2-10 奇妙な目撃
濃霧の戦闘から時間が経つ。
あれからも、彼らは公国軍と共に、幾つかの戦闘を経験した。
そこへ、奇妙な情報がもたらされる。
圧倒的な軍事力を前に、成す術の無かった国家。ソロモン連邦や、エルジア王国が肥大化を続ける中で、その荒波に飲まれ、滅亡を辿った国家。ギルド街襲撃事件と直接関わりがあるかどうかまでは、彼らも、また、ギガント公国軍にも分からなかった。
一つの可能性として浮上した、ルウム公国という国家。
たとえそれが真実であったとしても、核がこの戦争に使われるようなことがあれば、状況は一変することだろう。
少佐たちの部隊が逃亡してから、一週間が経過する。その間にも、大陸では幾つか目立った動きがあった。エルジア軍のソウル大陸侵攻に対応するため、ギガント公国は、政府の意向により、エルジア軍との交戦を開始。大規模な上陸作戦を展開し終えたエルジア軍に、攻撃を仕掛けた。大陸の東端に拠点を構え、その拠点から幾つかの方面に部隊を送り込んでいるエルジア。ギガント公国軍との交戦を知り、幾つかの部隊が一時撤退した。
カリウスたちは、濃霧の中の戦闘から2日後、予備戦力として、戦場に派遣された。エルジアとの戦闘は予想以上に困難の連続で、予備戦力も投入されることとなり、彼らも戦った。3日間で2度の戦闘を経験し、エルジア軍を何とか後退させることに成功し、ギガント本国まで帰還した。
ここまで来ると、自分たちが今何をしているのか、考えるまでも無かった。まるで今の立場は、国に雇われた傭兵であり、その元は政府にあるのだと、彼らは理解していた。特に、カリウスは。
一週間経った日のこと。彼らは、ワーレンに呼び出され、地下にある情報管理室にやってきた。一般人では入れない、特別なエリアである。
「お前たちにとっては、朗報かもしれんな。例の道化師の目撃情報が、ここ一週間で急増したぞ」
「何だって!?」
「…本当ですか…!」
「あぁ、間違いない。情報は多いが確証はない。それだけは注意してくれ。どの情報も奇妙なもんだがな…」
ワーレン自身も、その日の朝に聞いたという話であった。ここ一週間、戦闘が行われている間に、多くの人が奇妙な存在を見かけた、という。恐らくそれが、彼らの捜している道化師だろうとワーレンは考え、ここに呼び出した。見かけられたのは、大陸の東側。しかし、奇妙な情報という情報員の知らせを聞き、ワーレンが確認したところ、むしろそれは不気味のような情報であると言えるのかもしれない。
「海を、歩いていた、という話だ」
「…え?」
道化師と思われる者の目撃情報の最後が、そう伝えていたという。しかもそれが一件の情報ではなく、複数あるというのだから、更に信じがたい情報ではあった。数が多ければ確証となる訳ではないが、いずれにしても、到底考えられない話であった。
しかし、道化師には魔道という強い武器がある。可能性は、捨てきれなかった。
「世の中には、そんなことをするやつも、いるんだな」
「いや、普通いませんよ」
「あぁ。逆にいてもらっちゃぁ困るんだよ」
思わず苦笑いする皆だった。簡単に魔道のことを説明しても、信じがたい領域の話であることを、彼ら全員が理解していた。もっとも、この時点でワーレンは、既に魔道に関する情報を得ていたのだが。
本来の目的は、あの道化師から杖を取り返すこと。その情報を掴んだ今、彼らはそれに向けて準備をしなくてはならない。
「んで、奴ぁどこに行ったんだ?」
「恐らく、この島だ。北東に向かう姿を見た人がいるらしいからな」
「この島には、何かあるんですか?」
「…何もない、とは言い切れない。というのは、その島も不思議だらけな場所でな。頻繁に蜃気楼が発生したり、あの島の周辺だけ天候が悪かったりなど…少なくとも、人が近づくような場所ではない。まぁ、海を渡るような化け物には、お似合いかもしれないな」
「…確かめなければ」
カリウスはそういった。流石に他の人たちは、そんな危険な場所に行くことに躊躇ったが、彼の目は本気だった。少しでも情報があるのなら、それを確かめに行く。ワーレンは、彼がそういうと思って、ある提案をした。
「島へ行くには、飛行機か船が必要だ。飛行機は恐らくエルジア軍のレーダーで確認されているから無理で、オークへ行く定期船はすべて出港停止になっている。そこでだ、お前たちに小さな船を貸そう」
「えっ、でも軍のものじゃ…良いんですか?」
メロディが心配そうにワーレンに聞くが、ワーレンは笑顔で返答した。何度も戦闘で助けてもらっているのに、道化師に直接的な手助けが出来ないから、これくらいのことはさせてほしい、と。彼らとしては、断る理由などどこにもない。あの島へ行くには、船が必要なのは、地図を見ても明らかである。自分たちで好きなところへ行けた方が、都合が良かった。了承すると、ワーレンは一人の男を呼び出して、案内役をさせた。
「遅いぞベッケナー。せめてあと3分早くだな」
「すみません大尉。まだパンを食べている途中でしたので。さて、あの船を案内すれば良いんですね?」
「頼むぞ。私はここでもう少し仕事している」
そこでワーレンとは別れ、ワーレンに呼ばれたベッケナーという軍人に案内され、彼らは海に繋がる海軍ドックにやってきた。その施設だけでも相当広かったが、彼らが案内されたのは、本当に奥の方にある、小さな船だった。
「そそ、これだ。旧式小型戦闘艦アエリア。旧式だが、この船は何度もグランバートの応援に行って、目立った傷も無く帰ってくる船なんだ」
その話だけ聞くと、幸運の船なのだろうか、と彼らは考えてしまう。幾多の海戦を生き残った小型戦艦のようで、ベッケナー曰く、足の速さは一級品だという。必要最低限のコストで建造され、維持費もそんなにはかからない。その割に燃料も多く積めるので、昔は重宝されていた、と言う。現代は、既に海上での戦闘が衰退しているので、小型戦艦はおろか、海軍そのものが、出番の少ない部類になる、という。海兵隊が航空機で偵察活動を行うくらいだと、ベッケナーは説明していた。
「武装はそのままにしておく。使い方は…マニュアルを見れば、大丈夫だ。あと、俺たちといつでも連絡が取れるように、無線とか、信号機も積んでおくよ」
「すみません…こんなに良くしてもらって」
メロディがベッケナーに、申し訳なさそうに感謝を言うと、ベッケナーは笑って大丈夫だ、と彼らに言った。そして、彼らに近寄って、小声で話し始める。
「それに、ここに長居すれば、嫌でも政府から手が伸びてくる」
「どういうことだ?」
「今は戦時中。誰だって、戦力となる人材は欲しがる。政府のお偉いさん方が君たちの噂を聞いて、軍人として一生涯保障してやるから税金払え、なんていつ言い出すか分からない。結局、今の我々は、政府の意向があり、そのもとで動いている。軍人は自由気ままに動くことが出来ないからね。それが嫌で、クラインはギガントを離れたんだ」
「ベッケナーさんは、クライン団長と知り合いなんですか?」
元々騎士団にいたレイには、興味深い話であった。そう聞くと、クラインとは古い友人だと聞く。彼がもうしばらくこの国にいれば、恐らく軍人として働くことになっていただろう。クラインは周りや軍上層部からの信頼が、とても厚い人だった。それでも軍人にならなかったのは、当時の本人が、自分のやりたいことを貫いたから、だという。
「まぁ、本人は、いつか軍人になるかもなって、言っているけどね」
小型戦艦アエリアが彼らに渡るという話は、ドゴールにも了解を得てのことだった。こうして彼らは、謎めいた不気味な島へ行く手段と、軍から手に入れることが出来た。
これが出来たのも、彼らが幾つかの戦闘で活躍したことが、直接的な原因であった。
結局は、戦争による仲、であった。
…。




