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第10話 再会と悲しい報せ

人の生死に関する記述があります。苦手な方はご注意ください。

 祖母の家では家族団欒で過ごすお正月になった。

 去年は智菊の事故という大変な事件があったが、悪いことは忘れて今年を新たな気持ちで迎えた。

 母方の親類は祖母以外なく、父方の親族とは正月も会わない智菊たち家族は、滅多に顔を揃えないのを忘れたように楽しい時間を過ごした。

 両親も祖母の家では仕事から離れてだらだらと過ごす。

 昔、祖母の家でも仕事をしていたらこっぴどく怒られてしまって大変な目に合ったらしい。それで両親は祖母の家では仕事は一切しないと決めて、電話も受けないようにしている。

 とはいえ、両親が祖母の家にいるのは2日まで。休みぎりぎりまでいる子供たちとは違って一足先に帰るのが決まっている。

 のんびり過ごす智菊の携帯電話に元日の夜に、たまにメールのやりとりをする小学生の同級生から連絡が来た。

 軽くお正月の挨拶を済ませると友人は早速本題に入った。


「智菊が久しぶりにこっちに戻ったんだから遊ぼう」

「受験生なのにいいの?」

「受験生だからこそお正月は遊ばないと! せっかくこっちに戻ってるんだから友達孝行しなさいよね。前に最後に会ったのが病院なんて嫌よ」

「ああ。あのときはわざわざ遠くまで来てくれてありがとうね。すごく嬉しかった」


 友人は入院していたときにわざわざ2時間以上もかけてお見舞いに来てくれた。

 お見舞いに来ると聞いてすぐに退院するから良いと断ったが、「顔見ないと安心できないでしょう!」と受験生なのに来てくれたときは、友人のありがたみを感じた。

 心配して駆け付けてくれた友人の顔を思い出すと、入試前で緊張してヤケぎみになりがちな状態を放置するのはさすがに出来ない。


「……分かった。いつ会う?」

「明日!」

「えっ! 早くない?」

「思い立ったが吉日って言うじゃない」

「本当に大丈夫?」

「平気よ」


 翌日、半ば諦めの気持ちと友人と会える嬉しさを感じながら、指定された駅近くの喫茶店に向かう。

 退院ぶりに会った友人の紗香さやかは、地味な容姿の智菊とは対極にある華やかな女性だ。

 小学生の時からクラスの中心として明るく皆を引っ張る女王様タイプだった。

 以前思い出の恐怖体験の企画を立てた優秀な委員長は彼女のことだ。

 友達の多い彼女は一人でいた智菊によく話しかけて来た。

 人見知りの智菊をよく面倒みてくれていた。

 たまには一人にして欲しいと邪険にした覚えもある。

 でも紗香は態度の悪い未来を物ともせず、いつも通りに面倒をみてくれた。

 小学校を卒業してからも交友が絶えないでいられたのは、彼女の面倒見の良さが挙げられる。

 そんな明るくて美人な紗香には逆らえる人は少ない。

 待ち合わせの喫茶店に行くと紗香は一人じゃなく同年代と思われる男性と一緒にいた。


「久しぶりだね」

「元気になったみたいで良かったじゃない!」

「ありがとう」

「この紗香さまの優しさは忘れないようにね」

「はいはい」


 お互いに軽く挨拶して、智菊は紗香達の座っている席の向かい側に座る。


「智菊ちゃん、久しぶり」


 紗香の隣りに座る優しそうな男性が挨拶してくれる。

 智菊の名前を言ったのだから知り合いだっただろうか?

 自分の知り合いに異性は少ない。思わず首を傾げる。


「えっと……」

「これ小学校で同じクラスだったの。そのときに男子の委員長をしていた大城潤おおしろじゅん。覚えてる?」


 紗香に紹介されてようやく思い出した。

 彼女は6年の時にクラスの女子の学級委員で、男子が勉強のできた大城君がやっていた。

 存在感が群を抜いていた紗香とは違うが、地味だがしっかりと皆の面倒や先生との連携をしてくれた。

 ……でも二人が一緒って。

 思わず二人を交互に何度も不躾に見てしまう。


「見れば分かるでしょ。付き合いだしたの」


 説明のためかわざわざ律義に腕を組んで見せてくれた。

 二人は委員長をしていたときから気が合っていたように思える。

 お互いに正反対な気質だが、お互いの苦手な所を上手く補える関係だった。


「大城君も受験?」

「そうだよ。彼女と同じ大学を希望しているんだ」

「それは凄いね」


 受験生同士でカップルというのも大変だろうけど、この二人なら大丈夫だろう。

 お似合いの二人に智菊は微笑んだ。


「二人はお似合いだよね。おめでとう」

「潤も久しぶりに智菊の顔を見たいって言うんで連れて来たの。智菊も私以外の同級生とは久しぶりで懐かしいでしょう」

「そうだね。大城君は覚えてる。紗香によく宿題見せてあげてたよね」

「あははっ。そんな僕が忘れてたようなのよく覚えてたな。確かによく見せてたよな。そういえば、こんなこともあったっけ。……たまたま間違った答えの所を先生に当てられて、紗香が知ったかぶりな顔して答えたら間違ってて先生に怒られた」

「そうそう。紗香ったら自分が人のを写したのに、授業後に大城君の頭をノートで思いきり叩いて、それがうまい具合にあたったのか音がよくて皆で笑いあってたよね」


 智菊と大城君が昔を懐かしんでいたら、紗香が顔を強張らせながら話に割り込んでくる。


「あんたら、よくそんな人の黒歴史を語ってくれたわね。智菊、あんたは普段無口なのにたまに口を開くと突拍子もない話しかしないんだから全く!」


 不貞腐れている紗香をよそに智菊たちは過去の思い出をいくつか笑いながら話していた。


「そういえば、あんなこともあったよね。確か運動会でクラス対抗リレーで女子のアンカーだった紗香が……」

「ああ! ビリだったうちのクラスをどうにかしたくて男子の分まで紗香が走って2位までなったけど、不正と見なされてビリ扱いにされたよな」

「そうそう! 走ったのは自分なのに連帯責任ってうちが担当じゃないトイレ掃除を1週間させられたよね。あれは辛かった」

「あんたたちが不甲斐ないのが悪いのよ!」


 しばらくして思い出と近況をある程度話し終えたら、大城君が急に真面目な表情になった。


「実は今日僕が二人で会うのにくっついて来たのには、理由があるんだ」

「理由?」


 首を傾げた智菊に、横から顔を乗り出して紗香が口を出す。


「そうなの! 智菊、あんたゆうき覚えてる?」

「ゆうき君? ううん。男子は大城君ぐらいしか覚えていない」

「だと思った。でも思い出すはずよ! 確か6年のとき、美化委員だったでしょう」

「ああ、うん。あまり活動しないし楽だったような……」

「その美化委員に一緒だった子がゆうきよ」

「違うよ。顔は思い出せないけど、田中君て名前だけは覚えてる」

「それが田中ゆうきよ」

「あ、そうなんだ。それでその田中君がどうかしたの?」


 大城君が言いにくそうに答えてくれる。


「……この間病気で亡くなったんだ」


 一瞬にして硬い空気が智菊を包んだ。


「……まだ若いのにお気の毒ね。もしかしてお葬式があるの?」


 二人は揃って首を横にする。


「いや。家族だけでそれは済ませたそうだよ。僕らもこの前、ご両親から聞かされるまで知らなかったんだ」

「そう。同級生が亡くなるなんてまだ当分先だろうと思っていたけど、そうもいかないものね」

「ああ、たしかにそうだね。……それでご両親も葬式も近親者のみで済ませたから、吹聴はしたくなかったみたいだけど、この前ゆうきの遺品整理をしていて手紙を見つけたんだそうだ。その手紙の宛名があっても連絡先が分からないというので、委員長だった僕らに連絡が来たんだ」

「大変だったね」


 話の流れからその宛名の主は自分なんだろうと察したが、智菊としては正直関わりたくなかった。

 冷たいようだが、あの病院での黒いモノとの対峙が智菊を尻込みさせていた。

 病室でのあの黒いモノはあくまで見知らぬ他人相手だったからまだ現実感がなくてよかった。

 それが同級生となるとそうもいかない。

 亡くなった人があんな風になるわけではないが、この間の猫の一件もある。

 遺品なんてもらったら引き寄せてしまいそうで怖かった。

 薄情に思われても仕方ないが、関わりたくないというのが智菊の正直な気持ちだった。


「ここまでの話の流れで分かっただろうけど、実はその手紙を預かって来たんだ。こんな話の後で渡すのはずるいようだけど、同じ同級生でクラスメートだったよしみで智菊ちゃんには受け取ってもらいたいんだ」

「大城君て優しい見かけのわりに手厳しいよね」


 こうなってはもらうより仕方がない。

 智菊は少し黄ばんだ手紙を受け取った。

 それからしばらくは3人でたわいないことをおしゃべりした。

 これから図書館でデートだという二人に別れを告げて智菊は一人、来たときと同じ道を通って帰宅する。 

 渡された手紙からは特に何も感じなかったのを智菊は安心した。

 そうそうああいうモノが視えたりはしないものね。

 多少安心して祖母の家に帰り着いたら、玄関先で祖母が立っていた。


「お祖母ばあちゃん、ただいま!」

「おかえり。悪いけど大根を抜いてきてちょうだい」

「どのくらい?」

「十くらい」


 一度部屋でジャージに着替えてから、庭にある畑に向かう。

 冬なのでそう種類があるわけではないが、いくつかの野菜の列が目の前には広がっている。

 周囲が山に囲まれた祖母の家は、庭がそこそこ広かった。

 昔の面影もないが、リフォームする前の家は立派な作りだった。

 広い土地は昔からほとんど変わらず残っているが、現金はさほどない。

 土地持ちとはいえ売れもしない土地だからそのまま畑にしていた。

 祖母一人で広い畑は必要ないが、ご近所同士で配ったりして、それなりに需要があった。

 さきほどの手紙の件は頭の片隅に置いて、とりあえずは仕事をしようと智菊は腕まくりをした。

 言われた数だけ抜いて、余分な葉っぱは生ゴミ処理用の場所に埋めた。

 作業を終えて家に帰ろうとすると弟の姿があった。


「大根干すみたいだな」

「お祖母ちゃんに言われたの?」

「ああ。智菊じゃ面倒くさがって一度に大根持っていこうとして、間違いなく失敗するからって」

「……ばれてたか」


 弟が大目に持ってくれたお陰でどうにか往復せずに一度で持ち帰れた。

 庭の水道で余分を土を落としている弟から、綺麗になった大根をもらう。

 外に出してあったまな板と包丁を使って黙々と大根を切っていく。

 大根を洗い終えた弟が、大きなザルの上に新聞を敷いて、智菊が細かく切っている大根を丁寧に置いていく。

 手はかじかんでいるが、動いて寒さは感じない。


「俺らが帰る頃には漬物になってるかな?」

「そうね。今週は晴れるって天気予報でも言ってから、1週間の内にはビンにたくさん漬けられてるのを持ち帰れるんじゃないかな」

「俺、この漬物好きだな」

「うん、私も。……そういえば、瑞貴。道場はどうだった?」


 智菊が出掛けている間、弟も外出していた。

 久しぶりに近所の剣道場に足を運んだ瑞貴は、仲間たちと充実した練習ができた。


「ああ。やっぱりこっちの連中は強いよ。行って良かった」

「そうなの。そういえば猫たちは?」

「よく寝てる。まだ子猫だもんな」

「名前はあれで良いよね」

「……普段はじゃんけん弱いくせに、何でああいうときは勝つんだろうな、お前」

「お姉さまと言いなさい。ふふん、勝負運が強いと言って!」

「いや、そうとは言えないだろう。別に福引きとかくじで当選しないんだから。でもこういう名前付けとか微妙に大事なときだけ勝つよな」

「放っておいて」


 そんなのんびりした作業も終えた頃には外はすっかり日が暮れていた。


「智菊が先に風呂入って」


 弟に気遣われた智菊は外の作業ですっかり冷えた体をお風呂で温めた。

 交代に入った弟が出てくる頃には祖母お手製の晩ご飯が出来た。

 そうして食器の片付けも終わり、部屋に戻った智菊が見たのは昼間渡された手紙だった。

 

 ……田中君てどんな人だったっけ?


 名前しか思い出せない当時の同級生の顔を見ようと、祖母の家に置きっぱなしだった小学校の卒業アルバムを開いて確認する。久しぶりのアルバムでさきほど会った委員長カップルも確認する。


「紗香はこの頃から美人だったな~。うーん。大城くんは人のこと言えないけど、本当に地味だったんだな。……あった! 田中ゆうきっと。あ、この人か。そういえばこんな顔だったかも」


 智菊は写真を見てふいに過去の情景が頭に浮かんだ。

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