1-9 月明かりの夜に
若き日の記憶は、今を生きる若者への教訓。
苦き経験の語りは、現代に操られる兵士への警鐘。
優れた力を持たずとも、掌で踊らされ、そして返される。
「プレッシャー…?」
魔道の力のすべてが、邪悪に満ちた存在でないことを、スレンダーは彼に言う。スレンダーは彼に銃弾に似せた光を弾き返す訓練を、短時間で試させた。常人であれば、銃弾を弾き返すことなどほぼ不可能に近い。高速で接近してくる銃弾の軌道すら、見ることも出来ないだろう。しかし彼は、自然と飛んでくる弾に対して適応していった。
それが出来たのも、カリウスの中に魔道の力があるからだと、スレンダーは言う。彼は自分が邪悪な一面を持つ力を使ってしまっているのか、と心を疑ったが、スレンダーはそれを否定した。
魔道には、善と悪が存在する。光と影。Light,darkness…
「魔道の善悪に関わらず、魔道の力を持つ者には必ず、プレッシャーというものが存在する。プレッシャーは時に人に力を与え、時に人を力に陥れる…魔道の陰に潜んでいながら、魔道を持つ者を常に後押ししている存在とも、言うことが出来るじゃろう」
「その力を…学ぶことは、可能なのですか?」
「魔道の流れを有する者は、可能じゃ。しかし…実戦における経験が何より大切じゃ」
既に戦争は50年も続いている。何度無謀な戦いが引き起こされたか、その正確な回数さえ分からない今。魔道の杖が世間に出たこと、グランバートの悲劇により、大国グランバートの体制に変化が出るだろうということ。これらが再び戦争を拡大させる可能性は十分にある。長く続いた軍事態勢に変化が現れる、一種の危険が生まれようとしていることを、スレンダーは危惧した。
「今や共和体制は崩壊しておる。政治家たちも、そして軍人も、戦争を無くすために戦争をしている。共存は無く、お互いを潰して平和を取り戻そうとしておるのじゃ」
「戦争を無くすための戦争、ですか…」
思えば、カリウスが政治的分野に興味を示したのは、この瞬間からだったのかもしれない。政治が軍事を動かす。軍事は政治の動向に左右され、常に政治の掌で踊らされる。
それは、自分が兵士としてグランバート城に仕えていた時から、そうではなかったか、と。
既に日付は変わっていたが、その日はカリウスも部屋に戻って休んだ。アイクは、カリウスが夜に部屋から出ていたことなど、気付きもしなかった。その日の昼間は皆で魔道の本を読みながら、道化師のことについて話していた。道化師の狙いが少し見えてくるかもしれない、という希望を持って。四人が話し合いをしている時、その場にスレンダーとクラインが現れた。クラインが院長を紹介し、カリウス以外の三人も彼が幾つかある魔道の本の、一つの著者であることを知る。
更にその日の夜。カリウスは今度、自分から院長のもとを訪れた。院長はカリウスの行動に心の中では感心し、少し喜んでいたが、当然カリウスの知るところではない。今日もあの洞窟のような場所に行き、スレンダーの目の前で魔道について学ぶ。
「本当に、お主は適応が早い。羨ましい限りじゃよ。わしが若い頃はこんなに動けなかった」
「…院長も、若い頃戦争を?」
「あの頃は、若い男は皆戦争のために育てられた。わしが実際に魔道の研究に入ったのは、既に40を超えていた時じゃが…それでも、魔道の悪たる者を鎮めるため、剣を修業したものじゃ」
カリウスが自分の剣を鞘に収めて、院長の方を見る。院長のその時の表情が、何か物寂しげに、物哀しげにしていたように、彼には見えた。スレンダーはカリウスに重みのある声で伝える。
「…あの男は手強い。今のお主でも、お主の仲間でも、団長にも敵わないじゃろう。今はそれが普通なのじゃ…だからこそ、お主たちには耐え抜いてもらいたい」
「え…?」
…戦争は、まだまだ続く。時間は止まることを赦されない。一度抜かれた剣は、血や憎しみを見ずして、収められるものではないのだ…。
「…」
洞窟のような場所から、院長室に戻った時。院長はカリウスを部屋に戻す前に、少し待ってほしいと言った。断る理由もなく彼は待っていたが、やがて院長は大きなクローゼットの中から、黒い大きな何かを取り出した。部屋が暗く、明日に満月になる月明かりに照らされて、その正体が見えてきた。
「こいつをお主にあげよう」
そうしてカリウスに渡したものは、黒色のローブであった。丈がとても長く、自分の足首まであるように見えた。
「わしが若い頃に使って、もうしばらく使っていなかったものじゃ。寒さにも強いじゃろうし、軽いから動きも制限されない」
「…これは、魔道と何か関係があるのですか?」
「そこまで優れた代物ではない。じゃが…そうじゃな、冷静になれるとは思うぞ」
カリウスのイメージは、既にスレンダーが魔道に優れた人物というもので定着しており、スレンダーの言うことや扱うものには、何かしら魔道が関係しているのではないか、と思っていた。しかし流石にそのローブには何の効果も無いようである。
しかし、そのローブは彼が若い頃に活躍していたものであることの証拠に違いはない。スレンダー院長は他の人とは違う道を辿りながらも、最終的にはそれが戦争のため、国家のため、そして政治のためであると自覚しながら、その運命を受け入れ、自らその路に進んでいくしかなかった。
…翌日。
月明かりの、夜に。
…。




