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第12話 怪しい二人

 普段は弟が部活で夕飯が一緒にならない智菊は、久しぶりに一緒に食べられて満足だった。


「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」


 皿洗いは弟に任せて、お風呂を済ませる。

 お風呂から上がってドライヤーで髪を乾かしに部屋に行くと携帯電話が点滅しているのが目についた。

 髪を乾かしてから携帯電話を持って弟のいる居間に戻る。

 居間のソファで寛いで携帯電話を開いた。


「もうすぐなんだ」

「何が?」


 皿洗いを終えた弟が台所から居間に姿を見せた。

 智菊は携帯電話を見られて困ることでもないので弟に手渡した。


「……ああ、あいつ退院するのか」

「良かったよね」


 病院で仲良くなった繭ちゃんから、もう少しで退院予定だというメールが智菊の携帯電話に届いた。

 あの病院での体験により、連帯意識がお互いに芽生えて年の差4つの友人になった二人だが、お互いマメな性格でもないので、それほど頻繁なやりとりはしていない。

 でも自分だけではないという存在の慰めはそれぞれにとってとても大きなものだった。

 智菊は自分の「散歩」について教えていた。


「……ねえ、瑞貴」

「お見舞いに行くんだろ? 付いてってやるよ」

「明日よろしくね」


 智菊が繭のお見舞いを計画立てた時間、繭は本来なら使用してはいけない携帯電話を閉じた。


「智菊さんたち、元気かな?」


 繭は智菊との出会いと同時に起こった事件を経験して、身体は疲労したが気持ちは晴れやかだった。

 前向きにリハビリにも励んだ。

 早く退院して智菊と病院ではない場所で会いたかった。

 あんな出来事が起こった当時に病室にいた人間は、今は繭だけとなった。

 携帯電話を憚ることなく使用したのもそのせいだ。

 残っていたもう一人の男性も昨日元気になって退院したからだ。

 空のベッドが3つもあるのに新しい入院患者はなぜかいない状態で、広い病室に繭だけという不自然な環境になっていた。

 そんな中、一人になった繭の病室を智菊が弟の瑞貴と一緒にお見舞いに来てくれた。


「こんにちは!」

「どうも」

「わざわざ来てくれてありがとうございます」


 来て早々病室の寂しい環境に二人は目を見開いた。

 智菊は何度も空いたままのベッドを見て本当に人がいないかを確認している。


「何これ? 繭ちゃん以外誰もいないの?」

「この病院経営大丈夫かよ?」

「やっぱりびっくりしますよね」

「それはそうよ! 新しい入院患者さんはいないの?」

「はい。私もあと1週間くらいで退院になります。そのあとこの部屋を一度掃除するらしいですよ」

「掃除? そんなことで誰も入院させないの?」

「でも私が退院したら翌日には掃除は完了させて、終わったらまた患者さんを受け入れるそうですから、おかしくはないのでは?」

「病院の経営方針もよく分からないけど、ここの病室自体は嫌な空気はないから問題はないと思うよ」

「そう思いますか?」

「瑞貴も思うよね?」

「……そうだな。智菊たちが遭遇したモノがいた頃はどこか空気が重く感じたけど、今はそれが全くない。大丈夫なんじゃないか」

「……瑞貴君もああいうモノを視えるの?」


 繭には瑞貴に目を向けた。

 瑞貴も繭を見てしっかり頷いた。


「ああ。聞いたかもしれないが、俺たちの祖母がそういうのを享けいれてる人だ。だから血筋的に視えないとは思ってなかったから今の状態は、なるようになったってところだな」

「そうなの」

「それより退院するならいろいろ大変でしょう? 何か用事があったら遠慮なく言ってね?」

「ありがとうございます。大丈夫ですよ」

「そう言うとは思ったけど、これからお互いに持ちつ持たれずの関係になるんだし、今から遠慮されると私が悲しいから」

「……はい。頑張ります」

「うん。この出来の良い弟も扱き使ってね。使い勝手はかなり良いから」

「あははっ! 使い勝手ってそれひどくないですか?」

「そう?」


 敬語は不要と言い張る智菊に繭は困ったが、「友達に敬語は距離を感じて寂しいよ」という智菊の言葉に従うことにした。

 それからくだらない話をしたあとで、二人は勉強で繭が困らないようにいろいろ持ってきてくれた物で実際に教えてくれたりして過ごして面会時間終了まで居てくれた。

 弟の瑞貴は放課後部活帰りに顔を見せに来てくれるようになった。


「迷惑じゃない?」

「面倒だと思ったら来ない。智菊がこれからあんたにも迷惑かけるんだ。その相手が困ってたらこっちが困る。退院まですぐなんだ。リハビリしっかりこなして自分である程度できないと大変だぞ。親いないんだろう?」


 繭の見舞いに何度も来ていたら分かることだろう。

 夕方なら特に仕事帰りに一般的な親なら娘の顔を見に病院に寄るはずが、来なかった。

 瑞貴は繭に両親が側にいないのをすぐに気付いた。


「……親がいないって、ある意味真実よね」


 ぽつりと繭は自分の環境を話した。

 異性と認識はしているが、同じ年という二人はすっかり友人として気楽な関係にあった。

 だから自分がみじめに思っている両親との不仲についても素直に口にした。

 口に出したことで楽になった。

 気恥ずかしかったが、繭は聞いてくれた瑞貴に感謝した。


「気にするな。お前の愚痴程度どうってことない。それより智菊と一緒にいて今以上に間抜けにならないようにしろよ」

「間抜けって何よ?」

「悲劇のヒロイン面できるほどの顔していないんだから、そんな仏頂面さらさないで愛想振りまいてろよ」

「大きなお世話よ! 瑞貴君て本当に口悪いわねっ! そういえば、瑞貴君に聞きたいことあったんだ。ねえ、不可思議屋って聞いたことある?」


 昨日、とっくに退院していた加藤がふらりと病室にやって来たことを告げる。

 繭は自分が何もしなかったのを後ろめたく感じていた。

 そんな繭の様子を気に留めずに加藤は自分の来訪の理由を述べた。

 繭が黒いモノを対処できなかったのに気付いていた加藤は、どうにかしようとした繭にもそういった知り合いを作ることが大切だと考えた。


「今後何かあればそこを頼ると良い」 

「頼るって?」


 加藤は、また病室で起こったような目に合わないように自衛手段を探したそうだ。

 常識では測れない病室の出来事を解決してくれる人がいるに違いない、と人脈を駆使して見つけたのが不可思議屋だった。


「……何、その怪しいネーミング」

「うさんくさいよね。でもちょっと気になっているの」

「んで? そのおじさんは何でわざわざお前の所に?」

「うん。加藤さん病室での出来事を意識があったそうなの。それであんな思いをしてたから、自分が知らないだけで世の中にはああいう不可解な出来事に遭遇する人だっているだろう。それを解決できる人たちだって探せばいるはずだって考えたそうなの。大体お金だけふんだくるような人たちだったんだって。でも、一つだけそうとも言い切れないような存在が見つかった。それで調査の結果、それなりに信用できそうだって結論が出たときに私のことを思い出した」

「なぜ?」

「私が加藤さんを見殺しにしたから」


 繭はあの当時の心境を告白した。

 瑞貴は自分を責めるようなことは何もないのだから堂々としていろと繭に告げた。


「……不可思議屋って名前自体が既にうさんくさすぎるだろう」

「加藤さんて結構大きな会社のお偉いさんみたいで、探偵とか雇って見つけたのがその不可思議屋だそうよ」

「へえ?」

「加藤さんが直接電話でその会社の人と話したそうなんだけど、加藤さんはあの黒いモノを何とかして欲しいって依頼をしたら、そこは既にそういったモノはいないはずって返答されたんだって」

「何でそんなこと知っているんだ?」

「でしょ? 加藤さんもそう尋ねたら『あなたの方がご存知でしょう』って返されて教えてくれなかった。でもニュアンスで病院で調査するのが伝わったからわざわざお見舞いに来てくれたの」

「教えたからってどうなるもんでもないだろ?」

「もしかしたらその会社の人がここに来るかもしれないって言ってた」

「ここにってこの病室に?」

「うん。もし来たらいろいろ話して相談してみればって薦めてくれたの」

「相談ねぇ」

「もしかしたらとっくに来てて私が気付いていなかったかもしれないから、相談とかは考えてない」

「それが良いだろうな。本気で信用するには判断材料が何もない。……俺も少し調べてみる」


 瑞貴とそんな噂話をした翌日だった。

 退院がはっきりと決まって繭は片付けをしていた。

 ノックがしてすぐにドアが開かれる。


「こんにちは。具合はどうかな?」


 繭以外に誰もいない病室に見知らぬ男性が入って来た。

 笑顔で挨拶してきた男性に繭は目を合わさずに挨拶を返した。


「……こんにちは」


 無愛想な繭には構わず、挨拶してきた男性は一緒に来た男性に声をかける。


「どうだ?」

「何ともない」

「やっぱりか。これなら明日から患者を受け入れいれて問題ないよな」

「ああ」


 二人の男性は不思議な雰囲気を持っていた。

 繭に挨拶をした男性は20代後半の赤い長髪がよく似合う背の高い人だった。

 もう一人は同じように背が高いが黒いコートを羽織って真っ黒な少し長めの髪をした姿が、一般人じゃない雰囲気を出していた。

 繭は大人の男性にひるんだが、いかにも怪しい二人組に声をかけるのは自分しかいないと奮起した。

 

「……あなた方何者なんですか? お見舞いにきたにしては誰とも面識ないようですし」

「いや。来たら退院してたって聞いてね。来るの遅かったみたいなんだよね」

「この前退院した人のの知人ですか?」

「まあそんなとこ。それより最近何かなかった?」

「何かって?」

「夜中に変なことが起きたりしなかった?」


 その言葉に繭は全身を硬直させた。

 その態度が悪かった。


「あ、やっぱり異変を感じたんだ? もしかして君がアレを退けたの?」

「……何をおっしゃっているのか分かりません」

「うーん、そんな警戒している野良猫みたいな態度されてもね。怯えなくても大丈夫。俺たち怪しい者じゃないから」


 ……めちゃくちゃ怪しかった。


「質問に答える必要がないと思います」


 それまで二人のやりとりに目も向けず、空のベッド周辺を勝手に漁っていた男性が繭に質問した。


「……これは君が置いたのか?」


 男性の指した所には、智菊が置いた塩があった。

 繭は二人が自分と同じように黒いモノが視えると分かったら、安心ではなく更に警戒を強めた。


「……」

「あれ? そんなのあったんだ。てことは場所はそこ?」

「みたいだな。だが不浄な気配は微塵もない。祓うモノは何もない」

「だよな。ふうん? 君があの塩を用意したの?」

「質問には答えてくれないのに私がどうしてあなた方に答える必要があるんですか?」

「うーん。そう不信感募らせられるとお兄さん困るな~」

「……もしかして、不可思議屋の方ですか?」


 繭の問いに二人は反応しなかった。

 でも繭と会話をしていた赤い長髪の男性が、繭の顔を覗きこんできた。


「……その名前は誰に聞いたのか教えてくれる?」


 言葉は丁寧だが、態度は繭を脅していた。

 繭は内心びくついていたものの、加藤の名前を告げずに知人から不可思議屋が病室を訪れる可能性があると聞いたと言った。


「じゃあ、加藤さんが君に教えたんだね。どうしてだろう?」

「私が加藤さんに起こった異変に気付いたからです」

「そっか。じゃあ改めて挨拶させて。不可思議屋社員の神木一仁かみきかずひとです。よろしくね」


 繭の手にいつの間にか出した名刺を握らせる。

 名刺を覗けば「不可思議屋 神木一仁」とあった。


「はじめまして。稲見繭いなみまゆです」

「で、あっちは鷹二ようじって言うんだ」

「はあ」


 鷹二と教えられたが、彼は繭を相変わらず無視して病室をあちこち視ていたが、ドアの方を急に振り返った。

 すると、ドアが開いて瑞貴が姿を見せた。


「あ、来てくれたんだ」

「はじめまして。繭のご親戚ですか?」


 一仁の嘘くさい笑顔と同種の笑みを浮かべた瑞貴が病室内に入って来た。

 すぐに繭の近くに寄って、繭を背に隠れるように庇った。


「あ、彼氏? はじめまして。神木といいます」

「神木? 繭の親戚じゃないんですね」

「……もう用事はない。帰るぞ」


 それまで黙っていた鷹二が口を開いた。

 一仁たちには目もくれずにさっさと病室から出て行ってしまう。

 それを慌てて追いかけて、一仁も病室から去る。


「あ、繭ちゃん。よければ連絡ちょうだい。待っているよ」


 それだけ早口で伝えて怪しい二人組は繭の前から消えた。

 しばらく同じ体勢にいたままだった瑞貴が言葉を発したのは、彼らが去って数分はしてからだ。


「……で? いかにも普通じゃないあの人たちは何者?」

「昨日話した不可思議屋の人」

「えっ? マジ?」


 繭は握らされた名刺を瑞貴にも見せた。


「……本当にこんな存在あったんだ」


 瑞貴は昨日繭から話を聞いてすぐにネットで検索した。


「それっぽいのとかいくつかHP覗いたら、どれも偽者っぽかった。マジであるとはね」

「これどうしたら良いかな?」

「一応持っておけよ。必要になるとは思わないが、こういう人たちがいるってのを知っとくのも大事だろうからさ」

「うん。……智菊さんには伝える?」

「いや。まだいいだろ。もしかしたらあっちから連絡してくるかもしれないしな」


 真剣にそう思ったわけではない瑞貴は、繭の退院支度を手伝う話を始めた。

 だが、瑞貴の言葉はやがて現実となる。

 このときはまだ不可思議屋の人たちと自分たちが関係を持つようになるとは、繭も瑞貴も考えたりはなかった。

予告なく修正するかもしれませんが内容は変わりないと思うのでご容赦ください。

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