イロモノ
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◆ 枕
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マリー(八尾麻里絵):
毎度バカバカしいお話を。
バブルが弾けてこの方、かたやリストラだ、こなたニートだと職にあぶれたひとが沢山おりますな。
こりゃ別に今に始まったことでもなく、昔も藩の財政が苦しくなれば浪人者も増え、働かずに済む豪商の子弟なんかはまさにニートしてたわけでございます。
官職についていたお侍さんにしても、その地位は家に与えられてたわけで、次男坊であるとか、父親が現職バリバリのうちは特に働くこともなく、ブラブラしておりました。
桜吹雪で有名な遠山の金さんにしたってアレ、家督を継ぐ以前、若い頃は粋がって墨なんぞ入れて遊んでおったってわけですから。
農村部は知りませんが、こと大都市江戸に限って言えば、
町人はメシ食って風呂入って長屋で寝るなんて生活をする分には大して銭もかからず、無くなったら働く。
圧倒的に男性の比率が多かった江戸市中で所帯を持てた人は稀で、今みたいに妻子の養育費を稼がなくちゃいけない、なんて義務感はほとんどの若者に無関係でした。
多くを望まなければわりと気楽に生活できていたようです、病気になったときに医者にかかれない程度で。
これはそんな、ブラブラしてた若者がぎょーさんいた時分の話で。
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◆
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勘一「霞さん、いるかい?」
三郎「おう、イルカでもクジラでも、呉れるモンならなんでも貰うぞ俺ぁ、最近食った魚なんざメザシくれぇだからヨ」
勘一「ちげーよ、ったくおめぇさんはホント、武士らしくねぇなぁ」
三郎「俺は文化系の、しかも明日食うものにも困るような武士なんだよ、で、なにかい? 原稿ならまだだぜ」
勘一「そっちも大ぇ事なんだが、今日は別口でヨ」
三郎「ってこたぁ、アレかい?」
勘一「そう嫌な顔しなさんなって、ギャラも弾むからさぁ」
三郎「何度も言うが俺ぁ文科系なの、そーゆーのは体育会系の侍にな………」
勘一「三郎、いや霞さんよ」
三郎「なんですかな勘一殿、いや常陸屋の若旦那」
勘一「侍ェってのは昼間はお役所に通ってるもんだぜ?」
三郎「うくく………痛い所突きやがって」
勘一「いやマジな話、実際おめーさんしかアテがねーんだって、頼むよホント」
三郎「仕方ネェそこまで言われちゃぁ、わずかばかりに残った武士の名が廃るってもんだなー」
勘一「そう来なくっちゃ! ヨッ! このツンデレ侍!」
三郎「それ使い方がちょっと違うぞ………」
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ここは江戸下町の貧乏長屋。
武士の身でありながらこのような場所に起居する主人公は霞三郎
武芸や学問に励むでもなく、日がな一日好色本などを読んではニタニタして過ごす浪人者であります。
三郎、万年床から起き上がり、洗い手水に身を清め、柄杓で水をがぶ飲みしてから常陸屋の倅と連れ立って表に出ます。
このチャラチャラした若旦那勘一もまた、家業を手伝うわけでもなく、毎日江戸市中をぶらついて本屋に入り浸ったり、
茶店の軒先に腰掛け、往来する美少女を観察して過ごしたりする穀潰しでありました。
三郎「うおっ、まぶしっ!」
勘一「たまには外に出るのもいいだろ?」
三郎「う~、この日差しは俺には眩しすぎるぜ、溶けっちまうよ」
勘一「ホント、インドア派だなぁ、おめぇさんは」
三郎「だから文科系だって言ってんじゃん、そーゆーおめぇはなんで毎日朝っぱらからそんな出歩き周ってんだよ」
勘一「朝湯帰りの濡れた御髪って良くね?」
三郎「あー、そんなところだと思ったぜ」
勘一「夕風呂はあんまり良く見えないだろ、狙い目は朝湯帰りってこれ常識」
三郎「しかも幼女のな」
勘一「まーね、霞さんだけだよ、俺の高尚な趣味を理解してくれるのは」
三郎「理解はするが俺ぁ幼女好きなわけじゃないぜ」
勘一「またまたご冗談を」
三郎「冗談じゃねーっつーの!」
馬鹿話をしながら町を歩きます。
商家の前では小僧が忙しそうに掃き掃除をしています。
肩に道具箱を担いだ職人さんたちが忙しそうに行き来しています。
井戸端では御上さんたちが洗濯しながら世間話に興じております。
みな忙しく働いてる道中、ほぼ無職のいい歳した男が並んでブラブラ歩いていきます。
勘一「ところで、儲かってまっか~」
三郎「はぁ? 見りゃわかるだろ、この質屋にすらスルーされそうな着物を、袂が擦り切れてゼニが落っこっちまうよ」
三郎「とは言え、落ちるゼニも無いけどな、たはは」
勘一「わかってないなぁ」
三郎「なにが?」
勘一「ぼちぼちでんな~、でしょ」
三郎「なんじゃそら」
勘一「上方でブームの挨拶ですよ、実際に儲かってるかどうか聞いてるわけじゃないです」
三郎「ふむ………じゃ、もう一回頼むわ」
勘一「儲かってまっか~」
三郎「ぼちぼちでんな~」
勘一「そらよーおましたな~」
三郎「あんまり良くないけどー、見ろよこの歯の無くなった下駄を、これじゃカマボコ板の雪駄だぜ」
勘一「ったく、ノリ悪いなぁ、方便だってそのうち本当になるんだよ! 社交辞令でおかげさんで、くらい言えって」
三郎「俺は正直者なんだよ!」
勘一「やれやれ、妙なとこだけ武士らしいのな、お前は」
三郎「だってよぉ、小せぇ頃から嘘つくたびにお袋にぶん殴られて教育されてきたからさぁ」
勘一「武士の妻はおそろしいのう、俺ァ町人で良かったナァ」
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さて、そうこうするうちに常陸屋にやってきた二人。
店の前には遠巻きに人だかりが出来ています。
勘一「ほら頼んだぜ、用心棒の先生」
三郎「あんまり気が進まないナァ」
若旦那に背中を押され、暖簾をくぐると人相の悪い男たちが番頭さんに詰め寄っています。
番頭「あ、あの、主人は生憎留守にしておりまして」
チンピラ「おう、嘘つきは泥棒の始まりって言葉知らねぇわけじゃあるめぇ、いるのはわかってんだ、話つけてやるから早く呼んで来いやゴルァ」
三郎「ちょいと御免よ」
すっと腰のものを脇に置き、上がり框に座り込む霞三郎。
番頭「ああ、霞さま、いらっしゃいまし」
三郎「番頭さん、取り込み中悪いんだけど、少し工面してくれないかナァ」
番頭「へ?」
軽くウインクをして、任せておけと番頭さんに合図を送ります。
チンピラ「おうおうおう、人が話してんのになに割り込んで来やがるんでぇ」
三郎「番頭さん、エテ公が何か言ってるようだけど、どったん?」
チンピラ「なんだとてめぇ! 誰がエテ公だ?」
三郎「いや失敬、エテ公はそんなに禿げてなかったし、もっと愛くるしいよな、たはは、猿にに失礼だよな」
チンピラ「こンの野郎! もう我慢できネェ、表に出ろィ」
それこそサルのように顔を真っ赤にして長ドスの柄に手をかける博徒。
まぁまぁ、と手を振って制止しながら三郎。
三郎「いいけどー、まぁ慌てるな、そこもとが構えて俺の脳天をたたっ斬るまで1秒かかるとしよう………これが1秒の長さ」
鞘の小尻で土間に線を引いて解説を始めます。
チンピラ「はぁ?」
三郎「その半分に到達するには0.5秒かかる」
先ほど描いた線の半分に印をつけます。
三郎「さらにその半分に到達するには0.25秒、そしてさらにその半分に0.125秒、割っても割っても0にはならず、有限な時間がかかるわけだ」
地面に描いた線を細かく割っていく三郎。
眉根を寄せ、乗り出すようにその図面を凝視する男。
チンピラ「な、何が言いてェんだ?」
三郎「つまり、そこもとの刀は有限な時間内に乃公の脳天に到達することはできない、というわけだ、ドゥーユーアンダスタン?」
一瞬こめかみに手を当て、必死に理解をしようとする博徒ですがすぐに開き直り、
チンピラ「しゃらくせぇ、んなことあるかい! そんな屁理屈が通用すると………」
三郎「でも俺の居合いは一瞬だぜ?」
気がつくと強請り屋のど元に抜き身の刀の切っ先を向けている三郎。
チンピラ「………うっ」
地面の線に気を取られていた博徒は身動きすらできません。
三郎「ほら一瞬だったろ? 無礼討ちにいたそうか、これは正当防衛であるしなぁ………ほれほれ、ツンツン」
チンピラ「く………卑怯な手を使いやがって、それでも武士か!」
三郎「どんな手を使っても常に勝利を目指す、かの剣聖宮本武蔵殿も仰っておるしな、ははは」
チンピラ「きょ、今日のところはこの辺にしておいてやる………お、覚えてやがれ!」
と、お決まりの捨て台詞を吐きながら一目散に駆けていく男の背中を見、ホッと一息つく三郎です。
三郎「ほっ………彼奴が単細胞で良かった」
勘一「番頭さん、大丈夫かい?」
強請り屋が去ったのを確認して勘一が人だかりから出てきます。
番頭「若旦那! それが霞さまのおかげでなんとか………なるほど、若旦那が連れてきてくださったわけでございますな」
勘一「へへ、役に立っただろ、俺の雇った用心棒は」
三郎「そそ、放蕩息子つってもやっぱ自分ンちのこと気にしてるんですよコイツは」
番頭「へぇ、そりゃもう若旦那は本当は心優しいお方だということは存じております………ただ、もう少し商売の方にも身を入れていただければ、大旦那さまも私も安心して隠居できるのでございますが………」
勘一「う………そ、それはその………まぁ勉強っていうか調査っていうか修行だよ番頭さん、な! な! 霞さん」
三郎「ま、そーゆーことにしておいたろ、人生何がどう転ぶかわかんねぇし」
番頭「それにしても鮮やかでしたナァ霞さま」
三郎「いやぁ、俺ぁ実際人なんか斬ったことねぇスから、ドキドキでしたよ」
勘一「その割には鮮やかな抜刀でしたな」
三郎「ここだけカッコいいからよぉ、練習したんだぜ、歌舞伎見て」
勘一「おまいという奴は………」
三郎「しかもこの脇差」
勘一「ちょwww人に刀を向けるな」
三郎「竹光なんだよね、だからほら、軽々と………ん?? なんか重いぞ」
勘一「おまwwwそれ本差しの方なんだけど」
三郎「え………マジか………間違った」
三郎「しかし前の親分が元気な頃は、こんな無茶な強請りも無かったのにナァ」
勘一「確かに、新興のあいつ等がここまで出しゃばってきやがる」
三郎「店構えるのも大変だぁね」
勘一「おおそうだ、久しぶりに親分の見舞いでも行くか」
三郎「そうだなぁ………俺ぁ、あのうち苦手なんだけど」
勘一「お光ちゃんか」
三郎「うむー、アイツはどーも苦手だ、なーんかうちのお袋みたいな勢いでな」
勘一「ああ例のスパルタかぁちゃんな」
三郎「そ」
勘一「くくく、用心棒先生にも怖いものがあると見える」
三郎「用心棒は副業の副業なの! 何度も言うけど俺ぁ文科系なんだよ」
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そんなこんなで親分の事務所にやってきた三郎と勘一。
ところが二人を出迎えたのは金髪碧眼のボインちゃんでございました。
勘一「結婚してください」
ナージャ「え、あの………」
三郎「アホか! すいません間違えました」
事務所間違えたか、と表に出ようとすると、
お光「ダメじゃない! 出てきちゃ」
ナージャ「ご、ごめんなさいお光さん」
お光「………って放蕩息子に貧乏侍、なに? あんたたち………まさか、この子を誘拐に! ふーん、悪の手先に成り下がったわけね」
三郎「どこをどう辿るとそういう解釈が成り立つんだ………」
お光「貧乏人は金でどう転ぶかわからないからね」
勘一「お嬢さん、お名前は? 好きな食べ物は? どんなブランドが好き? 子供は何人にしましょう?」
三郎「おまえなぁ、この状況下でナンパしてんじゃねーよ、っつーかロリコンの誓いはどうしたんだよ!」
勘一「こんな馬鹿は放っておいてまずはお茶でもいかがでしょうか、なーに金なら腐るほどありますので」
ナージャ「え、ええ、あの………その………」
お光「こらー! この子に気安く触るな変態!」
勘一「ハァハァ」
ナージャ「ひぃぃ」
いい加減にしなさい! と勘一をどついてから三郎。
三郎「で、その娘さんはどなたさんで?」
お光「それは………あんたら、本当に信用できるんでしょうね?」
三郎「この刀に誓って」
勘一「おお、カッケー!!」
三郎「だろ? いっぺん言ってみたかったのよ」
親分の孫娘、お光の話によりますと、この金髪の娘、親御さんに黙ってお忍びで江戸市中見物に来たお露西亜のとある偉いさんの一人娘とのこと。
例の新興ヤクザにかどわかされ、女郎屋に売られそうにそうになったところを、お光の組の若い衆がすんでのところで助け出した、という寸法。
ひとまず安全に帰れるルートを確保するまでここで匿っているということでした。
三郎「しかしそんな異人さんがどうやって長崎から江戸に………??」
ナージャ「そ………れ………は………えっとぉ~」
勘一「そんなことを詮索するのは野暮ってもんだぜ、設定的に」
三郎「いやしかし気になるじゃんよぉ、そもそも異人さんがこんなところにいるのがお上に知られでもしたらどーすんだよ」
勘一「こまけーこたぁいいんだよ! 話が進まなくなるだろ~」
お光「とにかく丁度いいわ、三郎、アンタあっちの組行ってこの子のこと諦めるように脅しかけてきなさい」
三郎「はい? なんで俺が」
お光「あんたねぇ、その腰の立派なモノは飾りなわけ?」
三郎「お腰の………モノ………しかも立派な………!」
勘一「霞さん………皆まで言うな!」
三郎「っと、あぶねぇあぶねぇ、つい職業柄考えがそっちの方に行くところだった」
お光「はぁ?」
三郎「いやこっちの話、で、まぁ腰のモノといえばこれか」
お光「そう、その和泉ナントカがあるじゃない」
勘一「の工房の見習い職人が作った量産品な」
三郎「いや待て、さすがに親方が監修くらいはするだろ」
お光「いざとなったらそれでズバッとやりゃいーじゃないの」
ナージャ「そ、そんな乱暴な!」
三郎「まったくだぜ、そう簡単に言うけど、刃傷沙汰となればいくら武士でも有罪で逮捕、運が悪けりゃ切腹もんですぜ」
お光「へ? 切捨て御免じゃないの?」
三郎「あのねぇ、いくらなんでもここは法治国家ですよあーた、どこぞの国の殺しのライセンスでもあるまいし、こんなもん飾りなのよ飾り」
お光「飾り、ねぇ」
三郎「ステータスよステータス、ユニクロ着るか、しまむら着るか、そんな感じ」
勘一「おめー、それ例えとしてはあんまりっていうか、低いと低い並べてどーすんだよ」
三郎「だって他のブランド知らないもん」
勘一「お前という奴は………」
勘一「さすがアキバ系ですな」
三郎「いやぁ、なになに」
お光「まぁいいわ、手段は問わないからさっさと行って話つけてきて」
三郎「て、軽く言うけどさぁ、俺がそんなことする義理は無いんじゃね? 可哀相だがここは奉行所にでも行ってもらって」
ナージャ「仰るとおりです………私をお役所に連れて行ってくださいまし、私のことで皆様にご迷惑をかけるわけにはいきませんから」
などと健気にも悲しい表情で言われて心動かない三郎ではありません。
三郎「う、うむ………」
やはり悲しいかな侍といえども美女には弱いわけであります。
特に侍らしからぬ俗物的な霞三郎ならなおさらです。
三郎「えーっと………」
勘一「任せてくださいお嬢さん! この私が貴女に手を出さないという証文を必ず取り付けてまいります」
三郎「なんでお前が張り切る!」
勘一「お前も行くんだよ」
三郎「えー」
勘一「えー」
三郎「結局お前は後ろで見てるだけのつもりだろ!」
勘一「ああそうさ!」
三郎「………開き直りましたね、常陸屋さん」
勘一「ああ憎い、金と顔しかない自分自身が憎い!! 俺にもう少し力があったのならば………」
三郎「じゃあその金で解決してくれよ、おい」
勘一「わかってないなぁ、わかってないよ霞くん、世の中なんでも金で解決するような大人になって欲しくないんだよ僕ぁ」
三郎「………自分の存在を全力で否定するようなことをよく平気で言うな、お前は」
お光「あーもー焦れったいわね! そんなに嫌ならアタシが行く! ちょっと誰か、ヤッパ持ってきて」
三郎「まままままて! それはイカン、いくらなんでも無茶だ」
お光「女だからって甘く見ないでね、アタシだって任侠の一人娘、切った張ったの覚悟は出来てるつもりよ」
三郎「ダメだ、こんな無鉄砲な馬鹿行かせたら話が余計こじれるぞ」
勘一「だから言ったでしょ、俺らが行くしかないんですよ」
三郎「ヤレヤレだぜ………」
三郎「わーった、わーったからそれしまえ」
お光「なに? 行く気になった?」
三郎「仕方ネェ、気が向かねェが一応本職だ、俺らが行くよ」
お光「うふっ、そう言ってくれると思ってた、そんなところが好きよ! 三郎」
勘一「愛の告白キター!!」
お光「そ、そんなんじゃないわよ」
三郎「激しく同意、かなり迷惑」
お光「ぶつわよ?」
三郎「うくく………なんで俺がこんなおっかネェ仕事を」
勘一「人の良さは仇になりますナァ、霞さん」
三郎「仕方ないですよ常陸屋さん、僕らいいひと設定だし」
勘一「それでは行ってまいりますッ」
ナージャ「無理はなさらないでくださいね、私のために」
お光「あ、ちょっと待って」
かちっかちっ、火打石をふたりの背中で鳴らすお光、銭形平次でよく見かける光景です。
お光「行ってらっしゃ~い」
三郎「なぁ、コレってなにか意味あんのか?」
勘一「さぁ? ケツに火をつけるってことじゃないスかね?」
三郎「なるほど上手いね、ははは」
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三郎「しかしヤクザの事務所なんておっかないですなぁ、常陸屋さん」
勘一「同感ですが、今我我が出てきた場所もヤクザの事務所ですよ、霞さん」
三郎「ヤクザっつったってほら、彫り物入れた只の助平爺じゃないですかあれは」
勘一「それですよ、奴らだってただ単に彫り物入れた恐喝屋だと思えばいいんですよ」
三郎「おま………余計恐ぇじゃねーかよ!」
勘一「まー、いざとなったら霞さん、任せましたよ、一応お武家さんなんだし」
三郎「お武家っつったっておめぇ、いまや春画の添え文書いて糊口をしのぐ貧乏浪人ですよ僕ぁ」
勘一「またまたご謙遜を、抜くのだって早いし」
三郎「拙者早漏に候、と、こう申したいわけですな貴殿は」
勘一「ちゃいまんがな、刀を抜くのがって話でんがな」
三郎「まだ上方ブーム続いとるんでっか」
勘一「おお、霞はんもイケるクチでおまんなぁ」
三郎「おまん………だと!」
勘一「ったく、このひたぁ………ここまでくると職業病だね」
三郎「待て、だいたいアレですよ、常陸屋さんが早いと速いを間違えて言うからいけないんですよ」
勘一「ちゃうんでおますか?」
三郎「抜くのが早いと抜くのが速いではそらもうまるで違うでしょ、あーた」
勘一「声に出されるとどこが違うのかさっぱりわからんのだが」
三郎「前者はお日様の下に十文字の早い、後者はしんにょうに束ねるの速い、だ」
勘一「で、どこが違うんだよ」
三郎「抜くのが早いのは早漏、抜くのが速いのは居合、だろ?」
勘一「じゃあ元元霞さんはどっちでも通じますな」
三郎「そうですな、ははは」
勘一「まったくですな、ははは」
三郎「ってアホンだら! 俺ぁ早漏ちゃう言うとるやんけ!」
勘一「おお、上方ブーム来ましたね?」
三郎「ふむ、逆上したときの感情をより激しく表現することができるかも知れんな」
勘一「次の絵草子は上方言葉でいきまっか」
三郎「でも全編上方言葉じゃくどいだろ、こうメリハリつけるのがいーんじゃね?」
勘一「なるほど、そういう手法もありますなぁ、でも急にキャラが変わると読者は興ざめしてしまいやしませんかな」
三郎「普段おっとりした娘が急に激しく情熱的になる、この段差が萌えるんじゃないですかねぇ」
勘一「なーるほど、意外性萌えって奴ですな」
三郎「左様、烏賊にも蛸にも、ソースはオリバー」
勘一「聞き捨てなりませんナァ、そこはどうにもこうにもブルドッグじゃーありませんか?」
三郎「ああん? 上方かぶれにしては反オリバーなんですか、常陸屋さんは」
勘一「霞さんこそ身も心も魂まで上方に売ってしまったんじゃないですかな」
三郎「いや、魂とか関係なくオリバーどろソース旨いだろ常識的に考えて」
勘一「ダメ! 俺辛いのダメ! 本気と書いてマジでダメ、堪忍」
三郎「その堪忍袋の緒を解いてやろうかのう、ぐふふ」
勘一「ああ、そればかりは………お助けを………」
三郎「良いではないか良いではないか、そ~れ、ぐるぐる」
勘一「あ~れ~」
三郎「………あのですね、さっきから通行人の目が厳しい気がするんですが」
勘一「そりゃ当然ですな」
三郎「で、なんか策でもあんのか?」
勘一「もちろんあるんでしょうな?」
三郎「いやお前がだよ」
勘一「てっきりお前にはあるもんだと」
三郎「………帰りますか」
勘一「お光っちゃんに半殺しですね」
三郎「ふーむ、それは考え物だなぁ、奴はマジで殺るからなぁ」
勘一「進むも地獄、戻るも地獄とはこのことですな、ははは」
三郎「他人事だと思って笑ってんじゃねーよ!」
勘一「てゆーかやっぱ我我よりお光っちゃんの方が適任だったんじゃ?」
三郎「まったく俺も同感、なんで俺らみたいな貧弱ニートがこんなこと………」
勘一「悔しいけど………僕は男なんだな」
三郎「俺に全部やらせて後ろから見てる気満満でしょ、あーた」
勘一「そうですが何か」
三郎「気楽でいいですな」
勘一「そうでもないですよ、ピンチの時には人質になっちゃったりする役回りですから」
三郎「そりゃ大変ですなぁ………って馬鹿ッ、見てるだけよりタチ悪いっつーの」
勘一「まぁまぁ、終わったら蕎麦の一杯でも奢りますよ」
三郎「もちろん天麩羅蕎麦、お銚子付きだろうな?」
勘一「えー」
三郎「えーじゃねぇよ、どうせ一緒に飲むんだからいーじゃねーか」
勘一「しゃーないなぁ、ま、金だけはあるからそれくらいよござんしょ」
三郎「うくく、さりげなく自慢しおってこの銅鑼息子め」
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みつ子「あら、若旦那に先生」
勘一「チーッス、こりゃどうも元締め」
三郎「先生は止してくださいよみつ子さん」
みつ子「くすくす、先生は先生ですもの」
勘一「いやホント、こいつァ先生なんて呼ぶと付け上がって筆速が落ちるんで」
三郎「なんだとぉ、いーじゃねーか少しくらいおだてて呉れたって」
みつ子「仲がよろしいんですね、おふたりさんは」
勘一「ところで、こないだの本は」
みつ子「ええ、なかなか好評で増刷も決まったわ」
三郎「マジっすか!」
みつ子「あんな上手な絵師よく見つけてきたわねぇ」
勘一「クックック、先生の御力じゃないようだな」
三郎「うるせっ」
みつ子「新作の目処がついたらすぐに知らせてくださいね、優先して刷り師を手配しますから」
勘一「よ、よろしくお願いします………ただ、先生の調子が」
みつ子「あら、どこか具合でも?」
三郎「い、いえっ、全然大丈夫です、任せてくださいよ!」
勘一「ったく、現金だなぁ、おめぇも」
みつ子「それじゃ、楽しみに待ってるわね」
三郎「いやぁ、貫禄あるよなぁ」
勘一「そりゃ市中でも指折りの版元を女手ひとつで切り盛りしてるんだからな」
三郎「そんな大手がなんでうちみたいな零細の刷ってくれてるわけ?」
勘一「んふん、世の中ゼニだよ霞三郎君」
三郎「けっ、偉そうにおめぇのゼニじゃねーだろ、おめぇンちの蔵の千両箱から………むぐ」
勘一「おっと霞さん、それ以上は言いッこ無しだぜ」
三郎「わーったよ、ま、そのおかげで俺もおマンマ食えてるわけだし、深くは追求するまい」
勘一「そそ、それでみんな幸せ~」
三郎「ははは、この放蕩息子め」
勘一「二代目ってのはそういう生き物なのよ」
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勘一「ところでさぁ、実際原稿の方は進んでんのかよ」
三郎「そゆこと今言うかナァ」
勘一「そろそろ刷り屋に出さないと盆の絵草子展に間に合わねーんだよ」
三郎「つってもなぁ、まだ二た月もあるじゃん」
勘一「馬鹿もん、ギリギリになればなるほど刷り代上がんだから、そしたら純利益下がるっしょ、頼むぜホント」
三郎「だいたい利益なんか出て………」
勘一「おっとその先は言わぬが華だぜ」
三郎「うーむ、しかしこう、なんか筆が進まなくてなぁ」
勘一「兎に角仕上げろ、この際クオリティは問わん」
三郎「いやでもやるからにはこう、客の満足するような内容にだな」
勘一「出さなかったら満足する以前の問題だろうよ」
三郎「ま、そー言われりゃそーだけど」
勘一「絵はもう仕上がってんだから、早いとこ頼むよ」
三郎「善処します」
勘一「あ~あ、三郎の善処には何回騙されたことか」
三郎「だってしょーがねーだろー、書けねーもんは書けねーの、てゆーかお前はナニをしているんだ」
勘一「プロデューサー件スポンサーだろ? 誰が原稿料立て替えてくれてるのかな? かな? あ~ん?」
三郎「へへぇ、常陸野さんのおかげで飢え死にしないで済んでおります」
勘一「で、それ終わったら次はどーすっか」
三郎「出来てもないのに次の話ッスか」
勘一「たりめーよ、そうだな………触手もんでいくか」
三郎「え~、北斎のパクリじゃん」
勘一「蛸じゃなくてよ、烏賊にすんのよ」
三郎「それがパクリでなくてなんだと言うのだおまいは」
勘一「なんつーかなー、そう………インスパイア!」
三郎「くっ、この毛唐かぶれが」
勘一「言ってみれば知は力だよ霞君、フハハハハ」
三郎「フハハハハ………てバカー! 」
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勘一「あの娘、お露西亜とかなんとかの出身だって言ってたよな」
三郎「ああ、言ってた」
勘一「お露西亜ってどこにあんの? 天竺の向こう?」
三郎「お前はどんだけ昔の人間だよ………」
勘一「そういうお前は知ってるのか?」
三郎「そうだなぁ………人人の夢想の中の最果てにあるんじゃなかろうか」
勘一「さすが読み本作家だけにカッコいい表現ですけど、実は知らないんですね?」
三郎「いやさ、清国の北の方にあるってことは知ってるぜ、たしかそんな風に習った気が」
勘一「清国かぁ………なんかさぁ、どっか外国行ってみたくね?」
三郎「おまえなぁ、そんなセリフお役人に聞かれたらどーするつもりだよ」
コレだよコレ、と首を斬る仕草をしてみせる三郎。
当然、当時鎖国破りは死罪相当です。
勘一「与太話じゃねーか、いくら八丁堀の連中がヒマだからっつってそんなとこまでクビ突っ込んでこねーよ」
三郎「そうかなぁ」
勘一「で、どうですか霞さんは」
三郎「めんどくさいじゃん、俺船酔いするだろうし」
勘一「なんだよそのインドア志向は」
三郎「オタクっすから、で、なんで常陸屋さんは外国なんかに?」
勘一「だってよぉ、金髪幼女の春画があるかもしれないじゃんよぉ」
三郎「アンタってひとは………生身じゃないのかいッ!」
勘一「な? お前だって見たいだろ?」
三郎「春画だったら知り合いの絵師にでも描かせりゃいーじゃんか」
勘一「はっ、その手があったか………お前天才だな! 早速見当つけておこう」
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とかなんとかやいのやいの話しながら歩いておりますと、ひなびたお稲荷さんの前に少女が立っております。
勘一「おい、この界隈じゃ見た事ない女の子だな」
三郎「そうかぁ? よく知ってんの? ここら辺」
勘一「ここら辺だけじゃねぇよ、俺ぁ江戸中の目ぼしい幼女には目をつけてるんだぜ」
三郎「この犯罪者予備軍め!」
勘一「失礼な、歩く人相描きと呼んでくれ、迷子が出たときには俺に聞け!」
三郎「その才能だけには感服いたす」
少女「これ、そこの」
勘一「俺っすか?」
少女「違う、その隣の金運のなさそうな男」
三郎「金運なさそうって………そりゃ本当だけど、俺か?」
少女「うむ」
三郎「なんかケッタイなガキだな」
勘一「う、うらやましい………声をかけてもらえるなんて、チョー可愛い子じゃん!」
三郎「俺に何か?」
少女「おぬし、死相が出ておるぞ」
三郎「はい?」
少女「回避するにはこのお札をじゃな」
三郎「あー、俺そーゆーの信じてないから他当たって、今忙しいし」
少女「ふふん、神罰」
ぶちっ
三郎「ぎゃー、急に下駄の鼻緒が!」
ばしゃっ
勘一「ぎゃー、小僧のまいた水モロにかぶった!」
少女「どうじゃ?」
三郎「新手の強請屋か?」
勘一「いや、こんな可愛い少女に限ってそれは無い」
三郎「断言しましたね?」
勘一「断言するとも!」
三郎「仕方ねぇナァ………ナンボ?」
少女「十六文にしてしんぜよう」
三郎「おまwww俺の全財産の半分かよ」
少女「死んでもいいなら払わんでも良いぞよ」
三郎「ったく、何でこの貧乏侍からゼニとるかなぁ、集りをするならそこのボンボンに」
少女「おぬしか………ふむ、その青瓢箪なら五萬一千三百二拾七両じゃな」
勘一「おまwwwwなんで俺は桁違いに高いんだよ」
三郎「ププッ、青瓢箪だってよ」
少女「そちの家の資産の半分じゃ」
勘一「さすがに俺は出せませんよ霞さん」
三郎「半分でそれっておまえンち、どんだけ金持ちなんだよ………」
少女「買うのか買わんのか? いや死にたいのか死にたくないのか、早うせい」
三郎「なんだよその恐喝風なのは………わーったよ、はい、出すから手ぇ出して」
ここで霞三郎一計を案じます。
わかってるわかってる、この流れはアレを使えということだ、この作品のコンセプト的に。
それはズバリ、時蕎麦作戦よ、さすが俺、博学が憎いくらいだぜ!
などと自画自賛の思いで腕を突き出し、意気揚揚と小銭を数え始めます。
三郎「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ………今なんどきだい?」
少女「四ッじゃ」
三郎「いつ、むぅ、なな、やぁ、ここ、とう、十一十二十三十四十五十六と………あれ?」
少女「まいどあり~」
三郎「なんかおかしくね?」
勘一「馬鹿だろお前、それオチの方の抜け作の行動だぞ」
三郎「そんな馬鹿にお恵みを………これ、マジで明日っから水しか飲めねぇよ
勘一「てゆーか全財産三十二文て、昨日渡した原稿料どうしたんだよ! 銀一枚はあった筈だぜ?」
三郎「いやそれが………借金返したり酒飲んだりしたらいつの間に」
勘一「お前は両津巡査かっつーの! 田舎産まれの癖にそーゆーとこだけは江戸風に染まりやがって」
三郎「うちの家系なんだよ~、オヤジもそれでクビになったんだからさぁ」
勘一「でもまだ十四文もあるじゃねーか、かけ蕎麦くらい食えるだろ」
三郎「それで明日発売の新作春画買うんだよ………飯と春画、どっちが大事か貴方ならわかるでしょ、常陸屋さん」
勘一「わかる、それはわかりますよ霞さん、でも………働け、このニートが」
三郎「お前だってニートだろうが」
勘一「高踏遊民と呼べ」
三郎「それまたえらい先の時代に作られる言葉だぞ」
勘一「あれ? あの子は?」
三郎「そういえば、煙のように消えたな」
勘一「クッソー!! 住所と名前聞いておくべきだった!」
三郎「まぁまぁ、子供のすることですから、大目に見ようじゃありませんか常陸屋さん」
勘一「お、いつになく寛大ですな霞さん」
三郎「これが大人ってもんです、で、寛大な大人として相談に乗って欲しいんだが」
勘一「この仕事が終わったらな」
三郎「そんな~」
勘一「麦でも食ってろ!」
三郎「あんちゃ~ん、米の飯が食いたいよぉ」
勘一「おめーの方が年上だろ、参ヵ月ばかり」
三郎「ギギギ………」
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勘一「お前さぁ、願い事何かひとつだけかなえてもらえるとしたら、どんなことお願いする?」
三郎「そうだなぁ、まず」
勘一「ちょっと待て、願い事を百個かなえてくれるように願うのは無しな」
三郎「なぜに先読み」
勘一「普通の人間ならそうするだろ」
三郎「だよな」
勘一「願い事を増やす以外で………神様にしてくれとかレベル高すぎるのは無しで」
三郎「富くじに当たるというのも人並みすぎてつまらんなぁ」
勘一「だな、金、女、不老長寿、ここら辺は凡庸だな」
三郎「しかしそれ以外となると、メシ………うーん、これは金で解決できるな」
勘一「なかなか無いものだなぁ」
三郎「俺の書くエロ草子が売れますように」
勘一「それもゼニがらみじゃねーのか?」
三郎「アホ言え、俺はより多くの読者に楽しんで欲しいんだよ」
勘一「熱でもあるんじゃないか?」
三郎「お前はどうなんだよ」
勘一「俺か? そうだな………空を自由に飛びたいな」
三郎「ハイ、タケコプター」
勘一「ありがとう、滑らなくて済んだぜ」
三郎「な~になになに、俺たちゃオタクじゃねーか」
勘一「オタクなぁ、それ200年くらい先に発明される言葉だぜ」
三郎「こまけーこたぁいーんだよ、こちとら江戸っ子よッ」
勘一「霞さん、アンタ奥州生まれって言ってなかったか?」
三郎「こ、こまけーこたぁいいんだよ!」
勘一「それじゃ、この前ツケてもらった飲み代………」
三郎「こまけーこたぁ………あ、忘れてたわ、よくねぇよ、なんで貧乏人が金持ちに奢んなくちゃいけねーんだよ、早く返せ今返せ」
勘一「チッ、やぶへびたぁこのことか、はいよ」
三郎「よっしゃ、これで明日の新作春画は二枚買えるぜ!」
勘一「その前に飯でも食えよ………」
三郎「なんかさぁ、クルマ欲しくね? クルマ」
勘一「お前なぁ、さすがに時代劇にクルマのネタ持ってくるのはどうかと思うぞ」
三郎「じゃ、人力車で」
勘一「それも明治になんないと発明されないぜ」
三郎「じゃ、大八車しかねーのか」
勘一「火事でもねーのに街中で大八車引いてたら怒られんだろ、常識的に考えて」
三郎「そうなのか?」
勘一「未舗装の道であんな硬ぇ木の車輪転がしたら轍が残って道が荒れるでしょ」
三郎「確かに、それは言えてる」
勘一「重いもんでも人力で運べ! これがお江戸の常識よ」
三郎「無知な田舎モンなんでサーセンwww、田舎は車社会だからよぉ」
勘一「ホンマかいな………」
三郎「おう、噂をすればなんとやら、人力輸送の飛脚が走っていくなぁ」
勘一「なぁ、今オリンピックやったらかなりメダル獲れるんじゃね?」
三郎「オリンピック? ディスカウントスーパーか?」
勘一「スーパーて、そっちが先に出る連想もどうかと思うぞ」
三郎「で、なんでぇ? そのオリンピックてぇのは、ボタン連打ゲーか?」
勘一「お前の時代設定無視したボケはスルーすることにする」
三郎「ごめんなしゃい」
勘一「なんでも古代欧羅巴で男たちが肉体能力を競い合う祭りがあったそうだぜ」
三郎「へぇ」
勘一「もちろん女人禁制、選手観客みんな全裸で集会場に集まってよ」
三郎「なんでぇ衆道の祭りか、西洋人も昔っから好きだねェ、でも俺ぁそっち方面は苦手でなぁ」
勘一「我我は幼女至上主義ですからな」
三郎「ですなぁ………って、一緒にすんなー!! 俺はボインが好きなんだよ!」
勘一「またまたご冗談を」
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そうこうするうちに組事務所の前までやってまいりましたふたり。
三郎「ここか………」
勘一「紅威死慰會………名前だけでちびりそうな看板だな」
三郎「いや、むしろこのネーミングセンスは厨二病なんじゃねーの?」
勘一「なーるほど、言われてみればそんな気もするな、なんだ俺らの仲間じゃん」
三郎「でも厨二病の末期の奴ぁマジで恐いもの知らずだからな」
勘一「てゆーかなんて読むんだこれ?」
三郎「べ、べにいしいかい? ………さて、帰りますか」
勘一「そうしますか」
いくら武士の子とはいえ暴力団の事務所にホイホイ乗り込むほどの度胸はありません。
勘一「ん? ちょっと待て、なんかここに【順路→】とかいう標識が貼ってあるぞ」
三郎「ホントだ………観光地でもあるまいし」
しかし、矢印があると、ついその方向に進んでしまうのが人情というものです。
突き当たりにまた矢印、右に曲がり、左に曲がり、気がつくといつの間にか人気の無い場所に来ておりました。
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お光「待っておったぞ霞三郎とその仲間たち」
三郎「ああん? なんでお前がここに!?」
勘一「だが少し待って欲しい、仲間たちって俺のことか?」
三郎「そうだろう、たぶん」
勘一「お光っちゃん、そりゃねーよ、俺も名前で呼んで!」
三郎「待っておったということは………あの矢印は罠だったのか!」
お光「そうさ、全てはお前たちをおびき出すための罠だったってわけよ!」
びしっ!
三郎「指差すなっ、つーか復唱すんな!」
お光「ふっふっふ、このアタシが内通者だとぁ、お釈迦様でも気づくめぇ」
三郎「なに? それじゃお前は裏切り者」
勘一「その前に、俺の名を………」
お光「そうよ………これも生きるためなの、悪く思わないでね」
三郎「ですって、どうしますか常陸屋さん」
勘一「ああ、やっと名前で呼んでくれました、さすが心の友」
お光「それって屋号じゃなくて?」
勘一「そ、それは………」
三郎「やった! 唯一勘一に勝てるものがあった!」
お光「目障りなんだってさ、アンタ達」
勘一「確かにこんなイイ男、目立って目立って仕方ないな、ああ自分のイケメンぶりが憎うぼぁッ………痛いじゃないですかなにするんですか霞さん~」
三郎「だからお前は馬鹿旦那って言われんだよ!」
勘一「お言葉ですが霞さん、その言葉、初出ですが」
三郎「あり? そうだっけ?」
勘一「うむ」
三郎「つーか目障りってのはアレだろ? 強請りを妨害されたことに腹立ててんじゃね?」
勘一「なるほど、じゃ俺関係ないから後は任せた!」
三郎「任せたってなぁ、元はと言えばお前ンちに強請りに来てた連中じゃんよぉ、俺の方が関係ねーぞ」
お光「この期に及んで仲間割れで責任逃れとは往生際が悪いわね」
三郎「あのさぁ、お前、じーさんの組はどうなるんだよ」
お光「どの道うちの組はお仕舞いさ………」
お光「どうせ潰れるなら………少しでも利のある方につくのが人情ってもんじゃないかしら?」
三郎「ですってよ、常陸屋さん、聞きましたか?」
勘一「ええ勿論、いやはや、女は恐いですなぁ」
三郎「ホントですなぁ」
勘一「やっぱスレてない幼女がいいですよね」
三郎「ですよネェ………いやいや、全面的には同意しかねるな」
お光「そんなわけで………悪いけど、消えてもらうわよ」
三郎「そんなん言われてハイそうですかってな具合に行きますかっての、なぁ?」
勘一「んだ」
お光「みなさーん殺っちゃってくださ~い!」
物陰からバラバラと人相の悪い男たちが出てまいります。
三郎「うわ、マジか! ど、どーするよ」
勘一「仕方ない、霞さん、懲らしめてあげなさい」
三郎「えー、水戸黄門気取りですか!」
勘一「えー、ダメですかぁ?」
三郎「えー、じゃねーっつーの! 武蔵の吉岡七十人斬りじゃあるまいし、無理だろ普通」
勘一「そこは得意の頓知で」
三郎「無茶言うなー、ほら、みんなあんなに殺気立ってるじゃねーか、マジ怖ぇえ」
勘一「ふ………ふはははははは!!」
三郎「あ、この極限状態で気ぃ狂ったか?」
勘一「フッ、今宵の和泉守は血に飢えておるわい」
三郎「うわやめ、二人羽織すんじゃねーよ、てゆーか今宵ってまだ昼間だよ!」
勘一「命が惜しくば逃がしてやっても良いぞ」
三郎「馬鹿お前、近寄ってきてるじゃん」
勘一「ほほう、余程命知らずと見える………よかろう、不本意だが刀の錆になってもらおうか」
三郎「そうは言うけどさぁ、手入れ大変なんだよ人なんか斬っちゃったら、マジで」
お光「さぁさぁ、アンタも武士なら得意の居合いで歯向かってみなさいよ~」
三郎「くっ………どうしても俺に抜かせようって気ィらしいな」
ぐっと両脚を踏ん張り、刀の柄に手をかける三郎。
三郎「ええい、ままよ! 敵は抜いたか、まだか!」
勘一「抜いた!」
三郎「勝った!」
お光「え、もう勝負ついたの?」
三郎「好色本作家だけに、一本抜かせたら勝ちでございます」
(終)