1 この胸の愛を
魔法大国フィールラリア。
その国の大聖堂には一枚の絵が飾られている。
そこに描かれているのは、闇夜の如き黒髪に蒼穹の瞳をもつ青年の姿。
泥塗れで薄汚れた灰色のケープを纏い戦場に立つその勇ましい青年の姿は、見た者全員の心を強く掴む。
フィールラリアの民だけでなく、全世界の人々がこの絵を見るために教会を訪れ、連日大聖堂は人で溢れかえっている。
彼は数多の戦場で人々を守り、幾多の魔獣たちを屠り、世界を平和と愛に満ち溢れるものに変えた、救世の英雄。
人々は皆、当時の国王と聖人によって送られた名で彼を呼ぶ。
──── 『断絶の魔法師』と ────
◇◆◇◆◇
あぁ、なんて呆気ない人生なんだ。
辺り一面の雪が流れ出た血で真っ赤に染まる。
姉の大学合格を祝い、俺と姉、そして幼馴染の三人でカラオケでささやかなパーティをした帰り道。
朝から降り積もった雪でスリップした車に、俺は盛大に跳ね飛ばされた。
凄まじい衝撃を受け、ボスっと間の抜けた音を立てて俺は地面に沈み込んだ。
薄らと開いた瞳には運転手に詰め寄る幼馴染と、俺の手を握り泣きじゃくる姉の顔が映った。
お前って奴は、幼馴染が撥ねられたんだから詰め寄る前に俺の心配をしろよとか、姉ちゃん何言ってるか分かんねえよ、取り敢えず泣きやめ、とか言いたいことはたくさんある。
でも、唇ら微かに震えるだけで、どれ一つとして上手く言葉にならない。
出血の所為か、はたまた雪の所為か、手足の先が異常に冷たい。
あぁ、俺死ぬんだな。
着実に近づいてくるタイムリミットを前に、俺は後悔しないために精一杯の力で姉の手を握り返し、笑顔をつくる。
「だ、大丈夫。姉ちゃんの所為じゃないよ。だから泣かないで」
体中の感覚が薄れて、姉の声ももう聞こえない。
俺の言葉、ちゃんと聞こえたかな。
「は、はは。ど、どうせなら」
あぁ、神様。
もし生まれ変われるなら。
もしもう一度俺にチャンスを与えてくれるなら、
「────に────を」
俺は、今度こそ、絶対に────
上も下もどこもかしこも全てが真っ暗な世界。
自分の体がどこにあるのかも分からない完全な暗闇の中、誰かが俺を呼んでいる。
俺はその声のする方へ、夜空の様に深く濃い藍色の中に浮かぶ、白銀色の光へ。
手を伸ばした。
◇◆◇◆◇
目が覚めた時、俺は誰かの腕の中にいた。
「シーア。あぁ、なんて可愛いの」
俺を抱き上げる人物は、俺の顔がベッドに横たわる美女に見えるように腰を落とした。
白皙の腕に抱かれた俺に震える手を伸ばす、黒髪で青い瞳の美女。
体つきはスリムで無駄が無い。何とゆうか、可愛い美人とでもいえばいいのか、どことなく姉ちゃんに雰囲気が似ている。
「奥様、元気な赤ちゃんですよ。しかし、流石は旦那さまとのお子様ですね。もう瞳に理知的な光が宿っています。将来はきっと立派な当主となられ、この国に名を残す英傑になるでしょう」
俺を抱き上げるてる人も美人さんだ。
栗毛ボブのキリっとした顔つきの女性で、さっきの人とは正反対のかっこいい美人で、スーツとか着たら似合いそうな感じの人だ。
それにしても、こんな細い腕でよく俺を持ち上げられるな~。
俺、体重五十キロ位あるんだけどな~。
…………うん、神様仕事が早過ぎる。
日頃の行いが良かったのか、気がつけば俺は早くも二度目の人生を走り出していた。
まだ首が据わっていないのか、頭も自由に動かせない。
出来ることといえば、う~と唸ったり、頑張って手を伸ばしたりするくらいだ。
「フィーナは大袈裟ね。私は、その子が元気で育ってくれればそれでいいわ」
今分かっていることは、俺は生まれ変わったってこと。話の流れ的に、可愛いほうの美人が俺の母親で、かっこいい方は使用人だということ。
あと、ここはどうやら日本じゃなさそうだってことだ。
しかし…………。
俺は使用人さん(暫定だが)のお腹あたりに抱えられているわけだが、俺の視界を遮るものが一切ない。
母親も、とてもスマートな体型をしていたし…………
「そうですね、それが一番です」
そう言って笑い合う美女に挟まれながら、俺は生まれて始めて、前世を含めて始めて神様に感謝した。
ありがとう神様、俺の願いを叶えてくれて。
死んでも諦めたくなかった、心の底からの願い。
俺の目の前には確かにそれが存在していた。
後頭部の空虚と目の前の地平線、それこそが俺の望み。
そう、俺の望み──
────貧乳がそこにはあったのだから。
はじめに、呼んでいただいてありがとうございます
次話は明日の零時投稿予定です