第20話 お仕事中
その電話は神木一仁にとっては、タイミングの悪いときにかかってきた。
それというのも、一仁が仕事をしているレストランで問題が発生したからだ。
夜の部が開始して1時間しない間に厨房のスタッフの一人が、皿洗いの途中に盛大に転んで捻挫をしてしまって中はてんてこ舞い状態になってしまった。
通常の平日の夜は、さほど混雑することはない。だがこの日は予約客がいた。
一人娘の誕生会というちいさなパーティを依頼されて店はいつもよりお客の数がいつもの倍近くいた。
スタッフは多めに入れていたが直前に二人の人間が病気で休んだために、全員がフル稼働して働いていての事故だった。
応急処置だけ済ませてスタッフは帰らせたのは良いが、予想以上にお客の入りがあって人手が足りない。
「……どうするか? 慣れてない奴なんて呼んでも意味ないしな」
そこで一仁は時計を確認する。
「今日はアイツが来る日だ」
急いで二階の自室に駆け上がって中を覗くと予想通り弟が部屋にいた。
たまたま一仁の二階の自室で休んでいた鷹二に手伝いを依頼する。
「悪いけど手伝え」
「バイト代払ってくれよ」
交渉に成功して弟を手伝いに追加した。鷹二が暇なときによく手伝わせていたためにスタッフとの連携も仕事自体も慣れていた。
それでどうにかなりつつあったときに、別の仕事用の携帯電話が一仁を煩わせた。
電話の種類を確認すれば不可思議屋専用の携帯電話からの着信だった。
「……このくそ忙しいときに誰が電話なんて! ……ってあの人か。いやーな予感がするな」
一仁はイライラしながらも着信記録だけは確認した上で携帯電話をすぐにしまう。
今の店の状態ではいちいち電話に出て話などできようもなかった。
その様子を近くで見ていた鷹二が何かあったのか? と目線で問う。
「とにかく今は店の方が大事だ」
鷹二の視線に首を横に振って今はレストランだけに集中するように促した。
その合図に鷹二も了承して仕事を続けてくれる。
それから一仁はひたすら厨房の中で料理を作り続けて電話のことも忘れて目先の仕事に全精力を費やす。
店内の様子は厨房からでは分からないが、空になっているお皿を見るたびに嬉しくなった。
二時間近く経ってようやく忙しさのピークも終えた。
ある程度落ち着いてきたら、まだ食事をしていないスタッフを順番に休憩にさせて自身も軽く食事を済ませて仕事の続きに励んだ。
次に気がつけば店は終わってほとんどの作業が終わっていた。
「よーし! 皆忙しいのによくやってくれたな。今日はもう帰っていいぞ」
「はい。お先に失礼します」
数人いたスタッフはそれぞれ一仁と鷹二に挨拶して帰宅していった。
店に残っているのは、兄弟二人だけになった。
静かになった店内でようやく一仁はほっと息がつけた。
「やれやれ。今日はくたびれたな」
肩を回しながら身体をほぐしていると、ふとポケットにしまっていた携帯電話の存在を思い出す。
「……あー、電話しなくちゃな」
相手も一仁が店をやっているのが分かっているために催促するような電話はかかってこなかった。
だいぶ夜遅くになってしまったが、待っていてくれるだろう相手に早く折り返ししなければならない。
売り上げ計算など細々したことをしている弟に声をかける。
「……鷹二。俺、ちょっと電話かけるからあとは頼む」
「分かった」
店の鍵を渡して一仁は一足先に自室に入る。冷蔵庫から水を取り出して思い切り飲んだ。
目を閉じて呼吸を整えてからようやく電話をかける。
「もしもし? こんばんは、神木です」
さきほど携帯電話にかかってきた相手に電話をかけ直すとすぐに相手が出てくれた。
「さきほどがお電話に出れずに申し訳ありません。……それで今日はどうかしましたか?」
そこで相手からすぐに用件が伝えられる。
「え? 俺らがそこに行くんですか? ……うーん。他にも仕事が入っててすぐに動けるかどうかはちょっと断言はできませんが、一応住所は教えて下さい」
そこで教えられた住所を耳にした途端、一仁は表情を引き締める。
「……そこの住所はこちらが請け負った依頼に関係しているかもしれません。もう少し詳しく教えてもらえますか?」
話を終えて電話を切ったときに、弟の鷹二が部屋に入って来た。
「おー。今日はありがとうな。助かった」
「別にかまわない。それより電話は何だったんだ?」
「あー、うん。明日はお前予定なかったよな?」
「明日? 講義が午前中にある」
「出るのか?」
「……何があった?」
「そんな冷たい目で見るなよ。お兄ちゃんは悲しいな」
「ちゃかすな」
一仁は電話の内容を頭で確認してから口を開いた。
「さっきの電話でちょっと厄介な依頼をされたんだ」
「厄介? いつも面倒なことが多いのに今更何を言っている?」
兄を問い詰めるように仁王立ちする鷹二の姿は威圧感がある。
この姿に慣れていなければ少しは怯えたかもなと内心思っていても一仁は顔にはそれを出さない。
余裕があるように笑みを浮かべてみせる。
「明日は久しぶりにお前が楽しめるかもよ」
「……俺が? それじゃ本物なんだ」
「ああ、そうみたいだ」
「でもなぜそうだと分かった? まだ現場に足を向けてさえいないのに。電話の相手がそんなに信用できるような発言をしたのか?」
「ああ。お前もよく知る女性からの電話だからな」
「……分かった。明日は朝から出かけるのか?」
「ああ。ちょうど店は休みの予定にしていたからな。……ああ、せっかくのデートの予定が狂ったな。実花、怒らないんだよなー。たまには怒れば嬉しいのに」
恋人のことを思い出している兄の様子に頬を引きつらせるも無視して帰宅する準備を終える。
まだぶつぶつと恋人のことを一人で愚痴るのを放置して声をかける。
「……じゃあ明日ここに来るから」
その声に正気に戻ったのかすぐに返事がくる。
「ああ、おやすみ」
部屋に残された一仁は明日の仕事のことを考える。
「病院では何もしなかったからな。久々に不可思議屋らしい仕事になったんだ。しっかり働かないとな」
とはいえ、現在一仁の頭を占める存在は、大事な恋人のことだ。
久しぶりに会ったこの前の様子が気にかかる。
「仕事がかなり忙しいんだろうな」
恋人は一見して周囲に甘やかされている印象を持たれがちだが、実際は違う。
本人は周囲のフォローを陰でしっかりと支えてきているはずだ。
自分たち従兄弟との関係でもそうだった。
一人っ子ならではの甘えた気質はあるが、それに依存するのを由としない。
肝心なときにはいつでも自分で自分を立たせることのできる女だった。
それを好ましく思うが頼りにされていないようで自分に対して不甲斐なくも感じる。
「……今はアイツよりも仕事だよな。あの人が電話してくるくらいなんだからヘマしたら大変だ」
大事な恋人のことから無理やり仕事のことへと意識を変えるが上手くいかない。
頭が思うように動いてくれないのをイラついた一仁は、そこまで考えて自分の体力が限界に近いのを思い出す。
そこで一度意識してしまえば身体は重くなった。
どうにかベッドまで這うようにして辿り着いて着替えもせず意識を失うように眠りについた。
翌日思わぬ出会いが一仁を待つことも知らずに数時間の休息を得た。
あとから加筆修正入るかもしれません。




