第09話 増えた家族
「今年も残りわずか。あっという間だったな」
気が付けば師走になって自由登校の身分で暇な智菊は、家の掃除に精を出した。
目処がたった所で壁にかかっているカレンダーを見つめて思わず呟いた。
智菊たち家族が年越しする場所は毎年決まっている。
同じ県内ながらも智菊たちの家は平野にあり、山奥に祖母の家がある。山奥といっても周囲が山に囲まれているだけで町自体は数多くの人が住んでいるし、不便さはさほどない場所だ。
今年は智菊の事故という予定外の出来事があった。
両親には智菊が入院していたときに、会社を早退ばかりさせてかなり負担をかけた。
ある程度上の役職に就いている両親は、優秀な部下がたくさんいて、問題はない。だがその間に溜まった仕事の調整を30日までしなくてはいけなくなった両親が、後から来る予定になった。
冬休みに入り部活がある弟は、例年なら両親と同じように29日近くまで祖母の家には向かわない。
智菊は一人で休みに入ると同時に祖母の家に向かう。今年は心配した弟が無理やり部活をさぼって一緒に祖母の家に行くことになった。
部活に行かないで仲間から文句など言われないか不安に思う智菊に、瑞貴はあっけらかんと言った。
「祖母ちゃんのところの道場に通うから問題ない」
「でも先輩とかはそれで納得するの?」
「ああ、大丈夫だよ。ちゃんと伝えているから。信用されてるんだよ、俺」
瑞貴が心配していない様子なので智菊は安心して一緒に祖母の家を訪ねた。
「お祖母ちゃん、ただいま!」
「ただいま」
「おかえり」
家族4人で暮らす家よりも大分見た目も中身も変化したが、祖母の家に戻ると「帰ってきたな」と安心する。
祖母の家は一人暮らしを続ける妥協案として、両親が家のリフォームを3年前にしたばかりだ。
バリアフリーのその家は、中古の智菊たちの家より使い勝手が良い住みやすい家だ。
小学生の頃に恐怖心を抱いた虫などはリフォームによって数は減った。
祖母の家に辿り着いた二人は、早速荷物を部屋に置いて、汚れても良いジャージに着替える。
暗黙の了解で、祖母一人では難しい水回りや庭の枯れ草集めなんかを、来た時にやるようにしているからだ。
「じゃあ頼んだよ」
「はい、いってらっしゃい!」
「いってらっしゃい」
祖母がご近所の集まりに出かけている間に、二人は汗だくになりながら必死に家を綺麗にする。
普段自分たちが暮らす自宅にはここまで掃除に気をつかわない。
二人にとって親代わりの祖母の家だからこそ、二人は一生懸命掃除をする。
「……ふぅっ疲れた」
智菊ががちがちになった体をほぐしながら目の前にあった壁にかかった時計を見る。
二人が着いたのが朝の9時頃だった。
掃除をしていて気がつけば、時計はお昼を回っていた。
首にかけていたタオルで汗を拭いながら弟のいる場所に行く。
「瑞貴、そろそろ終わる?」
「ああ。智菊は?」
「うん。こっちももう終わる」
「じゃあ先にシャワー浴びていいよ」
「ありがとう」
ひと段落した智菊と弟が交互にシャワーを浴びて着替えをすませてから居間に顔を出す。
「ごくろうさま」
集まりから帰宅した祖母が、たくさんの料理をテーブルに所狭しと並べている。
ご近所の皆さんが、久しぶりに来た孫たちのためにと、それぞれ持ち寄ってくださったそうだ。
毎年のことながら智菊たちは嬉しく思う。
3人は「いただきます」をしておいしくいただいた。
祖母は食事中にしゃべるのを嫌う。まだ小学生の智菊たちが学校の給食のようなしゃべりながら食べてるのを見てた祖母は、食事の後畑の収穫と世話をさせた。汗だくな二人が不満をこぼすの見て「これでも食事のありがたみが分からないか」とだけ言った。一度で懲りずに3度目に同じ作業をしてようやく、幼いながらも食事は食事だけしなくてはいけないんだと体感した。それからは給食の時でもしっかり食事をとるようにした。
食事の後、あらかた片付いたのを確認してから弟は友達の家に行ってくると駆け出して行った。
「あの子、この寒い中薄着で風邪ひかないかな?」
弟の心配をしつつ、祖母に智菊も外出する旨を伝えてからダウンジャケットを羽織りいつでも飲めるようにと水筒とお菓子の入ったリュックを背負って外に出た。
初詣に参拝に行く神社に今年最後の挨拶をしておこうと思ったのだ。
その神社での参拝はいつも通りに終わり、のんびり山の空気を吸い込んで寒いながらも久しぶりの景色に心を和ませていると、どこからか猫の鳴き声が聞こえてくる。
なー
スリっと柔らかい感触が足に伝わる。
慌てて足を見てみると、ぼんやりした青白い光に包まれた猫がいた。
「あららー」
智菊がここまで生身の生き物以外を間近で見るのは初めてだ。
修行中も恐怖と隣り合わせなために無意識にはっきり視ないようにと抑制していた。
それがまさか動物の姿を視えるようになるとは思ってもいなかった。
こうなってはさすがに無視するわけにもいかない。
智菊はゆっくりとしゃがんで猫に話しかける。
「どうしたの?」
猫はついてこいというように振り返りながら智菊を、神社の横道へ誘導する。
仕方なく駆け足で猫の足取りを追うと、道の脇にお地蔵さまがあった。
猫はそのお地蔵さまの後ろに隠れるように消えてしまった。
「みゃー、みー」
か細い鳴き声が耳に届いた。
慌ててお地蔵さまの後ろを見てみると猫が3匹いた。
1匹はすでに冷たくなっていた。これがさきほど案内をした猫だろう。
他の2匹はこの猫の子供のようで、目は開いているものの目やにが固まって鼻水もすごい状態だ。
「これはまずいわね」
2匹を母猫から引き剥がして周りに誰もいないのを確認して、上着を下着になるまで脱いだ。着ていた長袖シャツとセーターを脱いで、セーターだけ着てダウンジャケットを羽織る。ダウンジャケッケットの下に子猫2匹を包むようにした。
とたんにあちこちひっかかれるが無視する。そうして冷たくなった猫を長袖シャツで包む。
硬直している体に胸がしめつけられながらも、しっかり抱えてお地蔵さまに礼してリュックにあったお菓子を置いた。
それが終わって小走りで祖母の家に戻ろうとした。
「……?」
さっきはなぜか気付かなかったが、お地蔵さまの前には置いたばかりでまだ汚れていない綺麗な日本人形が置かれていた。
「このままにしとくべきよね」
独り言を呟いてしまうが、人形がどうしても気になる。
一度祖母に視てもらおう。
なぜかそう思って智菊は人形が汚れないようにリュックに仕舞い込んで、猫を揺らさないように気を付けながら早足で戻った。
「おかえり」
まるで何があったのかを知っているかのように帰宅した途端に祖母の姿が現れる。
子猫2匹を渡すと祖母は2匹を風呂場に連れて行った。
……これであの子たちは大丈夫。
祖母は智菊たちが一緒に生活をしていた頃、何匹もの猫と暮らしていた。
必然的に同じような状態の猫を何度も見ている。
そこで智菊は子猫を祖母に任せて裏庭にスコップを取りに行った。
スコップのある物置の横に背負っていたリュックを置いた。
裏庭には亡くなった祖父が植えたという柿の木がある。その柿の木の側の地面にスコップで穴を掘って、母猫を猫と一緒にご飯も加えて埋めた。
「あの子たち、元気に育てるからね」
スコップを元の場所にしまい、リュックをまた背負いなおしてから玄関に戻った。
祖母が用意したであろう盛り塩があったので体に軽く振りかける。
「本当にお祖母ちゃんてば、どこにでも目があるかのように分かってるんだよな~」
風呂場ではドライヤーで乾かされ、目やにも綺麗になくなった茶虎柄の猫2匹がタオルに包まれてミルクをスポイトで飲まされていた。
祖母は智菊の姿を確認すると、もう1本あったスポイトを渡してきた。このミルクには粉にした風邪薬が混ぜてある。それを何度か繰り返し飲ませたあと、別のタオルで2匹一緒にくるんでやるとすぐに子猫は寝た。
帰宅した弟は久しぶりの猫に相好を崩していたが、祖母の一言にその顔がさらににやけたものに変わる。
「お前たちが帰る日に一緒に連れてお行き」
「え? 家に?」
「瑞貴がしっかり面倒みると良い」
「俺? やった!」
猫好きの弟は、祖母の言葉に本当に嬉しそうに笑った。祖母の家に住んでいたとき誰よりも猫を可愛がっていたのだから、自分の家で暮らせるのは嬉しいのだろう。
両親は祖母の言葉によほどじゃない限りは頷くから、この猫たちは智菊たちの家族に決定だった。
こうして智菊たちの両親が祖母の家に到着した途端に、二人は新しい家族を紹介した。その際に父親の書斎を新しい家族の住処とするように通告することとなる。
「お祖母ちゃん、ちょっと良い?」
智菊は猫たちを見つけた場所に置かれていた人形を居間でお茶を飲んでいる祖母に見せた。
「何か妙に気になって持って来たんだけど、やっぱり元あった場所に戻すべき?」
「……いいや。これは智菊の部屋に飾ると良いだろう。しっかりお世話するんだね」
「え? 本気?」
祖母は黙って頷いた。
飾ると良いってことは悪い物じゃないのだろうから、言われた通り持っていこうかな。
智菊はこれも猫の縁かと思い深く考えずに決めた。
「もうお人形遊びなんてする年齢じゃないから置いておくだけで良いよね」
持ち帰った人形を凝視して思わず呟くと弟が声をかけてきた。
「それ、どうした?」
「これ? あの猫たちを見つけた所に置いてあった」
「……祖母ちゃんは何て?」
「持ち帰って飾ればって」
「……持ち帰るの?」
「うん。何か気に入ったしね。綺麗な人形じゃない?」
「悪い気配はしないようだけど、それ何か憑いてる」
「ええ? 本当? 気付かなかった」
「それでも持って行くのか?」
「まあ、お祖母ちゃんも止めないんだから問題ないでしょ。何かあったら瑞貴、よろしくね」
「何か異変があったらすぐに言うんだぞ。気のせいだろうが何か感じたらすぐに言えよ」
「分かった。約束ね」
過保護な弟と約束して人形は無事智菊たちが戻るときに一緒に持ち帰ることが決まった。
人形を鞄に丁寧にしまったときにかすかに声が聞こえた気がした。
――これからよろしくお願いします。
「……瑞貴、今何か言った?」
「いや。何か聞こえたのか?」
「ううん。気のせいだったみたい。それより久しぶりのこっちのお友達はどうだった?」
智菊は弟が心配しないように人形の声は聞こえなかった振りをした。
こうして智菊たちは猫2匹と一体の人形を新しい家族とすることとなった。




