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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第五章  二人は摂理から外れている
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第六話  捜索一日目

 降りしきる雨の中、レインコートもすでに役に立たなくなってきた頃、ディアが索敵魔術の反応を伝えるために鳴いた。

 豪雨にかすむ視界の先に精霊人機らしき影を見つけ、ディアをまっすぐに進める。

 片膝をついた駐機状態の精霊人機のそばには車両が数台止まっており、見張りらしき軍人も立っていた。

 見張りが俺たちに気付き、剣の柄に手を掛ける。


「何者だ!?」

「ボルスから来た開拓者です。ロント小隊を探しているんですが、ご存じありませんか?」

「ボルス……?」


 見張りはすぐに整備車両の助手席に視線を移し、部隊の責任者らしき年かさの男を大声で呼んだ。


「小隊長、ボルスから開拓者が来ました!」


 小隊長と呼ばれた年かさの男が整備車両から降りてくる。右腕に包帯が巻かれていた。包帯に滲む血の量が傷の深さを物語っている。

 俺は小隊長に助手席に戻るように言って、ディアを助手席に横付けする。

 窓を開けた小隊長がディアを見て顔を顰めた。


「よりにもよって貴様らか……」

「ご安心ください。あなた方を助けに来たわけじゃありません。俺たちは事前に受けたロント小隊の依頼を達成するために動いてます。あなた方はついでです」

「……言葉を慎め。それより、他の部隊はどうなっている?」


 俺は見張りの軍人を指差して、ミツキにボルスの状況を教えるように頼む。

 情報交換をするにしても時間がない。手分けした方が良い。


「見張りさん、こっち来て」


 ミツキが見張りを手招き、ボルスの状況を説明し始める。

 俺は小隊長に向き直った。


「こちらが持っている情報は全部渡しておくので、あの見張りに聞いておいてください。こっちの質問にも答えてもらいますよ」


 手際が良いな、と小隊長はため息を吐いて頷いた。


「何が知りたい?」

「全部です。ロント小隊はどこに向かいましたか?」

「三日前に魔物の襲撃を受けた際、いち早く部隊を立て直して前線に出た。ロント小隊は精霊人機を三機持っていたからな。おかげで他の部隊も態勢を立て直せたのだが――」


 小隊長曰く、部隊が態勢を立て直すとほぼ同時にホッグス率いる後方の部隊が撤退を開始、魔物を引きつけたという。

 直後にホッグスから直々に前方の部隊、つまりは旧大陸派の部隊全てに対して魔物の側面を突くよう命令が出た。

 新大陸派が正面から、旧大陸派が側面から攻撃を加えることで十字に魔物の群れを追い詰める作戦だととらえた各部隊はすぐさま連携した。

 しかし、旧大陸派の部隊が魔物の側面を突いた途端にホッグス率いる新大陸派の部隊が急速に戦場を離脱する。

 側面から攻撃を仕掛けた旧大陸派の部隊は魔物の群れの注意を一身に引き受けた。


「新大陸派共に嵌められた。囮にされたんだ」


 小隊長が悔しそうに呟き、続きを話す。

 急速に離脱を開始した新大陸派に置き去りにされてなるものかと、旧大陸派の各部隊が魔物の群れから離脱を開始する。

 しかし、雨の中でぬかるんだ湿地帯という事もあってなかなか撤退ができなかった。

 そんな中、精霊人機を有するロント小隊などが殿を務め、魔物の群れの進行を遅らせることに成功する。

 新大陸派との合流がもうすぐ叶う、そう希望を持った時にそいつが現れた。


「リットン湖の岸辺からカメ型の大型魔物が現れたんだ。タラスクではなかった。タラスクの倍の大きさはあったからな」


 カメ型の大型魔物は、合流を優先するあまり長く伸びていた旧大陸派の各部隊の行列に魔術で発生させた大波をぶつけた。

 かろうじて被害範囲から逃れた小隊長は、一瞬にして押し流された友軍を見てカメ型魔物からいち早く距離を取るべきだと判断して新大陸派との合流を放棄、その場を離脱したという。


「他の旧大陸派の部隊も似たようなものだろう。あのカメ型魔物が現れた瞬間に三々五々に散って行った。現場は完全に混乱していてどこの部隊がどこへ逃げたかもわからん」


 散らばったのか。広範囲を探し回る事になりそうだな。


「ヨウ君、こっちは終わったよ」

「あぁ、じゃあ行くか」


 ディアをリットン湖の方角へ向ける。

 小隊長が助手席の窓から身を乗り出してきた。


「他の部隊を見つけたら河の近くの崖に誘導してくれ」

「最初からそのつもりです。ボルスに先行すると碌なことになりませんからね」

「……何の話だ?」

「詳しい事は見張りの人からどうぞ」


 ボルスは現在、ホッグスたちを追ってきた甲殻系魔物による攻撃を受けているはずだ。小隊一つが乗り込んだところで、ボルスに到着するより先に甲殻系魔物に食われるだろう。

 俺たちは後の説明を見張りに任せて、小隊から離れた。

 並走するミツキに、小隊長から聞いた話を伝える。

 すべてを聞き終えたミツキはリットン湖の方角を見た。


「ロント小隊が殿を務めたなら、魔物の群れに囲まれて逃げ遅れたかもしれないんだね」

「それを確かめるために、一度リットン湖の戦場跡まで行かないとな」


 それに、小隊長の話にはワステード元司令官率いる雷槍隊についての話が無かった。

 雷槍隊が救援に出るより先に小隊ごと離脱してしまったのだろう。

 泥濘に足を取られそうになりながらも到着したリットン湖は降り続く雨の影響で大きく波が立っていた。

 戦場となった湿地には魔物の死骸が点在している。人の物らしい骨も転がっており、打ち捨てられた車両や、精霊人機から弾き飛ばされたらしい遊離装甲の残骸などが目につく。

 やはりというべきか、生き残りはいないようだ。

 死体を漁っていて群れに取り残されたらしいエビ型の小型魔物アップルシュリンプやザリガニ型の中型魔物ブレイククレイを始末しながら、車両などを見て被害を受けた小隊を確認していく。

 ロント小隊の精霊人機や車両は見当たらない。


「ヨウ君、そろそろここを離れて岩場に向かおう」


 確認を終えて、ミツキがリットン湖の対岸、岩場の辺りを指差す。

 すでに日も沈みかけているため、これ以上の捜索は難しいだろう。


「そうだな。戦場跡で寝てると魔物に襲われそうだし」


 リットン湖の湖岸を半周する形で移動し、すっかり暗くなった頃に岩場へ到着する。

 群れからはぐれた魔物がちらほらと見つかるが、生存者は見当たらなかった。

 見上げた空は真っ暗で、未だに雨は降り続いている。

 止む気配を見せない雨にうんざりしながら足場に注意しつつ岩場を進んでいると、巨石が二つ折り重なってできた大きな洞を見つけた。

 雨をしのぐにはちょうどいい、と二人で洞の中に入る。


「あぁ、もうびしょ濡れだよ」


 レインコートを脱いだミツキが体に張り付く服を鬱陶しそうに引っ張る。


「生地が伸びるぞ」

「私が成長するから大丈夫」


 俺も期待していいのだろうか。

 ディアとパンサーを駐機状態にして簡易テントを設営し、俺もレインコートを脱ぐ。

 洞の入り口に張ったロープにレインコートを引っかけて、荷物から代えの服を取り出した。


「ヨウ君の貴重な着替えシーン」

「実況するなよ」


 振り返ると、ミツキが下着姿で俺のすぐ後ろにいた。

 ぺたぺた、と雨で冷えた手で俺の体を触り、満足そうに頷く。


「開拓者生活も長くなってきたからか、ちゃんと筋肉ついてきてるね」

「同業に比べるとまだまだだけどな。移動はディアだし、武器も狙撃銃だからあんまり筋肉も使わないのが原因だろうけど」


 魔導対物狙撃銃はかなりの重量があり反動も強烈だが、そういった負担はほとんどディアが軽減してくれている。

 対物狙撃銃よりもはるかに軽い魔導拳銃を使用しているミツキも出会ったころとほとんど変わらない細腕だ。


「というか、下着姿で男の体を触るなよ」

「ヨウ君になら何されてもいいから大丈夫だよ」


 にっこり笑って、ミツキが両手を広げる。

 こんな洞穴で何かできるわけでもない事はミツキも十分承知の上でこの台詞である。あざとい。

 互いに背を向けて服を着替え、ようやく一息ついた。

 濡れた服もロープに引っかけると、洞の入り口が完全に塞がる。ディアとパンサーの索敵魔術があれば、魔物やリットン湖攻略隊の生き残りが来ても先に発見できるため、洞の入り口がふさがっていても気にしなくて済む。


「暖簾みたいになったね」


 ミツキがロープにかかっている服を指先でつつく。

 遮るべき視線も魔物の領域であるこのリットン湖周辺にはないのだが、なんとなく入り口がふさがっていると安心感があった。

 ミツキは右手で暖簾を掻き分けて外の様子を窺う。


「雨は止みそうにないし、明日も雨天行軍だね」

「体を冷やさない様に暖かくして寝た方が良いな。今日一日中濡れ鼠で過ごしたし、明日もそうなる」

「髪がゴワゴワだよ。帰ったらゆっくりお風呂に入りたい」


 ミツキがタオルを髪に当てて渋い顔をする。

 ミツキが料理を始める傍らで、俺はレインコートを風魔術や火魔術を駆使して乾かす。

 痛むのを承知の上で乾かしたレインコートは皺だらけだ。

 ディアやパンサーの背に皺だらけのレインコートを敷いて、重石を乗せて皺を伸ばした後、防水用の油を塗布する。

 風魔術で換気しながらレインコートに油を塗り終わったら、ロープに吊るして再び乾くのを待つ。


「サンドイッチできたよ」


 ミツキが皿の上にサンドイッチを乗せて持ってきた。

 ピクルスやチーズを挟んだそのサンドイッチを片手に、俺は地図を広げた。


「明日は岩場を中心に捜索する。車両の通った跡や精霊人機の足跡が見つかればそれを辿って行こう」

「岩場にロント小隊がいなかったら?」

「一度崖まで戻る。何事もなければ月の袖引くも崖に到着している頃だろうからな」


 甲殻系魔物を上手くやり過ごしてくれていればいいが、場合によっては一時撤退を余儀なくされているかもしれない。

 もしも撤退していた場合、月の袖引くはボルスが甲殻系魔物を追い返すのを待ってから再出発するだろう。


「とにかく、明日どれくらい孤立した部隊を崖に誘導できるかがカギになる。いつ甲殻系魔物の群れがリットン湖周辺に帰ってくるか分からないからな」


 リットン湖周辺に甲殻系魔物が戻れば捜索はさらに困難になるし、見つかったとしてもうまくボルスまで撤退できるか分からなくなる。

 サンドイッチを食べ終えて、俺はディアとパンサーの泥汚れを落としにかかる。

 丸一日、雷雨の中で湿地帯を駆け抜けただけあって汚れもひどい。

 洗浄液を使って泥汚れを落としている俺の隣では、ミツキがレインコートに裏地を当てていた。


「行方不明の部隊に整備車両が無かったら悲惨だよね。精霊人機を泥だらけのまま動かし続けるわけにもいかないだろうし」

「軍の精霊人機だからある程度は丈夫に作ってあるだろうけど、この雨だとな」


 仮に整備車両ごと上手く逃げおおせたとしても、洗浄液がなくなると万事休すだ。

 車両がなくなると雨をしのぐ場所も確保できず、体力も消耗する。


「川の近くに陣取っている可能性もあるな。飲み水の確保ができるかどうかでも違うし、間に合わせでも洗浄液として使えない事はない」

「なら、明日は川のそばを重点的に探そうね」


 予定を組み立てながら、捜索一日目の夜を過ごした。



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