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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第一章  何故に、彼と彼女は手を離さないか
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第九話  回収屋デイトロ

 芳朝との相談の結果、出発は二日後と決まった。

 一晩宿で休んだ後、食料品などを買って出かける予定だった。

 その予定が崩れたのは、宿で一晩寝た朝の事。


「――あなたの思い出拾って帰還。回収屋、デイトロお兄さんでっす」


 出会いがしらに強烈な自己紹介を決め顔で言ってくるデイトロさんを横目で警戒しつつ、俺はわざわざ宿に迎えに来たギルド職員に訊ねる。


「何の騒ぎですか?」


 開拓団〝竜翼の下〟の精霊人機整備講座を受けて、俺も芳朝もへとへとで寝込んで迎えた早朝だ。デイトロさんのテンションについて行くのは苦しい。

 職員さんは宿一階の待合所を兼ねたテーブル席に俺と芳朝を招くと、説明してくれた。


「こちらの方は戦場からの物品回収を行う依頼を優先的に受けている方です。開拓者ギルドに登録している開拓団の一つですが、もっぱら回収屋と呼ばれています。今回は港町デュラにおけるギルド所有の精霊人機と資料の回収を依頼しました」


 ギルド資料の回収……個人情報だもんな。

 デュラはかなり大きな港町で旧大陸側からの大型船もやって来る主要な交易地だから、物が溢れ返っている。回収屋としては稼ぎ時だろう。


「デイトロさんについては――」

「デイトロお兄さん、だ。少年少女よ、慕ってくれていい」


 話の腰を折らないでほしい。

 俺と同じ気持ちだったのか、職員さんがデイトロさんを一睨みして黙らせる。

 デイトロさんは叱られた小犬みたいな表情で俯いた。


「初めての依頼で緊張するだろうと思って場を和ませたかったのに……」


 そう呟いて萎れているデイトロさんの言葉の中に聞き捨てならない単語が含まれていた。

 職員さんが苦々しい顔でデイトロさんの口の軽さにため息を吐いて、口を開く。


「お二人には回収屋に同行してデュラに赴き、道案内などをしていただきたいと思っています。精霊人機の整備技能にも期待しております」

「えっ!? 整備ができるの? やったね! デイトロお兄さんの期待がいま高まったよ。うち整備士が三人も一斉に引退しちゃって、人手不足なんだ。どうだろう、一緒に――」

「ちょっと静かにしてください」

「はい……」


 話に割り込んできたデイトロさんが職員さんの冷たい声にしょんぼりした。

 デイトロさんを大人しくさせた後、職員さんは改めて俺たちに向き直る。


「今回はギルドからの依頼です。前金も用意してありますので、受けてくれませんか?」


 ちょっと待ってほしい、と職員さんに言い置いて、俺は質問する。


「なぜ、俺たちなんですか? デュラからの避難民は他にもいます。彼らは俺たちと違って金銭的な余裕がないから、仕事に飛びつくでしょうし、足元を見て報酬額を下げることもできるでしょう?」


 職員さんは難しい顔で首を横に振った。


「金銭的な余裕があるからこそ、今回はお二人に依頼を出したのです。デュラは魔物の巣窟になっていると予想されますが、襲撃時に比べれば魔物の数も減っているでしょう。そんな無人の町に余裕がない者を送り込めばどうなるかは想像がつくのではございませんか?」

「……火事場泥棒ですか」


 精霊人機の魔導核を狙って忍び込もうとしていました。すみません。

 職員さんは隣のデイトロさんを手で示す。


「そういう事情で、回収屋としての彼は信用してくださって大丈夫です。どうでしょうか、この依頼を受けてはいただけませんか?」

「報酬を聞いても構いませんか?」

「お二人にお金を支払っても効果がないかと思いまして、いくつか用意しています。どれかを選んでください」


 職員さんが報酬の一覧表をテーブルに置いた。

 くたびれた紙に書かれた一覧表を芳朝と一緒に覗き込む。ギルド依頼の報酬一覧と書かれていた。

 お役所仕事、という感想が頭の中に浮かぶ。

 芳朝が俺の服の袖をちょいちょいと引っ張り、一覧表の真ん中あたりを指差す。

 そこには、精霊人機の部品発注の代行業務解禁の文字があった。

 つまり、伝手のない俺たちでも金さえあれば精霊人機を組み立てられるという事だ。


「これで決まりでしょう」


 芳朝が言う通り、今の俺たちにはまたとないチャンスだった。

 だが、代行業務自体は金額ベースでは低い部類に入る。

 俺と芳朝のやり取りを見ていた職員さんが苦笑した。


「代行業務は開拓団が利用するサービスですが、あくまでもギルドの伝手を使えるようになるだけで、部品の購入費は別に頂きます。もちろん、私共としましては精霊人機を持つ開拓団が増えてくれるとありがたいのですが、あなたがたは人数が少ないですから、持て余してしまいますよ?」


 確かに、たった二人で精霊人機を運用するのは無理がある。

 整備士と操縦士は同時にこなせるが、実際に精霊人機を使用して前線に立つ場合は運搬整備車両の運転手や、それを守る歩兵人員、精霊人機の援護を行う者も必要になる。

 精霊人機を本気で運用するなら、最低でも十人は欲しい。

 だが、俺と芳朝の場合は違う。精霊人機の部品で精霊人機を作るとは限らないのだ。

 俺の考えている精霊獣機は少人数での運用を大前提としている。運搬整備車両は必要としない。機動戦闘を行う精霊兵器というコンセプトだから、移動速度が遅い歩兵人員はむしろ邪魔だ。

 それに、精霊獣機は対中型、小型魔物に対する兵器だから、集団戦では歩兵として運用することになる。歩兵が歩兵に守られてどうする。守るべきは精霊人機だ。

 とまぁ、精霊獣機の話をするつもりもないので、依頼報酬について考える。


「代替業務の解禁をお願いしたいのですが、金額ベースでは今回の依頼に釣り合いませんよね。他の報酬と二つ受け取ることは可能ですか?」

「金額ベースでの報酬額を超過しない範囲であれば、可能です」


 職員さんの色よい返事に礼を言って、俺は疎外感を覚えて寂しそうにしているデイトロさんを指差す。


「回収屋という話ですが、戦闘力はどういった評価を受けていますか?」

「中の下ですね。撤退戦や隠密行動に特化しているので大型魔物の撃破数は少ないですが、任務の危険度に反してほとんど被害を出さない開拓団です」


 職員さんから聞く限り、ギルドからは新人を加えて経験を積ませるのにはちょうどいい開拓団という評価を受けているようだ。

 俺と芳朝に依頼を回したのも、新人教育の意味合いが含まれているのだろう。

 話の俎上に挙げられたのが嬉しいのか、デイトロさんが照れてにやけながら頭を掻く。


「回収屋が自分の命を取りこぼしたら冗談にもならないからね。デイトロお兄さんは団員の命を大事にするのがモットーなんだよ」


 ノリは軽いけれど、頼りがいのあるモットーをお持ちのようだった。

 少し考えたが、俺は芳朝の意見を聞くべく耳打ちする。


「魔術や剣術の指導を短期間だけ教わってみたいと思うんだ」

「その前に、女性がいるかどうかの確認をしたいんだけど」


 不安そうな顔の芳朝に指摘されて初めて思い至る。

 移動日数だけで二日、精霊人機を運用するというからには車両もあるのだろうが、男性しかいないのなら断った方が良い。

 芳朝からは聞きにくいだろう、と俺はデイトロさんを見る。


「デイトロさんの開拓団には女性の団員が何名在籍してますか?」

「デイトロお兄さん、だよ。いい加減強情を張るのはやめなよ。女性団員は二人いる。大丈夫、ギルドから紹介された新入りさんに暴力を振るったりはしないよ。回収屋の利用は六割がギルド、三割が軍なんだ。信用第一さ」


 これは信用しても大丈夫だろう。

 芳朝も同じ考えらしく、後は任せる、と耳打ちしてきた。

 俺はギルドの報酬一覧をデイトロさんに差し出す。


「俺たちが受け取る分の報酬の一部を権利化してデイトロさんたちにお渡しする代わりに、剣術と魔術の実戦稽古をつけていただきたいのですが、可能ですか?」


 デイトロさんは意外そうな顔で差し出された一覧表に視線を落とし、職員さんに目を向ける。


「向上心のある良い子たちじゃないか。デイトロお兄さん感動した。てなわけで、俺たちの報酬にこれを上乗せして、一つ上のランクの報酬を出してもらうことは可能かな? 前途ある若き開拓者を積極的に支援するのはギルドにとっても悪い話じゃないよね。どうよ、そこんところ」

「……上乗せは難しいですね」

「ならお断りで」


 にっこり笑って、デイトロさんは俺たちではなく職員さんに告げる。


「デイトロお兄さんは団員の命を大事にするのがモットーなんだと言ったろう。仕事仲間の命も大事にするんだ。その仕事仲間の生還率を上げる依頼に報酬を出し渋るのはギルドさんも狭量すぎやしないかな?」


 ねぇ、どう思う、とデイトロさんは隣に座る職員さんへ身を乗り出して凄みを利かせる。

 自分の中での優先順位がはっきりしている人らしく、依頼主であるギルドが相手でもはっきり物を言うようだ。

 職員さんが苦い顔をする。


「上に話を通してみましょう」

「早い方が良いと思うよ。なんだか、マッカシー山砦の方で軍の回収部隊が動き出してるらしいからさ。ギルド所有の精霊人機がまだ現場に残ってるんでしょう? 誰かの懐に消えちゃうかもしんないよ?」


 デイトロさんがドスの利いた囁き声で職員さんを煽り、手のひらを上に向けて上下させた。


「報酬の重みは信頼の重みだ。デイトロお兄さんはギルドさんに信頼してもらいたいなぁ。そういうわけで、今すぐ上とやらに掛け合ってもらいたいなぁ」


 職員さんがため息を吐いて立ち上がる。


「分かりました。少し待っていてください。昼までには話をつけてきます」

「行ってらっしゃい」


 デイトロさんが手を振ると、職員さんは憂鬱そうな顔で宿を出て行った。

 職員さんを見送って、デイトロさんが俺を見る。


「いやはや、ギルドの人がいると聞けない事ってあるよね。デュラの皆さんに狙われてるらしいけど何したの、とかさ」


 デイトロさんの目が剣呑な光を帯びた気がした。


「報酬が足りないと言われても、これ以上は出せませんよ?」

「予防線を張るべきはそこではないと思うけどね。それとも、ギルドの関係者に同席願った方が良かったかな?」


 しばし睨み合いを演じると、デイトロさんは目を閉じて肩を竦め、降参とばかりに両手を挙げた。


「脅すつもりはないんだよ。単純に、デイトロお兄さんの可愛い開拓団が有象無象のやっかみを受けるのかどうかを知りたかっただけなんだ。状況次第では出発時刻をずらして無関係を装ったりしないといけないからね」

「では、出発時刻をずらしましょう」

「おやおや、あっさり引くね」


 鎌掛けをしてくるデイトロさんに、俺は笑みを浮かべる。


「問答をするだけ時間の無駄ですし、デュラの人たちが迷惑を掛ける可能性は高いですからね」


 デイトロさんが俺たちを警戒するように、俺たちもデイトロさんを警戒している。お互いにはっきりさせておいた方が良い事だ。

 俺たちがデュラの住人に狙われている理由は、芳朝の半生によるところもあるが、一番は弱者である俺たちが多額の金銭を所持しているからだ。

 俺はともかく、芳朝が持っている金は大部分が特許によって稼ぎ出したもので、継続的な収入が見込める。

 精霊人機を運用する開拓団の維持費がどれくらいになるのかはわからないが、継続的な収入は魅力的だろう。

 対等な立場で交渉するのならともかく、相手はギルドが認める武装集団だ。どんな手を使ってくるか分からない。

 こちらの事情を話してもいい相手かどうか、まだ判断ができなかった。

 デイトロさんは面白そうに目を細めた。


「まぁ、今はそれでいいよ。君たちの人となりを見て、判断していく事にするさ。話は終わりだ。お腹空いちゃってさ。何か食べていい? 良いよね。デイトロお兄さんが払うんだし」


 デイトロさんはあっけらかんとした笑顔でウインクすると、宿の主に手を振ってサンドイッチを頼む。

 朝食をとっていない俺たちに食事を持っていくかどうかで悩んでいたらしい店主が、デイトロさんが頼んだサンドイッチと一緒に持ってきてくれた。

 俺は芳朝と一緒に朝食を食べ始めながら、デイトロさんを観察する。

 癖の強い人ではあるが、開拓団の団長としてはかなり優秀な部類に思える。ギルドとの交渉に強気に出られるだけの実力もありそうだ。

 警戒しつつも、仕事の間は信頼しても大丈夫だろう。

 しばらくして、ギルドから帰って来た職員さんがため息を吐きつつ、報酬の上乗せが上に認められたことを報告してくれた。


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