第四話 性能検査
最終的に、タリ・カラさんたち月の袖引くはビスティの入団を認めた。
団員の出自に関する説明もあったが、恋は盲目というべきか、タリ・カラさんと一緒に居られることに舞い上がっているらしく思うところは何もないらしい。
ディアに乗ってテイザ山脈を越えた経験もあって、誰しも事情があると割り切る考えが芽生えたというのはビスティの談である。
とはいえ、
「――ロント小隊の救援に関してはビスティも留守番か」
「戦力外なので……」
ビスティが気落ちする。
元行商人のビスティは戦闘経験がない。いきなり未開拓地で戦闘に巻き込まれたら死ぬ可能性は極めて高い。
ビスティがボールドウィンに頭を下げた。
「お世話になります」
「おう。留守番の間、ちょっと訓練してやるから、そう気を落とすなって」
ボールドウィンが気を遣ってビスティの背中を叩く。
「こんなに体が細いとどんな武器を使っても意味ないけどさ!」
「ボールドウィン、追い打ち掛けてどうする」
「ん?」
失言に気付いていない様子のボールドウィンに呆れつつ、俺は話題を転換する。
「月の袖引くの精霊人機はどうだ?」
「転倒はほとんどなくなったぜ。スラスターの影響も大きいけど、操縦士も呑み込みが早いからな。伊達に二年間実戦を経験してないな」
ひとまず一番心配だった転倒リスクは解消されたらしい。
これでロント小隊の救援に行っても大丈夫だろう。
「武器は?」
「ウォーターカッターだろ。ギルドに訓練場の使用許可を願い出てたんだけど、まだ許可が下りなくてさ。俺たちが関わってるって聞いて、また新型機を作ったとでも思ってんじゃねぇかな」
「ギルドのお偉いさんが見学に来る、とか?」
俺が訊ねると、ボールドウィンは深く頷いた。
「後は弓兵機のベイジルさんも来るかもしれないぜ」
「ベイジルか。まぁ、性能が専用機並みってわけでもないから大丈夫だとは思うが」
そう、性能自体はさほど高くないのだ。
ただ、この世界において、ウォーターカッターは未知の武器であり、注目される可能性がある。
「左手に仕込んでいるウォーターカッターはいいとして、改造シャムシールはどうするかな」
左手側は射程も短く、軍関係者の目に留まっても脅威とは取られないだろう。
だが、改造シャムシールは違う。俺とミツキが金を出して完成させたあのシャムシールは鍔迫り合いが不可能で、盾などで受け止めることも難しい。スペック上はそれくらいの切れ味を持っている。
あくまでも、スペック上の話だし、実際にどうなるかは分からないんだけど。
俺は打ち上げの準備のために倉庫に机を運びつつ、倉庫端に置かれている改造シャムシール、流曲刀をみる。
月の袖引くの精霊人機が装備しない限りただの魔導合金製のシャムシールでしかない流曲刀は白い刃を窓から差し込む光に煌めかせている。
視線を転じれば、打ち上げのために料理を用意している月の袖引くや青羽根の女性の姿があった。十三歳のミツキは最年少ながら、人一倍キリキリ働いている。
……あの割烹着、自作か?
一体いつの間にあんな物こさえたんだろうと思っていると、後ろから青羽根の整備士長に肩を叩かれた。
「彼女に見惚れてんな。さっさと準備を手伝え」
「僻むなよ」
「僻んでねぇよ!」
机と椅子を並べ終えた時、倉庫にギルドの職員が訪ねてきた。
即席のパーティー会場と化した倉庫内を見回して苦笑してから、タリ・カラさんを呼び止める。
「訓練場の使用許可が下りました。それと、見学を希望する方がいらっしゃるので、こちらで名簿を作って参りました。ご確認ください」
タリ・カラさんが眉を寄せて名簿に目を通し、レムン・ライさん、ボールドウィン、俺の順番に名簿を回す。
受け取った名簿にはボルスのギルド支部長の名前やベイジル、更にはボルスに詰めている軍の整備士の名前までいくつかあった。
この名前、整備士君か?
タリ・カラさんが職員を見る。
「見学をお断りする事は出来ますか?」
「見学は可能な限りお控えください、と通達した上でその人数です。私共ではこれ以上減らす事は出来ませんでした。後は月の袖引くの皆様方で個人的に話をつけていただくしかありません」
職員が名簿を指差しつつ申し訳なさそうに言う。
「それでも、青羽根と鉄の獣が開発に関わっているという事で、ギルド支部長がどうしても確認したい、と。ベイジルさんも個人的な興味というよりはボルスの防衛を預かっている身として士気に影響の出るその……」
口ごもった職員がディアとパンサーに視線を投げた。
士気に影響の出る形状をしていないか確認したい、という事か。
「ベイジルだけでなく整備士がいるのは?」
「そちらは純粋に技術的な興味のようです。特許申請のあったウォーターカッターなるものに興味があるとの事でした」
やっぱり食いついてきたか。
俺はタリ・カラさんや青羽根の整備士長と目配せし合ってから、口を開く。
「質問は一切受け付けません。それから、あくまでも遠目に見学するだけです。また、使用した的はすべてこちらで処分します。それと、俺たちの訓練場の使用時間はどんな理由があろうと短縮しない事に同意をお願いします」
訓練場を借りる側ではあるが、条件を守ってもらえない訓練場ならば借りる意味などない。
俺が付けた条件を手帳に書き込んだ職員は、しばらく考えた後で頷いた。
「了解しました。的の買取価格ですが、タラスクの甲羅はそれなりの金額になります。的を他の物に変更しますか?」
「変更はしません」
的の買取に関しては俺のポケットマネーでやってしまえばいい。こんななりでも金持ちなのだ。ウォータカッターの威力次第では研究したいといってくる輩もいるだろうし、そいつらから使用料を毟り取れば元もとれる。
細々した条件もすり合わせて、職員に帰ってもらう。
「打ち上げは訓練場から帰ってきてからでいいな」
もうほとんど準備も終わっている打ち上げ会場を見回して、ボールドウィン達に確認する。
訓練場に行くのは操縦士であるタリ・カラさんやボールドウィン、月の袖引くの整備士と青羽根の整備士長、それに俺とミツキだ。
他のメンバーは打ち上げの準備である。
月の袖引くの整備車両を回して精霊人機を乗せ、ボルスの端にある訓練場へ向かう。
さすがは軍事拠点というべきか、訓練場はきちんと土を運び込んで均した立派な物だ。
俺は観覧席に視線を向ける。
「お偉いさんが雁首揃えて、そんなに注目しなくてもいいだろうに」
ベイジルやギルド支部長が観覧席に座っている。整備士君たちは険しい顔を向けてきた。
精霊獣機を乗り回している俺とミツキが協力して改造した精霊人機という事で妙な物が出てくるのではないかと想像しているのだろう。
整備車両からタリ・カラさんが乗り込んだ精霊人機が出てくる。
観覧席からいささかがっかりしたような気配が伝わってきた。
青羽根の精霊人機スカイのように見た目が大きく変わっているわけではないためだろう。
軍よりも開拓団で愛用されるラウルドⅢ型というのも整備士たちの失望の原因だ。整備が非常に容易ではあるが、出力などは低く軍ではあまり使われていない。軍の間では技術に劣る開拓者連中に人気の機体、という認識らしい。
体高七メートル、使用している遊離装甲も目立ったところはなく、見た目の上では購入したばかりのラウルドⅢ型と全く変わらない。唯一の違いは両肩に月の袖引くのシンボルマーク、服の袖を背景にした月が描かれている点くらいだろう。
タリカラさんの乗り込んだ精霊人機が腰に提げた二本のシャムシールのうちの一本を取る。俺とミツキが開発した流曲刀は鞘に収まったままだ。
「では、始めましょう」
レムン・ライさんが開始の合図を告げると、精霊人機がシャムシールを振り抜く。
内部に増設した貯水槽や配管が動きを阻害していないか不安だったが、特に問題はないようだ。
観覧席の整備士たちがさらに失望したような空気を出している。さっさと帰りたい、と言わんばかりの空気だ。
というか、帰れ。お前らがいると流曲刀を本気で使用できないだろうが。
どんな改造を施したか知らなければ、ラウルドⅢ型の低い出力でシャムシールを振り回しているようにしか見えないだろうから、面白みに欠けるのは分かる。
だが、俺たちは観客席を沸かすために訓練場を借り受けたわけではない。
しばらく素振りをしていた精霊人機は満を持して訓練場に置いてあるタラスクの甲羅の前に立つ。
シャムシールを上段に構え、振り下ろす。
ガンッと硬い物同士がぶつかり合う音がして、シャムシールはあっけなく弾かれた。タラスクの甲羅にはわずかに切り傷が付いている。
「ラウルドⅢ型の出力だと傷をつけるのが精いっぱいか」
結果を見て呟くと、ボールドウィンが否定するように首を振った。
「むしろ、ラウルドⅢ型で特殊な装備も使わずにタラスクの甲羅に傷を付けた実力を評価するべきだ。並みの腕なら傷一つ付かねぇよ」
スカイの操縦士であるボールドウィンから見ると、タリ・カラさんの腕はかなり良いらしい。
観覧席のベイジルやギルド支部長を見てみると、ボールドウィンの評価を裏付けるように感心したような顔でタラスクの甲羅の傷を見ていた。整備士たちはつまらなそうにしている。
現場と裏方の違い、というところだろうか。
整備士にとっては操縦士の腕に頼った結果は重視できないのだろう。誰でも同じ結果を出せるようにするのが彼らの仕事なのだから。
レムン・ライさんが俺たちを見てくる。
次に移るかどうか、判断を仰いでいるのだろう。
「タラスクの甲羅の硬度は確認できました。左手を使用してください」
俺が指示を出すと、レムン・ライさんが頷いて拡声器を使ってタリ・カラさんに伝える。
精霊人機の拡声器越しに「了解」と答えが返って来た。
精霊人機が一歩タラスクに近付き、左手を向ける。
俺の隣で左手の平とタラスクの甲羅の距離を測っていた青羽根の整備士長が計測完了の合図を出すと、精霊人機は左手に仕込んだウォーターカッターを使用した。
次の瞬間、甲高い切断音が訓練場に響く。
ウォーターカッターの使用は一瞬だったが、甲羅の手足や頭を出すための穴から水がこぼれ出す。
精霊人機が左手を退けると、甲羅に円形の穴が開いているのが確認できた。
「――は?」
観覧席から戸惑いの声が上がり、ざわざわとどよめきが広がる。
観覧席の反応に、青羽根の整備士長と月の袖引くの整備士たちが笑いをかみ殺していた。
俺はレムン・ライさんに指示を出す。
「有効射程を測りたいので、段階的に左手を甲羅から離してみましょう。整備士連中も笑ってないで給水の準備に入れ」
ウォーターカッターはとにかく水を使う。戦闘時ならば魔術で代用するが、今は訓練場だ。魔力をいたずらに消費する必要もない。
頻繁に給水を挟んでいると、使用可能時間が極端に短い事に気付いたらしく、観覧席は落ち着きを取り戻した。
有効射程を測り終えると、観覧席からぽつぽつと帰り始める者が出てくる。
計測の結果、左手のウォーターカッターの有効射程は一メートル弱。足元の敵にさえ屈まなければ使用できないと分かった。
貫通力、切断力は特筆すべきものがあるが、有効射程があまりにも短い。使いこなすには操縦士の高い技術が必要になるだろう。まさにロマン武器。パイルバンカーかと。
観覧席の整備士たちは操縦者の腕次第で脅威度が大きく変わるウォーターカッターの仕様に物足りない様子だったが、ベイジルの反応は違った。
同様の反応を示しているボールドウィンが呟く。
「アレ、重装甲殺しじゃね?」
「タラスク相手に使える武装って事で作ったからな。精霊人機の重装甲相手でも機能する兵器だ」
ちなみに、ボールドウィンが乗っているスカイにはあまり効果が無かったりする。
スカイの遊離装甲は中身を取り除いた空洞のセパレートポールに圧空で生み出した圧縮空気をぶつけて衝撃を殺す機能を持っている。
このため、ウォーターカッターを使用してもセパレートポールに開いた穴から圧縮空気が吹き出し、ウォーターカッターの威力を減衰させるのだ。
ボールドウィンに説明してから、俺は腕を組む。
「うちの子がうちの子に負けるわけないだろ」
「くっ、親バカ発言に救われる自分が心底情けない」
バカをやってるうちに、タリ・カラさんが精霊人機から降りてきた。
終わったと勘違いした観覧席の整備士たちが帰り始める。
ギルド支部長とベイジル、整備士君が訓練場に下りてきて、俺たちのところへやってきた。
「なかなかに面白い武装ですね。新開発した水魔術ですか?」
「質問は一切禁止です」
ギルド支部長にすげなく言い返して、俺は手を叩いてみんなの動きを止める。
「お偉いさんが来たから、みんな作業を止めて整列してくれ」
ぞろぞろと並んだ月の袖引くの整備士たちに、ギルド支部長が苦笑する。
「どうぞ、気にせず作業を続けてください」
誰が続けるものか。これ以降の作業は特許申請さえしていない月の袖引くの重要機密だ。誰かの目がある所でやれるものか。
タリ・カラさんがギルド支部長に向かって首を振る。
「いえ、礼儀は大切です。支部長や生ける伝説がお帰り頂くまで作業は中止です」
団長兼操縦士であるタリ・カラさんの言葉に反論できるはずもなく、ギルド支部長は困ったように笑った。
「そうですか。では、わたくしはこれで失礼します」
帽子を取って軽く頭を下げたギルド支部長はそのまま訓練場の外へ出ていく。
ベイジルが精霊人機を見つめていた。正確には腰に提げた使用していないもう一振りのシャムシール、流曲刀に視線を注いでいる。
整備士君がベイジルの視線を追って首を傾げた。
「あのシャムシールがどうかしたんですか?」
ベイジルはちらりと俺とミツキを見て、ニコリとほほ笑んだ。
しかし、俺たちに声をかけることなく整備士君の質問に答える。
「見事な剣さばきでしたからね。もう一振りの重たそうなシャムシールを使うとどうなるのかと考えたまでですよ」
ピリリとした緊張が月の袖引くの若い整備士やタリ・カラさん、ボールドウィン、整備士長の間を走り抜ける。
そんな緊張していたら仕掛けがあるとバラす様なものだ。レムン・ライさんが軽く咳払いをして注意するとすぐに収まった。
それにしても、ベイジルの奴、使っていないシャムシールが市販品でない事に気付いてやがる。鞘から抜いてさえいないのにだ。数十年現役で活躍しているだけはある。
だが、ベイジルは質問禁止の条件を破るつもりもなければ、訓練場に居座るつもりもないらしい。
整備士君の背中を押して出口へ歩き始めた。
「さぁ、自分たちがこれ以上いると皆さんのお邪魔になる。帰りましょう」
タリ・カラさんや俺とミツキに意味深な視線を投げてから、ベイジルは整備士君を連れて外へ出て行った。
ボールドウィンと整備士長がため息を吐く。
「怖えー。見ただけで気付くとかどんな観察眼してんだ」
「弓兵機に乗って活躍し続けているくらいだからな。目が良いんだろうよ」
ミツキが鋭い視線を精霊人機に向ける。
「いくら目が良くても、材質も知らないのに重さなんて分かるかな?」
タリ・カラさんがほっと息を吐きながら、ミツキ同様に精霊人機に視線を移す。
「動きで気付いたのでしょう。私もまだまだ未熟です」
「本当にそうかな?」
「……と、言うと?」
ミツキの二度目の疑義に、みんなが一斉にミツキを見た。
ミツキも確信はなかったのか、困ったように俺を見た。
俺はこの中で一番経験が豊富そうなレムン・ライさんに声をかける。
「例えば、目の前の人が鞄を持っていたとしましょう。その鞄が重そうに見えたとしたら、判断材料は何ですか?」
「両手で持っている、などですね。他には……あぁ、体が傾いている」
レムン・ライさんが口にした瞬間、整備士たちがすぐさま動き始めた。
水平器などで精霊人機のバランスを測った整備士たちが計測結果を紙に書き込んでいく。
「あの意味深な視線はこれですか」
去り際のベイジルの視線の意味に気付いて、タリ・カラさんが苦笑する。
精霊人機は改造シャムシール、流曲刀の重量のせいで上半身がやや傾いていた。
操縦士はもちろん、整備士たちも気付かなかった些細な傾きだ。放置しても問題はないが、戦闘をし続ければ左右の摩耗状況で無視できない動きの齟齬が出てくるだろう。
「すぐに計算をし直して修正を始めよう。応急処置でいい。それが終わったら改造シャムシール、流曲刀の実験に移る」
こうして、精霊人機の調整を終え、流曲刀の二段階目までの実験を終えた俺たちは、夕方頃に倉庫に帰還した。