1-1 豪腕の戦斧
この人生は旅である。
その旅は片道切符の旅である。
往きはあるが帰りはない。
一度扉の鍵を使うと、その扉は二度と閉じることはない。
一度その空間の中へ入ると、その空間からは二度と出られない。
一度起こってしまった出来事は、誰にも消すことは出来ない。
グランバートの悲劇。
ソウル大陸北部ゼータ地方にある、大国グランバートの象徴、グランバート城。悲劇は一夜にしておき、そして一夜で城とそこに住む人々のほぼ全員を失った。ただ二人だけの生き残り、カリウスとメロディ。世間に飛び出してしまった魔道の杖を取り返すため、今彼らは大地に立つ。
二人が城を脱出してから、3日が経過した。この時点ではまだ、世界情勢に特別変化はない。グランバートでそのような事件があったと知る人も、この時点ではまだ少ない。しかし、政治の中枢、軍務の拠点が消えた影響は大きいだろうと考えられ、その情報はすぐに各国に知れ渡ると考えられていた。
そうなれば、グランバートはどうなるか。想像に容易い。
「ん…?」
「誰かな、あれ」
3日後の昼間。二人には陸上車両などの交通手段はなく、歩きで近くの町まで向かっていた。道化師がどこへ消えたのかも分からず、まずは町で情報を集めるのが先だろう、と二人は考えたのである。
その途上。崖と崖を繋ぐ橋の手前で通せんぼする、一人の若き男がいた。
「悪いが、ここは通さねぇ」
「どうしてだ?俺たちはこの先の町に用がある。どけてくれ」
突然若き男が話しかけてきた内容に、流石に二人も驚いた。初対面でいきなりこの先には行かせない、などと言われると、無理もない。
「通りたければ…金を置いていけ。でなければ、俺を倒すことだ」
「だって、カリウス。どうする?」
「通るしかないよ」
「でもあの人、全然悪そうに見えないよ。何か事情があるんじゃない?」
メロディがその男にも聞こえる程度の声の大きさで会話する。もちろんその男にもその内容は聞こえてきたが、最初にそれを聞いた時、その男は驚愕の表情を浮かべた。カリウスは、確かにそうは見えない、と少しだけ笑みを浮かべながら返答した。
と、その時。少し取り乱したような姿で、その男は斧を取り出した。豪快な金属音が短く響く。
「問答無用!!」
「やるしかないか…!」
男が高速で斧を振り抜くと、カリウスもすぐ剣を抜いてその攻撃を防ぐ。互いの武器がぶつかり合った瞬間、カリウスの手に強烈な刺激が伝わった。剣を打ち合ったことは何度もあるが、これほどの衝撃は初めてであった。
何度も打ち合う度にその男の力強さを感じ、この男は一体何者なのだろう、とカリウスは考えた。
「中々やるな!」
「そっちこそ…」
だが、いつまでもここで戦っている訳にはいかない。何度かの打ち合いの後、カリウスは力押しでいったん間合いを開くために飛び上がった。これで少し落ち着けるか、と思いきや、その男は素早く移動し戦斧を振り下ろした。やや反応が遅れたカリウスは一瞬斬られることも考えたが、すぐに剣を前に出して受け止めた。お互いの武器がぶつかり合って激しく攻防する。カリウスにとっても、これほどまでに強敵と戦うのはあまり経験がない。カリウスは勝負に出る。
互いに押し合っている膨大な力を利用し、カリウスは一瞬力を抜いた。その瞬間その男の体勢が前へ崩れる。この時点でその男も引っかかった、と感じたが既に遅かった。カリウスは剣の柄を軽くその男の顎にぶつけ、怯んだ隙に斧を弾き飛ばした。体勢の崩れたその男の背後で、地面に戦斧が刺さり虚しく音を立てる。
「勝負あり、だね」
「…見事だ」
カリウスが剣を収めて、その男の横を通り過ぎようとした瞬間。再びその男が言葉を発し始める。
「大したもんだぜお前!こんなに強い相手と対戦できるとは!!」
あまりに突然すぎて、カリウスも、そしてメロディも、思わず表情を崩す。
…。