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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第五章  二人は摂理から外れている
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第八話  合流

 ホッグス率いる新大陸派がボルスに帰還したところから、俺たちがワステード元司令官を見つけ出すまでの出来事を説明する。

 ワステード元司令官は静かに耳を傾けていたが、すべてを聞き終えるとため息を吐いた。


「攻略失敗の伝令さえ出していないとは、ホッグスは救出部隊を出すつもりがないようだな」


 伝令からの報告さえあれば、ボルスを守っていたベイジルも救出の準備ができた。

 ホッグスが伝令を出さなかった以上、ボルスの防衛にかこつけて孤立部隊を見捨てる選択をする可能性が高い。

 元々、ボルスに残っていた戦力も多くはないため、孤立部隊を救出するために戦力を分散させるのは得策ではないと言い訳も立つ。

 ワステード元司令官は部下に地図を持って来させ、俺たちに捨てられた整備車両の位置やリットン湖の方角などを聞いてきた。


「自力で帰還するんですか?」

「精霊人機もいつまで稼働できるか分からない。救出部隊が出ているならば合流を図ろうと考えていたが、君たちの話を聞く限り、生還するには自力で帰還するしかないようだ。それに、ホッグスは私に責任をなすりつけるつもりのようだからな」

「どういう事ですか?」

「リットン湖攻略失敗の責任を旧大陸派になすりつけるという事だ。私は前線の部隊を救出するため、ホッグスに何も言わずに出陣している。いずれにせよ、軍法会議ものだ」


 涼しい顔して、無茶していたらしい。

 罪状を一つ増やすくらい、現場指揮官だったホッグスの立場なら造作もないのだろう。ましてや、ワステード元司令官が行方不明ないしは死亡となれば、死人に口なしだ。

 地図に俺たちが知っている限りの情報を書き込む。だが、俺たちが分かるのは大まかな距離と方角だけだ。かなり抽象的な情報になる。

 それでも、ワステード元司令官は十分だと言って頷いた。


「我々はこれよりリットン湖を迂回して崖へ向かう。途中、車両群を回収する。君たちはロント小隊を探すのか?」

「そのつもりです」


 元々の依頼がロント小隊の救出だ。

 ワステード元司令官は部下に移動準備を整えるように言ってから、席を立った。


「ロント小隊が林にいるのなら、救助部隊のために何か目印を残しているだろう。我々は崖の側で退路を確保しておく。二日以内に合流するように」

「了解です。それじゃあ、俺たちは先に行きますね」


 軍の歩調に合わせていると崖まで丸一日以上かかってしまう。


「鉄の獣の索敵能力は惜しいが、諦めよう。ロント小隊を救出してくれ」


 快く送り出してくれたワステード元司令官と別れて、俺はミツキと一緒に簡易テントを出た。

 雨は未だに止んでいない。それどころか、遠雷まで聞こえてきた。

 ミツキが俺を見る。


「林に行くなら来た道を戻る方法と崖を越えていく方法があるけど、どうするの?」

「この雨で崖は柔らかくなっているだろうし、越えるのは難しいだろうな。遠回りになるけど、素直に来た道を戻ろう」


 ディアのレバー型ハンドルを握って、リットン湖に向かって駆け出させる。

 ぬかるんだ地面も濡れて滑りやすい岩場もディアの足で乗り越えながら、斜めに降りつける雨を裂くように加速する。

 中、小型の魔物が行きよりも増えていた。

 索敵魔術の反応があるたびに、孤立部隊の可能性を考えて確認に向かう。そのほとんどが魔物だったが、一度だけ孤立した小隊を見つけた。

 車両群の位置を教え、ワステード元司令官率いる部隊が向かっている事を教えると、死人のようだった目に見る見るうちに力が戻って行く。


「感謝する!」


 小隊が一斉に敬礼してくる。

 俺は苦笑して、早く車両群へ向かうよう言ってその場を後にした。

 岩場を抜けて湿地帯に戻ってきた頃には昼を回っていた。

 俺は雨空を見上げる。


「まだ当分止みそうにないな」

「雲が厚いせいで周りも暗くなってきたね」


 風も少し強く吹き始め、嵐の気配が近付いている。

 湿地の中で嵐に見舞われるのは避けたいところだ。

 リットン湖を警戒しながら湿地を進んでいると、進行方向に月の袖引くの一団が見えた。

 無事に魔物の群れをやり過ごして川を渡り、岩場へ向かっているところらしい。

 向こうも俺たちに気付いて手を振っていた。


「ロント小隊は林に向かったようです。進路を変更してください」


 ディアを整備車両の助手席に横付けし、進路を林へ変更するように指示を出す。

 助手席にいたレムン・ライさんが運転手に進路を林に向けさせる。


「タリ・カラさんはどこに?」

「お嬢様は荷台で戦闘に備えております。いまお呼びしますね」


 レムン・ライさんが荷台とをつなぐ扉を開け、中と二言三言やり取りすると、タリ・カラさんが顔を出した。


「お二人とも、ご無事でしたか」


 ほっとしたような笑顔を見せたタリ・カラさんはすぐに顔を引き締める。


「状況をお聞かせ願いますか?」


 最近説明してばっかりだな、と思いつつ、リットン湖攻略が失敗した経緯やワステード元司令官の事などを話す。

 すべてを聞き終えたタリ・カラさんは河の方角を振り返った。


「河の側の崖にいた軍の小隊はお二人が湿地で発見したんですね」

「接触しなかったんですか?」

「接触はしましたが、少しの情報交換をした後すぐに別れました。お二人と比べてどうしても移動速度が遅くなるので、あまり離され過ぎないように、と」


 その後、月の袖引くが通って来た道などを聞く。

 俺たちがボルスを出てすぐに見つけた魔物の群れは森の中を直進したらしく、懸念された月の袖引くとの戦闘は起こらなかったようだ。

 街道を進んでいる途中で凄腕開拓者二人を拾ったらしく、凄腕二人はいま整備車両の荷台で仮眠を取っているという。


「お二人はこれからどうしますか? 別れて探索する事もできますが」

「いえ、一緒に行動しましょう。ロント小隊もそろそろ物資不足に陥って一か八か自力での帰還を目指し始める頃です。湿地帯では目印も付けられませんから、俺たちの索敵が必要になります」


 上手く湿地帯でロント小隊を見つけても、別れて行動していると月の袖引くとの合流に手間取ってしまう。

 大型の魔物が動きを阻害される森などの探索なら迷わず別行動を選択するのだが、リットン湖攻略隊を追い払った超大型魔物がいつ現れるかもわからない湿地帯であまり時間を取られたくはない。

 林に向けて移動を開始するとすぐに中、小型の魔物との遭遇戦が増えた。


「魔物の群れはボルスに向かったはずだから、ここにいるのははぐれだけだよね。数多すぎない?」


 ミツキが自動拳銃でブレイククレイの目玉を撃ちぬきつつ、俺に声をかけてくる。


「散らばった旧大陸派の兵を追い駆けてはぐれたから、数が揃ってるんだろう。実質、群れが二分されたようなものだ」


 言ってるそばから、また索敵魔術が反応した。すぐさま駆けつけて魔物の姿を見つけ、狙撃銃をディアの角に乗せて狙撃する。

 ブレイククレイの体を覆う丈夫な殻ごと頭を撃ち砕いて絶命させ、自動拳銃に持ち替えざま取り巻きのアップルシュリンプを撃ち殺す。

 魔導手榴弾を温存しているミツキも自動拳銃でアップルシュリンプを撃ち、魔物の群れの全滅を確認して月の袖引くの元に戻った。

 雨が激しく視界が非常に悪いため、光や火の魔術を空に打ち上げて連絡を取ることもできず、いちいち報告に戻らなくてはいけない。

 タリ・カラさんが心配そうに俺達を見る。


「雨の影響で索敵範囲が狭まってませんか?」

「いえ、索敵自体は魔術でやっているので天候の影響は受けませんよ。ただ、視界が悪すぎて狙撃精度は落ちてますけど」


 照準誘導の魔術を起動すれば問題ないのだが、まだロント小隊と合流できていない現状でいたずらに魔力を消費したくないため控えている。いざという時は月の袖引くの下に誘導して処理してもらう事もできるからだ。

 仮眠を終えた凄腕開拓者がレインコートを着込んで待機している。動きの遅い甲殻系魔物なら、二人で中型三体まで同時に相手取れると言っていた。


「――またか」


 ディアが鳴いたのに合わせて索敵魔術の設定を弄り、対象の位置を割り出す。

 その時、月の袖引くの整備車両がぬかるみにタイヤを取られた。

 空回りするタイヤを助手席の窓から確認したレムン・ライさんが荷台に声をかける。

 すぐにロックウォールで生み出した板をタイヤの下敷きにしてあっさりと脱出した。

 十数秒の間に行われた鮮やかな手際に目を見張っていると、レムン・ライさんが「どうかしましたか?」と聞いてくる。


「いや、鮮やかな手並みだなぁ、と思って」


 レムン・ライさんは不思議そうな顔をした後、俺の視線を辿ってぬかるみからの脱出の仕方に言及したのだと気付いたらしい。


「前団長の頃は開拓の最前線を転戦して活動していましたからね。団員は全員、この手の悪路に慣れているのです」


 だからって鮮やかすぎる気がする。

 岩場で見た軍の車両群の事を考えれば、月の袖引くの悪路走破の技術は相当高いだろう。

 団長であるタリ・カラさんは湿地帯で上手く精霊人機のバランスを取れなかったが、前団長は平気で乗り回していたらしい。


「誰に教わるでもなく、全員が独力で身につけたものですから、お嬢様はまだこれから覚えていくのでしょう。そう思うと、成長が楽しみですね」


 レムン・ライさんはそう言って、にこやかに笑いながらタリ・カラさんを見た。

 ミツキが俺の服の袖を引く。


「早く反応を確かめに行こうよ」

「そうだな」


 行ってきますと声をかけて、ディアを加速させる。

 念のために対物狙撃銃を下ろして何時でも狙撃に移れる体勢を取りつつ、反応に近付いた。

 ブレイククレイが三体、アップルシュリンプが七体の団体を見つけて、俺は狙撃銃の引き金を引く。

 確実にブレイククレイの頭を吹き飛ばす軌道を描いたのがスコープを覗いている俺には感じ取れた。

 結果を見届ける前に次の獲物を狙い撃とうと銃口を別に向けると同時、金属同士がぶつかるような甲高い音が響いた。


「ヨウ君、銃弾が効いてない!」


 ミツキに言われて、すぐにその場からディアを飛びのかせる。

 ディアを操作して後退しながら、撃ち殺したはずのブレイククレイを見る。


「魔力袋持ちか」


 おそらくは身体強化を施しているのだろう。ただでさえ堅い甲殻が狙撃銃の銃弾を弾くほどに硬度を増している。

 魔力袋持ちの個体とはどこかしらで遭遇するだろうとは思っていたが、こんなに硬くなるのか。


「どうする?」


 ミツキがパンサーを後退させながら、聞いてくる。


「魔導手榴弾で爆殺できるか試してみてくれ。今後の参考にしたい」

「だね。魔力袋持ちがこの一体だけとは思えないし」


 ミツキがパンサーの肩の収納部から金属球を取り出し、宙に放り上げる。

 ふわりと浮かんだ金属球、魔導手榴弾は俺とミツキがじりじりと後退するのに合わせて距離を詰めてきたブレイククレイやアップルシュリンプの中心目がけて投げつけられた。

 風切音を伴い、降りしきる雨粒を弾きながら飛んで行った魔導手榴弾が甲殻系魔物の中心で炸裂する。

 爆風でぬかるんだ地面から泥が飛び散り、アップルシュリンプを粉みじんにした。

 中型魔物であるブレイククレイも無事では済まなかったようで、甲殻がはじけ飛び、足を失って地面に横倒しになっている。息はまだあるらしく、威嚇するように両手の鋏を振り回していた。

 だが、魔力袋持ちのブレイククレイは爆心地に近い足を一本吹き飛ばされただけで、残りの七本の足で地面に立っていた。巻き上げられた泥をかぶって混乱しているようだが、戦闘に支障があるようには見えない。


「……硬いね」

「目玉なら撃ちぬけそうだけど、この雨だと狙いが甘くなるんだよな」


 距離が縮まれば狙いをつけることもできるが、魔力袋持ちに接近するのは避けたい。

 魔力袋持ちを後回しにしてまだ息のあるブレイククレイ二体を狙撃して、魔力袋持ちのブレイククレイを引きつけつつ月の袖引くに合流するべく移動する。

 魔力袋を持つブレイククレイは身体能力を強化しているようだが、元々足が遅い甲殻系魔物だけあって余裕をもって距離を維持することができた。

 ブレイククレイもこのままでは一生追い付けない事に気付いたのだろう。両手の鋏の間に魔術で火の玉を生み出そうとした。

 しかし、ブレイククレイが生み出そうとした火の玉は降り続く豪雨の影響でなかなか形を保てずにいる。火を生み出す度に雨で消化されているのだから当然だ。

 どうやら、このブレイククレイはあまり頭の出来が良くないらしい。

 そうこうしている内に月の袖引くの整備車両が見えてきた。

 ミツキを先行させて、魔力袋持ちのブレイククレイとの戦闘に備えるよう伝えてもらう。

 俺は月の袖引くが迎撃準備を整えるまでブレイククレイの相手をすればいい。

 ブレイククレイの間合いに入らないように注意しながら、接近と離脱を繰り返して挑発する。

 ブレイククレイは完全に俺に気を取られていたが、攻撃手段を持っていないようだ。ギガンテスのように多彩な魔術を使う事は出来ないらしく、先ほどから火の玉を生み出そうとして失敗している。

 それにしても、よく魔力切れを起こさないな。

 挑発がてら、甲殻の隙間を狙撃してやろうと狙撃銃を構えた時、隣にレインコートを着込んだレムン・ライさんが立った。


「お疲れ様です。あとは私が処理しますので、下がっていてください」

「……一人で相手にするつもりですか?」


 ブレイククレイは動きが鈍いとはいえ、高さ二メートル強、頭から尾までの長さは四メートルを超えている中型魔物だ。硬い甲殻もあって、本来は訓練された兵士が三、四人がかりで相手にする類の魔物である。

 レムン・ライさんはレインコートのフードを目深にかぶり直すと、泥を蹴立てて駆け出した。

 身体強化の魔術を行使しているらしく、歳を感じさせない猛烈な加速だ。

 瞬時にブレイククレイの側面に回り込んだレムン・ライさんは先が二本に分かれたロックジャベリンを三本生み出しながら、ロックウォールを展開する。

 生み出したばかりのロックウォールを踏切台代わりにして跳躍し、ブレイククレイの頭上を取った瞬間、ロックジャベリンを三本とも眼下のブレイククレイに撃ち込んだ。

 対物狙撃銃を受けても平然としていたブレイククレイが、突然降ってきた質量の大きなロックジャベリンで地面に縫い付けられる。ロックジャベリンの二つに分かれた切っ先が地面に突き刺さり、付け根の部分でブレイククレイを完全に抑え込んでいた。ちょうど、刺又のような使い方だ。

 甲殻を持っているために頑丈ではあるものの、柔軟性には欠けているブレイククレイはロックジャベリンの刺又から逃れようとするが、三本ともがそれなりの重量であるために払いのけることもできないでいる。

 身動きが取れなくなったブレイククレイは鋏を振り回して威嚇するも、レムン・ライさんは間合いの外に着地していた。

 ブレイククレイの側面後方に回り込んだレムン・ライさんは腰のベルトに取り付けられた蓄魔石から魔力を引き出すと、先ほどまでとは比較にならない太さのロックジャベリンを生み出した。

 精霊人機が使用する物には劣るものの一個人が扱うには大きいロックジャベリンを魔術で投擲する。

 ブレイククレイの後頭部を粉砕した瞬間、ロックジャベリンは消え去った。


「処理まで一人でこなしたのは久しぶりですね。では、私は助手席に戻ります」


 レムン・ライさんはそう言って整備車両の助手席に戻って行った。

 あの人、あんなに強かったのか。年功序列で副団長をやっているんだと思ってた。

 開拓の最前線ってレムン・ライさんみたいな人がごろごろしてるんだろうか。

 タリ・カラさんが必死に勉強するのも、改造シャムシールを作ってほしいと依頼してきたのも分かる気がする。

 とにかく強くならなければ開拓の最前線で活躍などできないのだろう。

 ……頑張れ、ビスティ。



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