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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第一章  何故に、彼と彼女は手を離さないか

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第十話  前哨戦

 三日ほどの準備期間を過ごしてから町を出発した俺と芳朝は、郊外で待っていたデイトロさん率いる回収屋と合流した。

 回収屋は速度を重視しているとの事で、精霊人機の運搬車と整備車が一台ずつあり、メンバーは各車両に分乗して目的地である港町デュラに向かうとの事だった。

 朝に出発してデュラ近郊に到着するのが本日の夕方頃、その後は郊外で野営し、デュラへの潜入は翌日の朝からという予定だった。

 デュラへの道はある程度整備されているため、整備車両も問題なく走行できる。

 多少の揺れはあるものの、前世の記憶にある自動車と違ってエンジン音が聞こえなかった。

 聞けば、回収屋は魔物が多い現場で活動することが多いため、音を出さないように改造しているらしい。

 整備車両の全長は九メートルほど、七メートルの精霊人機を寝かせて整備するために荷台が広く長く取られている。このため、走行可能な道が限られているとの事だった。

 運搬車両は全長六メートルを超える程度、片膝をついた駐機状態の精霊人機を二機乗せることができる。簡易的な整備はこの運搬車両でも行えるそうだ。

 デイトロさんの率いる回収屋はほぼ全員が戦闘技能を持つ人たちで構成されていた。

 そのため、俺と芳朝を鍛えてくれる人はいくらでもいるのだが……。


「才能がない。才能がないことそのものが才能なんじゃないかってくらい、才能がないな」


 発破を掛けるためにあえて辛辣なことを言っているわけでもなく、心底そう思っているらしい口調で回収屋のメンバーが俺と芳朝を評価する。

 実際、俺と芳朝は笑えるくらい武術の才能がなかった。

 港町デュラの郊外に構えた野営地で、俺と芳朝は剣や槍、斧に棍棒に至るまで、一通りの武器を順に持たされ、素振りをさせられた。

 そこで判明したのは、俺と芳朝が前世の記憶の影響でとっさに体を動かせないという事実だった。

 具体的には、俺は前世で失った記憶がある右足が、芳朝は火事場で何かに潰された右手が、それぞれとっさに動かせないのだ。

 最初の内はわざとやっているのではないかと勘繰られていたが、デイトロさんが直々に俺と芳朝に模造剣で打ち込んできて、演技ではないと認められた。

 にわかには信じられないほど、俺と芳朝は右足や右手の反射が死んでいるらしい。

 対応策を考える、とデイトロさんが何人かの腕が立つ部下を連れて会議をしている間、俺と芳朝は魔術の訓練に入った。


「精霊人機の適性がないのって、これと同じ原因かな?」

「多分な。魔術も駄目だったらいろいろ考え直した方が良いかもしれない」


 具体的には、開拓者になる以外の道で軍の施設に入り込む方法だ。

 バランド・ラート博士の足取りを追う前段階からこんなにも躓くとは思っていなかった。

 第一印象おっぱいなグラマラスお姉さんが俺たちの前で指先に小さな火を灯す。


「剣術が使えない以上、魔術くらいは使えないと話にならないよ。死ぬ気で練習しな」


 グラマラスお姉さんはやけに気合の入った声で俺たちに魔術とは何かを話してくれる。

 基礎知識として知ってはいるが、改めて頭に叩き込んだ方がよさそうだ。


「魔術、あるいは魔法は魔力を用いて周囲の精霊に働きかけ、様々な現象を引き起こす技術の事だ。これがあったからこそ、人間は絶滅しないで済んだと言われている。魔術がなければ精霊人機が開発される前の、大型魔物に対抗できなかった時代を人類は生き延びられなかっただろう」


 この世界の歴史の中で、人類を最も救った生物が精霊であると言われるゆえんだ。

 件のバランド・ラート博士が研究していたのも精霊だった。

 グラマラスお姉さんが豊かな胸を抱えるようにして腕を組む。気が散るほど立派だ。触りたい。


「精霊は目に見えない生物だ。あちこちで研究者が頑張っているけど、正体や生活史はいまだ不明で謎に包まれている。精霊を信奉する精霊教徒なんてのもいるけど、二人は違うだろうね?」


 精霊教徒に恨みでもあるのか、グラマラスお姉さんの眼つきが据わっている。


「精霊教徒じゃないです」


 俺は芳朝と共に声を揃えて答えた。


「そうかい。そいつはよかった。本当に良かったね?」


 なんで疑問形なんですか。指先の炎を大きくして威圧するのはやめてください。

 ある程度の説明を聞いた後、俺は芳朝と一緒に魔術の練習に入る。

 この世界に転生してからというもの、前世からのあこがれもあって魔術を練習したことがたびたびあるため、いくつかの基本魔術は苦も無く発動できた。

 魔術はいくつかの技術の上で成り立っている。魔力精製、性質変化、放出量調整だ。

 術者は発生させたい魔術に必要な事象を引き起こすために、魔術をイメージする事で魔力の性質を変化させ、精霊を呼び寄せる技術が必要になる。

 精霊は魔力を食らう事で特有の生理現象を起こす。これが魔術と呼ばれている。

 術者のイメージが不完全だと魔力の性質変化が中途半端になり、精霊が関係のない魔力を食い散らかすため発動する魔術の規模に影響が出るそうだ。

 精霊人機などに使われている魔導核は性質変化と放出量調整を術者の代わりに代行し、さらには精霊の代わりに魔術を引き起こす優れものである。原料である魔力袋も同様だ。

 魔術の練習をしていると、お姉さんは難しい顔をした。


「可もなく不可もなく。人並み程度に出来てはいるけどそれだけか」


 練習を続けろと言って俺たちに課題を言い渡したお姉さんはデイトロさんたちの会議に加わりに行った。

 魔術の練習をしながら、俺は芳朝を見る。


「魔導銃を持ってきてよかった、と考えるべきか?」

「あれってサブウェポンなんだけどね。弾薬もタダじゃないし」


 今回の回収作戦への参加が決まった日に、俺は芳朝と一緒に魔導銃を四丁買ってきていた。拳銃が二丁と、狙撃銃が二丁、弾薬も買ってある。

 すでに試射は終えているが、意外にも反動はほとんどなかった。問題があるとすれば重量と維持費だ。

 拳銃は射撃姿勢を維持すると腕が痺れてくる。狙撃銃に至っては重すぎて支えがなければ狙いを定められなかった。威力は申し分ないが命中率は低い。


「火薬を使わないのに、なんであんなに高いんだろうな」

「使う人がほとんどいないからでしょ。魔力消費を抑えたいなら剣術を習得する方が一般的だからね」


 剣術が壊滅的な俺と芳朝に選択肢は残されていないわけですね。


「俺たちは近接戦闘が壊滅的だから、何かで補いたいな。不意打ちを受ける事もあるだろうから、対策の一つくらいはあった方が良い」


 拳銃も殺傷力はあるが、魔物相手では心もとない。少なくとも、即死させるには急所に打ち込む必要がある。


「某洋画の二丁拳銃武術とか?」

「俺の分の拳銃を貸そうか?」

「え、私がやるの?」

「どうぞ、どうぞ」


 と馬鹿をやっている間も、頭の中では対策を考えていた。

 魔物の巣窟になっている港町デュラが近い事もあり、魔力に余裕を持たせて訓練を終える。

 ちょうど会議を済ませたデイトロさんたちが立ち上がったところだった。

 練習を終えた俺たちを見て、デイトロさんが口を開く。


「武術は捨てよう。魔術師として鍛えれば芽が出る可能性もあると思う。ただ、不意打ちを受けて距離をとれない場合でも対応できるように、護衛を雇った方が良い」


 そう言って、デイトロさんは俺の肩を叩き、整備車両を指差した。


「デイトロお兄さんと一緒に回収屋をやってくれるなら、無問題だけどね。整備も一通りできるようだから、うちは大歓迎だよ」

「遠慮しておきます」

「それは残念」


 デイトロさんはさほど残念には思っていなそうな軽い口調で言って肩を竦める。


「それはそうと、明日の作戦についていくつか話しておかないとね」


 俺と芳朝の戦闘力も分かった事で、デイトロさんは明日に行う港町デュラ潜入時の人員配置を考えておいたらしい。

 俺は芳朝と一緒に整備車両にいろと言われた。近付いてくる小型魔物に対して車両の中から魔術を発動し、整備車両を守ればいいとの事だった。


「そんなわけで、今夜はもう魔力を使わない方が良い。二人には道案内も頼みたいから、整備車両の助手席に座ってもらうよ」

「了解しました」


 役に立てるとは思えないが、明日は精いっぱいやろう。

 俺が決意を固めていると、デイトロさんは目を細めて、俺の肩をバシバシ叩き出した。


「こらこら、態度が堅いぞ。デイトロお兄さんが寂しくなってもいいのか」


 デイトロさんの手が再度持ち上がったタイミングで、俺は肩を引いて避けた。

 空を切った己の手を見つめてきょとんとしたデイトロさんはその手を丸めて自分の口元へ持ってくる。


「え、デイトロお兄さん嫌われてる!?」


 嫌いになるほど親しくなった覚えがない。

 それより、叩かれた肩がジンジンと痛む。

 俺が肩をさすっていると、グラマラスお姉さんがデイトロさんの頭に手を置いた。


「あんまり構うからだよ。うざったい性格してるんだからほぼ初対面の相手がついてこれないのはいつもの事だろう」

「デイトロお兄さんの愉快で親近感山盛りの性格がうざいはずがない!」


 その台詞がすでに鬱陶しい性格の発露だと、きっとデイトロさんは気付いていないのだろう。

 けれど、デイトロさんの仲間たちはいつもの病気が始まった、と顔を見合わせ苦笑した。

 デイトロさんの鬱陶しい言葉を聞き流しつつ、笑い話に転じていく仲間たち。

 回収屋の人たちを眺めていると、芳朝が肘で俺の脇腹を突いてきた。


「あの人たちの事、どう思う?」

「デイトロさんを中心にしつつ、他のメンバーも横のつながりをきちんと維持してる。よくまとまったチームだと思う」


 もしも誰かが死んだとしても、悲しみつつ支え合いながら克服していく力強さもある。

 だからこそ、俺はデイトロさんにあまり近付きたくない。

 芳朝が俺の腕をとって微笑んだ。


「デイトロさんたちとは、この仕事だけの付き合いになるね」


 芳朝の笑顔の意味を理解しつつ、俺は深く頷いた。



 翌朝、整備車両に乗り込んだ俺は扉を閉めた。

 俺と運転手との間には芳朝が座っている。デュラに住んでいた芳朝がナビゲーションを務め、俺は周囲の警戒をしつつ魔術で小型魔物を排除する役割だ。

 整備車両の後ろには運搬車両があり、その左右には精霊人機が一基ずつ配置されている。


「それじゃあ、出発しようか」


 遊離装甲を二重に纏う精霊人機レツィアに乗ったデイトロさんが宣言すると、整備車両が静かに走り出した。

 俺は整備車両のバックミラーで精霊人機レツィアを見る。

 全体的に灰色に塗られているが、よく見ると太陽光を反射しない様に塗料が塗られているのが分かる。左手には精霊人機と同等の大きさの大鎌を持っていた。大鎌の柄には頑丈そうな鎖が巻きついている。

 整備を手伝ったときにも見せてもらったが、レツィアはかなり癖のある機体だ。

 二重にされた遊離装甲はかなりの防御力を持ちながら、高いクッション性を有しているため市街地でもほとんど行動を阻害されない。しかし、遊離装甲は魔力で支えているため維持するだけでも魔力を消費し、接触等で既定の位置からずれると元の位置に戻すためにまた魔力を使う。非常に燃費の悪い装甲なのだ。

 レツィアは防御力のほとんどをこの遊離装甲に頼っていて、機体そのものの装甲は薄い。速度はかなりのもので、脚部なども高速化を図ったセッティングがなされている。

 だが、大鎌を扱うために腕の部分に動作を補助するバネなどを増設し、全体のバランスが悪い。

 下手な姿勢で大鎌を振るうと胴体部分が腕部の加速に置いて行かれて体勢を崩し、最悪転倒する。

 そんなじゃじゃ馬レツィアに乗ったデイトロさんの実力は港町デュラに近付くとすぐに発揮された。

 整備車両を見つけてデュラから小型の人型魔物ゴブリンと中型の同じく人型魔物ゴライアが走ってくる。

 餌を見る眼で整備車両を見据え、走り込んでくる人型の魔物たち。

 引きつけて魔術を放とうと俺が準備した時、いつの間にか整備車両の横にレツィアが立っていた。

 まったくと言っていいほど音がしなかったことに、俺は思わず目と耳を疑った。


「デイトロお兄さんの本日の初仕事、お前ら、ほめたたえろよ!」


 操縦者であるデイトロさんの声が拡声器を通じて周囲に響き渡る。

 レツィアが大鎌の柄に巻きついていた鎖を外し、腰をかがめた。支持部品のない遊離装甲が重なり合って擦れ、リンと澄んだ音を立てる。

 次の瞬間、レツィアの右手から大鎌が投擲され、魔物の集団の後方を走っていた中型魔物ゴライアの胸に突き刺さる。

 急所を大きく外れた大鎌の投擲はゴライアの命を奪いこそしなかったが、湾曲した刃がろっ骨の隙間に入り込んでいて、容易には抜けそうにない。

 ゴライアが痛みに怯んで足を止めた瞬間、レツィアが増設された腕の力に任せて思い切り引き倒す。

 全長四メートルの人型の魔物、ゴライアの転倒はかなり大きな音を立てた。

 後方からの大きな音に足を止めたゴブリンは気付いていないのだろう。

 大鎌とレツィアを繋ぐ巨大な鎖が頭上から叩きつけられようとしている事に――


「上手く跳ばないと死んじゃうよ」


 デイトロさんが拡声器でゴブリンたちに届かない忠告を飛ばす。

 レツィアが大きく左手で円を描くと、握られた鎖がまるで大縄跳びの縄のように一回転してゴブリンを端から一気に薙ぎ払う。

 横から高速で叩きつけられた巨大な鎖にゴブリンたちは吹き飛ばされ、五メートルほど飛んで地面にたたきつけられた。

 ほとんどのゴブリンが即死。息のある者もいるようだったが、骨を砕かれていて立つこともままならないようだった。

 無理もない。高速道路でトラックに跳ねられたようなものだ。

 醜い肉の雨となって血をぶちまけたゴブリンを気にせず、レツィアは鎖を両手で持って思い切り引っ張った。

 鎖を通じて届いた力がゴライアの胸から肋骨ごと大鎌を引きずり出す。

 胸を大きくえぐられたゴライアがそれでも立ち上がろうとする。

 だが、ゴライアが立ち上がる前にレツィアとは違うもう一機の精霊人機が駆け寄って剣を横に一閃、首をはねた。


「凄い……」


 精霊人機では対処が難しいはずの小型魔物を一蹴し、中型魔物は利用するだけ利用して抵抗させずに処分する。

 手際が良いなんてものじゃなかった。

 運転手がアクセルを踏み込みながら、自慢げに笑みを浮かべる。


「回収屋ってのはこんなものだ。魔物とは戦わない。蹴散らせるなら蹴散らして、ダメならすぐに撤退が基本戦術だからな。大型が出たら即撤退するつもりでいろ」


 かっこいいんだか、悪いんだか、わからない台詞だった。

 だが、回収屋として魔物の巣窟に潜入するのなら、それが最善なのだろう。

 大鎌を一振りして血を払ったレツィアから、デイトロさんの声が響く。


「前哨戦は終いだ。回収業務を始める!」


 デイトロさんが宣言すると、俺たちが乗る整備車両は加速し、デュラの中へと進入した。


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