第十一話 超大型魔物
小雨の中をディアで駆けまわる。
甲殻系魔物をまとめていたタラスクが死んだことで、取り巻きの甲殻系魔物が分散してしまったらしく、索敵魔術がひっきりなしに反応していた。
タラスクを食い殺した何者かは分散した甲殻系魔物を追ってどこに行ったのかもしれない。
小雨は降り続いているが、勢いは収まりつつあり、視界が広がるのも時間の問題だろう。
ディアを走らせたまま、俺は対物狙撃銃を角に乗せる。
正面方向で無防備に側面を晒しているブレイククレイの頭を、走り続けるディアに乗ったまま正確に撃ちぬいてから、方向を転換する。
「このまままっすぐ、おおよそ四百メートル先に小型魔物!」
先に索敵魔術で位置や大きさを確認していたミツキから指示が飛んでくる。
俺はすぐにスコープを覗きこみつつ、片手で照準誘導の魔術を発動するようディアを操作する。
獲物を発見し、ディアの首が僅かに銃口を修正する。柔軟性のある首はディアのわずかな揺れを完全に吸収して銃口を微動だにさせなかった。
風や雨の影響を勘案しつつ、俺は引き金を引く。
三百メートル強はある距離を飛び越えて、銃弾がアップルシュリンプの体を粉砕した。
「次は左に三十度、距離は五百弱、中型魔物と小型魔物が一体ずつ!」
「数多すぎんだろ!」
文句を言っても仕方がないが、タラスクの死骸を迂回してから、魔物の数が爆発的に増えていた。
あまり派手な戦闘音を立てると囲まれかねないため、俺とミツキで魔物の下に急行して月の袖引くやロント小隊から離れたところで始末する。
離れすぎて索敵をおろそかにするわけにもいかないため、ずっと高速で駆けまわっていた。
左に三十度進路をずらすためにディアが四肢を突っ張り、泥を撥ね飛ばしながら短くドリフトする。
泥の中へ四肢がうずまるより早く、ディアが前足に力を込めて前進し、右、左と足を泥から脱出させるや否や加速。ドリフトで落ちた速度を一瞬にして取り戻す。
五百メートル先にいるという中型魔物はタニシ型の魔物ルェシだった。
まだ俺たちの接近に気付かずのほほんと殻から出している頭に致命の銃弾を一撃浴びせ、隣にいたアップルシュリンプは腰から引き抜いた護身用の自動拳銃で数発の銃弾を浴びせた後、ディアの角で力任せに跳ね飛ばした。
空中に浮かび、慌てた様子でじたばたと動かしている足の付け根、腹部へさらに自動拳銃の弾を浴びせて弱らせ、地面に落ちたところを重量軽減の魔術を切ったディアの前足で踏み殺す。
「やっぱり魔力袋持ちか」
ディアが足をどけた部分に見える胃の近くにある器官を横目に、その場を走り抜ける。もったいないが、回収している暇もない。
「ヨウ君、いったん戻ろう。ついでに五体始末して」
「オッケー、方向の指示頼む」
対物狙撃銃の弾倉を入れ替え、進路を百五十度ほど変更して月の袖引くやロント小隊と合流すべく走る。
ミツキが索敵魔術をフル稼働して獲物を早期に発見しつつ撃破する順番を組み立ててくれるため、俺は狙撃に専念できる。
速度を出しているために雨粒が斜めを通り越してほぼ地面と水平に後方へ流れていく。
スコープについた雨粒をふき取って、覗き込む。瞬時に狙いをつけて四百メートル先のブレイククレイを撃ちぬいて方向転換、続けざまに二発、アップルシュリンプ二体を始末する。
月の袖引くの整備車両を目視すると同時に、ブレイククレイが二体、猛スピードで整備車両へ走って行くのが見えた。どう考えても魔力袋持ちだ。
「ミツキ、凍結型を」
「投げるよ!」
俺が声をかける前から準備していたらしい凍結型の魔導手榴弾をミツキが投げつける。
照準誘導の魔術式が作動してブレイククレイ二体の中央へ正確に落とされた凍結型魔導手榴弾が炸裂し、ブレイククレイの足を地面ごと凍りつかせる。
混乱しているブレイククレイをスコープ越しに捉えながら、俺はディアの速度を維持する。
身体強化を施したブレイククレイを狙撃しても、甲殻に弾かれてしまう。それを知りながら、俺は引き金に指を掛けた。
急速に縮まる距離をスコープ越しに感じ取りながら、集中する。
凍らされ、地面に固定された足を自由にしようともがくブレイククレイを見据えて全神経を傾ける。
ディアの揺れに合わせて、引き金を引いた。
銃弾は小雨を切り裂き、ブレイククレイの鋏の関節を撃ちぬく。
連続で四射、ブレイククレイ二体の鋏が全部で四つ、関節を破壊されて泥の上に落ちた。
鋏が無ければ必死の威嚇も降参の意思表示にしか見えない。無論、それで許してやる道理もない。
「後は任せました!」
月の袖引くの整備車両から飛び出した凄腕開拓者二人に、自慢の鋏を失ったばかりか地面に固定されているブレイククレイのとどめを任せ、再出発する。
すかさず、ミツキから新しい指示が飛んできた。
「七百メートル先に中型魔物が一体、弾倉交換も考えて」
「分かった」
弾倉内の弾は残り一発。俺は次の弾倉を用意しつつ、六百メートルの距離まで近付いていた獲物に向かって発砲する。
外すとは欠片も思わなかった。
獲物はブレイククレイ。俺が放った銃弾に顔を吹き飛ばされて絶命する。
即座に弾倉を交換し、次のミツキの指示を聞いて進路を変更、速度を上げる。
神経が研ぎ澄まされていく感覚がする。開拓者として生活している間、高速で走るディアの上でスコープを覗き続け、鍛えられた動体視力は湿地帯で出せる限界の速度に達したディアの上からでも周囲の小石ひとつ見逃さない。
雨が止んだ。
同時に、八百メートル先にブレイククレイの姿が見える。
この距離ではさすがに狙撃は成功しないが、スコープ越しに見えるブレイククレイは魔力袋持ちに見えた。鋏の高さが急なダッシュをしても沼に引っかからないような高さに構えられている。
七百メートルまで距離を縮めて、俺は引き金を引いた。
身体強化を施していれば効果がなかっただろう狙撃も、俺たちに気付いていない無防備なブレイククレイには致命的だった。
頭を吹き飛ばされたブレイククレイを無視して、次の獲物に移る。
「ミツキ、次は?」
「絶好調のところ悪いけど、次で最後だよ。右二十度、六百メートル先、中型一、小型三」
「弾倉がちょうどよく空になるな」
全部外さなければ、だけど。
右二十度に進路を変更、見えてきたルェシの頭を撃ちぬいてアップルシュリンプに照準を変更、立て続けに致命傷を与えてその場を離脱する。
月の袖引くとロント小隊はフルスロットルで湿地帯を進んでいたらしく、俺たちは予定よりすこし河に近いところで合流した。
「お前たちが盗賊に身を落とさなくてよかったと心底思う」
ロント小隊長が呆れの混じったため息を吐いた。
ロント小隊の整備車両に併走していた月の袖引くの整備車両からも、声を掛けられる。
「強いとは思っていましたが、中、小型魔物が相手なら敵なしですね。あの速度で正確にブレイククレイの鋏の関節を撃ちぬくとは思いませんでしたよ」
レムン・ライさんが感心したような声を出す。
俺は二人に対して首を振った。
「周辺の魔物はある程度倒しましたけど、超大型がどこから現れるか分かりません。まだ気を抜かないでください」
超大型魔物が出てくれば、とにかく逃げの一手しかなくなる。
しかも、超大型魔物は目撃談から想像するに魔力袋持ちだ。遠距離攻撃手段を持っていることになる。
「雨もやんで視界が確保されている今なら、超大型の遠距離攻撃も命中率が上がります。重々気を付けてください」
むしろここからが正念場だと気合を入れ直して、俺とミツキは予備弾倉の補充などを行うためにロント小隊長たちから離れる。
ディアを停めて、腹部の収納部から予備弾倉を取りだし、腰のベルトに挟む。
「ディアの速度をそろそろ上げたいな」
「質の良い魔導鋼線がないとダメなんだよね。カノン・ディアの件で有耶無耶になっちゃったけど」
「いや、まぁ、帰りに思い付いちゃったら試したくなるだろ?」
自然と視線が泳いだが、ミツキは苦笑して頷いた。
「いいんだけどね。おかげで大型魔物に対抗できる手段も手に入れたんだから。でも、速度を上げるとすると、各部の反応速度を上げたりとか、魔力の伝達速度の問題とかもあるよ。設計変更で速度を上げられないかな?」
「開発した時に比べると俺たちの技量も上がってるしな。一度、大幅に改良してしまうのもありか」
「後は近いうちに大工場地帯ライグバレドに行かないといけないね。バランド・ラート博士が滞在していた記録もある事だし」
一石二鳥か。
弾倉の補充を終えて、俺はディアに跨る。
同じくパンサーにまたがったミツキと共に、月の袖引くたちと合流する。
スコープ越しに進行方向を見れば、ワステード元司令官との合流場所である崖が確認できた。
もう一息、そう思った瞬間に遠方で水音がした。
水中から勢いよく巨大な何かが浮上したような、大きな水音だった。
反射的にリットン湖へ目を向ける。
黒い山がリットン湖から陸へ上がってくるのが見えた。
「――奴だ!」
ロント小隊長が声を上げた直後、黒い山の下から頭が飛び出し、残忍に並ぶ歯で目の前の何かを噛み砕いた。
バリバリと咀嚼音を響かせる黒い山の頭はブレイククレイの物と思われる足を周囲に零しながら、のそのそと動き出す。
見ているだけで遠近感が狂うほどの巨体。
目撃談によれば、タラスクの倍の体躯だったはずだ。
「……冗談だろ。倍どころじゃない」
全長三十メートルはあるだろうか。リットン湖の広さならばひそんでいてもおかしくない大きさではあるが、あの巨体を支える食べ物があるとは思えなかった。
姿を現した超大型はスナック菓子でもつまむように進路上の魔物を喰い散らかしながら、林の方向へ歩いて行く。
俺たちには気付いていないようだ。
必死に息を殺してやり過ごす。
巨体に遠近感を狂わされ、間合いが全くつかめない。あの大きさで魔力袋を持ち水を使った遠距離攻撃まで可能という化け物じみた能力。
「手を出したらいけない奴だろ、あれ」
「同感だよ。あんなのが出てきたら軍人さんが混乱するのも分かるね」
気配を殺し背景に徹する俺たちに気付くことなく、超大型は林へ遠ざかって行った。
スコープ越しでも黒い点にしか見えなくなるほど距離が開いたのを確認して、ロント小隊長が声を上げる。
「全速離脱する。奴が戻って来る前にワステード副指令と合流するぞ」
「賢明ですね。あんなものを相手にしたくはない」
レムン・ライさんが応じて、出発を命じる。
整備車両に併走しながら、ミツキが声をかけてきた。
「完全に索敵魔術の範囲外だったよ。あの距離から魔術で攻撃されたら、私たちでも対処できなかった」
「あの大きさは想定外だったからな。どんな魔物でも十五メートルは超えないと思ってた」
索敵魔術の有効範囲についても改良が必要か。
「あんな化け物とはもう遭遇したくないし、索敵魔術の有効範囲を広げて確実に逃げ切れるようにしないとな」
「精霊獣機の速度を上げるなら、どの道広げないといけなかったけど、緊急性が増したね」
ミツキの言葉に頷く。
頭の片隅で改良案を考えつつ、崖を目指した。
夜までには着けるだろう。