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断絶の魔法師  作者: 永地 京
一章 境界の理
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4 洗礼

 俺が魔法に触れてから二年が経ち、とうとう俺は五歳になった。


 魔力変質に関しては基本的なものは全て習得した。

 魔力変形の方は結局正方形以外の形を覚えることもなく、物理以外の理を付与することもできなかった。

 ゆえに俺はクアンに宣言した通りこの貧乳(スクエア)と名付けた魔法を極めるべく、日夜研鑽を積んできた。


「シーア。そろそろ着替える時間よー。降りてきなさ~い」


「はーい」


 蒼穹に腰かけ、森から流れる運河、それに浮かぶ帆船を眺めている俺にリーシアが声をかけた。

 二年間の努力により、スクエアは性質、形状を変えることなく、多様性に優れた魔法となった。

 大きさは親指サイズから、二、三メートル四方まで、その操作は自由自在。

 発現場所も視野内であればどこにでも形成可能。硬度、耐久性は込めた魔力によって多少差があるが、クアンの斬撃を三回程耐えるくらい。

 だから、俺の一人の体重くらいであれば楽々支えていられる。

 最近は持続時間向上と魔法の並列使用に慣れるために、スクエアを屋敷の屋根くらいの高さに浮かせその状態を維持する。その上で魔力変質の練習などをして時間を潰していた。

最近では魔力変質の訓練よりも、本を読んで過ごしている時間の方が長い。偶に素振りをしたりもしている。

 一度足を滑らせて落下しかけてからは、スクエアは最大限大きく、頑丈に作っている。


「シーア様。お召替えの準備は整っております」


「うん。ありがとう、フィーナ」


 剣の稽古もフィーナにつけてもらっている。彼女は本当に万能で、非の打ち所が全くない。

 そんないつも冷静沈着な彼女も、今日はウキウキとした雰囲気を隠せていない。


「初めてのお客様だね。今日来る人はどんな人なの?」


 そう、今日は俺が生まれて初めてこの家にお客様がやってくる日なのだ。


「聖円教の司祭様ですよ。この国では五年に一度協会に行き、体に溜まった厄災を払って頂くのです。貴族の家では五歳になった子女のために、司祭様を招き、厄災を払ってもらう慣習があります。ですから、今日の主役はシーア様ですよ」


 フィーナの何時もキリッとしている顔も今日は少しばかり綻んでいる。

 俺は家を出ないし、他家の方々とも相対する機会がない。

 故に普段は動きやすいシャツにズボンで着飾る機会が全くない。

 

 しかし、今日は貴族の嫡子として恥ずかしくない格好をしなければならない。と言う、俺を着飾る大義名分を得たフィーナ。

 女の子はいくつに成っても着せ替え人形に夢中になるもので、自分で言うのもあれだが、彼女も可愛らしい子供をお洒落させるのは楽しいようだ。


「なにか注意することってあるのかな? こういった行動は失礼にあたるとか」

 

「シーア様は普段通りで問題ありません」


 いつも通りでいいんだ。

 気が付けば、着々とお着替えは進み、俺は恐ろしく着心地のいいワイシャツの上に黒を基調としたブレザーを着せられていた。

 このブレザーもごちゃごちゃと下品にならない程度には装飾が施されているにも関わらず、恐ろしく軽い。

 俺がこの世界の服に軽い恐怖を覚えている、などとは思いもしないだろうフィーナは、満足げに微笑むといつものように優美な動作で扉を開けた。

 そして、俺たちは司祭様が待つ大広間へと向かったのだ。




 ◇◆◇◆◇



 大広間自体には、特別な何かが置かれていたりはしなかった。

 そこにクアンとリーシアたち以外が立っていなければ、いつも通りと言っていい光景であった。

 しかし、今日は特別。

 そこには浅黒い肌に、優しげな眼差しの男が立っていた。

 白いローブを着た壮年の男性、その首には金色の輪が下がっている。

 金色の輪は聖円教徒の証。

 つまり彼が今日招いた司祭様なのだろう。

 聖円教で輪は、自分たちと常に関わりを持つ世界と、人と人との繋がりを表す。

 その輪をこの世界でも高価で貴いである金で作り、それを持つという事は自分は世界と人との絆を尊いものであると認識している、故に私は聖円教徒ですという事になるらしい。 俺の知識は大体がフィーナから教わったことか、本で読んだことなので、間違いなくそうだとは、残念なことに断言できないのだ。


「こんにちは。君がシーアルト君だね」


 深みのある渋い声が俺の頭上から降ってきた。


「はい、僕がシーアルト・ロー・フーリアスです」


「そうか。話に聞いていた通り、聡明な少年なようだ。それにとても強い心の持ち主なようだね」


 銀色の瞳が真っ直ぐに俺を見つめている。

 その瞳を覗いた瞬間、俺の体に妙な圧迫感が。

 弄られるとも、抱きしめられるとも違う、識られている(・・・・・・)というのが一番正しい気がするが。

 

「私にはね、人の魂というのかな、その人のどのような存在なのか、その人の繋がりの輪なんかがこの瞳を通して視えているんだよ。君はとても清く真っ直ぐな魂をしているね」


 俺の思考が顔に出ていたのか、司祭様は柔和な笑みを浮かべながら、俺の疑問に答えてくれた。

 彼の後ろに立っているクアンに俺は「これからどうすれば?」と目配せすると、クアンは形頬でニヤリと微笑むと仰々しく跪き首を垂れた。

 同じように、俺が彼の前に跪き頭を垂れると司祭様による洗礼が始まった。


「君の行く末は酷く険しいものになる。私は君の様に心が魔法を縛る(・・・・・・・)という現象に苦しむ人を知っているんだ」


 その言葉に、奥に控えるクアンがピクリと反応を示していたことを、俺は視界の端に捉えていた。


「魔法が精神によって形成され、この世界に干渉するように、魔法もまた精神に大きな影響を与える。思いは時に大きな力を生むが、同じように自分を封じる鎖ともなりうるんだ。

 森羅万象。全てのものは互いに影響しあい、繋がり、やがて大きな輪になる。

 君はこれから何度も魔法に、世界に選択を迫られるだろう。それは君の人生の方向性、ありかたを決める事になる大事な選択だ。後悔しないよう大いに悩み、決めなさい」


 気が付けば、俺と司祭様を囲むように、魔力が黄金の輪を作っていた。


「君に大いなる世界の加護があらんことを。私と君、そして君がこれから出会う全ての人との繋がりが、黄金色の大きな輪にならんことを」


 首から下げた輪を握り、司祭様が告げた瞬間、黄金の輪は俺を中心に収縮し、俺の体に触れると同時に弾けて消えた。

 神秘的な光景が終わり、余韻に浸かりきる前に俺は司祭様に感謝の言葉を告げようとすると、急に司祭様は跪く俺の手を掴み立ち上がらせる。

 突然の事に動揺する俺に対して、司祭様はクアンの方を向き、


「これで洗礼は終わりだ。クアン、約束通りお前の息子を少し借りるぞ」


 と言い放ち、そのまま俺を大広間から連れ出した。


「えっ?」

 

 どういうこと?

 司祭様は俺の手を引いたまま、一度も迷うことなく真っ直ぐに貴賓室に入ると、俺をソファに座らせ、慣れた手つきでお茶を入れ始めた。


「この家は私たちの遊び場だったんだよ。そして、この部屋はよく私と君のお父さんと、お父さんのお兄さんとで遊び部屋にしていたんだ」


 そう言って本棚の本を何冊か抜くと、奥にお菓子が詰め込んであった。


「あいつはいつもここにお菓子を隠しておくんだ。それをここに来た時にみんなで食べるのが私たちの楽しみの一つだったんだよ」


 司祭様は「昔から何にも変わらない」と何処か懐かしさを感じさせる声で俺に語った。


「司祭様は──」


「シルバでいいよ」


「シルバ様はお父さんと幼馴染だったんですか?」


「あぁ。そうだよ。俺たちは実質三人兄弟みたいなものだったからね。俺はこの家の、フーリアス家の傍系貴族の次男坊なんだ。同い年だった君のお父さんたちとは仲良くさせてもらったよ」


 どっしりとソファに腰かけ、シルバ様は自分とクアンとの関係を答えた。

 幼馴染。彼らの関係は、俺の前世と近いものがあるな。

 俺も姉と幼馴染の女の子と三人兄弟であるかのように育てられた。

 四六時中俺の家と相手の家とを行き来していたからな、彼らの関係は何と無くわかる。


「さあ、こうして君を連れ出したのは、君ともう少しさっきの話の続きをしようかと思ってね」


 シルバ様は湯気の立つ紅茶を啜り、そう切り出した。

ちなみに、俺は前世から変わらず猫舌で、熱々の紅茶は得意では無い。

 

「さっきの話の続き、ですか?」


「君の魔法についてはクアンに、お父さんに相談されていてね。ちょうど私も知り合いに似たような境遇の子を知っているから、何か力になれるんじゃないかと思ってね」


「僕と似たような境遇の子が他にもいるんですか?」


「君とは少し状況が違うんだが、根本は一緒だよ。心に魔法が縛られている。思いに魔法が封じられている。魂が魔法を受け付けない。精神感応体、魔力は未だにその全容は解明されていない。有史以来魔法は使われているが、理論はあっても原理は分かっていないのだから」


 便利だから、使われ続けているんだよと、とシルバ様は続ける。

 元の世界でも、便利なものは理屈が分からなくても使われてきた。


「実は、君の様な例は過去に数件存在している。君の様に生まれつきではないにせよ、単一の魔法しか、もしくは魔法自体が使えなくなるという現象は有り得ることなんだ」

 

 次々と語られていく事柄と彼の雰囲気に飲まれ、俺は頷くどころか、相槌を打つことさえ出来なかった。


「何かあったら、私や君のお父さんもきっと力になるよ。そうだね、今度はうちの娘を連れて来よう。きっといい絆を作れると思うよ」


「……それは、予言ですか?」


 先程の洗礼といい、この人の言葉は何処か断定的だ。

 もしかして彼の瞳には人との繋がりどころか、俺の行く末、未来も見えているのではないかと思い、発した問いだったのだが。


「いいや、ただの予想だよ」


 あっさり、否と返されてしまった。


「さあ、そろそろ私はお暇させてもらおうかな」


 俺は釈然としない気持ちを抱えながらも、席をたつシルバ様に次いで立ち上がった。

 部屋を後にする前に、すっかり冷めてしまった紅茶を啜った。


 なんだろう。今は凄く、姉ちゃんの入れたお茶を飲みたい気分だ。



明日は短めのを十二時と、零時に投稿予定です

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