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第13話 不可思議屋はこうして生まれた

 繭のいた病院から戻った男性二人は、街中の小さなレストランに移動していた。

 テーブルを中央に挟んで二人は席に座っていた。

 落ち着いた色合いのおしゃれなレストランにの店内には、この二人以外に人がいなかった。

 テーブルの上には美味しそうな出来立てのご飯が並べ置かれている。

 いつもよりは少し早めの夕食を席に座った二人は、ひたすら口を食べるのに動かしてどんどんお腹の中に入れていく。

 たくさんあった料理もすぐに無くなって食後のコーヒーを飲んだ所で一仁が疑問を口にする。


「……で、どうなんだ? やっぱりあの繭って子がそうなのか?」

「さあ? 証拠がないから断定はできない。一番力がありそうだったが、確認しようがない」


 コーヒーを飲み終えて一仁はもう一杯お替りを二人分用意して席に戻る。

 鷹二にお替りを手渡してからまた言葉を発する。


「骨折して動くのもままならないあの子がやれたとも思えないが、あの子しかいないよな。不可思議屋の話を加藤さんに聞かされたんだろうから余計に引っかかる」

「……電話してきた人は?」

「加藤さんか? あの人は運悪く質の悪いのにひっ憑かれただけの人だ。ここに食べに来たときによくよく視たが変なモノも身体には憑いてなかったし後遺症も何もなかったようだ。もう一人も一応確認しに行ったが何も視えない人だった。かなり強めの睡眠薬を飲んでいたそうだから、夜中に目覚める可能性は低いとみていい」

「……加藤さんの言ってた気になる発言もある」

「そうだな。……あの見知らぬ幼女が突然目の前に現れてアレを操って加藤さんに憑けたって話はどうにも引っ掛かる。アレを操れる存在なんて聞いたことない。お前もないよな? ああいうモノは負の感情に引き寄せられることはあるが、人間にどうこう出来るはずがないってのが今までの経験から言えることだ」

「……だがその幼女がいるのはほぼ間違いないだろう。加藤さんの幻覚という可能性もまだ残っているがが。ただ、病院で妙な気配がしたから、今から考えればもしかしたらその子が原因だったかもしれない」

「ああ。……手掛かりはなしか。とりあえず繭って子をちょっと探ってくれ」

「分かった。……加藤さんは全部を話したと思うか?」

「……どうかな。病院で黒いモノが自分にのしかかってたってのは間違いない。それで意識不明になって気が付いたら身体に憑いてたモノが消えてたってのは、妙に気にかかる。恐怖を経験して意識がなくなったのはありえる話だが、わざわざ金遣ってウチを頼るなんてことまでしたのがな。妙な経験はさっさと忘れようとするタイプに思えるのに、忘れるどころかまたそういう目に合わないようにウチに連絡してくる、なんてのはなかなかいない。……病室の恐怖体験で自分が助けられたから、否定せずに常識では測れない存在があるのを信じたとも取れる」

「……あの少女と一緒にいた奴は?」

「彼氏だろ。お似合いだったじゃないか」

「……だが奴も空気が違った」

「違ったか?」

「ああ。だがまあいい。今回には関係ないはずだ。……塩を用意したのが本当に彼女ならな」

「……厄介なのはオーナーだよ。幼女の話なんてしたら目が輝くぜ。……はあっ憂鬱だ」

「雇われてるんだから諦めろ」

「そりゃお前は直接話さないからいくらでも言えるだろうよ。お前もそうだが、眼鏡してるやつってのはサドが多いよな」


 青いフレーム付きの眼鏡をしている鷹二をじっと見る。

 眼鏡に隠れているが、よく見ればかなり顔が整っているのが分かる。

 どこか近寄りがたい雰囲気があるため異性は滅多に側に来ないが、影からひそかに見つめられているのを観察したことも何度かあった。

 本人はそのストーカーっぽい熱視線や脅迫じみた告白を過去何度も経験して女性不信気味だったりする。


「人聞きの悪いことを言うな。そもそも一仁がオーナーをくどいたんだから仕方ないだろ」

「はあっ、全く自分でも何考えてたんだかな。軽い気持ちで『不可思議屋』なんて始めたのに、今はあちこちに支店があって現場に出る人数も両手以上の奴等がいるようになるなんて思いも寄らなかった」

「……その名前は変えないのか」

「何で? 秀逸だろ? 怪異と限定せず相談先に迷うような常識ではありえない事件やおかしな出来事を解決に導くから不可思議屋。都市伝説扱いまでされるようになったんだから余計にピッタリだ」

「むしろ名前がおかしいから駄目だと思うが」


 一仁は鷹二のつっこみには構わず話を進める。


「ともかく、繭って子が怪しいのは確かだ。もし力があるなら協力して欲しいな。いつでも会社は人材不足だからバイトでも良いから人出が欲しいのは変わらない。どうにか連絡してこないかな」

「……まさか最初に誘われたときは人手が他に必要になるほど需要なんてないと思ったんだがな」

「冷たいこと言うなよ。俺がお前を誘うんだから見通しつかないはずがないだろ? 結果としてやっぱり俺が言ってたように仕事はあっただろ」


 胸を張って一仁が言ったのを鷹二は呆れた顔で見た。

 冷たい鷹ニの目線にめげずに朗らかに一仁は自慢する。


「1割しか当たりの案件はないがな」

「当たりがあるだけ凄いことだぜ」

「そうだな。誘ってくれたのは感謝しているさ」


 そこには鷹二は素直に頷いた。


「お前を取り込んだことで姉貴がまだくどくど言うのが困るがな」

「それは仕方ないだろ。俺は期待されてるから」


 にやりと笑った鷹二に一仁はげんなりする。


「自分で言うな!」

「事実だからな。退屈しのぎになるから当分付き合ってやるよ」

「……可愛くない弟だな」

「仕事まで一緒に行動している弟が他にいるか? 兄想いの弟だろう。それに可愛い恋人がいるんだから十分だろう」


 その言葉を耳にした一仁は顔を顰める。

 兄のその様子に鷹二は首を傾げる。


「……どうかしたのか? まさかまた喧嘩したのか?」


 一仁を凝視する鷹二の視線に耐えかねてわざとらしく咳をする。


「ごほっ。……いや。アイツがこの仕事のことを問い詰めてきたうるさかったから、ついな」

「いい加減教えてあげれば良いだろ? 彼女は偏見のない人だし。俺たちがしている仕事について聞いたからって何も変わらないだろ」

「分かってるが、アイツは姉貴同様お前を可愛く思っているだろ? 小生意気だなんだとお前にも遠慮なく口きくんだからアイツにとっても鷹二が弟みたいな存在なのが分かってるんだ。その大事な弟を俺が引き込んだなんて知れたら何を言ってくるか。……それを考えるとどうしてもな」

「もうこの仕事始めて余計忙しくなったんだから、レストランの仕事だけじゃないってそろそろ気付かれるはずだ」

「だよな。あーどうすっかな」


 一仁が頭を抱えて唸っていると、レストランの裏口から人の気配がした。


「……噂をすれば、だな」


 さっきから頭を抱えていた一仁はその姿勢のまま固まっている。

 鷹二は裏口の方向を見て密かに笑んだ。


「一仁? いるの?」


 裏口が閉まる音がして、軽い足音が誰もしゃべらない店内に響いた。

 ほのかに薄暗い店内に、仕事帰りといった冬物コートに身を包んだ女性が姿を見せた。

 一仁と歳の変わらない20代の女性は、暖かい店の中でコートを脱いで一仁の隣の席に座る。

 情けない姿で座っていた一仁は、女性の姿が見えた頃にはすっかり落ち着いた雰囲気を出していた。

 そうして笑顔で女性を出迎える。


「おかえり、実花みか

「久しぶり、実花さん」


 二人はそれぞれ女性に挨拶をした。

 それに対して女性はにこやかに返事をする。


「鷹二君! 久しぶり。相変わらず無駄に美形だね」

「実花さんこそ変わらず元気そうで何よりですね」


 笑って鷹二を見る女性は、一仁の恋人である市田実花いちだみかだ。

 二人の男性とこの実花とは長い付き合いがある。


「一仁、お腹すいた。何か作って!」

「了解しました、お姫様。ほら、これで手を拭いて待ってろ。すぐに持ってくるから」


 残っていたコーヒーを一気に飲み込んでから一仁は席を立って厨房に入った。

 その姿を確かめてから、実花は言われたように渡されたおしぼりで手を拭いて鷹二を見る。


「……それで? お兄さんの一仁とは何をしているの?」

「何って随分大雑把な質問だ。今は一緒に夕飯を食べたところだよ」

「そうじゃないことくらいあなたなら分かっているでしょ? 仕事のことよ!」

「一仁から教えてもらえば?」

「恋人なのになかなか口を割らないのよ。ムクツクったら!」


 実花は手を拭いたおしぼりをテーブルに置いた。

 怒りをどうにかして抑えようとしているが、その表情はかなり険しい。

 軽く首をすくめて鷹二は兄の恋人に話し出す。


「俺が話しても良いけど、聞いたら実花さんびっくりすると思うよ」

「あんたたちとどんだけ付き合ってきたと思っているの? 驚きには耐性あるわよ。さっさと教えて」

「そうかもしれないが、少しばかり異様に感じれるかもしれない」

「前置きが必要な内容なのね。……オーケー、教えて。ダテに長年あんたたち従兄弟と付き合ってないから覚悟はついた」

「失礼な言い草だな」

「あんたに言われたくない! 鷹二君は会うたびに嫌味を言うんだからしょうがないでしょ」

「嫌味なんて言ってない。いつも本当の話しかしないさ。実花さんが嫌味にとって怒るだけでしょう。短気なんだから」

「それが嫌味だっつーの! それより! 仕事よ仕事。話を逸らさず教えてよ」


 脱線しそうになった話題をどうにか戻されて、鷹二は深呼吸する。


「始まりは俺がとあるモノが視えるのに気付いたことからなんだ」

「ものが見える?」

「ああ。人はそれを幽霊と表現するが俺たちはモノって言っている」

「……えっ?」


 鷹二は自分が人とは違うモノが視えるようになった日を思い出す。


 鷹二が小学生になって数年して祖父が他界した。


「お祖父じいちゃん、穏やかな顔で眠ってるように見えるね」


 姉が目に涙をためながら鷹二の手をつないで、棺の中の祖父の顔を見せる。


「おじいちゃん、もう目を開けないの?」

「うん」

「じゃあ、もうつらくないね!」


 鷹二たちの祖父は気付いたら癌が手のつけようもないほど広まった状態だった。

 延命治療を拒んだ祖父は、時折ひどく苦しがっているのを鷹二はたまたま見た。

 だからこその言葉に、姉は我慢していた涙を流した。

 兄はなぜか火葬場にいるのを拒んで、鷹二は姉と二人で祖父の最期を見送った。

 火葬場でそれまであった肉体が、ただの骨と灰になった姿を目にした鷹二はこれが祖父だとは実感できなかった。

 その夜だった。


「……っ?」


 夜中に目が覚めた鷹二は水を飲もうと身体を布団から起こそうとした。

 だが指すらも反応しない、身体全体がしびれを伴って動けずにいた。

 数分経っても状態に変化のないことが、鷹二は焦った。


 ――ようじ。


「……?」


 鷹二は自分が呼ばれたような気がした。

 だが身体は動かず確かめようにも出来ない。


 ――鷹二。


 今度ははっきりと聞き取れたが、耳に聞こえず頭に響いている感覚だった。

 自分がどうにかなったのかと鷹二はとても怖くなった。

 涙さえ流せず、声だけに集中する。

 声の主は考えもしない人物から発せられた。


 ――鷹二。お祖父じいちゃんだよ。聞こえるかい?


「……その日の午後に祖父は死んだと言われた。実感はなかったが火葬場であの骨が祖父だと言われたのに、動かない頭に響く声は確かに死んだはずの祖父のものだった。姉が嘘をついたとは思えないから自分がおかしくなったって心底怖かった。……祖父は俺に祖父と同じように視えざるモノが視える体質だから苦労をかけてすまないって謝ってたよ。今日を境に視るようになるとね。実際そうなった。それが最初に俺が体験した出来事だよ」

「……」


 実花は黙ったままだった。

 従弟である鷹二が嘘をつくはずがない。

 分かってはいるが、頭はなかなか切り替えにくい。

 だが、ここまで説明されて過去のいくつかの出来事がようやく今になって腑に落ちた。


「信じられないだろ? でも俺にはそう言うしかない。証拠など何もないからな」

「……ちょっと、待ってよ? 幽霊? 幽霊ってあの幽霊?」

「あのがどれを指すのか分からないが、実花さんが思ったのが正解だろうと思う」

「……まあうちらの祖父じいさまがそんなんがいたってよく話してたからさほど驚きはなと言いたいけど、鷹二君てばそんな能力あったの。これまでよく私に黙ってくれてたわね。この薄情者っ!」


 実花は鷹二の頭を思い切りはたいた。

 その目にはほんのりと涙が浮かんでいる。


「いてっ。全く容赦ないんだから、実花さん。とにかく、この視えるって話は姉と兄は知っていた。なぜなら……」

「俺にも視えていたからだ」


 温かそうに湯気の出ている料理の載ったお皿を両手に持って一仁が席に戻って来た。

 実花は一瞬、一仁の持ってきた料理に目を奪われたが、その前の発言に気付いて一仁の顔をまじまじと見つめる。

 その様子を見た鷹二は「後は二人でどうぞ」と言って店から出て行った。

 一仁は手馴れた仕草でテーブルにお皿を綺麗に並べていく。


「とりあえず先に食べれば? 冷めたら旨くない」


 目線を合わさない一仁に実花は不安を感じるが、事実お腹がへっているから料理に手を付け始める。


「旨いか?」

「う、うん。おいしいよ」


 それから実花はひたすら食べることに集中した。

 綺麗になくなったお皿に一仁は微笑みをかすかに浮かべるが、すぐにそれを消して真剣な表情で恋人である実花の顔に目線を合わせた。


「俺が海外に料理修行に出てたのは知ってるな?」

「うん。私の大学進学とほぼ同時期だったからよく覚えてる。急にあちこち行って日本になかなか戻らないってお姉さんがぼやいてた」

「ああ。あれはもう日本にいるのが辛くなったからだ」

「つらいってどうして?」

「……視たくもないのが視えるのはしんどいもんだ。幼少時に気が付いたら自分だけがアレを感じ取れると分かって逃げたくてたまらなかった。いろいろうさんくさい連中とつるんだりしてどうにかできるようになったが、どこに出ても視れてり聴こえたりするのは気分が悪い。そうこうしている間に、弟まで同じ体質なのが分かった。幸いにも姉貴には遺伝しなかったから、その点は良かったよ。あんなモノは視ていても毒にしかならない。まあ、実花が言ったように俺らの祖父がそういう体質だから遺伝だったんだろうが、つくづく迷惑極まりない体質だとつくづく思った」

「……それがどうして海外に?」

「もしかしたらアレは日本だから視えるのかと思ったんだ。田舎に行こうが都会に行こうが人のいる所にはどうしたってアレは存在する。いちいち相手にしていたら、こっちの気が狂う。……これ以上いたくないと思った俺は、藁にもすがる気持ちで料理修行にもなるしで日本を脱出した。弟がスキップで海外の大学に入学したのも俺と同じ意見だったからだ。弟の方がもっと力があったようで俺以上に苦しんでいたから早くどうにかしたかった」

「……それで、大丈夫だったの?」


 実花の問いには一仁は首を振って答える。

 苦笑するその顔は、特に苦しんでいたりするようなこともない。


「どこにだってアレは存在する。弟も大学に行って余計に実感したんだろうな。それでお互いによくよく話し合ったんだ。視えるのに存在しない扱いをするから精神的に疲労してしまう。それが分かってそれならそれを商売に使ってやるかって考えた。それが不可思議屋の元になった考えだ。最初は弟は参加予定じゃなかったんだが、放っておくとやばそうだったから無理やり引き込んだ」


 実花は『不可思議屋』という単語に引っかかった。

 必死にどこでその単語を覚えたのか、額に手を当てて考える。


「……不可思議屋? どこかで聞いたような……ってそうだ! 会社の後輩が言ってたんだ!」


 実花は思い出せたことですっきりした。

 突然興奮して叫んだ恋人に一仁は首を傾げる。


「何を?」

「後輩はオカルト大好きな子なの。その手の種類のHPとかいろいろあさってて、いくつも調べていったらそんな会社の存在を知ったって言ってた。確か『不可思議屋、それは常識では測れないことを解決してくれる集団だと言われる。何でも屋のようだとも言われる。何でも依頼を引き受けて法外な報酬を請求する悪徳な会社だとも噂されるが、警察に被害届けは出されていない。そのため本当にあるのかどうかは不明だ』って説明してくれた。……え? まさかその会社なの?」


 恋人の表情がびっくりはしていても、嫌悪はしていないのが分かって一仁は思わず笑った。

 安堵感からだった。

 ようやく手に入れた恋人である実花とは付き合ってそれなりになる。

 だが恋人になるまでの血縁関係での付き合いがそれなりに長く居心地良かったために、恋人としての距離感が掴み難く一仁には思えた。

 自分が店で料理人をしているのは知っていても、もう一つの本業である『不可思議屋』の稼業についてはなかなか言うタイミングが分からず困っていた。

 こうして話してみれば何てことのないことだった。

 恋人は二つの仕事を掛け持ちしていることもその一つが怪しげに思われる仕事であるのに責めるような発言は一切しなかった。

 それが分かって一仁は恋人のことを今まで以上に愛しかった。


「一仁?」


 衝動のまま恋人を思い切り抱き締める。

 もう今後は恋人を試すような隠し事は決してしないと誓いながら、大事な宝物のように優しくただ抱き締めた。


「……それで、あんたたちがそういうのが視えてそれを仕事にすることで割り切ったのは分かった。でもどうやって会社なんて起こせたの?」


 店から移動して二階にある一仁の部屋でこれまでの経緯を説明する。


「高校の同級生だった友人にどでかい企業の御曹司がいる。そいつが俺と同じような体質の持ち主だった。んでどうにかそれで困っている人を助けてそれを職業にしたくて相談してできたのが『不可思議屋』だった」

「そんな簡単に?」

「ああ。税務署なんかは違う社名で登録している。『不可思議屋』はあくまで都市伝説の存在にしておきたい」

「どうして?」

「その方が信憑性あるだろ?」

「でもそんなんじゃ依頼なんてどうやってくるの?」


 実加が当然の質問をする。

 一仁はにやりと笑って答える。


「同じく高校の同級生に探偵稼業をしている奴がいるから、そいつ経由だったり他の同業者から紹介されたりしてどうにかかな」

「そんなので大丈夫なの?」

「ああ。世の中には意外とそういう類の不可思議な出来事を何とかして欲しいって人がいるんだよ。まあ9割方一切関係ない事件だったり勘違いだったりで終わるんだが、たまに本物がある。それをどうにかできたときが一番充実した気分が味わえる。だからやめられない」


 どこか覚めたような目で世の中を見ていた恋人の昔を知る実加は、こうして少し興奮して話す一仁の姿を見るとほっとする。

 まさか覚めた目をする原因が予想外だったけれど、こうしてようやく教えてくれたことで自分たちの関係がまた一歩先に進んだと実感する。

 実加は会社で後輩から聞いた『不可思議屋』が自分の大事な人たちが関係するなど思いつかなかったが、ひそかに怖い物好きなのでちょっと嬉しかった。

 だが、ふとそうした体験は非常に危険が伴うのでは? と思いついた。


「……ねえ、その仕事って身の安全はどうなってるの?」


 おそるおそる尋ねると一仁はいつも実加を安心させてくれる笑みを浮かべた。


「全くないとは言わないし言えない。ただ、俺を信頼して欲しい。不安で辛い思いをさせるかもしれない。実際に過去何度か危うい目にあった経験がある。でも俺はこの仕事をやめる気はない」


 断言する一仁の目をしばらく見つめる。

 呼吸を忘れたかのように黙ってお互いの目を確認しあう。

 実花は溜息を吐いて一度瞼を閉じる。

 瞼をあげて一仁を見る実花の顔は穏やかだった。


「……そこまで言うならやめてとは言わない。そのお仕事があなたにとって自分を保つ上でとっても重要な位置にあるだろうから」

「ああ」

「……でも心配はする。だからその仕事の話せることだけは話しておいてね」

「善処する」

「そうして。……それにしてもタイムリーだった」


 ふふっと実花は思い出し笑いをした。

 一仁が話を促すと笑いながら会社での出来事を教える。


「今日のお昼の時間に、仲良くしている後輩の子が話題にしたのが『不可思議屋』だったの。まさか一仁が関係してるなんてね。世間は狭いわ」

「その子、本当にそういうちょっと変わったのが好きなんだな」

「私だって話を聞くだけなら好きよ。だから話題にしたんだけどね」

「それで?」

「うん。普段は大人しい活動的とは言えない子なんだけど、好きなことにかける情熱は激しいみたいなの。いくつも都市伝説とか怖い話とかその子なりに調べて、本当にあった話なのかとか伝承とかまで調べててね。それでヒットした中の話に『不可思議屋』があったんだ」

「その子はどう言ってた?」

「ここまで怪し噂がある割りに情報がなさすぎるのが存在している証拠だって興奮して教えてくれた。そんな子があんたたちに依頼するのかしら?」

「いや。趣味でオカルト好きの連中は口ではあれこれ言って実際に体験したがるが、本気で体験できるとは考えていない。だからその子もある程度までは調べても連絡先までは辿り着かないはずだ。夢は夢のままにしておきたいもんだって考えてるんだ」

「そうなの? それよりお姉さんは『不可思議屋』のことは知ってるんでしょ?」


 実花が姉を話題にした途端に、一仁はげんなりしてみせる。


「勘弁しろよ。姉貴にはさんざん鷹二を引き入れたのを根に持たれて俺の肩身は余計に狭い。話題に出して欲しくない」

「お姉さんも一仁の能力は知ってたってことはきっと心配してるよね」

「どうだかな。仕事としてやるって言ったときも反応は薄かったぜ。弟と一緒に組むことになったって報告したときはすごい顔だった。あれは何よりも恐ろしかった」

「とか言ってもお家に行って甥っ子と遊んだりしてるんだから、なんだかんだで仲良いよね、あんたら姉弟は。一人っ子の身としてはこういうときに兄弟がいたらって思っちゃうんだよね」


 一仁はそれには反応を返さず、実花の身体を自分の身体に引き寄せる。

 小さな耳を甘噛みして姉の話題から話を切り上げようと試みるも失敗する。

 実花は自分の耳をかじっていた一仁の口を手でおさえて話を再開する。


「……ところで料理の仕事は大丈夫なの?」

「ああ。そっちか。それは大丈夫。優秀な部下が何人もいるし、元々この店は依頼人との待ち合わせ目的で始めたんだから、本業に力を入れているのはあいつらもよく分かってる」

「え? それじゃお店の人たちも一仁の仕事を知ってたの?」


 実花は自分だけ蚊帳の外に捨て置かれていた現実にようやく気づいて怒りを感じた。

 その般若のような恋人の姿に戦々恐々としながらも果敢に反省しているのを伝える。


「……だからお前には幻滅されたくなかったんだ。今まで言わずにいてごめん」


 頭を下げて謝る一仁を見て、実花はすぐに怒りをといた。

 あからさまに大きな溜息を吐いた実花に、一仁は更に縮こまる。


「しょうがない。これっきり秘密はなしだからね!」

「ああ。さっきも約束したようにしっかり守るよ」


 恋人たちは微笑み合いながらお互いの存在をこれまで以上にしっかりと確認して夜を過ごした。

 柔らかな恋人の身体を自分に寄り添わせて一仁がふと思うのは、病院の塩のことだ。

 ……繭って子が本当にアレを退けられたのか。

 眉間に皺を寄せて考えるが、結論など出ようもない。

 疑問を振り払って久しぶりの恋人との逢瀬に夢中になる一仁がいた。

この話に出てくる恋人たちは他の投稿小説の主人公たちです。お気づきの方はにやにやして妄想してもらえると嬉しいです。

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