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第05話 思い出の怖い話

 智菊が小学6年生の頃に恐怖体験の話がクラスで流行った。

 最初は数人で集まって怖い話をするというものだったが、やがて規模が大きくなっていった。

 クラスの全員がそのイベントに参加した。

 話す子は、教卓の前に立って黒板に皆が考えた怪談名を書いてから話し出す。

 その当時のクラス委員長が凄い子で、教師から何なく許可をしっかりとった。


「授業で話すのが苦手な子が練習を兼ねてるんです」


 教室を汚すでもないのでそれほど遅くならないならということで、週末になると放課後に教室に皆が居残って怖い話を楽しんだ。


 例えば「正面玄関の幽霊」なんて学校の七不思議をするときだ。

 タイトルは元々あったり、皆で考えたりしたのを字が上手な子が黒板に書いた。

 班の代表者が語るとはいえ、班全員が黒板の前に立つ。全員に役割が振られていたのだ。


「……十年前のことです。大雨の降るある日のことでした。その日の放課後忘れ物をした男子生徒が一人で暗い中、階段を駆け上がって教室に取りに行きました。誰もいない教室で忘れ物はすぐに見つかりました。問題は教室を出たあとでした」


 語り手はそこで一拍、間をおいた。


「……非常灯が点灯するだけの暗い廊下を、行きは気にしなかった足音を帰りはどうにか立てずに忍び足で歩いて行きます。というのも、男子生徒の学校にはこんな噂があったのです」


 その一ヶ月ほど前に起こった事件だ。

 大雨の日に学校からの帰り道である一人の男子生徒が雨でスリップしたバイクに撥ねられて意識不明に陥った事故があった。

 実はその日、学校でその男子生徒はいじめられていたそうだ。自分で作っていた弟への誕生日プレゼントを学校に隠されたためにかなり長い時間探していた。

 ようやく無事に見つかったがかなり遅い時間になってしまった。

 その帰り道に事故に遭ってしまったというのだ。


「それからしばらくすると放課後忘れ物を取りに来た子が、事故に遭った男子生徒の姿を見かけるというのです。事故現場ではなく正面玄関で靴を取り出すと目の前に突然姿を見せたそうです」


 よほど学校に恨みでもあるのだろうか。

 怯える生徒や事故に遭った生徒の家族から調べるように依頼を受けた学校の調査結果によると、男子生徒が複数の同級生にいじめられていた事実が判明した。

 いじめた生徒たちは幽霊の話にすっかりおびえて全員が不登校や転校してしまったりした。

 でも目撃談がそれ以降も続いた。


「亡くなってはいないけど幽霊が出るというので学校中ですっかり噂になり、放課後一人で学校を利用する生徒はほとんどいなくなりました。この生徒も噂を信じて怖くて仕方ありませんでした。その日は事故の日と同じように大雨で夕方なのに非常に暗く感じたからです。だからゆっくり物音を立てないように玄関にたどり着きました」


 ドンという音が教室内に響く。


「うわあっ」

「ぎゃー」


 教室にいくつもの小さな叫び声が飛び交う。

 聞いている人が驚くようにと黒板の前にいる子たちの役割がこれだ。

 このような効果音を班の人間が黒子になって行っているのだ。


「……このような大きな音がしたのです」

「びっくりした!」

「驚かすなよ!」

「……男子生徒も当然驚きました。噂では靴を取り出したらという話だったので、男子生徒は用心して靴は玄関に出しっぱなしにしておいたのですから。それなのに突然物音がして、男子生徒の目の前には白いぼんやりとしたモノが浮かんでいたそうです。よく見ればそこには……噂の男子生徒の姿が!」


「キャーッ」

「えええっ!」


 あまり皆を怖がらせるのはよくない、という委員長の考えで話が終わると黒子に徹していた子たちがすぐにカーテンを開けたり、教室の電気をつけたりと行動を迅速に済ませる。

 お陰でさほど混乱することもなく、数分後には皆は大体落ち着いた。

 そんなことを毎週末に繰り返した。


「あそこの教室は、昔……」

「夕方に音楽教室でピアノを一人で弾くと……」

「近所のお寺から夜に人魂らしき物体が……」


 それぞれがさも自分が体験したかのように、聞いている皆が怖がるような声音で語った。

 話の上手い子が語ると怖い話も非常に現実味があり恐怖心を煽った。

 黒子がいかに効果音を出すかの練習も隠れて行われたりした。

 話す番になった班の黒子役は、誰が一番上手に役割を果たせたかを地味に競争したりした。

 勝った子は給食でデザートを皆から一度だけもらえる特典があったために真剣に競った。

 勝敗を決めるのは、その班内で多数決で決定した。

 このミニイベントがひそかに人気があったので、黒子役は必死に練習した。

 語り手は無条件にその利点を貰えたが、聞いている子たちの反応が悪すぎると貰えないということでその練習もそれぞれ自宅で頑張っていたようだ。


「そこには、何と死んだはずのおばあさんの顔がっ!」

「きゃー!」

「きゃー!!」


 悲鳴をあげればあげるほど教室の中は盛り上がった。

 放課後とはいえ明るいままだとつまらない。

 そんな考えの元、やり手の委員長が何人かのクラスメートを引き連れて暗幕を用意した。

 白いカーテンでは日差しは防いでも雰囲気が出ない。それを少しでも暗闇に近くするために利用したのだ。

 先生に注意を受けないように、準備と後片付けもその日の班が手分けして行うように義務付けした。


「面倒くさいから嫌だ」

「あら? それならそれでかまわないわよ? でも手伝わない子は参加はさせないからね! 参加したかったらきちんとやるべき仕事はしてよね!」


 委員長の発言を拒否できる子はいなかった。

 逆らおうものなら彼女からの鉄拳制裁が待ち構えていたのだ。彼女は空手の初段だという噂がその当時あったのだ。嘘か本当かは分からなかったが、彼女には逆らえないという空気があった。

 実際に彼女が手を出したことは一度もなかったが、彼女の雰囲気が皆に本当なのでは? と思わせた。

 もし仕事をしなかったらどうなるのかをクラスメートは、それまでの経験からきちんと学んでいた。

 手は出さずとも人を支配する力ってあるんだと智菊は、上下関係の厳しさをこのクラスでしっかり学んだような気がする。

 はきはきと明るい性格のために多少怖がられていても彼女を嫌いだという子はいなかった。

 委員長は陰では「女王さま」と呼ばれていて、彼女に叱られるのを喜ぶ男子生徒もいたりした。

 成長した今では、あの行動力には頭が下がる思いと共に、叱られて喜んでいた子たちのその後も少し気になったりもした。

 とにかく統率力のある彼女がいなければ、あそこまで盛り上げることはなかっただろうとよく分かる。

 その行動のお陰で、雰囲気も怖い話にぴったりな暗い中で行うことができたのだから、良かったのだろう。

 このイベントは、それぞれの班の代表者が話す仕組みだ。誰が怖くしゃべれるかも皆でいちいち相談や実演で確認もしていた。

 班分けは普段の授業の班と同じだった。そのため授業のときの連携がうまくいくという利点があった。

 週末に行うそのイベントのために班で集まってどんな怖い話があるのかを調べた。

 調べるために、図書室を利用したり街のお年寄りから話を集めたりと活動的に過ごした。

 他の班と被らないようにいくつも怖い話を見つけて、どれを皆の前で話すかきちんと会議までした。

 宿題にだってこれだけの時間は費やさなかったのだから、いかに皆が楽しんでいたかを振り返ると実感する。


「あの本でこんな話が見つかった」

「あそこに住んでた人は行方不明になった」

「昔、ここにはお墓があった」


 班で話す役、調べる役を決めてそれぞれが自分で出来る範囲のことを一生懸命考えていた。

 ……どうすれば聞いている人が怖がるのか。

 目的はそれに尽きるが、皆で協力してああだこうだと言っている時間がとても楽しかった。

 普段は大人しく人見知りしている子が、放課後のこの時間になると生き生きとして怖い話をしたりして、クラスメートと交流ができたりと怖い話を通して団結力が増したイベントだった。

 実際にそれまではあまり仲良くなかった子と仲良くなれたりした。

 智菊は、あまり幽霊など得体のしれないモノへの興味はなかった。

 自分では視えないのだから、どう判断するべきなのか分からないからだ。

 祖母からもそういう話はほどほどにするようにと言われてもいた。

 だから最初にこの企画が出たときは嫌だなと思った。

 でも実際に参加する内に怖い話をするというよりも、クラスでイベントをしているという感覚が生まれて苦手意識も薄れた。

 クラスメートと怖い話をするのは、昔話を聞いているようでもあり、物語を皆で作った気になれたりと冒険感覚だった。

 自分では話す側には決してならなかったが、それでも皆で盛り上がった思い出は鮮明に残っている。

 小学校の同級生たちとは卒業と共に引越しをして別れても、何人かとはいまだに付き合いが続いている。他のクラスメートも同様だというからいかにこのイベントがそれぞれにとって重要だったのかが分かる。

 それはこの放課後のイベントを通して、より一層お互いを大事にしようとする気持ちが生まれたからだろう。そういう意味でもとても素晴らしい思い出だ。

 だがそんな少し怖い思いをしたイベントに参加した夜は、決まって弟にべったりした。

 智菊の住んだ祖母の家は、リフォームする前は築年数50年以上という古い平屋だった。

 田舎のため一部屋の区切りはほとんどが障子で、子供部屋という括りもなかった。

 畳で床の間のある部屋は、15畳くらいある広々とした空間で子供たちには少し広すぎた。

 祖母とは一緒に寝た記憶はあまりない。

 子供は子供だけでということからよほど怖がったり何かあったりした以外はめったに一緒には寝なかった。

 でも肝心なときには助けてくれるという意識は常にあった。

 こういう遊びで怖がっているのがばれたらお説教が待っているのが分かっているため、怖くても祖母には頼れなかった。

 いつもは弟と同じ部屋で布団を隣同士にして寝ていたが、怖い話を聞いた夜は隣合わせの布団で寝るのではなく、同じ布団にぴったりとくっついて恐怖を紛らわした。

 広い部屋で暗い天井を見ると何か出るんじゃないかと想像を膨らませて怖かった。

 祖母の家は虫が大量に出てきた。

 普段は気にならないが、その虫の立てる音さえも怖くてたまらない。

 季節は夏で一緒に寝るのは暑いのだが、どうしても人肌があった方が安心できるために一緒にいたかった。

 何かがあるわけではない、と頭では分かったつもりでいる。


 カサカサッ


 だが虫の動く音にいちいちビクついた。

 姉のプライドで「怖いから一緒に寝る」とは弟には言えなかった。

 あくまでも年下の弟を気遣って一緒に寝てあげた、という態度だった。


「おやすみ」

「おやすみ、お姉ちゃん」


 夜の挨拶をして布団に入る。

 智菊の汗ばんだ身体を押し付けられるのは、弟にとってひどく不快だったはずだ。

 敏い弟は、智菊の恐怖を分かっていたのかもしれない。

 なぜ怖がっているのかというのを聞かず、弟は智菊を守ってくれた。

 いつでも邪険にせずに「ありがとう、お姉ちゃん」と嬉しそうに笑っていたのを覚えている。

 そんな可愛い弟だから今は多少小生意気でも、幼い頃と同じように大切な存在だ。

 ほんの少しの恐怖と家族のありがたみを感じる、穏やかな子供時代の大切な思い出がこれだ。

 ある程度大きくなった今なら、その恐怖は笑い話ですむほどのものだ。

 こんな時代も確かに自分にあったなと思う程度のものだ。

 夏の暑い夜は、そんなことで楽しめた思い出を呼び覚ました。


 無意識に恐怖を和らげようとしたのだろうか。

 緊張していて油断などできないはずなのに、智菊はふとそんな記憶を思い出したのだった。

 今はこの思い出の恐怖よりも本気で怖かった。

 自分の目ではっきりと黒いモノを確認してしまったからだ。

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