花祭り
もしかしたら細かい描写やセリフを追記していくかもしれません……。
ーー暖かい。
うっすらとまだ夢心地ながらも差し込む朝の柔らかい光で目が覚めた。
しかし体を包む感覚がまだ目を覚ますのは勿体ない程気持ちよく、顔をすり寄せる。
ーーマクスウェル?
何かがふわりと私の頭に触れる。
それが何かなど確認しなくても分かる。
暖かいまどろみの中、ただ優しく頭に触れる手が気持ちよくただ甘えるようにそれにすがる。
ーーくすぐったい
今度は額に柔らかい物が触れる。
それは何度かついばむように音を立て額や頬に吸いつく。
むず痒いような感覚に身をよじりながらも緩んだ顔で目を開ける。
目の前には見慣れた金色の瞳が柔らかな視線を投げ掛けていた。
ーーやっぱりマクスウェルだ
そんな風に思っていると、その金色の瞳が近付いてきて私の顔の横に顔を埋める。
直後、少し歯を立てるように私の耳を噛んだ。
「ひゃぅっ!?」
夢心地だった体に電流が走ったような感覚がし、一気に目が覚めそのまま飛び起きます。
ベットに座ると隣には不適な笑みを浮かべるマクスウェルが頬杖をついて寝そべっています。
その表情を見た瞬間、昨日の夜眠りに落ちる前の事を鮮明に思い出しました。
「マッマクッ……!あのっ……」
自分でも耳まで真っ赤になってるのが分かります。
恥ずかしさに手元にあったシーツを皺が出来るほどぎゅっと握り締めて動揺を隠しきれない表情で見上げると、マクスウェルは笑いを堪えられなくなったようで、体をくの字に曲げベットに顔を押しつけてころころと笑っています。
「はははっ……そなた何て顔をしてっ……ははっ。昨夜といい、そうもウブな反応をされるとは」
真っ赤な顔のまま固まっている私を見て目元に涙を浮かべるほど笑い転げています。
「昨日っ…」
「うん?あぁ、あれ以上は何もしておらぬよ。全く、生殺しとは酷い」
そう言うと、涙を拭うように目を擦りながら起き上がり私の頭をポンポンと撫でます。
いつも通りの仕草に安心したのか、こわばっていた体から力が抜けていきます。
「ふふっ……大人になったのは体だけのようだな。そうウブな所もよいが、少しずつ我に慣らしていかねばな」
私の腰に手を回しぐっと抱き寄せると、そのまま額にキスを落とす。案の定体がビクッと跳ねます。
「……っ!慣れなくて良いよっ恥ずかしいからぁっ」
昨日の夜といい保護者のように慕ってきたマクスウェルが、最近雄の顔をするのが少しだけ怖かった。
まるで茹だったように真っ赤になりつつ、キッと睨むように見上げます。
そこにはいつも通り意地悪そうな笑みを浮かべる顔がありました。
「悪かった悪かった、からかいすぎたようだな。あの者が来る前に身を浄めて参れ。そなたワインでベタベタぞ?」
そう言えば昨日ワインをこぼしちゃったまま寝てしまったんですね。
昨日二階の奥にバスルームがあると聞いていたので使わせてもらいましょう。
どうやらマクスウェルは昨日の夜私が寝てしまった後にお風呂に入ったらしく、ライラさんが来るまで休むと言い、さっさと横になってしまいました。
お風呂を済ませて部屋に戻ると、マクスウェルはベットの日向になっているところで気持ちよさそうに寝息を立てていました。
竜は太陽や森、山などの自然の気を食べて生きる生き物らしく、本来は食事を必要としないそうです。
ただマクスウェル曰く「旨い物は旨い」らしく、よく飲み食いしているのを見ます。
今も日向で寝つつ気を体内に吸収しているのでしょうが、猫が気持ちよさそうに日向ぼっこをしているように見えます。
マクスウェルが起きる前に着替えて準備をしておきます。
花祭りのメインイベント、豊穣の祈りは太陽が最も高い位置に来る正午に行われます。
それ以外の時間は深夜までも街を上げてのお祭りになります。
時間的にもそろそろライラさんが出店するお店の準備をしに来る頃かと思います。
「マクスウェル、そろそろ起きてよー」
気持ちよさそうに寝ているマクスウェルの体を揺すって起こします。
すぐに気怠そうに目を開け猫のように寝返りをしましたが、まだ起きる気がないらしくぼぅとしています。
それでもグイグイと引っ張ると渋々体を起こします。
その着崩した服装と気怠そうに憂いを帯びた表情は、お祭りで浮き足立っている街のお姉様方が見たら大変な騒ぎになりそうな程の色気がありました。
「ん……街中はあまり気が吸収出来んな……。少し森に行ってくる、戻るまでそなたはあの者と共にいろ」
「えっ!?調子悪いの!?気付かなくてごめんなさい……山に帰ろ?」
いつも日帰りだったので街の中に自然の気が薄い何て知りませんでした。
「そんな顔をするな。この建物が街の中心付近に在る為か、少しばかりの太陽の光と花からしか気を吸収出来ないだけだ。人間で言ったらそうさな……貧血のようなものだ」
それを調子が悪いって言うんじゃ……と不安な顔で見上げていると、くしゃくしゃっと私の頭を無造作に撫で、「すぐ戻る」と言って、ふらふらと出て行ってしまいました。
ちょうどマクスウェルと入れ違いでライラさんが来ました。
「おはようサキちゃん!マクスウェルさん真っ白な顔してたけど大丈夫なの?」
本人が大丈夫と言っていたのでそのまま見送りましたが、改めて問われると一気に不安が押し寄せてきます。
「おはようございます。昨日飲み過ぎたみたいで少し風に当たってくるそうです。戻ってくるまでお店手伝っても良いですか?」
「えっ?せっかくのお祭りなのに悪いよ…」
「一人じゃ迷子になっちゃいますし、ライラさんのお店広場に出すんですよね?特等席で豊穣の祈りが見れるなー何て思っちゃってます!」
ちょっと舌を出してそう言うと、子供のようにころころと笑われてしまいました。
「そっかそうだよねっ。うん、じゃあマクスウェルさんが戻ってくるまでお願いしようかなっ!」
私がやったように軽く舌を出して承諾してくれました。その姿があまりにも可愛くてつい笑みがこぼれちゃいます。
ライラさんは花祭り限定のクッキーや一口サイズのタルト等のお菓子を売るそうです。
屋台はもう事前に広場に設置してあるらしく、持って行く物は商品だけです。
一歩外に出ると凄い人波で歩くのもやっとでした。
元々国を上げての一大イベントなので国内外からも多くお祭りにくる人が居ると聞いていましたが、今年は皇帝陛下見たさからか例年よりも格段に人が多いそうです。
これは……マクスウェル戻って来れないんじゃないかしら?と心配になるほどです。
「うわぁさっきより人増えてきた!これは追加でお菓子作らなきゃいけないかもっ」
ライラさんは困ったように言ってますが顔は凄く嬉しそうです。商魂逞しい…。
花祭りと言う名前だけあって、花束やリース、花冠などのを売っている売り子さんが目立ちます。
ぼうっと売り子さんを見ていたらその内の一人が近づいてきます。
「こんにちはっ!花祭り用の花冠はいかがですか?これなんて綺麗な黒髪にきっと似合いますよっ」
弾むような声でそう告げると、白とピンクを主体とした花冠を私の頭に乗せ満足そうに目を細めています。
「えっ!私もお店があるので……」
「えー折角可愛いのに勿体ない。私としてはそれ付けて店に立ってくれた方が売り上げ良さそうだから大歓迎だよ?」
ライラさんはそう言って自分の頭にも花冠をのせ上機嫌そうです。
こっちの世界では黒髪も黒目も珍しいので十分目立つのですが、確かに花冠を付けていたら目を引きそうですね。
悩んでる私をよそに、お菓子と花冠を物々交換したらしいライラさんは元気に私の手を引っ張って進みます。
「うふふっ……私ね、毎年花祭りの日は一人でお店に居るから、こうやって誰かと花冠つけて歩きたかったのっ」
本当に嬉しそうにふわふわとした笑顔でそんな事言われると嬉しくなっちゃいます。
いざ準備を整えてお店を開けると飛ぶように売れていきます。
あまりの売れ行きに時間も忘れて二人でバタバタと立ち回ってしまう程です。
「ラッライラさんっ凄い人ですね。これもしかしたら豊穣の祈りが終わる位には無くなるんじゃないですか!?」
「そうかも知れないっ!さっき一応店の子達に追加をお願いしたけど間に合うかしら……」
売り切れが続出し始めた頃、ふわっと後ろから手が伸びてきて抱き締められました。
驚いて振り向くと顔色がすっかり元通りになったマクスウェルが私の頭に鼻を埋めています。
「わっビックリした!もう大丈夫なの?」
「あぁ。それよりも随分愛らしいものを付けておるな」
頭に付けていた花冠の匂いを嗅いでいるようで、ぐりぐりと顔を擦り付けてきます。
花冠からも気を吸収出来るんでしょうか?ふわっとマクスウェルの体から力が抜けるのが分かりました。
「ふふっサキちゃんそれ付けてて良かったね。もう品数も減ってきたから豊穣の祈りが始まるまで後ろで休んでてっ」
私の意見を全く聞く気がないらしく、グイグイとマクスウェルごと後ろのベンチまで押していき強引に座らせます。
呆気にとられている私を尻目にライラさんはマクスウェルに目配せをすると、すぐお店に戻ります。
「……すっごい人だよね、色々と」
「我としてもあの者は比較的気に入っている。人にしては話が分かる者だ」
マクスウェルが人を褒めた!?つい勢いよく振り向いてしまいましたが、一切ライラさんの方を見ずこちらを向いていました。
さっきまでお祭りの雰囲気を楽しんでいたし、お店もバタバタとしていたので何も思いませんでしたが、マクスウェルの顔を見たら少し寂しかったのだと思いました。
「人が多いけど大丈夫?豊穣の祈りを見たらすぐ帰ろ?」
「そんなに心配してくれるとは。気にしなくてもよい、そなたの好きにしなさい」
なぜか満足そうに私の隣でニコニコしています。ライラさんもさっき嬉しそうでしたよね?私だけでしょうか分からないのは。
そんな事をうんうんと考えていると、豊穣の祈りが始まるらしく広場が厳かな雰囲気になります。
ちょうど花で出来た祈りの祭壇が見える位置にお店がある為、ベンチに座ったままでも人が邪魔にならず見ることが出来ます。
広場に静寂が広がると真っ白な装いの人がゆっくりと祭壇に近づいていきます。
長い外套の裾をはためかせ、騎士のようでありながら騎士のそれよりも目に見えて手の込んだ金色の刺繍や飾りが施された装いの男性です。
祭壇の前まで来ると一呼吸置き、振り返り広場全体を見渡します。
日の光を反射したふわりと毛先に癖のある金色の髪と、真っ青な瞳は絵に描いたように美しく否が応でも彼がこの国の皇帝陛下なのだと思い知らされます。
振り返った皇帝陛下を見た女性達からは深く艶のあるため息が漏れています。
皇帝陛下はそのまま広場全体を隅々まで見渡し、こちらを見た時一瞬目を見開いたような気がしました。
目が合った?と思いつつきっと気のせいと判断します。
目があったなんてそんな事を口に出したら自意識過剰と笑われてしまいそうですしね。
皇帝陛下はそのまま祭壇に向き合い片膝を着き頭を垂れる。
「我らが神にして母なる大地よ。その深き恵みを我らの糧とし分け与え下さる事に、この国に生きる全ての者に代わり感謝の意をお伝え致します。今後も変わらぬ恵みをお与え下さいますようー」
そう祈りを捧げると広場に集まった人たちも皇帝陛下に合わせ祈りを捧げます。
私はその場の雰囲気に飲まれただただ周りを見渡していましたが、隣に座っているマクスウェルにグイッと引き寄せられます。
やけに力の入っている手にびっくりし顔を見上げますが、真っ直ぐに無表情のまま祭壇を見ていました。
そして皇帝陛下が立ち上がり広場の方を振り返ると、それまで重々しく静まりかえっていた空気が一変し、みんな跳びはね大歓声を上げています。
あまりにも突然の大歓声に茫然としていると、隣のマクスウェルが小刻みに震えて笑っているのが分かりました。
また笑われた、そう思って頬を膨らませ目をそらすとまたこちらを見ていた皇帝陛下と目があったような気がしました。
不思議に思っていると、皇帝陛下は近くにいたお付きと思われる人に何か指示を出しています。
「サキ。どこを見ている」
突然ぎゅっと視界を塞ぐようにマクスウェルに抱きしめられます。
あまりにも密着しているので上手く話せず、マクスウェルの胸元でもぞもぞと動きます。
「さて、そなたに悪い虫が着く前にここを離れるか。これ以上男共の視線にそなたを晒していると、つい焼き払ってしまいそうになる」
「さっ最後のは冗談だよね……?街のお姉様方もマクスウェルに気付いたみたいだし、ほんとに暴れる前に行こうかっ」
冗談だと思いつつ、マクスウェルの真っ直ぐな瞳に少しだけ危機感を覚え立ち上がります。
ライラさんも代わりの売り子さんが追加商品を持って来るからと言うことで、お手伝いはここで終わりになりました。
その後はマクスウェルが嫌がるまでお祭りを堪能し、お祭り限定のお酒やお菓子を買って山に戻りました。