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異世界少女の保護者は竜  作者: 鹿熊織座らむ男爵
第一章  始まり
29/30

戦地

もう上手く書けない。悔しいな。

 事の次第はミレーニアから聞いた。

 泣きじゃくる妹から聞いた内容は未だに整理出来ないし、知らなかったとは言えマクスウェルに普通に接していた自分が情けない。


 戦場で剣を取りつつこんな事を考えしまうのは余裕なんかでは無く、混乱と自分はここで死ぬと分かっているからこそなのだろう。


 クラレスがサキの為を思い勉強を教え、ミレーニアが私の為を思ってマクスウェルとサキを引き離そうとし、エネロは国の為サキを壊そうとした。

 私はいつもそれを事後報告として知る。そう、いつも蚊帳の外だった。

 誰かが誰かの為を思い行動した結果、今国は壊れようとしている。


 誰を責める訳でもない。責められない。


 本来ならその責任を負い、敵将の前で降伏をするのが一番なのだろうが、こうやって剣で道を開いていかないとそれも出来ない、何とも歯がゆい。


「陛下!? なぜここに……危険ですのでお下がり下さい!」

「いや、良いんだ。みな城まで撤退しろ」

「陛下……っ!」


 満身創痍の兵が臣下達と同じような青い顔で私を見ている。

 ここに弟がいたら殴られていただろうな……あいつは別の場所で戦っているのだろうか。

 身内がこの場にいなくて本当に良かった。


 一人剣で道を切り開きあと少しで敵将の前と言うところまで来た今でも、どこか他人事の様にそんな事ばかり考えてしまう。

 ようようこれは『うつけもの』とか『考え無し』とか言われてもしょうがないな。


 私が皇帝と知るや否や激しさを増す敵の炎と矢。

 正直最後はカッコ良く名乗りを上げてからとか思っていたけど、そんな事をさせてくれる余裕も無いくらい剣戟の嵐。

 

 最後に見た景色がただ一人何百の敵に囲まれるってあまり良いモノでも無いけれど、戦が始まってすぐ民間人を皇都に逃がしていたお陰で被害は無いと聞いた。

 こんな愚かな皇帝が最後に出来た事は、私以外に血を流し倒れる者を出さなかったという事くらいだ。


「……あーあ、次はもっと器の大きな人に生まれ変わりたいな」


 波のように轟き押し寄せる地響きと人。

 剣を投げ捨て眼前に迫る敵の刃を眺めつつ、口をついて出た言葉は自分らしく最後まで小さな事だった。



 静かに目を瞑りその時を待つ。



 が、轟音と共に強風が吹いた直後、耳鳴りがするくらいの静寂が広がる。


『そなたそんな所で何をぼぅっとしておるのだ?』

「……はっ!?」


 頭上から聞こえた声に恐る恐る目を開けると、眼前に迫っていた敵兵達は一様に私の頭上を見つめ腰を抜かすか失神していた。


「は……? っ痛!」

『だから何をぼぅっとしておるのだ?』

「まっ! マクスウェル!?」


 状況が飲み込めず周りを見渡していると、思いっきり私の頭頂部目掛けて後ろから竜の姿のマクスウェルが自身の鼻先をぶつけてきた。


 先程の轟音と強風はマクスウェルが私の後ろに降り立った時のものだったのか……。


 と言うか、マクスウェルからしたら鼻先で小突いた位だろうけど、さっき皇帝と周知する為にヘルムを取っていた私からすれば、どんな敵の攻撃よりもきっつーーい一撃だったよ……。


「マクスウェル……なんでここ……」


 なぜ? と聞きたかったが、聞くよりも早く自分の中で答えが見えた。


「あぁそっか、最後の挨拶に来てくれたのか。それとも俺の最後を見に」

『何を言っておるのだ? 打ち所が悪かったかのう……』 

 

 一向に噛み合わない会話。

 敵兵同様にマクスウェルを見上げながらぼぅっとしていると、逆光でしっかりとは確認できないがマクスウェルの背中で何かがもぞもぞと動いているのが見えた。


「あー! 陛下何してるんですかっ!! 城でアマリーとクラレス様がガン泣きしてましたよ!?」

「サキッ!?」


 マクスウェルの背に乗って叫んでいるのはサキ!?

 エネロの一件が起きる以前の、皇帝や竜皇すら対等に接するあのサキの姿。

 狭い地面に着地したばかりでお座りのような体勢だったマクスウェルが、伏せをするようにその場にしゃがみ込むと同時に、その背から寝衣のままのサキが飛び降り勢いよく私食って掛かる。


「もう! 信じられない! 起きたらマクスウェルは拗ねてるしボロボロだし、アマリーは泣き過ぎて何しゃべってるか分からないしクラレス様は青い顔で何も言わないし!! やっとマクスウェルに事情を聞いて飛んで来たら陛下はこんなところでぼぅっとしてるし! もうっ!」

「いたっ! サキっ痛いからっ」

「マクスウェルがあと少し遅かったら痛いじゃ済まなくなってたでしょ!?」


 容赦なくガンガンと詰め寄り顔を真っ赤にして私の胸を両手でばしばしと叩いてくるサキに、いまだ状況が把握しきれない。

 状況が飲み込めずサキとマクスウェルを交互に見ていると、ついにサキは泣き出してしまった。


「……っ! サキ、すまない……。だがなぜ……?」

『契約に成功したのだ』


 おろおろとサキの涙を拭いていると、頭上から落ち着いたマクスウェルの声が落ちてきた。


『ギリギリだったが契約に成功し、記憶も無くさず済んだ。……まぁ、起きて事情を把握したサキにこっぴどく叱られたのだがな……』

「は?」


 悪いことをした犬か何かのように尾を丸め頭を垂れるマクスウェルの隣で、泣きながらサキが口を開く。


「だって! 怒ってずーーっと引きこもってたんでしょ!? そんなボロボロになるまで! しかもそのせいで国がこんな状態になっちゃうし……責任とって! マクスウェル!」


 あまりのサキの剣幕にマクスウェルがジリジリ下がって行ってるよ……。

 責任とって……か。竜皇でもサキにはかなわないな、ふふっ。


「マクスウェル。責任とってくれるのかい?」


 どっと体の力が抜けるのと同時に周りを見渡すと、敵兵達はジリジリと様子を伺いつつ近付いてきていた。


『ふむ。では一肌脱ごうか。どうしたらよい?』

「んー……? 竜皇に見限られてないって証明が出来れば……」


 サキとうんうんとうなりながら方法を考えていると、『なんだ』と一言だけこぼし、マクスウェルは続けて口を開く。


『では軽く吠えれば良いかな』

「「吠える……?」」


 体を反らせすぅーーっと息を吸い込み『吠える』準備を始めるマクスウェル。

 その光景を真下で見ながら、ゆっくりとサキと視線があう。

 たぶんサキも同じ事を言いたいのだろう。


 吠える……? 吠える。

 マクスウェルが吠える?

 竜。


       竜が吠える



「まっ……!?」

『ぐぅぅおおぉぉぉぉおぉぉぅぅぅぅぅうぅ!!』


 

 うっわぁぁぁぁぁぁあああああ耳いてぇぇぇえええ! それ吠えるじゃないって! 咆哮だって!

 その咆哮に合わせマクスウェルを中心とし、大地にヒビが入り至る所が隆起したり陥没したりと、地形が一変していく。


 敵兵達は戦意喪失所か、契約が完了した竜皇のそのあまりにも強すぎる力を受けパタパタと倒れていく。





『ふむ。こんな所か』


 永遠とも思えるそれを耐え抜いた時、周囲で意識があるのは私たち三人だけだった。


「マクスウェル……手加減……は?」

『ん? したがどうかしたか?』


 あぁ、あれで手加減していたのか。


 『うるさい』とまたサキに怒られている件の竜皇は久し振りに見る生き生きとした顔をしている。

 それはサキも同じか。



「ふふっ。マクスウェルありがとう。敵兵も何人か逃げ帰ったしこの事はじきに敵将まで伝わる。もう大丈夫だろう」


 だから帰ろう。城へ。


 嫌がるかと思ったが素直に返事をし、当たり前のように私とサキを抱え舞い上がる。


 全く。サキにはかなわないな。


 ふふふっと笑いが零れ、力が抜けるのと同時に意識を手放してしまった。

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