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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第五章  二人は摂理から外れている
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第五話  リットン湖攻略失敗

「確か、三日前にもこんな天気でしたよね」


 料理屋の看板娘が店の入り口から外をのぞいてため息を吐く。

 特に新しい情報もないだろうと思いながらも、俺たちが精霊獣機に乗っていると知りながら態度を変えない彼女との関係を大事にしようと、俺たちは定期的にこの店を訪れていた。

 俺は窓から空の様子を窺う。

 まだ朝の八時頃だというのに、いかにも重たそうな黒い雲が空一面に広がっている。

 三日前、月の袖引くの精霊人機の改造成功を祝して打ち上げをやったり命名式をやったりした翌日も、こんな天気だった。


「胸ごと押しつぶしてきそうな、不安になる嫌な天気ですよねー」


 のんびりした口調で言って、看板娘は厨房からの声にそそくさと仕事へ戻って行った。

 ミツキが机に頬杖を突き、窓から外を眺める。


「あめあめふれふれって言える状況じゃないんだけどね」

「早く止んでほしい所だな」


 窓の外は土砂降りと呼ぶのにふさわしい激しい雨が降っている。

 リットン湖周辺は湿地帯と崖や岩場、林で構成されている。この雨では増水の危険もあり、リットン湖攻略隊は水場からやや離れた場所に移動している事だろう。

 リットン湖に向かう途中の河の様子も気になる。増水していると迂闊に渡る事も出来ない。

 ワステード司令官からもらった進軍経路には河に簡易的な橋を掛けると書かれていたが、河の状況次第では橋も流されているかもしれない。

 俺たちだけならともかく、精霊人機を持つ部隊が増水した川を渡れるだろうか。


「……早く止まないかな」


 空を見上げて呟く事しかできなかった。

 そして、どうやら関係者の中に雨男、ないしは雨女がいたらしい。

 ボルスの入り口から大通りを進んでくる車両の群れが店の前を走り抜けていく。

 リットン湖攻略隊の車両だった。軍の車両ならば標準装備ともいえる遊離装甲を身に着けていないため一瞬反応が遅れてしまったが、車両後部に描かれた隊章に見覚えがある。

 しかし、帰還するという報告は届いていないはずだ。

 看板娘だけでなく、厨房の料理人たちまで店内に出てきて窓から様子を窺い始める。


「ボロボロなのにあんなに急いで、何かあったんですかね?」

「そもそも、まだ帰還する日じゃないだろ。予定を前倒しするにしても早すぎだ」


 看板娘と料理人が会話する中、俺はミツキと一緒に席を立つ。


「すみません、用事が出来たので頼んでいた料理を食べてる時間が無くなりました。お勘定、ここにおいて行きます」

「あ、はい。……お気をつけて」


 看板娘が何かを察したように不安そうな顔で見送ってくれた。

 俺たちはまっすぐに月の袖引くの倉庫に向かう。

 リットン湖攻略隊に何かが起きたのなら、月の袖引くの倉庫に連絡があるはずだ。

 ギルドで精霊獣機に乗り、倉庫まで一気に駆け抜ける。

 月の袖引くの倉庫では、すでに出発の準備が完了しているようだった。

 タリ・カラさんが俺たちに気付いて車両から降りてくる。


「リットン湖攻略隊が帰還したと聞きましたが、状況は分かりますか?」

「月の袖引くにも情報が届いてないんですか?」

「という事は、お二人も何も知らないんですね」


 タリ・カラさんが眉根を寄せて大通りの方角を見る。

 倉庫の屋根を叩く雨音がうるさくて、街の様子は分からない。

 リットン湖攻略隊に何があったのか分からないが、帰還した今になっても俺たちのもとに情報がないという事は帰還の先触れなどはなかったのだろう。

 レインコートの水気を取りつつ、空を仰ぐ。この雨は当分止まないだろう。

 その時、雨の中を駆けてくる青年の姿を見つけた。整備士君だ。

 俺たちの下に辿り着いた整備士君は肩で息をしながら報告する。


「リットン湖攻略が失敗しました。三日前の雨の中、ボルス襲撃の残党と思われる甲殻系魔物の群れに攻撃されて攻略隊は分断され、直後にカメ型の超大型魔物に側面攻撃を受けた模様です」

「取り残された部隊は?」


 倉庫の中に整備士君を入れてタオルを渡し、報告の続きを促す。


「先陣を切っていたリットン湖攻略隊として参加した新兵の部隊全て、マッカシー山砦の随伴歩兵部隊、整備車両部隊、運搬車両部隊です。ワステード副司令官が直属の雷槍隊を率いて救援に出たようですが、その後の消息は不明。この情報は帰還できたボルスの兵からもらっていますので、まず間違いないかと」


 ロント小隊にワステード元司令官、ついでにリンデたち随伴歩兵部隊も残されてるのか。

 取り残されているのは全部で二千人ほど。三日が経っている今、どんな状態になっているかはあまり想像したくない。


「――お嬢様、地図をお持ちしました」


 レムン・ライさんがリットン湖周辺の地図を広げる。以前、ベイジルたちと調査に赴いた際に作った最新の地図だが、リットン湖の湿地帯と林の一部しか記載されていない。

 タリ・カラさんが整備士君に地図を見せる。


「魔物の群れに襲撃された地点は?」

「リットン湖直近の湿地帯です。詳しい場所までは残念ながら分かりませんでしたが、取り残された部隊は小隊ごとに分散してしまった可能性が高いそうです。いくつかの部隊については生存が絶望的との事でした」

「どんな規模の群れだったんですか?」


 タリ・カラさんの問いに、整備士君が苦い顔でリットン湖の方角を見た。


「直に分かると思います。その群れがボルスへ帰還した部隊を追ってきているそうですから」

「――ここが戦場になるんですか?」


 おそらくは、と整備士君が頷く。

 まずい。ボルスが戦場になると俺たちが救援に出ていけなくなる。

 整備士君が報告を続けた。


「生存が絶望的と考えられるのは魔物の群れに襲われた事よりも、続く超大型魔物による攻撃が原因です」

「さっきも言ってましたけど、その超大型魔物ってなんですか?」


 整備士君は、情報が足りないと言いつつ、説明してくれた。


「大型魔物タラスクの倍の大きさがあったと報告されています。雨の中、視界も悪かった事、混乱していた兵の証言であることを差し引いてもかなりの大きさがあったと思われます。その超大型魔物は魔力袋を持っているらしく、リットン湖から出てくるなり直線上を押し流すような大波を放ってきたとの事でした。この鉄砲水に流された部隊の生存は絶望的です」


 超大型魔物が放つ大波による被害を減らすために部隊が分散したのか。

 広範囲に散らばっているのなら、救助の難易度がさらに跳ね上がる。


「どうしてこんなに連絡が遅くなったんですか?」

「ホッグス司令官は伝令を出したと言っていますが、こちらには届いていません。ベイジルさんは追及しませんでしたが、本当に出したかは疑わしいですね」


 整備士君の悔しそうな顔から視線を外し、俺はレインコートのフードを被る。布に油を染み込ませた物で、防水性は前世のレインコートと比べるのもおこがましいがないよりはましだ。


「河の増水については?」

「昨日の夜の時点では渡河に問題ない水位だったとの事ですが、今朝からの雨を考えると早く渡らないと危険でしょうね」


 ひとまず聞けるだけの情報は聞いたか。

 俺はディアに跨ってタリ・カラさんを振り返る。


「河が増水している危険もありますけど、それ以上にこの雨で視界が悪すぎます。離れると連絡を取り合うのも難しいでしょうけど、先にロント小隊を発見するべきです。俺とミツキで先行しますから、後からきてください。崖を合流地点にしますが、俺たちがいなかったらまだロント小隊を見つけていないと判断して、リットン湖のそばにある岩場へ向かってください」


 遠距離での連絡でよく使う火魔術のファイアーボールや、光魔術のライトボールなどは、視界が悪すぎて使えない。

 こういった場合は離れすぎない様に行動するのが基本だが、月の袖引くの歩調に合わせていると手遅れになる恐れもある。

 俺たちならば視界の良し悪しに関係なく索敵ができるため、ロント小隊の他、ワステード元司令官の雷槍隊などを早期に発見、合流できる可能性が高い。

 ロント小隊長の事だ。精霊人機の動きを阻害されやすい林に入る事はないだろう。また、岩場ならば雨でも地盤がある程度安定しているため、ロント小隊の精霊人機のようにハンマーを主体とした装備をした精霊人機でも十分に戦える。

 もしも岩場に居なかったら、ロント小隊長がそれだけ追いつめられた判断を下さざるを得なかったという事になる。捜索を断念することも視野に入れなくてはいけない。


「ミツキ、出るぞ」

「うん。青羽根のみんな、ビスティの事をお願い。危なくなったら港町で落ち合おうね」

「自分の心配だけしておけよ。ボルスには生ける伝説もいるんだからな」

「念のためだよ」


 ミツキがパンサーを加速させる。

 俺はタリ・カラさんやレムン・ライさんに頷いて、ミツキに続いた。

 ホッグスたち、逃げ帰ったリットン湖攻略隊を甲殻系魔物が追いかけてくるという情報に、防衛軍やギルドが備え始めている。

 俺とミツキは防衛軍やギルドの部隊をすり抜けて、ボルスの防壁を潜り抜けた。

 道の先、豪雨をものともせずに走っている二人の開拓者の姿が見える。

 森に入るのを後回しにして、俺は先行している開拓者の横に並んだ。

 予想通り、凄腕開拓者の二人だった。

 二人が俺たちを見て、頷く。


「ロント小隊の救援か?」

「そうです。後から月の袖引くって開拓団も来ますから、俺たちの名前を出して乗せてもらってください。それから、この先から甲殻系魔物の群れがボルスへ進攻中との情報があります。気を付けて」

「そっちこそ、気をつけろよ」


 短く言葉を交わして、俺は再び速度を上げ、街道を外れて森に入り込んだ。

 激しい雨で地面がかなりぬかるんでいる。ディアの足が嵌まりそうになるが、それでも木の根で固まっている森の中を突っ切る方が街道を道なりに進むよりも早い。


「問題は湿地だね」


 豪雨にかき消されそうになる声を張り上げて、ミツキが声をかけてくる。

 この森を抜けた先にある湿地帯はこの雨で所々に沼を作っているだろう。

 リットン湖攻略隊が襲撃されたのが三日前、精霊人機の稼働時間はとっくに過ぎている。魔力を込め直すことができたとしても湿地帯に雨という悪環境でどこまで戦えるか。


「湿地帯を突っ切る。とにかく、時間がない」

「魔物は?」

「戦闘を回避するしかない。晴れていれば後続のために群れを誘導してどこか遠くに置き去りにしてるところだけど、ぜいたくは言えないだろ」


 話している内に森が途切れ、目の前に広大な湿地帯が広がった。


「おいおい、ちょっと待てよ」


 ディアを急停止させ、直角に進路を変更する。

 正面に甲殻系魔物の群れが見えたからだ。ディアの索敵範囲外でもそうとわかるほどに大きな群れだった。

 この規模の群れに襲われたんだとしたら、逃げ帰って来れただけホッグスの指揮能力も馬鹿に出来ない。

 群れは進みやすい街道を無視して森の中へ突っ込んでいく。


「もう少し遅かったら森の中で鉢合わせしてたな」


 さすがにぞっとする。動きの遅い甲殻系魔物が相手だから十分に逃げ切れはするだろうけど、動きを阻害される森の中ではどうしても膨大なタイムロスになっていた。

 ミツキが後方を振り返り、心配そうな顔をする。


「タリ・カラさんたちが鉢合わせしないといいけど」

「街道を進んでいくからすれ違う形になると思うけど、群れが進路変更すると側面を突かれて厄介なことになるかもな」


 元は開拓の最前線で活躍していた開拓団だというし、戦闘員も含めて戦闘経験は豊富だろうから切り抜けてくれることを祈るしかない。

 魔物の群れを大きく迂回する形で避けて、河に向かって直進する。

 雨は激しさを増して雷雨となり、視界も足場も悪化する一方だった。

 大粒の雨が痛いほどに顔を叩く。

 河に辿り着いて、俺は橋の状況を確認する。石で作った土台に木の板を乗せただけの簡易的な物だが、整備車両などが渡れるように丈夫に作ってあるらしく、増水した河の水圧に抗っていた。


「ヨウ君、対岸のあれって」


 ミツキに言われて、対岸に目を凝らす。

 不意に落ちた雷に青白く照らし出される大破した精霊人機の姿があった。


「足止めにホッグスが残した、とか?」

「それにしては数が少なすぎる。行方不明の部隊が運悪くさっきの群れに鉢合わせしたんだろう」


 橋を渡って対岸についた俺は、ミツキと手分けして所属部隊を探る。

 精霊人機の肩の外部装甲を見つけ、マークを確認した。


「リットン湖攻略のために来た新兵さんの部隊だね。車両がないけど」


 もっと言えば、死体もない。血の痕さえこの豪雨で洗い流されて、大破した精霊人機は趣味の悪いオブジェにしか見えなかった。

 ここに生きた人間がいたかどうかさえ、怪しくなる惨状だった。もしかしたら付近に生き残りがいるかもしれないが、ディアの索敵範囲にはいないようだ。


「行くぞ。酷なようだけど、死んだ奴にかまってられない」


 甲殻系魔物の群れがボルスに向かっている以上、この先には魔物がいない空白地帯が広がっているはずだ。

 油断はできないが、索敵魔術に反応があり次第、生き残りだと思って急行した方が良いだろう。

 俺は豪雨にかすむ湿地とその奥にそびえる崖を見る。


「崖は迂回して、周辺を探りながら進もう。崖の上に生き残りがいないのはほぼ確定だからな」


 あの崖は精霊獣機が無ければ登れない。生き残りがいたとしても、崖の周囲を回って河を目指しているはずだ。

 俺たちは大破した精霊人機を放置して、河を後にした。



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