始まりはいつも通りの……?
少し最初としては話が短めです。
だんだんベタベタ甘くなっていく予定です。
最寄りの街まで行くのも丸3日はかかる程深い山の中に私は住んでいます。
私は早希。20歳になったばかりの普通の女性……のはずです。
なぜ「のはず」と言うと、私、異世界からこの世界に召喚されたらしいです。しかも5年前に。
5年も前の事なのに、どうしてこうふんわりとしか状況が理解出来ていないのは訳があるのですが……
「サキ……? どこにいる?」
そうちょうど声をかけてきたのは、燃えるような赤い髪と鮮やかな金の瞳を持つ長身の男性。
こちらの世界に召喚された私を5年間育ててくれたヒトです。
今は人型をとってますが、彼は「人」では無く竜。そう、よくファンタジーとかに出てくるあの竜です。
そんな彼曰く、人が何らかの理由で私を召喚したものの、なぜか全然違う山の中に召喚されてしまったらしいのです。
普通なら意図した場所に召喚されるようなのですが……。
それで山のはるか上空に召喚されてしまった私は「空から女の子がー」を体現しちゃってた所、たまたま近くを飛んでいた彼にパクッとくわえられ助けられました。
そしてそのまま彼に育てられたので召喚の真意が分からないのです。
「売り物の準備をしていたの。マクスウェルはもうお昼寝おわりなの?」
そのおそろしく整ったシンメトリーの顔で眠そうに目をこすってる彼ーマクスウェルに呼び掛けます。
マクスウェルはノロノロと住処にしている大穴から出てくると、そのまま座っている私の膝に頭を乗せ寝そべってしまいました。
「起きたらそなたが居なかったのでな。準備が出来たら起こせ」
そう言うとすぐ寝てしまいました。
マクスウェルは竜だからか、草の上でもどこでも気にせずこんな風にごろんとしちゃうんですよね。
勿論竜としてのプライドとか何とかで、私の前だけらしいのですが。
少し長めの髪を無造作に私の膝の上に散らかして、長い手足もおもいっきり投げ出して横になっているのを見ると「太古より続く偉大な生き物」って感じではないですよね。
勿論それもマクスウェル自身が言っていたんですけどね。
そんなマクスウェルの隣で私は街に売りに行く薬草や毛皮をまとめています。
マクスウェルは良いのですが、私は一応人なので、着るもの、食べるもの、この世界の事を知るためにたまーにこうして街に行きます。
今隣で気持ちよさそうに寝ている彫刻のような造形美の彼も一緒に行きます。
大切にしてもらってるのは分かるんですが、心配性なおとうさん?といった感じです。
年々過保護さが増しているような気もしますが、この世界で親しい人はマクスウェルしか居ないので、煩わしさとかではなく安心感の方が強いです。
この世界に召喚された15歳だった私を、ずっと大事に育てて色々な事を教えてくれたのはマクスウェルなので、私もしっかりファザコン? になってしまいましたけどね。
あまりにも無防備な隣の寝顔を見ていたら、ついそんな事を考えてしまい思わずふふっと笑ってしまいます。
「もう良いのか?」
どうやら起こしてしまったようです。
マクスウェルはゆっくりと上体を起こすと、そのまま流れるように私の髪を撫で始めました。
「そなたも随分と女らしくなったものだな。拾った時は我とそう変わらぬ髪の長さだったと言うのに」
そう言いながら私の腰まである少しウェーブがかった黒髪を、その長い指にクルクルと巻き付けています。
「もう5年も後ろは切ってないからね。でもふわふわしちゃうから切りたいんだよねー……」
来たときは肩に掛かる位の長さしか無かったのですが、元々癖っ毛なのでここまで伸ばすとさすがに纏まりません。
マクスウェルはサラサラのまっすぐな髪をしているので羨ましい限りです……でも本来の竜の姿の時は髪とか無いんですけどね。
「ん? そのままでよいではないか。柔らかい毛が動物みたいで旨そうだ」
そう言うと腕の中にすっぽりと私を抱え込み、切れ長の目をニヤリと細め口を開けて私を食べようとする仕草をします。
「マクスウェルが言うと冗談に聞こえないー」
腕の中で抵抗するようにモゾモゾと動きますが、このいたずらっこみたいな顔はいつもする表情なので、お互いじゃれ合ってる感じです。
腕の中の私の頭に顎を置いたマクスウェルが珍しくため息を付きました。
いつもの彼らしくないのでビックリして顔を見上げます。
私の頭の上で真剣に、少し寂しそうな金色の瞳が真っ直ぐこちらを見ています。
「どうしたの……?」
まじまじと見られる事なんてあまりないので何事でしょう。
「いや、そなたが来てから5年か、と思っていた所だ。最初は気まぐれでその手を取ったが、まさかここまで……自分でもそうは思って無かったものでな」
そう低い落ち着いた声で言うと、ふっと自嘲気味に笑みをこぼします。
気まぐれだったと言うのは知ってましたが、なぜいきなりそんな事を?その少し寂しそうな表情も気になります。
「どうしたの? 今日なんかへん……えっ!? まさか今日街に置き去りにされるの!?」
話していてついに捨てられる日が来たのかと思い、思わず彼の胸元を掴んでしまいました。
端から見ると彼に縋っているように見えるでしょう。
必死な私の顔を見て、一瞬目を見開いていた彼が相好を崩して笑い出しました。
「ふっ……ははっ……何の心配をしておる? もう離す気はないと言っているのだ」
そう言いつつ、私の頭を抱え込みます。
まだ笑いが止まらないらしく小刻みに震えています。
もぉびっくりしたじゃないですか。
自分の体から力が抜けるのが分かります、やっぱり私ファザコンですね。
でも嬉しいのと恥ずかしいのとちょっとの怒りで、ぷーっと頬を膨らませてマクスウェルを見ます。
でもやっぱりふふっと笑うだけです。
「なんだ? そなたそんなに我と離れるのが嫌か?」
もー意地悪そうに目を細めてそんな事言うなんて。
「……マクスウェルのばか……」
照れ隠しでまた頬を膨らませてプイっと視線を外します。
本当に意地悪な竜です。拗ねてる私を見ても嬉しそうに笑ってます。
「ははっ。からかいすぎたな。もう準備はよいのだろう? 行こうか」
そう言うと、優しく私の額にチュッと音をたて軽く口付けをし立ち上がります。
マクスウェルはそのまま延びをしたかと思うと、その背中から大きな翼を出します。
爬虫類のような大きな竜の翼です。
そのまま少し翼を動かすと彼の体が少し浮き、一気に上空まで飛んでいきます。
太陽とその姿が重なった時、マクスウェルは元の竜の姿に戻りました。
全身を覆う何よりも堅いとされるその鱗は美しく、太陽の光にさらされて髪と同様に真っ赤に輝いています。
いつ見ても綺麗な姿。
そう見とれていると元の姿になったマクスウェルはそっと私の前に降りてきました。
そのまま鋭い爪のある手で私と荷物を大事そうに抱えると、ふわりと飛び立ちます。
以前背中に乗りたいと言ったことがあるのですが、「持ちたい」との一点張りで未だに背中には乗ったことは無いです。
ですがやはりマクスウェルの手の中が一番安心できます。
街まで彼の翼では数時間程しかかかりませんが、いつも途中遊びながら行くので、街に着くのは夕方位になりそうです。