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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第五章  二人は摂理から外れている
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第七話  生き残り部隊

 洞穴で夜を明かし、俺たちは朝食もそこそこに捜索を再開した。

 雷は止んだが、雨は未だに降り続いている。

 長雨にうんざりしながらもレインコートを頼りに雨の中を突き進んだ。

 足元を注意深く観察し、車両や精霊人機が通った跡を探す。

 ほどなくして、打ち捨てられた車両群を見つけて、俺たちは速度を落とした。


「索敵魔術に反応がないってことは無人か?」


 車両の数は五台、沼に車輪を取られて立ち往生した車両に後続の車両がぶつかったらしい。


「玉突き事故だね。横転車両にまでぶつかってる」

「魔物に追われて速度を出し過ぎたんだろう」


 内訳は運搬車両三台と整備車両二台、荷物はそのまま残されている。

 周囲には刃こぼれした剣や逸れた魔術が当たったと思われる岩などがある。精霊人機での戦闘もあったのか、装甲の破片らしきものが落ちていた。


「ヨウ君、この整備車両のマークって雷槍隊じゃないかな?」


 ミツキに呼ばれて整備車両のマークを確認する。黄色い稲妻模様を背景にした槍の意匠、間違いなく雷槍隊の物だ。

 ワステード元司令官率いる雷槍隊がこの地点を通過したらしい。

 旧大陸派閥の指揮官であるワステード司令官が率いているなら、極限状態でもある程度の指揮と秩序を保っているだろう。生存の可能性が高まった。

 周囲の地面を調べるが、足跡は見つからない。長雨の影響でひどくぬかるんだ地面は足跡さえ消してしまったのだろう。

 玉突き事故を起こしていた車両の数も考えると、ワステード元司令官はある程度まとまった部隊を率いてリットン湖を離れたはずだが、周辺にそれらしき影はない。

 この車両群に残された物資を取り戻すために引き返してくるのを待つこともできるが、それよりは捜索を再開した方が良いだろう。

 比較的無事な車両の助手席に現在のボルスの状況などを書いた置手紙を残して、俺たちは車両群を後にした。

 一時的に小雨になった雨が、また激しさを増してくる。

 捜索を続けていると、索敵魔術が度々反応するようになった。

 索敵魔術の反応があるたびに確認しに行く。


「――また魔物か」


 俺はまだこちらに気付いてもいない中型魔物、ブレイククレイの頭を狙撃して射殺する。

 ここにきて、魔物の数が多くなっていた。

 俺たちに気付いて走ってくる小型魔物アップルシュリンプを自動拳銃で撃ち殺しながら、ミツキが口を開く。


「ワステード元司令官たちを見失った魔物たちがリットン湖に戻ろうとしてるのかもね」

「もしそうなら、救助対象はもう少し奥にいる事になるな」


 それでも、索敵魔術に反応があったら駆けつけて確認しないといけないし、紛らわしくて仕方がない。

 時折魔物の死骸が転がっているが、腐敗の具合から見る限り殺されてからしばらく経っている。

 まだ奥に進まないといけないのか。

 岩場を抜けて切り立った崖が近付いてきた頃、またディアの索敵魔術に反応があった。

 ディアの設定を変更して対象物の大きさを割り出す。人間か、さもなければ小型魔物だろう。

 反応があった地点に向かってディアを加速させる。

 雨粒のカーテンの向こうに人影があった。人数は七。

 ディアの速度を落として、人影に近付く。


「リットン湖攻略隊の生き残りか?」


 雨音でディアやパンサーの足音が消えていたからだろう、俺が声をかけると集団は慌ててこちらを振り向いた。

 見覚えがある顔だ。

 ベイジル率いるリットン湖調査隊で伝染病が流行った時に救援に駆け付けた部隊の隊長だったはず。

 隊長は俺とミツキを見て、眉を寄せながら剣を抜き放った。隊長の動きに合わせて部下らしき六人も剣を抜く。


「……開拓者、盗賊の真似事でもしに来たのか?」

「ずいぶんな言い方だな。何かあったら救援に来てくれとロント小隊長から依頼を受けていて、駆けつけたんだ。あんたらは?」

「ロント小隊……」


 俺の質問には答えず、隊長は胡散臭そうな目で睨んでくる。完全に目が据わっていた。

 ミツキが警戒を深めてパンサーの肩から魔導手榴弾を取り出す。正体を知らなければただの鉄の塊にしか見えないだろう。

 俺は七人を見回して、装備を確認する。

 剣を装備してこそいるが全身泥だらけで食料や応急手当の道具などが入ったリュックも背負っていない。


「ワステード元司令官の部隊が出した斥候ってわけでもないな。はぐれたのか?」


 いくら雨音で足音が消えていたとはいえ、俺たちの接近に気付かなかったのは斥候として致命的に注意力が足りていない。装備も遭難を警戒していない。

 斥候としての役を果たせるとは思えないし、ワステード元司令官がたった七人で斥候部隊を組んで外に出すとも思えない。

 この辺りは中型魔物も歩き回っているのだ。いくら軍人でも体力が落ちた今の状態の七人で倒せるかどうかわからない。

 隊長は俺の指摘に答えず、据わった目で剣先を向けてきた。


「食料を持っているなら出せ」


 人の事を盗賊呼ばわりした口でよく言う。


「切羽詰まってるみたいだな!」


 ポケットに忍ばせている圧空の魔導核をいつもの要領で起動し、足元の泥を一気に巻き上げて目潰しにしつつディアを反転させる。


「ミツキ!」

「凍結!」


 何をするかを悟られない様に日本語で返したミツキがパンサーを反転させつつ魔導手榴弾を足元に炸裂させる。

 投げつけた魔導手榴弾は凍結型だ。ぬかるんだ地面が一瞬にして凍りつき、隊長たちの足を地面に固定する。

 ディアを一気に加速させ、隊長たちから距離を取った。


「河の近くの崖へ向かえば友軍と合流できる! リットン湖は俺たちが来た方角だ!」


 隊長たちに肩越しに声をかけ、その場を離れる。

 いまは靴ごと地面に凍り付いて身動きできないが、込められた魔力がなくなれば自然に溶ける。

 見捨てるみたいで気分が悪いが、自業自得だ。


「遭難から今日で四日目だっけ。余裕がないのも当然かな」


 隊長たちが追ってきていないのを確認して、ミツキがため息交じりに呟いた。

 俺は頷きつつ、速度は緩めないまま先を目指す。


「今後は迂闊に近寄らない様にした方が良いな」

「あの人たち、ちゃんと崖に向かうかな?」

「さぁな。ここで盗賊しても儲からないだろうし、素直に向かうと思うけど」


 向かわないなら、それこそ自業自得だろう。

 索敵魔術の効果範囲を最大にして、岩場を駆け回る。

 もうすぐ崖に辿り着くというところで、ディアが鳴き、パンサーが唸る。直後、微かに足音を聞いた気がした。

 雨音に交じって聞こえにくいが、確かに足音が響いている。


「ヨウ君、やや右寄りにまっすぐいったところで反応があるよ」


 いち早く索敵魔術の設定を弄ったミツキに教えられるまま、ディアの頭を右寄りに向けて加速する。

 大型魔物という可能性もあるため、速度を調節しつつ前方に目を凝らした。

 激しい雨で白くかすむ視界に精霊人機らしきシルエットが浮かび上がる。

 速度を落としながら近付くと、大規模な集団だと分かった。

 精霊人機は八機、うち六機が真っ黒にカラーリングされた機体に特徴的な槍を持つ雷槍隊機だった。


「ワステード元司令官の部隊か」


 規模を見る限り、ワステード元司令官の部隊に加えて幾つかの小隊が集まっているようだ。

 見張りに立っていた三人組の兵士が俺たちに気付き、手を振って来た。三人組から一人が部隊の方へ走って行く。


「鉄の獣、ワステード副指令から通すように言われている。奥へ進んでくれ」


 残った二人組が仮設テントを指差す。

 友好的とは言えない視線ではあったが、無理にでも言う事を聞かせようという雰囲気でもない。

 ディアに乗ったまま仮設テントへ向かうと、テントの前に立っていた護衛の兵士が渋い顔をする。


「それに乗ったままテントに入るつもりか?」

「先ほど、あなた方のお仲間に襲われかけたもので、警戒させてもらいます」

「我々が襲う事など――」

「警戒しているだけですよ。だから話をしに来たんじゃないですか」


 押し問答が続くかと思ったが、仮設テントの中からワステード元司令官の声がかかった。


「そのままでいい、入ってくれ。いまは一刻を争う」

「失礼します」


 テントに入ると、ワステード元司令官が小さな机の上に置かれた紙を見て難しい顔をしていた。


「よく来てくれた。それにしても、早かったな」

「途中ではぐれた小隊を見つけて情報交換をしたんです。居るなら岩場だろう、と」

「その小隊は今どこにいる?」

「リットン湖とボルスの間の河の近くにある崖です。他にはぐれた部隊を見つけたらそこへ誘導してくれと言われました」


 そうか、と呟いてワステード元司令官が部隊名を聞いてくる。ミツキが答えると、ほっと息を吐いた。


「超大型の魔術で流されたかと思ったが、無事だったか」


 ワステード元司令官は机の上の紙を畳んで、俺たちに目を向ける。


「ホッグスはどうなった?」

「その前に確認させてください。ここにロント小隊はいますか?」

「ロント小隊……いや、救助した部隊にその名はない。そうだな。先にこちらの状況を話しておこう」


 そう言って、ワステード元司令官は目頭をもむと仮設テントの天井を仰いだ。

 ワステード元司令官の話は超大型魔物の出現までは以前聞いた内容と同じだった。

 だが、俺たちに話をしてくれたはぐれ部隊とは違い、ワステード元司令官は超大型が出てからも戦場に残っていたらしい。


「ホッグスが新大陸派の兵を連れて撤退する中、わたしは分断された旧大陸派の兵を回収するため、雷槍隊を率いて戦場に出た」


 雷槍隊は隊長機であるワステード元司令官のライディンガルを含めて全六機、すべてが雷を帯びた槍を振るう専用機だ。

 しかし、雨が降りしきる中では仲間を感電させてしまうため帯電機能を使用できず、実力を十分に発揮できなかった。

 混乱する各部隊を回収しつつ、魔物を相手に切り結ぶが、全部隊を回収する事は叶わなかった。


「超大型が本格的に動き出し、動くモノは人も魔物も区別なく食らい始めたのだ。奴は甲殻系魔物であっても容赦なく咀嚼しながら戦線を移動し始め、精霊人機の攻撃さえものともしなかった」


 帯電機能を制限されている事もあり、正面から戦う事は到底できないと判断したワステード元司令官は他の部隊との合流を断念し、回収した部隊と共にホッグスの後を追おうとした。

 しかし、ワステード元司令官は首を横に振る。


「ホッグスはまっすぐにボルスへと帰還するだろう。すでにホッグスを少なくない魔物が群れを成して追い駆けている。我々が後に続いてはさらに魔物を引き連れてボルスを危機に追い込んでしまう」


 ボルスは以前の甲殻系魔物の襲撃で受けた被害がまだ残っており、一部の防壁が機能していない。

 そんな場所へ魔物の群れを引き連れて帰還する事は出来ない。

 リットン湖からボルスまでは精霊人機で駆け抜けられる距離ではない。途中で魔物を引き離すことができたとしても、ボルスに帰り着く頃にはまともに戦闘ができる状態ではないだろう。ただボルスを危険に晒すだけだ。

 だから、進路を変更せざるを得なかった。

 ワステード元司令官が地面を指差す。


「そこで、足場が比較的安定している岩場へ逃げ込んだのだ。途中、甲殻系魔物に追われて車両を失い、半ば遭難しかけているところに君たちが来た。感謝している」

「感謝なら、俺たちに救援の依頼を事前に出していたロント小隊長に言ってください」

「そうだな。ところで、そのロント小隊だが、精霊人機を三機持っている部隊だったはずだな。ボルス、マッカシー間のヘケトを駆除した部隊だろう?」


 俺が頷きを返すと、ワステード元司令官はやはりか、と呟いて腕を組む。

 瞼を閉じてしばし考え込んだワステード元司令官は、おもむろに腕組みを解いて口を開く。


「思い出した。魔物の群れに飲み込まれかけながら他の部隊と合流し精霊人機六機で歩兵隊の撤退支援をしていたはずだ。おそらく、超大型に退路を塞がれて湿地帯か林へ逃げている。順当に考えれば、林だな」

「なんで林に逃げ込むんですか? 車両も精霊人機も通りにくいでしょう?」


 ミツキが首を傾げると、ワステード元司令官は「アレは実際に見なければわからんだろうな」と呟いて、説明してくれる。


「まず、ロント小隊は位置が悪い。周囲に物資を積んだ車両がないのだ。せいぜい、自前の整備車両のみだろう」


 もしも湿地帯で自前の整備車両しかなかったらどうなるか。

 すぐに洗浄液などの物資不足に陥るだろう。精霊人機がまともに動かせなくなってしまう。

 大型魔物に対抗できるのは精霊人機だけという状況下で、洗浄液をいたずらに消費する湿地帯を移動し続けるのは得策ではない。

 だが、林に逃げ込んでも精霊人機の行動が制限されてしまう。車両も思うように身動きができなくなるだろう。

 しかし、どっちがマシかと言われれば、林の方がマシだ。


「湿地帯のような開けた場所では大型魔物の脅威に絶えずさらされることになるから、行動が制限されるとしても林を選ぶ可能性が高いんですね?」


 ミツキが訊ねると、ワステード元司令官は深く頷いた。


「撤退戦をするのなら、大型魔物との戦闘を極力避けねばならない。林であれば大型魔物も行動を制限されるため小隊は逃げやすくなる。車両を捨てることになるだろうが、どの道時間の問題だ。あの状況下でいち早く態勢を立て直した小隊長の決断力ならば林を目指すだろう」


 ワステード元司令官の分析が正しければ、俺たちが岩場に向かったのは失敗だったことになる。

 しかし、ロント小隊との合流には遠回りになってしまったが、ここでワステード元司令官に出会えたのは大きい。

 雷槍隊は強力だ。崖の近くに陣取っていてくれればボルスから追い払われた甲殻系魔物が帰ってきても退路を確保してくれるだろう。

 ワステード元司令官が身を乗り出してくる。


「では、君たちの持っている情報を全て聞かせてもらおう」



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