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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第一章  何故に、彼と彼女は手を離さないか
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プロローグ

 なぜ、この世界に生まれたのか。

 答えの出ない自問自答を繰り返す。

 失った右足から血が流れ、体温が零れ落ちていく。

 木々の焼ける臭いに誘発された頭痛に抗いながら、俺は周囲を見回した。

 機体の大部分が分解した飛行機が山を少し登ったところに落ちている。

 山中への墜落事故だ。俺は機体から投げ出されたらしい。

 よく生きていたものだと思う半面、右足からとめどなく流れる血の量を思えば死期は近いとも感じていた。

 どうせなら、考える暇もなく死んでしまいたかった。

 なぜ、この世界に生まれたのか。こんな死に方を迎えるためじゃなかったはずなのに。

 積み上げてきたもの、築き上げてきたものが、すべてこの短い間にガラガラと音を立てて崩れていく。こんな感覚を味わうために生きてきたわけじゃなかったのに。

 家族、親族、友人、いつまで経ってもタバコを止めない同僚、最近仲良くなったコンビニ店員の元不良、どこで餌を貰っているのか丸々と太っているくせに会うたびにしきりに餌を要求してくる野良猫、すべての関係が俺の命と一緒に薄れていく。

 なぜ生まれたのか。


「死んだらなかったことになるのに」


 俺の最後の言葉さえ、この世界には残らない。



「――坊ちゃん。開拓学校に着きましたよ」


 御者の言葉で、俺は微睡から引き揚げられた。

 最悪な気分で頭を振り、前世の死に際の記憶を払い落とす。胸がむかむかして、今にも吐きそうだった。

 その時、爪の伸びた五指でギリギリと握り潰されるような痛みが右足を襲う。

 舌打ちして、俺は右足を見つめてそこに〝生身の右足〟があることを再認識する。

 前世の死に際で右足を失ったせいだろう。俺はこの世界に転生してからも幻肢痛にさいなまれていた。


「坊ちゃん、早くしてください」


 御者に急かされて、俺は馬車を降りる。

 一分の隙もないレンガ敷きの道路を踏みしめる。

 見上げれば、今にも降り出しそうな灰色の雲が空を埋め尽くしていた。

 御者が馬車からせっせと俺の荷物を降ろしている。

 乱雑に荷物を石畳の上に転がした御者は俺を見る。道端で死にかけの蛾でも見つけたような目だ。


「それじゃあ、あっしはもう帰ります。そうそう、旦那様からの言伝です」


 馬車に乗り込みながら、御者は俺の父から預かったという伝言を口にする。


「もうファーグ家の敷居は跨がせない。入学金、授業料、支度金と教科書はすべて手切れ金と思え。……最後まで聞きますかい?」

「いや、いい……」

「では、失礼しやす」


 馬に進めの指示を出し、御者は馬車を動かす。

 俺は荷物をまとめて、ため息を吐いた。

 荷物を持ってポケットに入れておいた開拓学校の受験票を取り出す。

 氏名コト・ファーグ、男、十三歳。備考欄にはファーグ男爵家長男、と俺に関する基本的な情報が書かれている。

 俺がこの世界で長男として生を受けたファーグ家は男爵家だが、元は地方豪族だったらしくそこそこの広さの土地持ちだ。一応は貴族階級なわけで、生まれただけで本来は勝ち組といえる。

 だが、俺はその勝ち組の生活から落ちこぼれて、家長である父から絶縁された挙句、こうして開拓学校を受験させられている。


「俺、何してんだろうな……」


 俺の絶縁に関して、実家には何の落ち度もない。間違いなく、前世の記憶を有していた俺に原因がある。

 怪我もないのに右足に痛みを訴えたり、前世の死に際に味わった喪失感を思い出してしまって人と親しくなれなかったり、俺は貴族として生活するには不利な点が多すぎたのだ。

 弟が生まれて七年が経ち、跡取りとして問題なさそうだと周囲が判断すると、俺はこうして開拓学校へと送り出された。

 開拓学校とは、魔物が跳梁跋扈する新大陸を開拓する人材を育成するために設立された国立学校だ。

 実家の考えは手に取るようにわかる。俺が開拓に成功すればよし、途中で死んでしまえばなおよしの二段構えだ。

 新大陸に生息する魔物の中には精霊人機スピーリツァリーゼと呼ばれる全高七メートルの人型兵器でなければ対応できない巨大な種類も多数生息しているらしく、開拓学校卒業者でも三年以内の死亡率は四割前後と言われている。組織が維持できているのが不思議な死亡率だ。

 俺は受験票を見て、試験会場に向かう。

 開拓学校の敷地の端にある巨大な広場が最初の会場らしい。

 広場に到着すると、俺と同じように入学試験を受けに来たらしい十四、五歳の少年少女が七人、口をぽかんと開けて広場の中央を見つめていた。

 彼らの視線を追いかけてみると、そこでは鉄の巨人が長剣を片手に剣術の型を披露していた。


「あれが精霊人機か……」


 精霊人機、それは人類が開発した魔術と工学技術の結晶にして魔物に対する最終兵器だ。

 それまで大型魔物は百人規模の騎士部隊でようやく討伐の可能性が見えてくるという人類の脅威だった。戦うよりも逃げるしかない人類の天敵だった。

 しかし、精霊人機の登場は人類と魔物の関係性を一変させた。

 俺は精霊人機の威容を見つめて、納得する。

 全長は七メートルほど、白くカラーリングが施された特殊鋼板に覆われた人型の機械。

 腕や足は特殊鋼板を重ねて強度を上げており、動かす度に見た目からは想像できないほど澄んだ金属同士の擦過音を奏でた。

 携える長剣は四メートル近い刃渡りを持ち、ただの一振りで激しい風が巻き起こり、広場の砂を巻き上げる。

 一歩を踏み出せば重量感のある落下音を響かせ、広場の端にいる俺の足元を震わせた。

 これほど滑らかに鉄の巨人が動くのかという驚きは、きっと俺と一緒に精霊人機の動きを目で追っているこの場の少年少女も抱いただろう。

 いつまでそうしていただろうか、精霊人機は地面すれすれで振り下ろした長剣をぴたりと止め、片膝をついた駐機状態となる。

 精霊人機の胴体部分から、意外にも細身の男性が降りてきた。広場の端から若い女性が駆け寄って、男性に紙を渡す。

 細身の男性は紙に目を通してから、俺たちを見回す。


「そろそろ入学試験を始めましょう。あなた方には精霊人機の適性試験を受けていただきます」


 丁寧な口調でそう言って、試験官らしき細身の男性は口を開く。


「試験番号一番、コト・ファーグ、こちらへ来てください」


 名前を呼ばれて、俺はすぐに試験官の下へ駆け寄った。

 十四、五歳ほどの少年少女の中で十三歳という年の割に背の低い俺は人目を引いていたらしく、囁く声が聞こえてくる。

 試験官は俺を見て頷くと、ついてくるように身振りで指示してくる。

 試験官の後について行くと、操縦者としての適性を図るため精霊人機に実際に乗ってもらうと説明を受けた。


「こちらは開拓学校にしかない訓練用の複座型精霊人機です。後部座席に試験官の私が乗り込みますので、指示通りに動かしてください。決して指示したこと以外の操作は行わない様にお願いします」


 試験官の説明から思い浮かべるのは自動車教習所の車のようなものだ。ある程度の安全を後部座席に乗った試験官が担保してくれるのだろう。


「では、乗ってください」


 試験官が精霊人機の胸部へ延びる梯子を指差す。

 片膝をついた駐機姿勢の精霊人機を間近で見上げ、吐息を漏らす。

 特殊鋼板が鈍く輝き、装甲の内側にはばねのようなものが見え隠れしている。なんともメカメカしい。


「早く乗ってください」

「はい」


 俺は複座の名にたがわず二つ用意されている座席のうち一段低く設けられた前部座席に座る。

 シートベルトを締めて、試験官に確認してもらう。


「はい、大丈夫ですね。では、魔導核との親和性を見ますから、左右にあるグローブをはめてください」

「魔導核ってどういうものなんですか?」

「入学すれば習います。危険はありませんから心配しなくても大丈夫ですよ」


 慣れた様子で俺の質問を流した試験官が早くグローブをはめるように急かしてくる。

 言われた通りにグローブをはめると、指先から少量の魔力を抜き出される感覚がした。徐々に肘へと昇ってくる感覚は肩まで到達する。

 試験官は魔導核の作動モニターらしき人体図を見つめて頷く。


「アクセスは完了です。では次に、両足を下の靴に入れてください。消毒してあるので水虫等は気にしなくて大丈夫です」


 水虫……。

 俺はつい、靴を見つめてしまった。

 試験官は無表情で眼鏡の位置を人差し指で直す。


「気にされる方が多いので。女性は特に」

「そ、そうですか」


 素足になって座席下の靴を履くと、また指先から魔力を抜き出される感覚がした。膝から足の付け根まで昇ってくる。


「最後に、このチョーカーを身に付けてください」


 渡された白いチョーカーを首に着けると、やはり魔力が抜き出される。頭や胴全体から微量に魔力が抜き出されて、なんとなく背筋が寒くなった。

 人体図を眺めていた試験官が頷いて、後部座席に乗り込む。


「では、精霊人機を動作させます。先に私が手本を見せるので合図をしたら操作を代わってください」

「分かりました」


 緊張してくるけど、周りは何もない演習場だから、失敗しても精霊人機そのものを壊さない限り迷惑は掛からないはずだ。兵器だから多少の失敗で壊れるほど軟なつくりもしてないだろう。

 試験官が精霊人機の両腕をゆっくりと開いて、元の位置にまたゆっくりともどす。


「グローブから魔力を吸われている限り、考えたとおりに動作します。動かしてみてください」


 試験官の指示を受け、俺は両腕を開くイメージをする。

 自分の体も少し動いてしまったけれど、精霊人機は滑らかな動きで両腕を開いてくれた。グローブから抜き出される魔力量がわずかに増えている。

 どうやら、操縦者と精霊人機を魔力で繋いで情報をやり取りしているようだ。操作によって情報量が増えればやり取りする魔力量も増えるらしい。

 操縦者の魔力切れ対策はどうなっているんだろう、と思った直後、チョーカーからまじりっけなしの純粋な魔力が流れ込んできてびくりと体が震えた。


「操縦者の魔力切れを防ぐためのフィードバックがあります。正常に機能しているようですね」


 試験官が説明してくれる。驚くから先に言ってほしかった。

 では次に移りましょう、と試験官の操作で精霊人機が二歩前へと進む。操縦席が上下動した。

 試験官は俺の顔色を見てから、口を開く。


「これが終わったら次は両手の指を動かす細かい動作の練習があります。転倒しかけた場合は私が操縦権を奪って体勢を直しますのでご安心ください。では、気負わずにどうぞ」


 試験官が言ってくれるけれど、両腕を動かすのと違って足を動かすのは少し怖い。どうしても転倒のリスクを想像してしまう。

 でも、躊躇してばかりもいられないだろう。

 息を整えて、俺は足を動かした。


「――あれ?」


 精霊人機が反応しない。

 両腕を動かした時とは違い、魔力が多めに抜き出される感覚もない。


「どうしました?」

「いえ、動かなくて……」

「足をもとの位置に戻して一拍置いてから、まぶたを閉じて足を動かすイメージを強く持ってください」


 試験官に言われるまま、俺は足を戻して瞼を閉じ、足を動かすイメージを強く持つ。


「瞼を閉じたままで結構ですから、右足を蹴り上げるくらいのつもりで動かしてください」

「はい」


 強くイメージしたまま、俺は右足を振り上げた。

 コンと操縦席と俺の右足がぶつかる音が響くけれど、精霊人機はびくともしない。


「えっと……」

「おかしいですね……」


 試験官も困惑したように呟く。


「足の爪先から魔力が流れている感覚はありますか?」

「はい。ただ、両腕を動かした時と違って流れ出す魔力量が変わらないです」

「計器類を見る限り確かですね。おかしいな……」


 少し待っていてください、と試験官は精霊人機を数歩歩かせたりして状態を見た後、首を傾げる。


「魔力経路が切れてない限り動かないなんてことはないはずなのに……。別の受験生でも同様の結果になるか見たいので、一度交代しましょう」


 試験官の言葉に不安を覚えつつ、俺は精霊人機を降りて次の被験者らしき少年と入れ替わる。

 金髪天然パーマの少年は俺よりも頭一つ分大きくて少し筋肉質だ。見るからに体を鍛えていますという印象で、精霊人機操縦者の適性もありそうだった。偏見だけど。


「試験番号二番、ロイですね?」

「はい」


 金髪天然パーマことロイ君が受験票を掲げて本人であることを証明すると、試験官は俺をちらりと見てからロイ君を精霊人機の操縦席に案内していった。

 俺も行った両腕を広げる動作の後、試験官が操縦したのか滑らかな動きで精霊人機が二歩進む。

 一拍間をおいて、再び精霊人機がぎこちなく歩き出した。

 その後指先を動かして落ちている剣の柄を掴み、勢いよく振りぬく試験を行い、被験者のロイ君と試験官が降りてくる。


「ロイ君は適性試験に合格です。初操縦とは思えない剣の振り抜きでした。当校で励んでください」


 試験官はロイ君と固い握手を交わした後、俺に目を向ける。

 知性的な瞳で俺の事を興味深そうに見つめつつ、試験官は口を開く。


「コト・ファーグ君、あなたは未だかつて前例がないほど適性がありません」


 ……完膚なきまでに全否定された。

 試験官は眼鏡をくいっと人差し指で持ち上げると言葉をつないだ。


「理論上、精霊人機を操縦できないはずはありません。あなたは非常に興味深い事例です。先天的に足を動かせない者でもなければ操縦ができるはずなのですが……」


 先天的、ね。生まれる前に足を失った場合はどうなるかの事例が俺という事か。

 試験官は非常に言いにくそうにしながら、俺に手を差しだしてきた。


「精霊人機操縦者の適性が全くない以上、あなたの入学は認められません。受験票を返却し、当校の敷地から速やかに出て行ってください」

「落第、という事でしょうか?」

「前代未聞ではありますが、規則ですので」


 俺は試験官に受験票を手渡し、荷物を背負って広場を後にする。

 何人かの少年少女が前代未聞の落第生である俺を指差してひそひそと言葉を交わしていた。

 開拓学校の門を出て、俺はため息交じりに空を見上げる。


「どうすんのさ、これ」


 乾いた笑い声が聞こえる。

 誰かが嘲笑っているのかと思えば、俺の口から発せられていた。

 もう笑うしかなかった。

 家には帰ることもできず、開拓学校には入れず、手元には使い道のない教科書と十三歳の少年が持つには多すぎる金銭だけ。

 ぽつりと頬に当たる水の感触に、空を睨む。


「ボーイズビーアンビシャス、つわもの共が夢のあと……」


 自らを皮肉って苦笑する。

 後は野となれ山となれだ。夏草がわりにペンペン草でも生えれば上等だと思うことにしよう。

 俺はひとまず宿を取って落ち着いて身の振り方を考えようと、石畳を踏みしめて歩き出す。

 幸いにもお金はある。宿で一晩過ごすくらいどうという事もない。

 本格的に降り出した雨に髪が濡れ、額に貼り付く。

 惨めな気分だった。

 前世の記憶がなければもう少しうまく生きられたのだろうか。

 少なくとも、精霊人機の操縦士適性が皆無で落第という結果にはならなかっただろう。

 適当に見つけた宿に転がり込む。

 濡れ鼠の俺を見て、店主らしき男性が驚いたような顔をして、すぐにタオルを持ってきてくれた。

 タオルで髪の水気をふきとりながら店主に一泊分の値段を聞いて、お金を払う。


「こんな大荷物を担いで雨の中歩いてきたのか。災難だったな」

「えぇ、まぁ……」


 たった一晩、宿を借りるだけの間柄だと頭でわかっていても、言葉がうまく出てこない。

 タオルを貸してくれた店主に何か気の利いたことの一つでもいうべきだと思いながらも、意に反して俺の口は重くて開かない。

 諦めて荷物を担ぎ直す。


「タオル、ありがとうございました……」


 これだけは言わなければと、俺は礼を言って頭を下げる。

 店主は特に気にした様子もなくタオルを受け取ってくれた。


「部屋に案内するよ。ついてきな」


 俺を先導する形で、店主は階段に向かう。

 足を乗せる度にぎしぎしと嫌な音を立てる階段は木製で、幅は一メートル近くある。大荷物を担いでも十分に上り下りができた。

 店主が肩越しに振り返り、俺に端へ寄るよう手を振ってくる。


「ちょっと道を開けてくれ。上からのお客さんが通れないから」


 店主の言葉に階段の上を見上げれば、赤茶色の外套を羽織り、白いキャップを被った男がいた。

 革のスーツケースを下げたその男は灰色の瞳を廊下に向けて何事かを呟き、俺と店主に気付いて白いキャップを目深にかぶり直す。二十代の半ばか、三十の初めくらいに見えたその男の呟きは店主には聞こえなかったらしい。

 男が階段を下りてくる。

 店主とすれ違い、背の低い俺の横を通る時、眼があった気がした。

 俺は階段を下りていく男の背中を見送ってから、階段を上り始める。

 重い荷物を背負った俺を気遣ってか、店主はゆっくりと階段をのぼりながら俺を何度も振り返ってくれる。

 けれど、店主は階段を上り切る間際まで来て唐突に足を止めた。


「――坊主、そこにいろ!」


 店主は叫ぶなり階段を駆け下りていく。

 何事かと思い、階段を上り切った先に延びる廊下を見て、硬直する。

 廊下の半ばに広がる血だまりの中で人が倒れていた。

 すぐに階下を見下ろす。

 店主は先ほどの白いキャップを被った男を追いかけて行ったらしい。状況を考えれば当然の判断だ。

 前世の死の間際に大量の死体を見たからだろうか、俺は廊下に倒れている血まみれの男を見てもなんとも思わなかった。飛行機事故の現場に転がっていた死体は俺を含めて五体満足な方が珍しいくらいだったから、血だまりに倒れた男は〝マシ〟だとさえ考えてしまう。

 けれど、そんな冷静さも男の指が動いた瞬間吹き飛んだ。


「――生きてる!」


 俺は荷物を放り出して残りの段を駆け上がり、血だまりに倒れ伏す男に駆け寄る。

 男は腹を数か所刺されており、流れ出している血の量を考えても素人目には致命傷にしか見えない。

 俺はポケットからハンカチを取り出して男の傷口を押さえ、止血を試みる。

 助からないと分かっていても、何もしないという選択肢は取れなかった。

 虚ろな男の目を覗き込む。

 男は宙を見つめて悔しそうに歯噛みする。


「異世界の魂が新大陸にあると分かったのに……こんなところで」


 うめき声に混ざって聞き取りにくいはずの言葉はやけにはっきりと耳朶を打った。

 階下がにわかに騒がしくなる。店主が人を呼んだのだろうか。

 しかし、俺の耳は急速に雑音を遠ざけていた。


「おい、異世界の魂ってどういうことだよ」


 血まみれの男に問いかける。

 しかし、虚ろな目をした男からはすでに魂が抜け落ちていた。


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「落第、という事でしょうか?」「前代未聞ではありますが、規則ですので」 入学もしていないのだから、落第ではなく不合格では?
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