1-12 『彼ら』
道化師ネオスとの対峙。
その果てに失ったものと、新たに得たもの。
ここに『彼ら』の物語は始まる。
ただ、夜の静寂が今は憎いほどに感じたくなかった。失ったものは、二度と取り戻すことが出来ない。いずれ訪れる世界であろうと、この世に出てから決められた定めに、人は従うしかない。
それでも、この気持ちを内々で静めるしかなかった。
道化師ネオスの襲撃により、スレンダー院長は亡くなった。この事件のために、他の団員十名ほどが命を落とし、カリウスたちも怪我を負った。大事には至らなかったが、ネオスの前にカリウスたちは無力であった。圧倒的なまでの強さに敵わなかった。スレンダーがカリウスに、耐えろと言ったように。
翌日。亡くなった院長と団員の葬式が営まれた。冷たい雨が降る中、悲しみと悔しさと、もっと別の感情と欲が混ざりながら。
「この旅は本当に申し訳ありませんでした。貴方たち旅人を危険な目に遭わせてしまって…」
「いえ、元はと言えば…私たちがその原因を作ってしまったようなもの。こちらこそ、本当にすみません」
聖堂騎士団、団長室。クラインがデスクの前で立って四人に詫びた。そばには副官のレイもいる。クライン自身ネオスとの戦いで怪我をし、顔の一部分に包帯を巻いていた。戦闘の激しさをその姿で見ることが出来る。
メロディもクラインに謝ると、あまり気にしないでほしい、と言われた。この先旅を続ける身として、人の死に直面する時は何度も訪れるだろう。自分たちのせいで誰かを守れない、そう考えると精神を蝕まれてしまうと、彼は言った。あくまで、彼の考えであったが。
「院長は、私やレイにも魔道に関する話をしていました。グランバートの悲劇が起こった後、バランスが乱れることになるだろう、と。魔道の力は誰もが持てる訳ではないので、分からない私には何とも言うことが出来ません。院長は、魔道が分からなくても、次第にグランバートが消滅した余波が訪れるだろう、そうなれば世界情勢に変化が訪れると言っていました」
「…恐らくは、そうなるでしょう」
「この先、どのようなことが起こるか分かりません。魔道が何に利用されるかも、今の私たちには情報を得ることが出来ません。お力になれないのは残念ですが…そこで、皆さんに提案したいことがあります」
団長クラインがそういうと、デスクの引き出しから地図と手紙を取り出した。それをカリウスに手渡す。クラインは、その地図には三大陸の国家勢力図が記されていて、分かっている範囲で軍の基地の所在も書かれている、と説明した。旅の助けになるかは彼にも保障出来ないが、一般的な地図より詳しく地形が書かれていたり、正規ルートでない裏道なども細かく書かれていると彼は話した。
「この手紙は…?」
「その親書を、この大陸の南部にあるギガント公国に直接、届けてもらいたいのです。無理を承知でお願いしています。ですがあの国は、数少ないグランバートとの友好国。そして情報技術に富んだ国家でもあります。貴方たちのお役に立てると信じて良いでしょう」
自分たちの本来の目的から逸れるのではないか、とカリウスは一瞬考えたが、再び消えてしまった道化師ネオスを探すには、やはり今は情報を得る以外に方法は無かった。ギガント公国の話は、兵士時代カリウスも聞いていたが、実際に行くことはせず、また公国の人間をグランバート領で見たことも殆ど無かった。
カリウスは提案を受け入れる。クラインが少しだけ柔らかな笑みを浮かべる。そしてクラインがレイの方に視線を向け、レイはそれを見て頷いた。
「もし良かったら…で良い。俺も、貴方たちの旅に同行させてほしい。ネオスに対する恨みや憎しみからではない。本心で、協力したいんだ。この先の苦労を一緒に乗り越えられるよう…」
四人も、突然レイからそう言われて流石に驚いた。驚きは隠せそうになかったが、その反面嬉しいという気持ちが共通して浮かび上がってきた。まだレイと出会ってから数日しか経っていない。だが目の前で戦う姿を見ている四人にとって、きっと心強い仲間になるだろう、その希望が共通に存在していた。
「…分かった。この先苦労は多いだろうけど、よろしく頼む!」
「おっし、よろしくなレイ!」
「一緒に頑張ろうね!」
「よろしくっ!」
カリウスは、一歩前に出てレイと握手を交わす。力強いその手に触れ、道中お互いの協力を頼りにすることになった。
それから数時間後。新しく仲間になったレイと共に、五人はラズール聖堂院を離れ、南下を始める。団長クラインと案内係の女性に見送られながら、五人は道を歩いて行く。少し冷たいが風が吹き、団長のマントが風に靡く。五人の姿が見えなくなりそうになる。
「無事に、辿り着くと良いですね、団長」
「…あぁ、そう祈ろう。院長が一目で見抜いた、『彼ら』を信じて」
すると、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえてきた。二人は後ろを振り返り、それが騎士団員であることを確認した。既に彼らの姿は見えなくなりつつあった時のこと。
「団長。エルジアが、ソウル大陸への大規模な上陸作戦を始めたようです。対象はグランバート、ギガント両国の可能性が…」
突然入ってきた報告だったが、気にすることはあっても動揺はしなかったクライン。彼らがこの先どのような運命と対峙することになるか、今の自分たちには当然分からない。ただ無事を祈り、そして院長が言った希望を成してくれる存在であると、今は信じるしかない。
たとえ大国を敵に回したとしても。
「膠着していた戦争、50年目にしてようやく動き出すか」
…終わりの見えない世界大戦に…。
道化師ネオスを追う旅は、再び始まる。新しい仲間、レイと共に。五人はソウル大陸を南下し、ギガント公国を目指す。
エルジア王国がソウル大陸への上陸作戦を展開し始め、遂に戦争は本来の形であった世界大戦そのものを動かし始める。
今後、どのようなことが待ち受けているか。まだ誰にも知る由は無い。だが、五人揃ったこの時から、『彼ら』の物語は始まる。
不毛の時代に現れた若き者が、訪れた動乱の渦の中へ入り込み、そして戦争の姿そのものに触れ、変わっていくようになる…。
Next...第2章「戦火」




