第九話 ロント小隊発見
大型魔物との遭遇を警戒していたが、結局は一度も出会わないままロント小隊が逃げ込んだと思われる林に到着した。
「この木の密度だと、車両は通れないだろうな」
大型魔物の侵入を妨げてくれる代わりに、人間側も持ち物を制限されてしまう。
降り続く雨を受けた林は葉や枝の先から滴を落としている。それでも、林の中の方が濡れずに済むだろう。
森の外縁にある木が食いちぎられたように半ばからなくなっている。人間を追っていたタラスクの仕業だろうか。
レムン・ライさんが助手席から俺たちに声をかけてくる。
「林の外縁を回ってみましょう。放棄された車両があれば、そこを起点に林の中を捜索するのが得策ですので」
レムン・ライさんの意見に賛同して、林に沿って移動する。
精霊人機の装甲の破片や甲殻系魔物の死骸など、戦闘を行ったらしい跡がちらほらと見つかった。
分厚い雨雲のせいで時間の感覚がくるってしまうが、そろそろ日も落ちて暗くなるだろうという頃、車両を見つけた。
車両は三台、一台は横から何かがぶつかって来たらしく横倒しになり、側面が凹んでいる。他の二台は林のすぐそばに駐車されていた。
二台を確認すると、中身が丸々残っている。
「なにかがあって、荷の回収もできずに林の中へ逃げ込んだようですね」
レムン・ライさんが難しい顔で言ってから、整備士たちに声をかけて車両が故障していないか確認させる。
整備士たちが車両の点検をしている間に、俺はミツキと一緒に車両に描かれている隊章を確認して、持ち主を特定する。
「ロント小隊の整備車両が見つかりました」
レムン・ライさんにミツキが報告する。
ロント小隊の車両の中にはやはり荷物が残されている。しかし、詳しく調べてみると、洗浄液と潤滑油、更に応急修理のキット、人用の救急道具などがごっそりなくなっていた。
魔物が持ち逃げするとも思えないため、ロント小隊が車両を捨てる時に持ち出したのだろう。
荷台に入り込んで確認していた俺たちのところへ、タリ・カラさんがやってきた。
「車両が捨てられていた理由は魔力切れのようです。魔力を込め直している余裕はなかったのでしょう」
状況を整理すると、ロント小隊は他の小隊と共に車両で移動中、車両が魔力切れを起こして停止、魔物の襲撃を受けるなどの危険から必要最低限の物資だけを持って林に逃げ込んだのだろう。
車両はロント小隊の物の他にあと二台、どちらも別の小隊の物だ。
「車両は全て整備車両ですよね?」
「そうです。運搬車両はありませんでした。途中で放棄したのでしょうけど……」
タリ・カラさんは放棄された三台の車両を見回して、眉を顰める。
「ここにいた部隊の人々はおそらく、満足な食料を持っていません。リットン湖攻略隊が分散してすでに四日が過ぎていますから、動ける状態かどうか……」
魔物に怯えながらの逃避行だ。体力の消耗も激しいだろうに、食べ物も満足に確保できていないとなると、最悪の場合は全滅している。
俺は荷台から降りて、ディアに跨る。
「林の中を捜索してきます。タリ・カラさんたちは放棄された車両に魔力を込めておいてください」
ミツキがパンサーに乗るのを心配そうな目で見たタリ・カラさんが空を見上げる。
「もうすぐ日が落ちます。この天気では月明かりも期待できません。林の中に入って大丈夫ですか?」
「索敵魔術があるので何とかなると思います」
索敵魔術が反応した方向を光の魔術で照らせば魔物かどうかも分かる。魔物なら交戦せずに逃げればいい。
「分かりました。明日の朝までには戻ってきてください」
月の袖引くと別れて、俺はミツキと共に林の中へ分け入った。
木の葉を雨粒が叩く音が木霊する林の中は乱立する木の影響で視界も悪い。
しかし、索敵魔術は悪条件をものともせずに反応を感知した。
向かってみると、ザリガニ型の中型魔物ブレイククレイと、サーベルタイガーに似た小型魔物レイグが睨み合っている場面に出くわした。
雨の影響で俺たちに気付いていないのか、それとも目の前の相手を警戒して動けないのか、ブレイククレイとレイグは互いの距離を測りながら相手を殺す機会を窺っているようだ。
わざわざ交戦する意味もないため、俺はミツキと共にその場を後にする。
「この林、レイグの生息圏なんだね」
ミツキが俺の隣に並び、林の奥に目を凝らす。
「私たちはともかく、軍人さんは大丈夫かな」
「魔力袋さえ持っていなければ大きめの小型魔物ってだけだから大丈夫だと思う。甲殻系魔物と連携することもなさそうだしな」
動きの速い魔物だが、所詮は小型魔物だ。訓練した兵士なら一対一でも倒すことができる。
今回はむしろ甲殻系の魔物を追い払ってくれる味方くらいのつもりで見ておこう。
林の中を走り回っていると、不自然に枝が折れている場所に出くわした。
木々の隙間の大きさや、折れた枝の高さなどから考えると、精霊人機が通った跡らしい。
足跡などが残されていないかと周辺を調べてみる。
「ヨウ君、あの枝に引っかかってるのって包帯じゃない?」
ミツキが指差す枝には包帯が縛り付けられていた。
「目印だろうな。ロント小隊がこの辺りを通ったか」
索敵魔術の効果範囲を最大にしてみると、いくつかの反応が見つかった。うちの二つは距離や方角から見て、先ほどのブレイククレイとレイグだろう。
索敵魔術の設定を元に戻して、捜索を再開する。
ほどなくして、また新しい包帯を見つけた。
今度は幹に刃物でつけたらしい矢印がある。
矢印の方向を索敵魔術で調べてみると反応があった。
「反応が小さいな。精霊人機を動かしていないのか、それともただの小型魔物か」
「日も落ちて真っ暗だし、慎重に進もう」
魔物と勘違いされて攻撃されたら嫌だし、とミツキが光の魔術で矢印の方角を照らし出す。
まだ距離があるため、照らし出された空間には誰もいない。
「ロント小隊の精霊人機操縦士って魔導拳銃を持ってるんだよな」
「撃たれたくないね。自分で開発した銃に撃たれるってコントじゃないんだから」
苦笑しつつ、精霊獣機を進める。
湿った落ち葉はディアの足に踏み潰されても音を立てず、林に木霊するのは木の葉に当たる雨粒の音ばかり。
体感で一時間ほど進んだ時、索敵魔術が反応した。
まだ互いに視認できない距離だ。
「ミツキはディアの後ろに回ってくれ。攻撃されてもディアの角でしのげる」
「分かった。無茶しちゃだめだよ。昨日の飢えた小隊みたいになってるかもしれないからね」
ミツキに注意されつつ、反応へ慎重に近付く。
振り返ってみると、ミツキは凍結型の魔導手榴弾を浮かべていた。危険と判断したらすぐに投げてくれるだろう。
進んでいくと、ボロボロの精霊人機三機に囲まれた兵の姿が見えてきた。
兵の一人が抜身の長剣を構えかけ、俺たちを見て膝から崩れ落ちた。
「た、助かった……」
濡れた地面に膝をついた兵士は上半身裸で、なおかつずぶ濡れという状態だった。
視線を転じれば、木々の枝に服を引っ掻けて、雨をしのいでいる区画があった。負傷兵らしき者達が並べられている。
俺は兵士に声をかける。
「ロント小隊の救援に来ました。林の外に物資を積んだ開拓団も待っています。ひとまず、ロント小隊長に会いたいんですが、案内してくれませんか?」
「あぁ、あの下だ」
兵士が指差したのは負傷兵が寝かされている区画の真向かいだった。
精霊人機の遊離装甲を木に立てかけて雨をしのいでいるその場所には洗浄液などの物資が置かれている。
俺たちに気付いたのか、遊離装甲の裏からロント小隊長が姿を現した。
「鉄の獣、遅かったな」
濡れた髪を掻き上げてオールバックにしたロント小隊長は俺たちの後ろに誰もいない事を確認する。
「月の袖引くは別行動か?」
「林の外で待機してもらっています。放棄されていた車両に魔力を充填しているはずですよ」
「そうか。助かる」
ロント小隊長は見張りの兵士に出発の準備をするよう指示を出し、精霊人機を振り返った。
「見ての通り、手酷くやられた。ここにいるのも元は四つの部隊だったが、ほとんどが逃げ遅れて食われた」
「生き残りの数は?」
「百人だ。もとは二百五十人だったのだが、魔物の群れとの交戦で大部分の歩兵が命を落とした。逃走中に運搬車両がぬかるみに嵌まり、魔物の群れに飲み込まれ、この森に逃げ込んだところで先に逃げていた随伴歩兵の部隊を吸収した」
「随伴歩兵の部隊?」
随伴歩兵は精霊人機の側で戦う職種のはずだ。ここにある精霊人機は三機、いずれもロント小隊の物である。
森に逃げ込んだという随伴歩兵部隊と一緒に戦っていた精霊人機は別のどこかで壊されたのだろうか。
首を傾げていると、ミツキが服の袖を引っ張ってきた。
目を細めたミツキの視線の先に、肩身を狭そうにしている一人の青年の姿がある。
マッカシー山砦の随伴歩兵、リンデだ。
ロント小隊長がリンデを見る。
「随伴歩兵はあいつらだ。マッカシー山砦所属だが、開拓学校卒業生という事で前線に配置されていたらしい」
「……そうですか」
まぁ、ここまで来て見捨てはしないけど。
「リンデの悪運も相当な物だね」
ミツキが日本語で呟くのに頷いて、俺はロント小隊長にボルスを出発してからの事を細かく説明する。
ホッグスを追った魔物の群れがボルスを襲撃している可能性が高いと説明すると、ロント小隊長は苦い顔をした。
しかし、俺たちが岩場でワステード元司令官たちを発見したと聞くと、安堵の息を吐き出す。
「雷槍隊が全機無事とは、朗報だ」
専用機である雷槍隊が全機残っていれば、ただの大型魔物には負けるはずがない。
だが、安心するのはまだ早いだろう。
「ここの人たち、栄養状態がかなり悪そうに見えますね」
「二日前の昼を最後に何も食べていない。栄養失調で動けない者も出ている。新兵も多いからな」
今回のリットン湖攻略隊には開拓学校を卒業したばかりの新兵も多く含まれている。食べ盛りの彼らにはつらい状況だろう。
「百人分となると、月の袖引くが持ってきた物資じゃ足りないかな」
ミツキが首を傾げる。
ロント小隊は元々五十人、多少は余分に持ってきているとしても、食べ盛りの彼らを満足させるには程遠いだろう。
ロント小隊長も分かっているのか、深刻な顔で頷いた。
「負傷兵を諦めることも考えている」
ここで冷徹に判断を下せるあたり、ロント小隊長らしいとは思うけど。
俺は肩を回してウォーミングアップをした後、ロント小隊長に声をかける。
「ブレイククレイとレイグって食べられますかね?」
訊ねると、ロント小隊長は怪訝な顔をした。
「アップルシュリンプと違って毒はないはずだ。どちらも食べられない事はないが、中型魔物並みの力を持っている。いくらお前たちでも、この森の中で狩れるのか?」
「必要とあらば、狩ってきますよ」
魔力袋持ちが相手だと少し時間がかかってしまうが、どうせ食べる分だけを狩ればいいのなら魔力袋を持たない個体を選んで狩ればいい。
俺たちの索敵能力や機動力を知っているロント小隊長は負傷兵を寝かせている一画にちらりと視線を向けた後、頷いた。
「我々は先に月の袖引くと合流する。鉄の獣は獲物を狩ってきてくれ」
「了解。調理の準備だけはしておいてくださいよ。ミツキ、出発だ」
「猟師の肩書まで身につけることになるなんて思ってなかったよ」
ミツキは苦笑しながらも、手はパンサーの索敵魔術を弄っていた。
「ロント小隊の露払いも兼ねて、月の袖引くとの直線上にいる魔物を片っ端から林の外へ連れ出そうか」
負傷兵を連れているロント小隊が安全に林を抜けて月の袖引くと合流ができるよう、ミツキが提案する。
「そうだな。林の中だと射線も通りにくいし、一度林から外に釣った方が仕留めやすい」
ミツキの提案に乗りつつ、俺はディアに跨る。
ロント小隊長がディアを見て若干呆れたような声を出した。
「林の中で中型魔物を引きつける作戦か。普通は追い付かれて魔物の腹に収まるものだが……。つくづく、常識外れだな」
「おほめに与り光栄です、ロント小隊長」
軽口を叩いて、俺たちは食料調達のために駆け出した。