第十六話 交通訴訟賞
スケルトンから距離を取りつつ、街道に向かう。
狙いは甘いが、ひっきりなしにロックジャベリンが飛んでくる。
「ヨウ君、一度別れて街道で合流しよう」
「賛成」
速度に優れるパンサーで先に街道へ戻ってもらい、迎撃準備をしてもらった方が良い。
「俺が奴を引きつける。魔導手榴弾の準備をしておいてくれ」
「うん!」
ミツキが俺の後ろから外れ、パンサーの頭を上げさせて枝避けにしつつ、自らは身を屈める。視界を制限されてしまうが、今は緊急時だから仕方ないと判断したらしい。
一直線に街道へ向かうミツキを見送りつつ、俺は後方のスケルトンを見る。
身体強化の魔術まで使用しているらしく、本来のスケルトンとは段違いの速度で迫ってくる。魔力膜の影響で周辺の枝のみならず、木々までもが僅かに曲がっているように見えた。
スケルトンの頭蓋骨がミツキの方を向いた瞬間、俺は腰のホルスターから護身用の自動拳銃を抜き放ってスケルトンに銃撃を加える。
やはりというべきか、自動拳銃の弾程度では魔力膜に逸らされてスケルトンに届かない。
対物狙撃銃を使えばどうなるか分からないが、あいにくと背後に向かって撃つと俺の肩が壊れてしまう。
自動拳銃で挑発しつつ、街道へ誘導する。
スケルトンは自動拳銃の弾が自らの脅威にならないと理解しているのか、両腕に沿うように浮かせている鱗状の遊離装甲で防ぐことすらせずに突っ込んでくる。
ディアの足ならば難なく逃げ切れる速度だが、もしも歩兵が襲われたら対応できない速さだろう。
街道に飛び出すと、先に到着していたミツキに目くばせし、街道を挟んだ向こう側の森へ飛び込む。
俺を追ってきたスケルトンに対してさらに銃撃を加えて挑発すると、街道へ飛び出してきた。
「爆発させるよ!」
ミツキが俺に知らせつつ魔導手榴弾を投げた瞬間、スケルトンは信じられない速さで腕を正面に交差させ、鱗状の遊離装甲を二枚重ねにしつつ腰を落とした。
魔導手榴弾が爆発するも、スケルトンが盾として構えていた鱗状の遊離装甲を一枚弾き飛ばすだけに終わり、本体にダメージが入った様子はない。
「狙撃させてもらおうか」
もしものために構えておいた対物狙撃銃の引き金を引く。
スケルトンの頭蓋骨にひびが入る。
「身体強化で硬度が増してんのか」
二撃目を撃ち込もうとした時、スケルトンが身を翻して森の中へと逃げて行った。
索敵魔術を駆使して待ち伏せがない事を確認し、俺は森から街道に出てミツキと合流する。
「いまのスケルトン、異常すぎるよ」
スケルトンが逃げて行った森の奥を睨みながら、ミツキが呟く。
「魔術を使うまではいいし、遊離装甲も元はスケルトンの魔力膜から着想を得た装備だからわかるよ。でも、魔導手榴弾を初見で防ごうとした。遊離装甲を盾にしないと危ないって知ってるみたいに」
ミツキの言う通り、先ほどのスケルトンは魔導手榴弾が飛んできた際、爆発する前に防御姿勢を取っていた。
俺が自動拳銃を発砲した時には防御をする素振りを見せなかったにもかかわらずだ。
おそらくは魔力の量から威力を想像したのだろう。
とっさに正確な判断を下せる知恵を持っていることになる。
「ともかく、ワステード元司令官に知らせよう。脅威度が高すぎる」
遊離装甲を纏った通常より硬いスケルトンというだけでも厄介だが、魔術を使用してくる。しかも危険を悟って撤退する知能まで有している。
あれがもしも群れていたりしたら、寄せ集めの新兵部隊なんて蹂躙されかねない。
街道上を精霊獣機で駆け抜け、月の袖引くの下に到着する。すでにワステード元司令官に加え殿の二つの小隊も到着しているらしい。
「お二人とも、先ほどの反応の正体は?」
タリ・カラさんが駆け寄ってきて訊ねてくる。
「スケルトンです。ただ、ロックジャベリンや身体能力強化を使ってくる上に、車両に使われていたと思わしき遊離装甲を二枚、両腕に装着していました」
「……魔力袋を持っていた、という事でしょうか?」
信じられないのも無理はないだろう。
直接対峙した俺たちも、魔力袋の有無を確認していない。少なくとも、人間やゴブリンなどの人型魔物で魔力袋が発生した場合の位置にはなかった。いつも通りの骨だけのスケルトンに見えた。
「しかも、取り逃がしました。もしかすると仲間を連れてやって来るかもしれません」
「スケルトン種にそこまでの知能はないと思いますけど……。取り逃がしたというのは?」
「対物狙撃銃で頭蓋骨にひびを入れたら、スケルトンの方から逃げ出したんですよ」
「スケルトンが撤退した……。明らかに普通の個体ではありませんね」
スケルトンは知能のない魔物だ。群れることはあるが、基本的に撤退を考えるほどの頭もない。
だが、直接対峙した俺とミツキはあのスケルトンに高い知性がある事を疑わなかった。
「あのスケルトンは見た目がスケルトンなだけの別種類だと思った方が良いです。迎撃の準備だけはしておいてください。俺たちはワステード元司令官にこの件を報告します」
「分かりました。ロント小隊長には私から伝えておきます。迎撃の準備が整い次第、私もロント小隊長を連れてワステード副指令の下に向かいますね」
タリ・カラさんと別れて、部隊の中ほどにある雷槍隊の車両に向かう。
ワステード元司令官が俺たちに気付いて車両から降りてきた。
「前衛が騒がしいが、何かあったのかね?」
「スケルトンが出ました」
俺がスケルトンの様子を細かく説明すると、ワステード元司令官は眉をピクリと動かしてボルスの方角を見た。
「魔力袋持ちのスケルトンだと……。この期に及んでそんなものまで出てくるのか」
うんざりした様子だが、ワステード元司令官の眼光は鋭い。
「各小隊長に召集をかける。同時に、出発の準備もさせろ」
雷槍隊の副隊長に命じたワステード元司令官は俺とミツキを見る。
「異常事態ばかりでどうにも気にかかる。君たち二人ならばここからボルスまで駆けられるだろう。様子を見てきてほしい」
「そう言うと思ってましたよ。何か伝言とかありますか?」
ワステード元司令官は一つ頷くとしばらく待つように俺たちに言って、車両の荷台に入って行った。
後ろからロント小隊長が駆けてくる。
「ワステード副司令は?」
「俺たちにボルスへ届けさせる文書をしたためるそうです」
「やはり、お前たちを先行させる事になったか」
予想通りだ、とロント小隊長は頷いて、少しでも情報を得たいと俺にスケルトンについて質問してくる。
質問に答えていると、タリ・カラさんがレムン・ライさんを連れてやってきた。逆方向からは二人の小隊長がやってくる。
俺からスケルトンについての情報をあらかた聞き終えたロント小隊長は腕を組んだ。
「大型スケルトンまで魔力袋を持っている知性体だとすると、ボルスが落とされる可能性もあるな」
ロント小隊長の言葉に、別の小隊長が首を横に振った。
「あの腐れホッグスが赤盾隊で食い止めるでしょうよ。気にくわないが、腕は一流だ。それに、赤盾隊は防衛戦最強の専用機でもある。魔力袋持ちのスケルトンと甲殻系魔物が大挙して押し寄せても勝つでしょう」
「そんなに強いんですか?」
ミツキが訊ねると、苦々しい顔でボルスの方角を見ていた小隊長が頷く。
「赤盾隊機そのものが超重装甲だが、推進スラスター付きで動きもそう遅くはない。装備しているタワーシールドの裏は魔導鋼線で覆われた特殊兵装だ。雷槍隊機の槍と同じだな」
ワステード元司令官の愛機、ライディンガルの槍を指差して、小隊長が続ける。
「特殊兵装の盾の効果は百度前後の熱を持ったアイアンウォールの広範囲展開だ。お前ら、ボルスに行くなら戦闘時に赤盾隊に近付くな。焼け死ぬぞ」
そう言って、小隊長が顔をそむける。俺たちの身を案じてはくれているらしい。
「ところで、アイアンウォールってなんです?」
「赤盾隊の専用魔術式だ。魔力で出来た特殊金属の壁を発生させる。これ以上は軍事機密で俺も知らん」
「そうですか。教えてくれてありがとうございます」
ミツキと一緒に頭を下げる。
元々ホッグスには近付くつもりがなかったが、もしもボルス近辺で戦闘が起きていたら十分距離を取った方がよさそうだ。
ワステード元司令官が荷台から降りてくる。
「全員そろったか。日も落ちているが、ボルスに向かって移動する。鉄の獣をボルスへ向かわせるため、索敵の精度は落ちる。全員、気を引き締めろ。鉄の獣、この文書をベイジルに渡せ。ホッグスにはこちらの文書だ」
二つの筒を渡されて、俺はディアの腹部の収納スペースに放り込んだ。
「もしもボルスが落ちていたなら、ファイアーボールを二発、空に打ち上げるように」
「了解です。それじゃあ、先に行ってきますね」
ディアに跨り、ミツキと並んでその場を後にする。
「街道を走った方が良いな」
「魔術を使うスケルトンの群れに森で会うとタイムロスだもんね」
部隊の先頭にいる月の袖引くの脇を抜けて、ディアを加速させる。
日が落ちて空に月が浮かび、森は夜闇を抱えて静まり返る。
沼や密度の高い森を避けるために蛇行する街道に合わせて走り続けていると、索敵魔術が反応し始めた。
街道上に魔物の影がないという事は、森の中に潜んでいるのだろう。
ボルスに近付くほど、反応の間隔が短くなる。
「ヨウ君、この音、戦闘音じゃない?」
ミツキが声をかけてくる。
思わずボルスの方角を見るが、森が邪魔で確認できない。
耳を澄ませてみれば、何か重たい物が落ちる音や金属同士が激しくぶつかるような音がした。
「精霊人機で戦ってるな」
姿が見えないにもかかわらずここまで大きな剣戟の音を響かせるとすれば、精霊人機くらいの大きさがなければ無理だろう。
ボルスまでまだ少しかかるが、それは街道を道なりに進めばの話だ。森を突っ切れば大幅に時間を短縮できる。
「戦闘に巻き込まれるのはまずいな。街道を道なりに進むしかないか」
文書を預かっているため、無茶は出来ない。
巨大な剣戟の音がだんだんと近づいてくる。静かだった森に金属のぶつかる音が響き渡り、魔物の気配が濃くなってくる。
索敵魔術がひっきりなしに反応するため、俺は設定範囲を変更した。
俺たちが直線に差し掛かったその時、ひときわ大きな足音がして、夜空を突くような巨大な骸骨が街道脇の森に現れる。
「大型スケルトンかよ。ほんと、行く手を遮るの好きだな、こいつは!」
「交通訴訟賞の面目躍如だね!」
俺はディアの背中から腰を浮かせて上半身を前に倒し、風の影響を受けないように体勢を整えてディアを加速させる。最高速を出せる構えを取っただけあって、ディアは急加速した。
「ミツキ、大型スケルトンが街道に出る前に駆け抜けるぞ」
「分かった。ヨウ君は私の後ろについて」
速度性能に優れたパンサーがディアの前に出て、風を切る。
風をパンサーに遮ってもらった事で、ディアがスリップストリームに入ってさらに加速する。
ミツキを先頭に縦列になって街道を駆け抜けた。
背後を振り返ると、大型スケルトンが森から街道に入るのが見えた。
「……ミツキ、交通訴訟が遊離装甲を纏ってる」
前方のミツキに報告する。
「予想通り、魔術を使えるんだね」
最高速を出しているため、ミツキは前方に注意を払っていて後ろを振り向かない。
だから、気付いていない。
交通訴訟賞が纏っている遊離装甲が特注品だという事に。
交通訴訟賞がまるで自らの肉のように体中に纏っているのは、赤塗りの半円柱状遊離装甲、セパレートポール。それは、ホッグス直属の赤盾隊が使用しているものだ。
しかし、交通訴訟賞は赤塗のセパレートポールの外側にもう一種類の特注セパレートポールを纏っていた。
それは、まぎれもなく、市販品のセパレートポールに俺とミツキが手を加えた物。
ミツキが後ろを振り返り、目を見開く。
「スカイのセパレートポール……?」