残り二体のタラスクに迫る。
もう二機の精霊人機も「了解!」と声を張り上げて後に続く。
俺の前を走っていたパンサーが進路を切り替えた。
ミツキが肩越しに振り返り、ボルスの破壊された防壁を指差す。
このまま戦場に突っ込むつもりらしい。
俺が頷くと、ミツキがパンサーを操作する。戦闘が可能なようにあらゆる設定を元に戻したらしく、速度が落ちた。
俺もミツキと同じく設定を戻す。自然と速度が落ちるが、仕方がない。
破壊された防壁の周辺では中、小型の甲殻系魔物とボルスの防衛戦力である歩兵たちの死闘が繰り広げられていた。
歩兵たちは先ほどの精霊人機に負けず劣らず満身創痍の姿だ。
ミツキが俺の前からパンサーをずらして射線を確保する。
俺は対物狙撃銃をディアの角に乗せ、戦場に視線を巡らせる。
狙うのは魔力袋持ちのタニシ型中型魔物、ルェシだ。
魔術を放とうとしているルェシを片端から銃撃し、魔術発動をキャンセルすると同時に殺して回る。
甲殻系魔物の後方に回り込んだ俺は対物狙撃銃を肩に掛け直し、自動拳銃を抜いて小型魔物に標的を切り替える。
俺が小型魔物に自動拳銃の弾を撃ち込んで殺して回るのと同時に、ミツキが凍結型、爆発型の魔導手榴弾をいくつも宙に浮かせ、歩兵たちが維持している戦線にピンポイントで凍結型を投げ込んで魔物の動きを制限しつつ、魔物の群れの中心で魔術を発動しようとしているザリガニ型の中型魔物ブレイククレイに爆発型を投げつける。
ブレイククレイの胴体の真下へ照準誘導の魔術と各種変化球で投げ込まれた魔導手榴弾が爆発すると、ブレイククレイの細い足が吹き飛ぶ。痛みで魔術発動をキャンセルしたブレイククレイが犯人を捜そうとしても、ミツキはすでに移動していて見つけることができずにいる。
魔物の群れの後方を走り抜けて反対側に回った俺たちは森の中に入り込むと同時に方向を転換し、先ほどの再現を行うように対物狙撃銃の狙撃や自動拳銃の銃撃、魔導手榴弾による行動阻害を魔物の群れに加えていく。
俺とミツキの乱入で魔物の群れが大混乱に陥り、押されかけていた歩兵が勢いを取り戻す。
そこに、ボルスの中から弓兵機アーチェが現れた。
「ミツキ、ここにいるとベイジルが群れに矢を撃ち込めない。離脱してボルスの中に入ろう」
「了解!」
二人そろって戦線を離脱すると同時に、アーチェが矢を放つ。
大型魔物に死を与えるほどの大質量の石の矢は地面を抉りながら中、小型の魔物をまとめて吹き飛ばした。
アーチェの登場で甲殻系魔物の群れが一斉に逃走を始める。追撃を掛ける場面だが、歩兵たちは精根尽き果てた様子でその場にへたり込む者さえ出始めた。
俺たちは逃走する甲殻系魔物の群れをやり過ごし、破壊された防壁のなれの果てである瓦礫の山に向かう。
アーチェからベイジルが降りてきて、駆け寄ってきた。
「ご無事でしたか!」
そう言うベイジルは汗だくで、前髪が額に張り付いている。汗に血が混じって頬にうっすらと赤い滴が垂れているのは、機体に加えられた衝撃で頭をどこかにぶつけたためだろう。
ベイジルは街道の方を見るが、そこに期待した姿が無かったのかため息を零す。
「救援には失敗しましたか。月の袖引くは?」
「勝手に失敗にするな。月の袖引くは無傷、いま街道をロント小隊やワステード元司令官たちと一緒にこちらへ向かっている。とはいえ、到着は朝方になるはずだ」
俺は周囲にホッグスや赤盾隊の姿がない事を不思議に思いながらも、好都合と割り切ってディアの腹部の収納スペースからワステード元司令官に渡された文書を取りだし、ベイジルに渡す。
ちょうど、タラスクを仕留め終えたスカイと精霊人機二機が戻ってきた。
スカイからボールドウィンが降りてくる。
「コト、ホウアサさんも! 遅えよ、心配したぜ!」
駆け寄ってくるボールドウィンは腕に包帯を巻いている。スカイを見上げれば、操縦席がある腹部に何かが刺さった跡があった。
俺の視線に気付いたのか、ボールドウィンは頭を掻く。
「コウツウなんちゃらとかお前らが名づけた大型スケルトンにやられた。何とか修理して今朝からずっと戦場だ。つか、なんだよ、アレ。魔術を使ってきやがったし、スカイからセパレートポールを引き剥がして持って行きやがっ――」
「その大型スケルトンをここに来る途中で見かけた。いまこっちに向かってるはずだ」
俺とミツキが限界まで速度を上げて駆け抜けたおかげで先回りできたようだが、交通訴訟賞の到着までもう時間はないだろう。
しかし、ボールドウィンは予想していたように驚きもしなかった。
「だろうな。お前らが出て行った日の夜から、スケルトンの大群がやって来るようになったんだ。夜が明ける頃には退いて行くんだが、朝になると甲殻系魔物が動き出す。もうずっと交互に攻められてんだよ」
うんざりしたようにボールドウィンが説明してくれた時、重たい足音が近付いてきた。
歩兵たちが悲壮感すら浮かんだ顔で気力を振り絞り、武器を杖にして立ち上がる。
ボールドウィンが森を見る。
「ほら、今日もご来訪だ。通い妻なら可愛いもんなのにな」
軽口を叩いてスカイへ歩き出しながら、ボールドウィンは俺たちへ後ろ手に手を振る。
「お前らの事だからきちんとロント小隊って奴らを救出してきたんだろ? 早めにここに連れてきてくれ。もう、陥落寸前なんだわ」
スカイに乗り込むボールドウィンを見送りつつ、ベイジルに聞く。
「ホッグス達は?」
「一度スケルトンの群れと交戦し遊離装甲をはぎ取られた後、マッカシー山砦へ救援を呼びに行く、と言って新大陸派の兵を連れて初日にボルスを発ちました。事実上、我々へのボルス死守命令ですね」
まさか、この状況で逃げたのか?
救援を呼ぶなら一部隊出せば事足りるはずだ。それを、新大陸派の兵を全て連れて行った?
「軍法会議ものだろ、それ」
ベイジルはワステード元司令官からの文書を読みながら、俺の言葉に同意する。
「そう申し上げましたが、貴様の気にすることではないの一点張りでしたよ。言いたいことは分かります。これには明らかに裏がある。しかし、それを調べるのはこの戦場を生き残ってからです」
ベイジルが文書を筒に仕舞いこみ、俺たちを見た。
「ワステード副指令に、了解した、とお伝えください」
何が書いてあったのかも話さないまま、踵を返したベイジルはアーチェに向かう。
「明朝までに、ワステード副司令の下へ戻ってください。撤退作戦の成否はお二人にかかっている。ボルスにいるすべての人間の命も、です」
それだけ言って、ベイジルは怪我人とは思えないしっかりした足取りでアーチェに向かって行く。
俺たちに作戦内容について話す時間はないだろう。
大型スケルトン率いるスケルトンの大群と交戦を開始したスカイや精霊人機、歩兵たちを見れば良く分かる。
俺はディアに跨った。
「ミツキ、行くぞ」
「ブーメランにでもなった気分だよ」
ひらりとパンサーに跨ったミツキと共に、俺は街道へ走り出した。