第三話 業を背負う開拓団
月の袖引くへの入団を希望するというビスティに、俺はミツキと一緒に手を振った。
「いってらー」
「……あの、一緒に来てくれたりとかは?」
「ビスティと月の袖引くの間の問題だからな。それに、俺たちが顔を出しても保護者同伴みたいに思われるぞ?」
自分で言うのもおかしいが、月の袖引くにはそれなりに恩を売っている。
まだ精霊人機の改造成功の打ち上げも終わっていない今、俺たちが顔を出すとビスティを入団させろという圧力みたいになりかねない。
ミツキが首を傾げてビスティに問う。
「無理に入団しても双方不幸になるだけだから、私たちは顔を出さない方が良いと思うけど、ビスティはどうしてほしいの?」
「そんな言い方されたらついてきてくださいとは言えないじゃないですか……」
ふて腐れたようなビスティに、ミツキがにっこり笑う。
「陰ながら応援してるよ。頑張ってね」
「お二人のおかげでここまでこぎつけたので、最後まで見守ってほしかったんですが……。仕方ないですね。頑張ります!」
ビスティが立ち上がって俺たちに頭を下げ、早足でギルド館を出て行った。これから直接月の袖引くの倉庫に向かうつもりなのだろう。
凄腕開拓者二人がビスティの後を追って出ていくのを見送りながら、俺も席を立つ。
「さて、宿に行こうか」
ベイジルが紹介してくれた宿はボルスの西にあるらしい。以前泊まった事のある宿とは別のようだ。
ここ最近はまともな環境で眠っていない事もあり、ミツキがうきうきした様子で併設のガレージに向かう。
「久しぶりにお風呂入りたいね。いつも水浴びだし」
「宿に風呂はないと思うけど、確かに入りたいな」
リットン湖攻略を巡るこの騒動がどんな形で終結しても、俺たちはホッグスにボルスから追い出されるだろうし、一度港町に帰るべきだろう。
「デュラにあるミツキの家も気になるし」
「そろそろ調査も終わってる頃だよね」
ガレージでディアに跨った俺は、同じくパンサーにまたがったミツキと一緒に通りへ出る。
閑散とした通りをいつもより少ない嫌悪の視線にさらされながら歩く。
「デュラの調査か」
所属不明の軍の回収部隊や魔力袋持ちの人型魔物の集団発生、調べることはたくさんあるのだが、俺たちは半ば答えに見当がついていた。
「バランド・ラート博士の情報か、ウィルサムを追って軍の回収部隊がデュラに入ったんだろうし、魔力袋持ちの個体に関しては人型魔物特有の学習能力の高さからきてそうなんだよな」
「首抜き童子だね」
ミツキの言葉に頷く。
ギガンテス、首抜き童子は人型魔物の群れの中でもリーダー格だった。
そして、首抜き童子はデュラを襲う前からトロンク貿易都市の周辺で存在がささやかれていた。
獲物の首を引き抜いて脊髄をしゃぶるのが好きなイカしたギガンテスがいるらしい、と。
ギガンテスが首を引き抜く場合、獲物は中型か大型魔物だったらしい。つまり、この時点で首抜き童子は大型魔物を狙って狩れるほどに力をつけていた。
おそらく、魔力袋を当時から持っていたのだろう。
バランド・ラート博士の研究によれば、魔力袋はある程度の年月を生きた生き物を丸呑みするなどで魂を体内に取り込む必要があるらしい。
思い出されるのは、飛蝗のマライアさん達とデュラを攻略するために戦っていた時の事だ。
「村で見つけたゴライアとゴブリンの群れは捕まえたネズミや虫を一口で食べていたんだよな」
「首抜き童子を中心にした群れだから、小型の獲物は丸呑みするのが作法みたいになってたのかな?」
「まぁ、そんなところだろう。人型魔物は海で漁もしていたらしいし、魚なんかも丸呑みしていた可能性が高い。魔力袋持ちが発生しやすい生活をしていたんだろうな」
あくまでも推論でしかないが、デュラの調査で人型魔物が食べていた物を調べていけば生活に辿り着けるだろう。ゴブリンが食べていた虫に魔力袋を発生させる効果があったかは疑問符が付くけれど、推測は間違っていないはずだ。
デュラの調査をしている人たちが、魔力袋の発生条件が獲物を丸呑みする事だ、と結論付ける可能性は低そうだけど。
ベイジルに紹介された宿は三階建ての立派な建物だった。宿という言葉から想像するこじんまりとした建物でも素朴さのある建物でもない。ホテルと言った方が分かりやすい機能的な建物だった。
中に入ってベイジルからの紹介状を出すと、フロントマンが無遠慮に俺とミツキをじろじろ見てくる。従業員の教育はまだきちんとできていないらしい。
生ける伝説の紹介状が効果を発揮し、俺たちは一室借りることができた。
ガレージに精霊獣機を停めて、三階の部屋に案内される。
「お、風呂付きだ」
目ざとく見つけて、俺はミツキを見る。すでに着替えやタオルを用意し始めていた。素早い。
ベルが「ごゆっくり」と義務感溢れる口調で言って、部屋の戸を閉める。おもてなし精神が足りていない。裏がありそうだ。ベイジルの紹介状だから嫌々泊めていますという裏が。
「おふろん!」
「何語だ。テンション上げすぎだろ」
ミツキを先に風呂へ入らせて、俺は部屋の防犯を確認する。
良い宿だけあって、防犯も十分だ。三階という事もあって外からの侵入を警戒する必要もない。窓もはめ込み式だし、扉の鍵もきちんとかかる。
しばらくすると、ミツキが風呂から上がってきて、部屋に備え付けの椅子に座る。
タオルを長い黒髪に当てながら、ミツキが俺を見た。
「何が食べたい?」
「食材はあんまり残ってないだろ」
テイザ山脈での調査中に食べ切れなかった分の食材を今日の内に消費してしまうつもりだが、間に合わせで何が作れるやら。
料理人ミツキが立ち上がった。
「足りない食材は愛で埋めます」
「愛だけだと単調にならないか?」
「恋も入れます!」
「調和がとれるのか?」
「ヨウ君ノリわるいー」
頬を膨らませるミツキに謝って、俺は風呂場に向かった。
借家の風呂より狭いが、宿で風呂に浸かれること自体が珍しいのだから贅沢な悩みだろう。
ゆっくり浸かってテイザ山脈の調査でたまった疲れを流し、風呂を出る。
襲ってくる眠気を堪えて着替えた俺は、部屋に戻る。
「寝てるのかよ」
「ヨウ君のノリがわるいんだもん」
ふて寝だったか。
なら俺が作ってしまおうかと簡易調理台のあるキッチンに向かおうとした時、ミツキの腕が伸びてきた。
そのまま後ろから抱きつかれ、体重を掛けられてベッドに引き倒される。
「なんだよ」
「一緒に寝よ」
俺はちらりと視線を横に向ける。ベッドはきちんと二つあった。
「なんで?」
「ノーリーわーるーい」
間延びした声なのにどんどん不機嫌になって行くのが分かる。
「分かった、分かった」
ミツキも睡眠不足で若干わがままになっているらしい。
せっかくベッドが二つあるというのにもったいないと思いつつ、俺はミツキと同じベッドへ横になった。
ほぼ丸一日寝過ごして、起きた時には朝を迎えていた。
思った以上に疲れがたまっていたらしい。
背伸びをして全身の筋肉をほぐし、ベッドを出る。
「朝食を作って、それから月の袖引くの借りてる倉庫に行くか」
「パーティーグッズを買わないとだね。改造成功の打ち上げをするんだし」
打ち上げで飲み食いするだろうから、と朝食は軽めに済ませて、宿を出る。
相変わらず閑散とした通りを歩きつつ、住人の様子を窺う。
どうやら、防衛戦力の少なさを不安に感じている人は多そうだ。
倉庫に到着して中に入る。
「お邪魔します」
中に声をかけた時、ミツキがいきなり飛びのいて俺に抱き着いてきた。
何事かと思って目を向ければ、倉庫の壁に背中を預けて膝を抱えているビスティがいた。
入り口そばに気配もなく丸まっていたビスティに驚いて、ミツキが猫の子よろしく飛びのいたらしい。
「びっくりした。なにしてるの?」
ミツキが胸をなでおろしつつ、ビスティに問いかける。
答えは返って来たのだが、あいにくとぼそぼそと喋っているだけでよく聞こえない。
まぁ、ここまで落ち込んでいるという事は月の袖引くに入団を断られて、そのまま青羽根に護衛してもらうべくここにいるという流れを辿ったのは容易に想像できた。
無言で肩を叩いて励ましてから、俺は倉庫の奥で俺たちを手招いているタリ・カラさんの下へ歩く。
タリ・カラさんとレムン・ライさんは困ったような顔をしながら俺たちに頭を下げた。
「不義理な真似をして、申し訳ありません」
「何のことですか?」
「その、ビスティさんの事で……」
その事か、と俺は苦笑してタリ・カラさんたちに頭を上げてもらう。
「気にしないでください。ビスティは依頼人というには少し深入りしましたけど、ただそれだけです。それに、月の袖引くの中の話ですから、俺たちは部外者ですよ。俺たちを気にしてビスティの入団を認めるなんてされたら、俺たちの方こそ頭を下げないといけなくなります」
別段、コネを使う事を否定しないけれど、俺たちをダシに人に何かを強制されては困る。
タリ・カラさんたちはほっとしたような顔をした。
しかし、タリ・カラさんはすぐにビスティを気にするようにちらりと見て、わずかに考えるような間を挟んで口を開く。
「ビスティさんは堅気の方ですよね?」
「元行商人だそうです。ガランク貿易都市の大手商会に目をつけられて追われてますけど」
「やっぱり、そうでしたか」
タリ・カラさんはため息を吐いて、倉庫の天井を仰いだ。
「私の母は旧大陸で父と出会った時、娼婦をしていました。新大陸に来てからは客を取る事もありませんでしたが、業は消えません。娘の私も、年ごろになってからはそういった目を向けられたこともあります」
タリ・カラさんは俺を見て少し口ごもりながらも、続ける。
「お二人と初めて会った際、月の袖引くの詩を知っていらっしゃったので少し身構えてしまいました。お二人はまだ子供ですし、考え過ぎとは分かっていたのですが……」
タリ・カラさんたちと初めて会った港町のギルドを思い出す。
確かに、ミツキが詩を暗唱した時にタリ・カラさんが身構えていた。元の詩の由来からして、娼婦に贈った物だ。
タリ・カラさんは俺を警戒したのだろう。
いたいけな少年だというのに、誠に心外だ。ミツキ以外に興味はない。
タリ・カラさんが寂しそうに笑う。
「うちの開拓団はみんな業を背負っています。娘である私もやはり、業を背負っています。堅気の方は受け入れられないんですよ。……私は間違っていると思いますか?」
問いかけられて、俺は頭を掻く。
「まぁ、間違ってはないと思いますよ。正解がある問題じゃないですから」
そう、正解はない。誰かの価値観で見れば正しい答えも、別の誰かの価値観では間違っている。タリ・カラさんが口にしたのはそういう類の問題だ。
俺はディアの頭を軽く叩く。
「俺たちはこれに乗ってますから、嫌味を言われたり、蔑まれたり、追い出されたりもします。一時は別に周りの事なんかどうでもいい、閉じ籠ろうと考えもしました」
別に閉じこもる事が悪い事だとは思ってない。自分や誰かを守るために防御に回るのは批難される事ではない。
ただ、俺たちに閉じこもり続けるだけの強さが無かっただけだ。
「この社会で生きようと思えば、閉じこもり続けることもできなかったんです。だから開き直って――」
ミツキに目くばせすると、頷いて後を引き取ってくれた。
「大いに喧嘩することにしたの」
「喧嘩、ですか……?」
「そう。価値観を押し付けるつもりはないけど、価値観を押し付けようとする相手とは大いに喧嘩してやろうって覚悟を持ったの。それだけで受け入れられるわけではないんだけど、こちらの価値観を尊重する人も出てくる。そういう人は、閉じこもっているだけでは決して得られない相手だよ」
これが私たちの回答、とミツキはタリ・カラさんに笑いかける。
「開拓村を作るなら、業を背負った人だけを集めて行くより、業を一緒に背負える人を探してみた方が良いと、私は思うよ」
一緒に業を背負う人は別にビスティじゃなくてもいいけどな。
さすがにビスティが可哀想だから言わないけど。
タリ・カラさんが考え込む。
「――お嬢様」
タリ・カラさんの後ろから、レムン・ライさんが声をかける。
「先代団長は我々が後ろ指を指されない村を作ろうと志しておりました」
それだけ言って、レムン・ライさんはまた口を閉ざしたが、タリ・カラさんの背中を押すには十分だったらしい。
「みんなを整備車両に集めて。会議を開きます」
「かしこまりました、お嬢様」
レムン・ライさんが一礼し、月の袖引くの団員を整備車両の荷台に集め始める。
タリ・カラさんが俺たちを見た。
「お二人は、開拓村に興味はありませんか?」
俺はミツキと一緒に首を横に振った。
「いまのところはないですね」
「そうですか」
タリ・カラさんが肩を落とす。
「それは残念です」
そう言いながらも、タリ・カラさんは満月のような穏やかな笑みを浮かべて整備車両へ歩いて行った。