3 大きすぎる愛ゆえに
明日じゃなくて、今日のでした。すみません。それでは第三話です。
クアンがばつの悪そうな顔をして俺の前に座っている。
対する俺も、クアンと同じ様な顔をしているだろう。
球体をイメージしたにも関わらず、正方形の魔力が形成されてから半年、俺は魔法を使う訓練を積んできた。
現在、俺の魔法習得は完全に行き詰まっている。
「…………すまない。本当にすまないシーア」
そう言って対面に座るクアンは俺に深々と頭を下げる。
事の発端はそう、今から半年ほど前のあの日。俺が始めて魔法を使った日に遡る。
◇◆◇◆◇
俺が目覚めた時に俺を抱き上げていたメイド、名前はフィーナ。
彼女は実は万能メイドだったのだ。
年はリーシアと変わらないくらいなのに、掃除、洗濯、助産、剣術、魔術となんでもこなせるスーパーメイド。それが彼女だ。
今俺は彼女に魔法を習っている。
フィーナはまず初めに魔力の制御を教えてくれた。
必要な時に必要な分だけ、魔力を生み出し使う練習を一ヶ月ひたすら繰り返し、ようやく魔力制御を会得した。
それに並行してフィーナは魔法についての座学を行った。彼女は座学を教えるのも得意で、見た目三歳児の俺にわかりやすいように、絵本などを用いて魔法の成り立ちや、概要を教えてくれた。
彼女の話によると、この世界の魔法は強い思いや願いによって生み出されるものらしい。
そもそも、魔力が感情や思いによって影響を受ける、精神感応体というエネルギーとして考えられており、それを使用する魔法が思いに左右されるのは当然である。
魔法の基本は三つ、魔力制御と魔力変形、そして魔力変質である。
魔力制御は基本中の基本。魔力の放出量の調整や、放出した魔力操作等を纏めてこう呼んでいる。
魔力変形も魔力変質もこれの一部である。
魔力変形とはそのままの意味で、魔力の形を変えることである。
俺の正方形魔力もこの魔力変形の一つである。
魔力変質は、魔力の性質を与えることである。
これこそこの世界の魔法の神髄である。
魔力はそれ単体では物理的干渉力を持たない。ゆえに、基礎魔法である魔力弾などは魔力に物理の性質、理を与える。
そうすることによって、始めて魔力は物理的破壊力を発揮する。
魔力に炎の理を与えれば物を燃やす炎となり、治癒の理を与えればリーシアの行う回復魔法が発動する。
形と理を組み合わせあらゆる魔法は構築されている。
「まずは作れる形を増やすことから始めましょう。まずは、この丸いのからやってみましょう」
魔力制御によって掌に魔力が灯る。
正方形を作った時と同じように球体の積み木に視線を向け、頭の中でそれと全く同じ球体をイメージする。
「まる。まる。まる…………」
ぼんやりと頭の中に図形が浮かび上がる。
やがて魔力は形となる。
「……シーア様?」
「いや、間違えたわけじゃないんだ。僕はちゃんと丸いのを思い浮かべたんだけど……」
俺の手には綺麗な正方形の魔力が浮かんでいた。
それから何度挑戦しても、俺の魔力は正方形に変形する。
うん、薄々勘付いてはいたけど、どうやら俺は魔力を正方形以外には変形できないようだ。
それからというもの、取り敢えずなんとかもう一つ形をと俺は四六時中丸い積み木と過ごした。
それはもう、お早うからお休みまで、風呂でも、食事中でも、魔法以外の授業中でも一日中だ。
積み木を舐めてみたり、噛んでみたり、握ってみたりもした。
しかし、いくらやっても俺の魔力は正方形にしか変形しない。
それではと、今度は魔力変質の習得に移った。
これは途中までは上手くいっていた、掌に灯る魔力に物理、炎、水、氷など基本的な理を付与することができるようになった。
しかし、いざ形と理を組み合わせようとした時、俺の正方形の魔力は物理以外の理を受け付けなかった。
つまり、俺の使える魔法は物理的な干渉力をもつ正方形を生み出すことだけと、この半年で結論付けられた。
「すまない」
話は冒頭に戻る。
フィーナから、先程の考察を聞かされた俺と両親を加えた四人は何が原因かと考えた。
リーシアやフィーナが言うには、こういった事例は他になく、何が原因なのか検討もつかないらしい。
しかし、俺とクアンの二人は気づいてしまった。一体何が原因なのかに。
俺たち二人はクアンの書斎に移動してお互いに無言のまま、顔を見合わせていた。
そして、先程の謝罪である。
「俺は、俺のエゴでお前の将来を台無しにしてしまった。本当に取り返しがつかないことをしてしまった。すまないシーア」
「いえ、お父様の所為じゃありません。お父様に諭される前から僕の中には溢れんばかりの愛がありました。だからきっとこれは運命なのです。貧乳と共に生きて、貧乳愛を極めよと言う神からのメッセージなんですよ」
そう、俺たちは気がついた。
一つ、魔法とは強い願いに影響される。
二つ、俺の魔力は厚みのない、完璧な真四角である正方形にしか変形しない。
三つ、加え物理干渉力、つまり触れられるときたら、これが何を意味するか。
そんなもの一つしかない。
そう、それすなわち『貧乳』である。
なぜ俺の魔力は正方形にしか変形しないのか?
俺が常に心の底から貧乳を求め、それ以外を一切望んでいないからだ。
なぜ俺の正方形の魔力は物理以外の理を付与できないのか?
貧乳は、燃えなければ、凍りもしないからだ。
クアンはこの現状を自分の刷り込み教育が原因だと思っているようだが、それは一端ではあったとしても、全てではない。
死すらも乗り越え、転生を果たす程の俺の貧乳愛が、俺の魔力に強い影響を与えているのだ。
「僕はこの魔法を極め、世界に(貧乳)愛の素晴らしさを広めます。だから、顔を上げてくださいお父様」
俺は晴れやかな笑みをクアンに向ける。
ゆっくりと起き上がった顔は涙に塗れ、普段の美丈夫顔が台無しだ。
「し、シーア……」
クアンは緩慢な動きで、俺へと手を伸ばして力強く抱きしめた。
ったく、男の胸板を押し付けられても嬉しく無いっつーの。
次話は明日の零時投稿予定です。