3-7 compulsion
強襲の報が、公国にも届く。
歴史的大事件になるであろうこの話は、同時に謀略を生む。
軍人は、いつも政府の掌で、踊らされる。
「なんだと…エールバシオンが…!?」
「情報によりますと、郊外にある基地は壊滅状態、街にも少なからず被害が出ており、人々は連邦軍の接近だと思い込み、街から次々に離れているそうです」
「…ん?」
エルジア王国の都市、エールバシオンが突然攻撃を受けたという情報は、ギガント公国に到達するまでに、約3日間を要した。時間が必要だった理由の一つに、あらゆる無線情報を傍受することに成功し、どれが本当の情報を発しているのかが、判別しきれなかったからである。多くの情報で憶測のようなものが流れ、信憑性には乏しいものであった。しかし、傍受した無線の中に、エルジア軍が味方基地へ発したものがあり、それが確実なものであると断定し、ワーレンのもとへ報告した。
「ソロモン陸軍は、今現在どのポイントにいる?」
「…あくまで推測ですが、恐らくエールバシオンの北側数十キロのところかと…」
「…なるほど。何らかの兵器が使われたと言う人が多いのは、そういうことか…」
ワーレンは、これらの情報から、一度に敵を大量に殲滅することが可能な、殺戮兵器が使われたのではないか、と考えた。その一つに、奪われた核弾頭が挙げられたが、核をこの街の郊外にある基地に使用したとしても、エルジアの戦力に決定的打撃を与えることは出来ない。それに、核を使えば、エールバシオン街そのものが、破壊されるだろう。そうではない状況である以上、核爆弾が使われた線は薄かった。
「大尉。ドゴール大公と公職の方々が、至急来てほしい、と…」
何か良くないような予感を覚えたワーレンであったが、まさか大公や政治家たちの要請を断る訳にもいかず、彼はすぐに準備をして、会議室へ向かう。ワーレンが知るよりもやや早く、政治家たちには、エールバシオン事件が伝わっていた。そのことに対しての会議であった。
「君も聞いているだろう。エルジアの巨大基地が一個、やられた」
「…」
「この状況、どう見るかね?エルジアは、我が国にとっては厄介な相手だと思うのだが?」
やや暗い空間に集まる、政治家たち。それぞれ人も職も異なるが、ほぼ全員が同じ表情を浮かべていた。暗い空間に明かりがつき、表情に陰を生み出す政治家たち。ワーレンは、ただ一人、その場で立ち続けて、少し時間を置いた。圧迫された空間。先に釘を打たれた会話に対しての、返答。内容の改編はもはや、あり得ない。
「…大陸侵攻を続けるエルジアは、我が軍にとって脅威。この非常事態は、有効に活用出来るかと、思います」
「本心で、そう言っているのかね?」
「…はい」
その言葉を聞いた瞬間、政治家たちは片頬をあげて笑みを浮かべる。ただ二人だけ、少しだけ浮かない表情をする者がいたことを、ワーレンは忘れない。
「大尉。我々政治家と、君たち軍人との間にある、共通した目的は一つ、エルジアを倒すことだ。グランバートの国力無き今、無謀な進軍を続ける野蛮人を、放っておく訳にはいかん。そこでた。我々は、オークで肥大化を続けるソロモンと、同盟関係を結びたい、と考えている」
「…何ですって…!?」
軍人であるワーレンにとっては、それは当然大きな話になる。幾つも理由は考えられるが、その爆弾発言に、流石にワーレンも驚かずにはいられない。エルジア軍が強襲されたこの機を利用し、ソロモンと同盟を結び、一気にエルジアの国力を削いでしまおうというのが、目的であった。もしそれが実現すれば、ギガント公国軍は、間違いなくオーク大陸への支援に回ることになる。自国防衛任務が、敵国攻撃命令に変わる。
容易な話ではなかった。
「ですが、我々の任務は、ソウル大陸へ侵攻する勢力を排除すること。敵国へ侵攻することでは、無かったはずです!」
ワーレンは、先ほどは、周りの空気を呼んで言葉を口にしたが、突然の話に冷静さを欠いた。決して物を強く言おうとした訳ではなかったが、彼の表情と言葉には、軍人が自分たちを操る上の者に対しての、要求と言うべきものがあった。
「勘弁してくれないか。先ほど、この状況を有効活用できると言ったのは、大尉ではないか。話によると、エールバシオン郊外にあった基地は、陸空軍基地だと聞いている。その大きな基地が破壊され、兵力が著しく低下することだろう。そうなれば、エルジアのソウル大陸侵攻も、断念せざるを得なくなるのではないかね?」
「し、しかし…!」
「大尉。これは、国家間戦争だ。そう50年もの間続いた、不毛時代のな。エルジアが戦争を終わらせれば、少なくとも終戦に向けた一歩前進が叶うと、私は思うのだがね。」
―君は、戦争を終わらせたくは、ないのか?
彼には、もはやどうすることも出来なかった。ここで自分が何を言おうと、政府は交渉材料を持ってソロモンと連絡を取り合うだろう。それが成立すれば、自分たちは、オーク大陸へ行くことになる。戦争を終わらせるための、戦争をするために。そして、この話が正式に通れば、軍人たちには、ワーレンの口から説明されることが、この時点で決まった。
彼の意志でなかったとしても、軍人は政府の意志を共有し、受け継ぎ、そしてそれを行動力へ変換する。
「…」
自室に戻り、椅子に座り、デスクに拳を乗せる。背後から降り注ぐ、太陽の光。雲の切れ間から伝わる、温かな光。ワーレンは、強く拳を握りしめ、そしてデスクを思い切り叩いた。拳からデスクに、血が流れる。
その温かみでさえ、今の彼には信じたくもない、憎らしいものであった。ある人と、共通した思いを持ちながら、その流れに従うしか、そうする他なかったのである。
…。




