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断絶の魔法師  作者: 永地 京
一章 境界の理
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7 赤き糸口

 

 知らない天井だ。

 てか、天井近いな。五歳児の俺が膝立ちで頭ぶつけるって、設計したやつアホだろ。

 …………よし、現実逃避は終わりにして、まずは状況を確認っと。

 腰と腕に圧迫感。手を前に、持ってこられない。

 右を見て、左を見て、四方八方真っ暗闇で壁々々と。


「マジか……」


 目を覚ますと、俺は後ろ手に縛られ、黴臭い箱かなにかの中に閉じ込められていた。

 これは、誰がどう見ても間違えなく誘拐だろう。

 サプライズパーティにしてはバイオレンス過ぎるしな。

 なるほど。そりゃ貴族の子供が一か所に集まるなら、こういうことを考えるやつの一人や二人居てもおかしくないか。

 しかしな。


「お城の中で事に及ぶって浅はか過ぎないか? 内部犯ですって言ってるようなもんだろ」


 取り敢えず手を自由にしよう。

 火だと火傷しそうで怖いから、多少時間かかるだろうけど、スクエアで地道に削り切るか。

 俺を縛る縄に掌大のスクエアを擦り付ける。

 シャッシャッっと音を立てながら、空色のスクエアが上下に動く。


「おきたの?」


 不意に誰かの声がして、慌てて声の方へ振り向く。

 暗闇の中にぼんやりと藍色の光が二つ。それが真っ直ぐに俺を見つめている。

 それが消えては現れを繰り返し、段々とこちらへ近づいて来る。


「き、君は──さっきまで一緒の部屋にいた子だよね?」


「うん」


 ころころと転がって来たのは、見覚えのある銀髪少女だった。

 彼女も俺と同じで、後ろ手に縛られていた。


「えっと、何が起きたか分かってる?」


「さらわれた」


「そうだね。でも君凄く落ち着いてるね」


 大物過ぎる。泣きもしなければ、怯えている感じでもない。

 俺は転生者で精神年齢は二十歳だからまだ冷静でいられるが、彼女はただの五歳児のはずなのに。


「えっとここはどこか分かる? ガタゴト揺れているから馬車の中かなって思うんだけど」


「にくるまの床下。かくしすぺーす」


「…………へぇ」


 なんなんだこの女の子は。

 適応力が高すぎるというか、どういう神経しているんだ。


「うえの人が話してるの聞こえたから」


 なんでそんなこと知っているんだと聞かれる前に、彼女は俺に理由を告げた。

 

 暗闇に目が慣れてきたのか、彼女の顔だけでなく天上の木目まで見える様になってきた。

 木で作られているなら、脱出することは難しくない。

 問題は如何にしてここを脱出するかでなく、その後。

 子供の足では間違いなく追いつかれる。そもそもどこに向かって逃げればいいのかも分からない。


「あ、君も起きたんだ」


 銀髪少女の奥から、この状況に似合わない、活発さと明るさが溢れる声が聞こえた。

 目を凝らすと、赤髪の爆風少女が俺と同じように転がされていた。


「うん。君たち大丈夫? どっか怪我してたりとかは」


「してない」


「してないよ」


「……そう」


 声には不安や恐れといったものが全く感じられない。

 この国の貴族教育に戦慄を覚えていると、コロコロと赤髪の子が転がってきた。


「しりとりあきたよねティアちゃん。つぎは何しようか?」


「……にらめっこ?」


「くらくて、あんまりおかお見えないよ?」


「ちょっと、落ち着き過ぎじゃないかな、君たち?!」


 っとやべえ。騒ぐと起きているのが上の奴らにばれてしまう。

 なるべく音を立てないように、銀髪の子に這って寄っていく。


「えっと、銀髪の子には聞いたんだけど、君は今どういう状況か分かってる?」


「さらわれた~。しらないおじさんじゃなかったのにね」


 知り合いだったのか。

 内部犯であることが確定してしまった。

 彼女たちと話している間に俺を縛っていた縄が切れた。


「ふう、どうするかな」


 天上の高さは胡坐でもギリギリだった。


 脱出は床を燃やしたり打ち抜いたり、幾らでも方法がある。

 しかし、こと逃亡に関して、俺の魔法は役立たない。

 スクエアに三人乗せてそのまま移動するというのも考えたが、歩くより早くても馬よりは遅い。

 高度を上げても、トロトロ飛んでいてはただの的だ。

 相手が魔法を使えないとは考えられないし、そうなると素早く相手の視野外まで走り去るか、そもそも見つからない方法を考えなければならない。


「切って」


「へっ?」


「わたしのも切って」


 そう言って胡坐をかく俺の前に、少女は縛られた腕を向ける。

 

「なるほど。分かったよ」


 そう言って彼女たちを縛る縄をスクエアで削り切っていく。

 よく見ると俺たちを縛る縄は、なにかの植物の蔓を組んで作られていた。

 通りで簡単に切れたわけだと納得すると共に、貴族の子供、つまり魔法使い相手にこの程度の対応って、逆に何かあるのではと勘ぐってしまう。

 

「ねぇ、ここから逃げようって思わなかったの? もしくは大声で叫んで助けを呼ぶとか」


「こえを聞こえなくするけっかいが張ってあるから、さわいでもむだだって」


「おじさんたちが言ってたの」


 それ、俺聞いてないんですけど。

 てか、俺だけ扱い悪くないか? 気絶させられたのも俺だけみたいだし。

 犯人はフェミニストなのかと、どうでもいいことを考えてしまう。


「結界ねぇ」


 どの程度のものなのか分からない。

 もしかしたら魔法が効かなかったりするかもと、壁の一部に火を点ける。

 指先に灯った炎は、何かに阻まれることもなく板を焼き焦がし、炭化した部分を小突くと壁には小さな穴が空いた。


「…………普通に燃えるな」


 脱出に支障なしと判断し、再び逃亡手段を考え始める。

 腕の縄を解いた彼女たちは、二人であっち向いてホイをして遊んでいる。異世界にもあっち向いてホイはあるのか──っと、また余計なことを考えてしまった。

 どうしたものかと頭を掻くと、不意に上着の袖口が視界に入る。

 今現在問題となっているのは逃走速度と隠密性。

 隠密性を高める魔法を、俺は使えない。

 だけど、速度なら、高速離脱を可能とする速度を生み出せる魔法を、俺は一度この身に受けて、まさに身を以て知っている。


「…………ねぇ、君。さっきの魔法ってまだ使える?」


 浮かんだ考えが実行可能かどうか、俺は不安と期待に満ちた声で赤髪の子に話しかける。


「さっきの?」


「すごい風の魔法なんだけど」


「つかえるよ?」


 そう、この場で使える手札は、別に俺の魔法だけじゃない。俺だけで無理なら彼女たちの力を借りればいいんだ。

 あれが使えるなら、一つ逃げ切れるかも知れない方法がある。


「ペンダントを外して使うとどうなるんだっけ?」


「なんかね、すごいぶわーってなる」


 成程。おそらく着けたら飛べなくなったという言葉と今の台詞から察するに、彼女のペンダントには自分と地面と固定する、もしくは自分に対する魔法の作用を無効化するものと推察できる。

 しかし、無効化なら彼女の服が開けることも無かっただろうし、そもそも無効化だとしても、ペンダントを外して貰えばなんとかなる。


「ねえ、俺に考えがあるんだけどさ。二人とも協力してくれない?」


 薄暗い牢獄に、一筋の光が差した。




 ◇◆◇◆◇


「ふう。意外とかかったな」


 床を燃やして穴を空ける作業は想像以上に時間がかかった。

 そもそも、スクエア以外の魔法が使えない俺がとれる方法は、掌から放出した魔力に炎の理を与えて燃やすか、スクエアそのもので打ち抜くことの二択。

 打ち抜きはどう考えても目立つので却下。

 なので、地道に焼き焦がすことにしたのだが。火力が弱いと炙っているだけになってしまい、強過ぎると逆に俺の手が焼けるという始末。

 しかも、魔力を浪費するは散々だ。

 自分が魔法師として、どれだけ大きなハンデを抱えているのか、実感した瞬間だった。


「よし、じゃあ降りて」


 軽い火傷を治療しながら、俺は少女たちに指示をだす。

 後ろへと高速で流れていく地面すれすれにスクエアを展開、そのまま馬車との距離を維持する。

 これは馬車に合わせてスクエアを動かしているのではなく、俺とスクエアとの相対距離を維持しているにすぎないので、それほど難しくない。

 例えるなら時速六十キロで走る車から手を出すのと、自力で時速六十キロで走るのは別の話という事だ。ちなみに時速六十キロで受ける風圧はおっぱいの柔らかさと大体同じというのは関係のない話だ。


 まず銀髪の少女がスクエアの上に乗る。


「十分広く作ってるけど、落ちないように気を付けてね」


「わかった」


 次に俯き唸る赤髪の子を二人でスクエアの上に降ろす。

 最後に、俺が馬車から下りれば、その瞬間からスクエアは減速し、もう後戻りは出来ない。


 理想は見つからず逃げ切れること。

 最悪なのは、直ぐに見つかり捕縛されること。

 引き返すなら、今しかないと、何かが俺に囁く。


「──よし」


 それを振り切り、覚悟を決めて、俺はスクエアの上に降り立つ。


 俺が馬車を離れた瞬間、スクエアはゆっくりと馬車の後部へ移動していく。

 そして完全に日の下に出ると、目の前には──


「よお、坊ちゃんたち」


 騎乗した傭兵のような恰好をした男がいた。

 こいつは俺たちを迎えに来た騎士の誰とも違う男だが、この状況でこの台詞、間違えなく誘拐犯の一味なのだろう。


「えっと、見逃して貰えたりなんかは」


「すると思うか?」


「で、ですよね~」


 じゃあ、しょうがない。


「捕まってっ!」


 その瞬間、スクエアのど真ん中に座り込んだ赤髪少女に俺と銀髪の子がしがみ付いた。

 それを合図に、赤髪の子はずっと掌に待機させていた魔法を発動させる。


「『マキシマム・ウィンド』っ!」


 彼女の気合いの籠った言葉と共に、荒れ狂う暴風が少女の手から放たれる。

 俺は馬車を降りる前、彼女に部屋で見せた魔法を可能な限り全力で放つ準備をしていて欲しいと頼んでおいた。

 爆風が彼女と地面から浮いたスクエアを押す。

 ホバークラフトの様に、しかしそれとは比べ物にならない速度で俺たちの乗ったスクエアが宙を走る。

 それは宛ら台風の中で宙を舞う一枚の紙片の如く、完全に吹き飛ばされている状態での移動。

 吹き荒れる暴風の中で、俺たちは赤髪少女から引っぺがされないように全力で彼女に抱き付く。

 俺は、銀髪の子が落ちないようにスクエアを懸命にコントロールし続け、やがて馬車が見えなくなるくらい俺たちは遠くまで吹き飛んで言った。

 


 こうして俺たちは誘拐犯の魔の手からまんまと逃げ出すことに成功したのだった。



次話は明日の十二時です。


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