第十四話 巨大な足音
タラスクの討伐を終えて橋のたもとに帰還し、渡河作戦を再開する。
戦闘の影響で魔力の余裕がなくなってしまい、渡河は三回に分けて行われることになった。
最後の部隊が河を渡ったのは深夜、真っ暗闇の中で未だ濁流がうねる河を即席の濡れた橋で渡るのだから、運転手はかなりの神経を使っただろう。
しかし、苦労の甲斐もあって事故もなくすべての部隊が河を渡り終えた。
これ以上進むのは難しいとワステード元司令官が判断し、野営となる。
夜を徹して行われた渡河作戦だが、日が落ちて周囲が暗くなると索敵能力の問題で俺とミツキがぶっ続けで周囲を走り回って魔物を警戒する羽目になった。
おかげで野営の準備を終えた頃にはもうくたくただった。
「リンゴのサラダと塩味しっかりラビオリと後は何かスープを……」
「スープは俺が作る。ラビオリの具材が揃ったら教えてくれ。包むのを手伝うから」
「先に食材を切るから、ソースを煮詰めるのも任せていいかな?」
「おう。さっさと作って寝よう」
何か考えて、なおかつ手を動かしてないと寝そうだというのに、走り回っていたせいで腹がしきりに空腹を訴えてくる。
栄養を寄越せと訴えている腹を宥めすかしながら、今日撃ち殺したアップルシュリンプを毒抜きした物でダシを取り、イモの皮をむいて切って――
……一瞬、意識が飛んだ気がする。
ミツキが作ったソースを右側の鍋で煮詰めながら、イモのポタージュを左側の鍋で作る。アップルシュリンプのダシが利いていて、周囲にエビとリンゴが調和したような芳香が漂い始める。
「アップルシュリンプの身をこっちに頂戴。ラビオリの具にするから」
「ほいよ」
ダシを取った後、鍋からあげておいたアップルシュリンプの身をミツキに渡す。少し動かしただけで、茹でた後だというのに弾力を失わないアップルシュリンプの身がプルリと揺れた。
「話には聞いたけど、さすがはジビエ料理の高級食材だね」
ミツキが感動したようにアップルシュリンプの身を揺らして楽しげに言う。
眠気を覚えていた頭も、鼻孔を突くアップルシュリンプの香りや弾ける身を見て覚醒してきた。食欲が睡眠欲を凌駕するとは、よほど体が栄養を欲しているのか。
単純に美味そうだから眠気が飛んだだけって可能性の方が高いか。
料理が出来上がり、いつものようにディアの角に渡した木の板を簡易的なテーブルにして夜食を食べ始める。
「美味いな。アップルシュリンプ」
「リンゴの酸味が凝縮されたエビの旨味に良いアクセントになってて濃厚なのに口に残らないね。高級食材っていうのも頷けるよ」
ラビオリの中のアップルシュリンプは本当に美味かった。ソースをミントベースにしたのも英断だった。
ミントと言ってもそれっぽい香りなだけで、葉っぱじゃなく低木の実だ。プチプチと弾けるような食感があってこちらも面白い。
ポタージュもエビのダシにほんのりとリンゴの香りが付き、霧の中で冷えた体をじわじわと温めてくれる。作った本人が言うのもおかしいが、会心の出来だろう。
ミツキがポタージュをスプーンで一口飲み、驚いたように目を丸くし、ほっぺを押さえて笑う。
「美味しい」
「ミツキに褒められたなら、俺も胸を張っていいな」
「うん、許す」
ミツキが作ったリンゴのサラダにフォークを伸ばす。
今まではあくまでもアップルシュリンプ由来のリンゴの風味だったためか、本物のリンゴを食べてみると、これが正真正銘リンゴの味だと言わんばかりの香りと何よりも甘みが舌の上に広がった。
疲れた体に染みわたる甘さが心地よい。
「――相変わらず、いい物を食べているな」
声がして、振り返る。ディアやパンサーの索敵魔術が反応していたので、驚きはない。
「ロント小隊長も食べますか? 少しなら分けますよ?」
「いいのか? では、頂こう」
いま、ロント小隊長が少し笑ったような……?
気のせいで片付けられるくらいのわずかな変化だったが、ミツキと顔を見合わせて確信に変わる。
とはいえ、指摘するようなことでもないだろう。
ロント小隊長の分を皿に取り分けていると、また新たな訪問者が現れた。
「宿で見た時にも思ったが、美味しそうな料理を食べているようだね」
そう言って、ロント小隊長の皿から行儀悪く手でラビオリを摘まんで口に放り込んだのはワステード元司令官だった。後ろに控えていた雷槍隊の副隊長が慌てる。
「副指令、アップルシュリンプですよ。もしも当たったらどうするんですか!?」
「きちんと処理しているのを見届けたから大丈夫だ」
「……副指令、なぜ処理した過程なんて見ていたんですか?」
「無論、目をつけていたからだ。一度この二人の料理を食べてみたくてね。正解だった。これは実に美味い」
指先についたソースを舌でぺろりと舐めたワステード元司令官は呆れている副隊長に肩を竦める。
ロント小隊長が恨めしげな眼で見上げている事に気付いたワステード元司令官は苦笑して、背後を振り返った。
「君たちも早くこちらに来たまえ。作戦会議が始められないだろう」
呼ばれた二人の小隊長が苦い顔をしながらも歩いてくる。
「この二人の有用性は今日の働きで認めざるを得ませんがね。なにもこちらが出向かなくともよいでしょう」
ワステード元司令官は小隊長の言葉に首を振ると、俺とミツキに測るような目を向けた。
「この二人はその気になれば、二人きりでボルスへ帰還できるほどの実力者だ。いよいよ危ないとなった時に見捨てられない様に、礼を尽くすのは至極理に適っているとは思わないかな?」
俺とミツキの前で言われても牽制にしか聞こえないけどな。
どの道、ロント小隊を救助するのが俺たちの受けた依頼だ。依頼は完遂する。
それに、ここでワステード元司令官たちを見捨てる選択肢はない。
「ちゃんとボルスまで付き合いますよ」
「そうか。それを聞いて安心した。月の袖引くも鉄の獣と同じ意見でいいのかな?」
ワステード元司令官が俺たちの背後に視線を向けて訊ねる。
歩いてきていたタリ・カラさんが深く頷いた。
「依頼の放棄はあり得ません。ですが、ワステード副司令官、我々月の袖引くが撤退を支援した事、ゆめゆめお忘れなきよう」
タリ・カラさん、ちゃっかり恩に着せてる。
しっかり者のタリ・カラさんの発言に、ミツキがくすくす笑って、ワステード元司令官やロント小隊長を見る。
「私たちの事も忘れちゃいやですよ?」
ミツキのダメ押しに、ワステード元司令官は降参とばかりに両手を上げた。
「あぁ、墓場まで持って行こう。もっとも、ここが墓場にならない事を祈る。では、生き残るために作戦会議を始めよう」
「昨日立てた作戦ではだめなんですか?」
ボルスへ帰還するまでの作戦は渡河作戦と共にすでに立ててあったはずだ。
不思議に思って訊ねると、ワステード元司令官はタリ・カラさんの方を見た。
「予想以上に、月の袖引くが戦力になると分かったのでね。タラスクの甲羅に穴を開けたようだが、どうやった?」
「私の精霊人機、スイリュウの武器、ウォーターカッターです。こちらの二人、鉄の獣が開発し特許を取得しました」
やはりお前らの仕業か、という眼でロント小隊長が俺たちを見てくる。
はい、犯人は俺たちです。
スイリュウが今回タラスクに対して使用したのは左手のウォーターカッターだ。放出した水は精霊人機内の貯水槽の物だが、現在は川の水を蒸留して補充してあるため、満タンとなっている。
魔力はまだ充填しきれていないが、二回までなら難なく放てるだろう。
ワステード元司令官が口を開く。
「ただのラウルドⅢ型だと侮っていた。使用武器もシャムシールでタラスクとの相性は極めて悪い。中、小型魔物を蹴散らすための戦力と割り切っていたのだが、今回のタラスク撃破で事情が変わった。月の袖引くを主軸としてロント小隊と鉄の獣を組み込み、前衛を組織、索敵と露払いを行う。雷槍隊は中衛、殿は――」
ワステード元司令官は言葉を切り、小隊長二人を見た。
殿を任された二人はワステード元司令官の命令に異議を唱えることもせず、素直に承服する。寄せ集めの部隊で前衛を任されるよりは殿の方が良いという事だろう。幸い、魔物の追撃もなさそうだからなおさらだ。
話がまとまって、合図などを細かく決めた後、会議はお開きとなった。
「二日ほどでボルスに到着するはずだが、食料に余裕はない。明朝に出発する」
そういって、ワステード元司令官は小隊長三人を連れて軍の野営地へ戻って行った。
今日の渡河作戦で疲れ切ったのか、軍は一部の見張り番が起きているくらいでほとんどの者が就寝中らしく、静まり返っている。
タリ・カラさんが俺たちを見た。
「ウォーターカッターですが、射程はともかく威力は申し分ありませんでした。今回のタラスクは魔力袋持ちではありませんでしたが、おそらく魔力袋持ちの個体にしても有効だと思います」
「当てることさえできれば、ですけどね」
魔力袋持ちのタラスクは脅威の度合いが跳ね上がる。
ただでさえ頑丈な甲羅の硬度を身体能力強化で補強しつつ、ロックウォールでさらに防御し、魔術による遠距離攻撃もこなす。
「接近するのは難しいでしょうから、素直に流曲刀を使った方が無難です。スイリュウは攻撃力の高い機体ですけど、防御に関しては従来通りですから、慎重に一撃を叩き込んでください」
スカイと違って防御力には手を加えていないため、ラウルドⅢ型の素の状態だ。
元々頑丈な機体ではあるし、遊離装甲もきちんと纏ってはいるが、タラスクの突進などを受けるとかなり危険になる。
「肝に銘じておきます」
タリ・カラさんは神妙に頷いて、レムン・ライさんと共に月の袖引くの野営地に戻って行く。
月の袖引くも軍と同じく疲れているらしく、整備車両の中から漏れていた光も消えていた。
明日以降はホッグスを追ってボルスに向かった魔物の群れとの遭遇戦が懸念されるため、今日以上に慌ただしくなるだろう。
「ボルスからの救援はもうないと思った方が良いね」
「そうだな――」
ミツキに同意しようとした時、重たい足音が聞こえてきて顔を上げる。
足音の感覚が精霊人機の物に酷似していた。
だが、違和感がある。
ディアを見るが、索敵魔術の反応はない。
「ヨウ君、足音が大きすぎない?」
「それだけじゃない。周りが静かすぎる。生き物の気配が完全になくなってる」
鳥は寝ているとしても、夜行性の虫などはやかましいくらいに鳴いているはずの時間だというのに、まったく音がしない。
足音に気付いたのか、ロント小隊がいち早く動き出したが、明かりをつけるのは自重しているらしい。
断続的に足音が響き渡るが、一向に索敵魔術が反応しない。
俺はディアを操作して索敵魔術の効果範囲を最大にする。
「反応なし?」
何が起こってるんだ。
ここはまだ湿地帯。これほどの大きさで足音を響かせる何かが動いていれば嫌でも目に付くはずだというのに、周囲を見回してもあるのは月の明かりに照らされた沼ばかり。
だとすれば、この足音はどこから――
「森、か?」
それしか考えられない。
「森にいるとしても、あの距離だよ? いくら精霊人機でもここまで大きな足音は届かない」
ミツキが双眼鏡を片手に森を覗く。
俺も対物狙撃銃のスコープ越しに森を見るが、やはり木々が邪魔で視認できない。
正体がつかめずにいる俺たちを笑うように、足音が遠ざかって行く。
「……追う?」
「この夜闇の中で、おそらくは大型魔物を? 取り巻きを連れている可能性も高いぞ。それに、あの足音の間隔は……人型だ」
「もしかして、フラグが回収されたかな?」
ミツキが双眼鏡を下ろしながら、呟く。
俺はミツキの言葉に頷いた。
「大型スケルトンだろうな」
足音は次第に遠ざかり、聞こえなくなった。




