ボケとツッコミの社会問題会議 ・高齢社会編
久谷かえでが口を開いた。
「現役世代が少なくなっていき、反対に高齢者世代は多くなっていく。人口バランスが崩れ始めた現代は、未だかつて人類がほとんど経験した事のなかった状態に陥っています。つまり高齢社会。これまで、人口の少ない高齢者を人口の多い現役世代が支える事で維持されてきた年金、医療などの各種社会保障制度は、軒並み危機的状況に陥り、それを支える現役世代の負担も重くなる一方。
今回の議題は、間違いなく、これからの日本を考える上で、最も大きな問題の一つ。ずばり“高齢社会”。さぁ、議論してもらいましょう!」
それに、立石望がこう言う。
「なによ、今回はいきなりね。いつものうだうだやる下りはどうしたのよ? メンバ紹介したりするやつ」
久谷はこう返す。
「いえ、偶にはパターンを変えようと思いまして……」
……とあるマンションの自治会室。そこに複数の人間達がいた。彼らは、ボケとツッコミ奨励の奇妙な会議をしようという、変な集まり。何の仲間グループなのかは、未だにさっぱり分からないけど、とにかく、彼らはその会議を、ボケとツッコミの社会問題会議と呼んでいた(そのまんまだけど)。
そろそろ飽きてきたんじゃないかとか、そういう事は気付かない振り(特に書いてる本人が)で、今回もなんとなく、始まります。
因みに、先ほど発言した、久谷はボケで、立石はボケ志向だけどツッコミになりがち。それから立石が「まぁ、いいわ」と口を開く。
「たーまには、会議っぽく滑り出しましょうか。メンバ紹介も兼ての、このお題に対する自分なりの意見を一人ずつ。ってのを久しぶりにやるわよ。第一回目以来だけど」
それを聞いて、「なんか久々に、議長っぽいわね、立石」と長谷川沙世が言った。彼女はツッコミだけど天然ボケな感じの、そんなキャラです。それを聞いて、立石は返す。
「それを言わない。
とは言っても、わたし自身も、議長だって事を忘れかけてたわ、はっきり言って。ま、とにかく始めましょう。まずは、村上君からで良いのじゃない?」
ところが、そう言ったタイミングで、久谷が口を開いた。
「その前に主張したい事があります!」
立石が抗議するように言う。
「何よ? 久しぶりに、議長の役割を果たそうとしているのを邪魔しないでよ」
「いえ、今回、議題が“高齢社会”なんですが、お年寄りがいないのですよ、この会議には。
なので、意見に偏りが生じる可能性が濃厚。それを防ぐ為に、どなたか高齢者側について欲しいなぁなんて」
それを聞いて、「第一回目の同じ様な滑り出しの時にも、似たような事を言ったわよね、あなた」と立石が返す。それから、少し考えた後でこう言った。
「だとすると、村上君は最後の方がいいか。意見を言うの」
それを受けて、村上アキが言う。
「僕に何を期待しているのかな?」
少し困り気味の笑顔で。因みに、彼は解説役でかつ主にボケです。その後で、火田修平が口を開いた。
「その提案、無理があるよな。前の時も思ったけどさ。ま、今回はたまご野郎みたいな邪魔キャラがいないだけ、マシか」
彼は、同じく解説役でボケもツッコミもやるけど、やや過激な論調が目立ちます。その後で隣にいる男が「ふふふ…」と笑った。
「その代わりに、ボクがいる訳だよ。ところで、たまご野郎って誰ですか!」
そう言ったのは、園田タケシ、通称ソゲキだった。
「知らねぇなら言うなよ」と、それに火田がツッコミを。立石がその妙な流れを修正するようにこう言う。
「はいはい、話が逸れた。元に戻すわよ。一人ずつ意見を言う。まずは、火田さんからね」
「何で俺から?」
「第一回目の時、火田さんが最後だったからよ。何か、文句ある?」
「いや、ないけど……」
その様子を見ながら、沙世が言った。
「なんか、今回、本当に立石が議長みたい……」
「議長みたいじゃなくて、議長なの!」
それを受けてアキが言う。
「今更だけど、議長の志向がボケってどうなんだろう?とか思っちゃった。ま、ほぼツッコミばっかだけど」
そこで立石はキれた。
「だから、話を逸らすなっつってんでしょが!」
軽く。
その後で、火田が口を開く。まるで仕切り直しだ、みたいな感じで。
「始まる前のぐだぐだは、既に恒例行事だな。まぁ、いいや。
まず、詳細を観れば様々な問題点が高齢社会にはある訳だが、全体を観た場合の根本的な問題はこれだと思う。
消費意欲の低い高齢者に資金が集中し、消費意欲の高い… と言うか、消費する必然のある若い世代、特に子育て世代だな、その子育て世代に金がなくて使えない。それにより、少子化がますます進むばかりか、需要不足が起こってデフレ不景気がずっと続く。しかも、金持ちの高齢者世代の社会保障を貧乏な現役世代が支えなくちゃいけないという理不尽な構図。社会が成長する為には、普通、若い世代へ資金を回すもんだが、それがない」
それを聞くと、アキが言った。
「世代格差問題って事で良いのですかね? 確かに酷過ぎるからなぁ…」
「ごく簡単に言えば、それでも良いかもしれないな」
そのやり取りを聞いて、久谷が言う。
「ちょっと待ってくださいよ。そこで、合意し合わないでください。偏った議論は、よろしくない」
「んな事、言われてもな」と、それに火田が返した。その後でソゲキが手を上げて言った。
「ふふふ、次はボクの番だね!」
それを受けて、立石が言う。
「誰があんたの番だと言った? てか、どうでも良いけど、あんた発言前によく手を上げるわよね。
……別に、あんたの番にするつもりなかったけど、ま、いいか。言ってみなさいな」
ソゲキは言った。
「やっぱり、戦後だとか厳しい時代に苦労してきた人たちに、その貢献に見合った社会保障をってのは一つの筋だと思う。
それが、ボクの意見!」
火田がそれを聞いて、こう言う。
「お前……、久谷に気を遣って、無理に反対意見を言う必要はないんだぞ? そんな物事の都合の良い一面しか観ない事を…」
そこで塚原孝枝が声を上げた。
「決めつける事はないだろう? もしかしたら、本人の本心からの意見かもしれないじゃないか」
彼女は解説役で、どちらかと言えばツッコミです。
「塚原さん!」
とそれに対し、感動した顔でソゲキは言う。しかし、次の瞬間、塚原はこう言うのだった。淡々と。
「そもそも、ソゲキは、そんな器用に他人に合わせられるような性格に思えないし」
「あら?」
それを面白そうな顔で観ながら、「それがあんたのキャラ的位置よね~」と、そう言ったのは卜部サチだった。因みに彼女は掻き混ぜ要員でボケです。その卜部を冷ややかな視線で見つめながら、立石が言った。
「まるで、自分は違うみたいに言うわよね、あんた。てか、いたんだ。
まぁ、いいわ。この流れで、次は卜部の番にしましょうか。なんか言いなさいな。何でもいいから、意見を」
「あたし? あたしは、高齢者への社会保障は減らすべきだと思っているわよ。だって、あたしが損するんでしょ?」
立石はやっぱり、といった表情でこう言う。
「予想通りのシンプルな意見をありがとう。てか、久谷、今回こいつ反論しそうにもないから、ヒールの役割にもならない気がするけど、いる意義あるの?」
それを受けて久谷は言う。
「別の意味でヒールだとは思いますが…。ま、しばらく様子を見て、議論が変な風になるようだったら何か考えますよ」
「立石は、卜部さんを外したいだけって気もするけど」
と、続けて沙世が言う。立石がその沙世を見ながら言った。
「じゃ、次は沙世が意見を言ってみましょうか。雑魚から早く片付けて、最後に有意義な発言を残す感じに。それで、良い議論に繋げましょう」
「酷い言われようね。ま、良いけど。
わたしは、あれね、意見っていうか、どの程度まで社会保障を削られるのかとか、そういうのが気になるな」
「どういう意味?」
「いや、高齢者の人達だって生活があるのでしょう? 今後の事を考えるのなら、減らすのは仕方ないにしても、生活に支障がないレベルで、どれだけ下げるのが妥当なのかな?って」
アキがそれに応えた。
「それはまた、難しい問題だね。目安にするのなら、生活保護支給額じゃないかと僕は思う。平均八万くらいらしい。もっとも、生活保護は医療費無料だけど」
塚原が、その流れに続ける。
「初めから削る額を決めてってのじゃなくて、まずは少しずつ節約する努力をしていくって発想もあるのじゃないかと思うぞ、私は。ちょうど、村上が医療費の話をしてくれたが、その典型例が医療費だな。実は、医療費ってのは無駄に使われているんだよ。健康保険のお蔭で医療費が安いもんだからって、安易に利用し過ぎて、病院が高齢者のサロン化していたりだとか。実際、一人当たりの高齢者医療費が少ないのは長野県なんだが、長野県はかなりの長寿だ。啓蒙活動で、予防や安易な病院利用を慎むよう訴えるなどすれば、改善の余地はかなりあると私は見ている。
……て、感じで私の意見は、まずは社会保障の節約を試みるべきって事なんだが。恐らく、他にも工夫できそうな点はある」
その塚原の発言を受けて立石が言う。
「別に良いですけど、議長のわたしを無視して、勝手に意見を言わないでくださいよ、塚原さん」
「ん、すまん。ちょうどいい、流れだったものだから」
火田がその後で言った。
「社会保障の節約… 確かに、重要だしやるべきだとも思うが、既にそれだけでどうにかなるレベルじゃないだろう?
削るべきところは、削らなくちゃ、社会自体が持たないぞ。特に年金」
その言葉にはアキが反応する。
「確かに、年金に関しては僕も同意見です。でも、僕は他の社会保障は、道があるんじゃないかとも思っています」
「道?」
「医療サービスや介護なら、今の水準を維持できるかもって話ですよ」
そうアキが言ったところで、立石がそれを止めた。
「ちょっと待った。議論をし始めない。てか、村上君もわたしを無視しないでよ。まだ、話を振ってない。
ま、村上君の意見はそれでいいのね。年金以外は、削減しない方法がある……かも、と」
それを聞くと、少し申し訳なさそうな顔をしながらアキはこう答えた。
「いや、ごめん。どうせ、僕が最後の一人だったもんだから、意見を言ってもいいかな?って思って」
立石は軽くため息を漏らすと、それからこう言った。
「んじゃ、ま、全員が意見を言い終わったところで、議論を始めましょうか? もう始まっている気もしないでもないけど。その前に、何か気になる事がある人いる?」
そこで久谷が手を上げた。「どうしたの? 久谷」と立石が言う。久谷はこう言った。
「いえ、始める前に注釈を、と思いまして。
先も述べた通り、この会議には高齢者側に立って意見を述べる人がいません。なので、偏った視点からの議論になるだろう点は、重々承知してください。これを読んでいる、皆さん!」
それに「久谷はそういうところは、真面目よね」と立石。「プロデューサーとしての、正しい態度です」と久谷は返す。そのタイミングで沙世が口を開いた。
「このままの流れだと、分かっている組の人達が勝手に議論をし始めちゃいそうだから言うのだけど、まず色々と説明して。世代間格差とか言っているけど、そんなに酷いものなのかな?」
それを聞くと火田が言った。
「かなり酷いぞ。ま、他の社会保障制度でも似たようなもんだが、特に分かり易いのは年金だろうな」
それを聞いて、ソゲキが「あっ」と言う。火田が「どうした?ソゲキ」と反応。するとソゲキはこう答えた。
「いえ、沙世さんの質問に村上さんが返さなかったな、と思って。定番なのに」
「はい、スルー」と、それを受けて立石。「ああん」とソゲキが。火田が続けた。
「2005年辺りの厚生労働省の試算だが、1935年生まれの人間が貰える年金の倍率は、支払った保険料に対して8.3倍。それに対し、1985年生まれが貰える年金は2.3倍… 確実に若い世代の方が損だな。この数字には、個人の負担分しか考慮されていなくて、実際には会社が払った分があるから、実際の倍率はその半分だ。因みに、1円も保険料を払っていない高齢者世代も存在する。その世代に対しても年金は支払われているな。
でもって、注意すべきなのは、これは飽くまで厚生労働省の試算って点だ。厚生労働省に限らず、こういう場合の国の作る数字をそのまま信じるのは馬鹿。実際は、もっと若者の貰える年金は低いと見た方が良いだろう。もしかしたら、0かもしれない。つまりは年金制度は破綻するかもって話だが」
塚原がそれに続けた。
「少し補足すると、共済年金、厚生年金、国民年金でそれぞれ大きな差が存在する。負担やリスクの有無を考慮すると、一番恵まれているのが、公務員の加盟している共済年金。なんと月平均23万円も貰っている。夫婦で公務員なら、約46万。しかも、遺族年金でも恵まれている。次が一般のサラリーマンの加盟している厚生年金で、平均は17万程度。ラストが自由業者などの国民年金。因みに、国民年金はわずか6万とちょっとだよ。国民年金は、企業負担はなしだが、それを考慮しても低いだろう。先に村上が生活保護の水準を目安にできるかもと言っていたが、これは生活保護よりも低い水準だ。このレベルにまで全ての年金を引き下げれば、年金問題は解決する… と言うか、8万くらいでも解決する可能性が大きいな」
火田がまた言った。
「少し前に、物価下落に合わせてわずかに年金支給を引き下げたが、その時に一部の高齢者達は“生活ができない”とデモをやった。もし本当にそれだけで生活できなくなるのなら、俺達の世代は高齢者になった時、飢え死にするしかないな」
そこまで火田が説明したところで、卜部が口を開いた。
「ね、そもそも、年金制度って何なの? いや、大体の雰囲気は分かるのだけどさ」
それを聞いて立石が「うわ、来たわね」とそう言う。
「根本の根本からの質問…」
「なによ」とふてくされた顔で卜部。その流れを遮断するような感じでアキが口を開いた。
「年金制度っていうのは、簡単に言えば、職を失う高齢者の生活を、社会が支えようっていう制度だよ。その昔は、若い頃に積立てたお金を高齢になってから使うって積立方式だったのだけど、今は実質的には賦課方式、つまり若い世代が高齢者の暮らしを支えるって制度に移行している」
それを聞いて、ソゲキが言った。
「うわ、今度は卜部さんからの質問に村上さんが答えちゃった。これは、あれだ、修羅場の予感! どうする? 沙世さん! 燃え上がれ嫉妬心!」
沙世がそれに「何を言っているのかしら? この人は…」と呆れ気味のツッコミを。「はい、スルー」と立石が。「いやん」とソゲキはそれに返す。村上が続けた。
「年金制度は、元々は公務員に対する恩給制度から始まって、それが一般の国民にも広がっていったもの。
問題点をここで上げるのなら、その昔の平均寿命は60歳とちょっとだった。つまり、養うべき高齢者の存命期間は今よりもっと少なかったって事だね。その状況で作られた制度が、平均寿命が80歳なんて時代になってもそのまま修正されずに残っている。年金が足らなくなるのは必然な訳。これは、大いに問題だよ。本来なら、寿命の延びに合わせて制度を見直す必要があるはずだけど……
因みに、厚生年金の誕生エピソードはちょっと酷くて、なんと戦争の資金調達の為に始まったと言われている。厚生年金の保険料なんて、どんどん使っちゃえ、後で賦課方式にすれば誤魔化せるぞってなノリだね。実際、今は賦課方式になっているから、笑えない話なのだけど。この伝統(?)は、今も息づいている。厚生年金の資産運用は盛んに行われていて、しかも失敗して減るケースもあるのに対し、公務員の共済年金は確り保護されていて、リスクにはさらされていない。これで、怒らないのだから日本人は本当に温和だと思うよ」
塚原がそれに続けた。
「一般的に、年金制度は高齢者の為のものと思われがちだが、実際にはそれだけじゃなく、障害者年金ってなものがある。成人してから何らかの障害者になった場合、年金保険料を支払っていないと、この障害者年金は貰えない。今の若い世代が年金保険料を支払うメリットの一つだな。
因みに、もし仮に年金保険料を納めていなくても、税金が年金に充てられているから、保険料は払った方が得… という意見もある。が、生活保護受給という手段があるし、年金制度が破綻すればそもそも年金は貰えないから、どうとも言えない、と私は思っている。ま、私は払うがな」
火田がそれに言う。
「サラリーマンなら、強制的に支払わされるよ。実質的には税金の一つだよな。年金保険料って」
沙世がそこまでを聞いて言った。
「なるほど。かなりの差があるって事は分かったわ。確かに不公平ね」
それにアキが返す。
「不公平だけで終われば良いけど…」
「何よ、アキ君?」
「うん。あのね、世界から“日本病”と言われる経済の状態があるんだ。これは簡単に言うと、消費意欲の低い高齢者にお金が集まって、需要が低迷し、不景気が続く、というもの。さっき火田さんが言っていたやつね。
で、それを考慮した上で、この不公平な年金制度を考えてみると、問題点ありありだって事が分かるよね?」
「ああ、なるほど。今の年金は異様に高く設定されてあって、消費意欲の高い若い世代からお金を奪って、消費意欲の低い高齢者世代にお金をプレゼントしちゃうから、その“日本病”が更に酷くなるのね」
「その通り。高齢者世代が、いっぱいお金を使いまくってくれれば、今は労働者が余っているからそれほどの問題はないのだけど。あ、通貨は循環しているから、それで若い世代へお金が戻って来るからだね。でも、高齢者はお金を使わないから、それは循環しない死蔵されたお金となってしまう…… 結果、経済は更に悪化していく事に…」
そのアキの発言を聞いて、火田が言った。
「ああ、なるほど。村上、お前が先に言っていた話が分かったぞ。年金以外なら、今の社会保障制度の水準を維持できるかもってやつ。要は通貨の循環か」
アキはそれに「流石、火田さん」と返す。ところが、それを聞いて卜部が言った。
「ちょっと待った! 話を進めるな! そもそも、あたしからの質問だったでしょうが! 年金制度が分からないっていう。まだ、あたしはその説明に返してない~! ちゃんと訊け!」
「ん? なんだ、理解していなかったのか? 卜部」
と、それに塚原。
「いえ、大体は分かりましたが」と、卜部は返す。「オイ」と、立石がツッコミを。そして更に続けた。
「でも確かに議論を急ぎ過ぎかもしれないわね。何となく、その話は最後の方に持っていった方が良い気がする。勘だけど」
そう立石が言い終えると、ソゲキが手を上げた。
「あのー…」
「はい、スルー」と立石。「うふん」とソゲキが。しかし、今回はそれで終わらなかった。
「いや、ちょっと待って。“うふん”じゃなくて。本気で質問…」
が、それでも立石は「スルー」と。それを見て沙世が言った。「立石、可哀そうだから…」。庇ってくれた事に対し、ソゲキが反応する。
「ああ、やっぱり沙世さんは優しい。でも、これでは村上さんの嫉妬の目が!」
それで「やっぱり、スルーかしら……」と沙世。その後で「もう、分かったから、言いなさいよ」と立石が言った。
「世代格差っていったら、何か高齢者の方が資産を持っていると聞いたけど。年金だけじゃなく、そういうのはないの?」
それを聞くと、塚原が言った。
「お、なかなか良い質問じゃないか。質問役が嵌って来たか、ソゲキ。確かに、その話は重要だな」
ソゲキは調子に乗る。
「ふふふ。任せてくださいよ。異次元ボケだけじゃないぜ!」
「甘やかさない方が良いですよ、塚原さん」
と、それを聞いて立石が言った。塚原がその後で説明を始める。
「ソゲキの言った通り、高齢者世代の方が資産を多く持つ傾向にある。平たく言えばお金持ちって事だな。もちろん、貧困層もいる訳だが。日本にはその資産によって、海外から投資利益が入って来ているが、その主な行先はもちろん、資産を多く持つ高齢者だ。この海外からの利益は円高の一要因になっている。つまり、現役世代を苦しめているって事だ。村上が言った通り、高齢者が金を使ってくれればそれほど問題にならないが、金を使わないから……。因みに、その“お金持ち”の高齢者にも年金は支払われている。
高齢者の方が長く生きているのだから、資産が多いのは当たり前って話もあるが、これはそれだけじゃない。金融資産は一部に集中する傾向にあるんだよ」
その発言に繋げるように久谷が言う。
「資産を持っていれば、持っているほど、金融経済では有利であるが為に、資産が一部へと集中する。これは、旧くはドイツの経済学者ヒルファーディングの“金融資本論”の中で述べられています。つまり、金融経済においては、資産には強力な“正のフィードバック作用”があるという事ですね」
立石がその発言に驚く。
「どうしたの、あんた? 珍しい局面で口を開くわね」
「いえ、まったく発言していなかったので、何と言うか危機感が」
そのやり取りを見て卜部が言う。
「話切らないでよ。分からなくなるでしょう? てか、あたしには“正のフィードバック”がまず分からない」
「あんたに言われると、妙にむかつくのよね」と、立石がそれに返した。久谷が説明する。
「以前の会議でも話題に出ましたが説明をすると“正のフィードバック”っていうのは結果が原因に対して、より強めるような作用をいいます。雪玉を転がすと雪が集まり、表面積が大きくなる事で、更に多く雪を集める。すると、更に表面積が大きくなり、また雪を集め… これを繰り返すことで転がす度に雪玉は大きくなっていく。これがいわゆる“雪だるま”を作る原理ですね。
さっきのは、これと同じ事が資産にも起こるって話です。資産を持っていると資産を増やし易い。結果一部に集中する。もちろん、失敗するケースもありますが、それには全体をフラットにするほどの力はないのですね」
「どうでも良いけど、説明の例えが独特よね、あんたは」と立石が。アキがそれに続けた。
「因みに、この資産の世代間格差は、アメリカでもかなり酷いらしい。格差是正を求める運動は、実質的には世代間格差に対する抗議の声だとも」
火田が頷きながら言った。
「遅く生まれたってだけで、ハンデを背負っているってのは納得いかないよな。ま、金も情報も独自の高度な分析技術もなければ、株やなんかの金融には手を出すなってところか。地道に働いて生きていこうぜ。
と、話が少し逸れたな。
社会は権力者にとって有利にルールが作られる傾向にあるが、それを踏まえると、高齢者にとって有利なルールが作られ易いって話でもある… つまり、若者に不利な社会制度になり易いと。確かに、若い世代の人口は減ってきていて政治経済への関心が低いし投票率も低く、逆に高齢者は人口が多いし投票率も高いから、民主主義においては、高齢者有利な社会制度になり易いってのは分かるが、それだけじゃない気がするぞ、俺は」
それにやや困り気味の顔で、アキが言った。
「ま、そうは言っても、若い世代の投票率が低いのも間違いなく原因の一つになっているとは思いますけどね。若者の無関心も絶対に問題ですよ」
そこで卜部が声を上げた。目をキラキラさせながら、両手を合わせて祈るような感じで。
「そんな事ないわ! 若者の皆は、高齢者の人達に楽な暮らしをして欲しいのよ。だから敢えて、そうしているの!」
立石が呆れた視線を投げかけながら「本心は?」と。
「はっ! そんな訳ねー ぶっちゃけ面倒くさいから行ってないだけでしょう、選挙投票に」
そのやり取りを見て沙世が言う。
「これも久しぶりな気がするわね…」
続けて塚原が言った。
「それについては少し、言いたい事がある。時々、高齢者は欲深で、若い世代を自分達の犠牲にしても平気…… なんて、主張をしている者がいるが、それは私は違うと思うぞ。日本の高齢者は、どちらかと言えば、お人好しの方が多いのじゃないか? そうじゃなければ、オレオレ詐欺が流行るなんて事はないだろうし」
卜部がそれに疑問の声を上げる。
「じゃ、どうして実際に若い世代を犠牲にするような制度になっているのですか?」
塚原は淡々と答える。
「簡単に言えば、国に金を求める気はあっても若い世代を犠牲にしている事は分かってないのだろうな。いや、理屈の上では分かっているかもしれないが、感情が追いつていないといった方が良いか。もっと分かり易く言うのなら、実感できていない」
アキがそれに続けた。
「あー、納得はできますね。そういうのは、若い世代だって同じだろうし」
それを聞くと、卜部が言った。
「つまり、お爺ちゃんお婆ちゃん達に“若い世代を犠牲にしている”って事を実感させてやれば、世代間格差は解決するって事?」
火田が答える。
「解決とまでは言わないが、まぁ、緩和はするだろうな。もっとも、実感させてやる手段がないが」
そこまでを聞いて、沙世が言った。
「んー さっきのソゲキ君の意見でもあったけど、高齢者が優遇されるのは、“高齢者はその分、高度経済成長を支えたり、戦後で苦労したりで、この国に貢献したからだ”ってのがあるでしょう? それはどうなの?」
アキがそれに答えた。
「確かにそれは事実だとは思う。高齢者世代は日本が発展するのに貢献したね。でも同時に、今の現状を招いた責任もあるはず。財政問題も少子化問題も、もっと言っちゃえば不景気問題だって。
財政が厳しいのは、もう何十年も前から分かっていたんだ。なのに、今の高齢者世代はそれを放置した。少子化問題も同じだね。もう三十年以上も前から、少子化は問題視されていて対策を執らなくちゃいけない事も分かっていたのに、何にもして来なかった。そして、それらを放置すれば社会保障が成り立たなくなるのが必然だとも分かっていた。なのに、何にもしなかった。
つまり、“社会保障を削らなくちゃいけない”って今の事態は、高齢者達自身が招いた現状でもあるんだ」
それに卜部が反論する。
「それって政治家が悪いんじゃないの?」
アキはこう答えた。
「悪いよ。政治家も官僚も。でも、政治家や官僚が悪いのは、国民が悪いから。日本は民主主義だからね。当然、国民にも責任があるんだ。そして、何十年も前からって事は、その責任が特に重いのは高齢者世代だよ」
火田がそれに続ける。
「なんか、言いたい事を全部、言われちまったな、村上に。民主主義の大原則は、国民主権。が、権利は責任と表裏一体。その責任を果たす義務が、今の高齢者には確実にあるって事だよ」
塚原が言う。
「日本人は“個人にも責任がある”って発想を忘れがちだが、これは重要な心構えだと私は思うぞ。もし、責任感を各々が持っていれば、今の日本の現状はもっと良くなっていたのかもしれないんだ」
そこで立石が声を上げた。
「ちょーっと話が逸れてるわね。確かに、面白い話ではあるけど。元に戻しましょうか。久谷、戻して」
久谷がそれに淡々と返す。
「強引に話を振らないでくださいな。ま、戻しますけど。
高齢者達に今の日本の現状に対する責任があるのは事実だとしても、負担増を回避する手段もあるはずです。先に、塚原さんも言っていましたが、“社会保障の節約”。これをやれば、状況は緩和しますよ」
それを聞くと塚原が反応した。
「ん? これには私が口を開いた方が良いのかな? 社会保障を節約する余地は、実はかなりあるようなんだよ。先にも上げたが、代表例が医療費だな。
一般の高齢者の医療費負担は一割で、とても安い(ただし、高齢者でも高額所得者は、現役世代並みの負担になる)。その所為か、病院が高齢者達のサロン化しているようなケースもあるらしい。つまり、それほど重い病気でもないのに、病院に行く高齢者が多いって事だ。
この部分の無駄を減らせば、医療財政はその分、楽になる。更に言うなら、終末期医療の問題もあるな。高齢者本人が望んでもいないのに、病院で不自然な延命治療を行う… 最近は、延命目的第一ではなく、本人の生活の質を重要視する傾向も強くなってきているが、それでも費用はかかり過ぎている。額は一兆円規模だ。因みに、医療費の少ない長野県では、この延命治療があまり行われていないらしい。これには、法律の問題もあって、“24時間以内に医者の診察なしに死んだ場合は、不審死になってしまう”、というのがある。自宅まで毎日、往診に来れるような医者は限られているから、診察を受ける為には入院するしかないケースがほとんだ。すると、延命治療を受ける事となり、高齢者本人が望みもしないのに、膨大な費用が発生する」
火田がそれに続けた。
「これは、病院の問題もあるな。延命治療を利益目的でやっている医者もいる… ってな事を、医者本人が怒りながら告発している内容を読んだ事が俺はある。延命治療は訴訟リスクも少ないだろうし、金も稼げる。訴訟リスクの低い産婦人科で、医者不足が起こっている事を考えれば、病院の利益優先主義を想像してしまいたくもなるな」
そこでアキが口を開いた。
「それと似たような話なら聞いた事がありますよ。病院の利益優先主義の話。生活保護の話なんですが、生活保護はさっきも言った通り、医療費が無料なんです。これは、恐らく生活保護が本来、一時避難の為の制度だったからだと思うのですが。
で、生活保護受給者が病院に行くと、かなり手厚く扱ってくれる。そして、不必要な医療行為も行う… もちろん、国からお金が出るので、多少、割り増しても、本人から文句を言われる危険が低いから。
もちろん、単なる噂だから、どこまで信じれば良いのか分かりませんし、病院によっては誠実に応対しているとも思いますが」
それに立石が言う。
「また、話逸れてない?」
それには、塚原が応えた。
「うんにゃ、生活保護問題は、半分以上は高齢者問題だから、逸れてないな。生活保護受給者の大半が、無年金の高齢者だよ。因みに、先に言っていた通り、国民年金の支給額よりも生活保護支給額の方が額が多い。これは明らかに不公平だ。せめて、医療費だけでも一般高齢者並みに一割負担くらいはして欲しいな。それでも、医療保険料を払っていない事を考えるのなら、優遇され過ぎているはずだし」
卜部がそれを聞いて言った。
「何それ? なんか、頭に来る話ね」
火田が言う。
「生活保護問題も、雇用の創出をすれば改善するな。第一回目の議題でもあったから、多くは語らんが、雇用は作ればある」
そこにアキがフォローを入れた。
「時折、生活保護受給者を敵視しているような行き過ぎた人もいるけど、経済問題が根本的な原因だから、そこを解決しなくちゃ意味がないんだって認識は持っておくべきだと僕は思うな。本当に必要としている人も、多くいる訳だし」
そのタイミングで久谷が言った。
「医療費で節約できる部分があるというのは、これくらいで良いですかね? 他に何かありませんか?」
それを受けて塚原が口を開く。
「後、思い付くのは、高齢者に子供の面倒を見てもらうって発想かな? 保育園と老人ホームを一体化させるとか。もちろん、問題はあるだろうから、すんなりと実現はできないだろうが、実験的に試みてみる価値はあると思う」
沙世がそれを聞くと言った。
「あっ 高齢者じゃないけど、保育園と幼稚園の一体化って話もあるわよね?」
立石がそれにツッコミを入れる。
「あるけど、それって普通に言われている話じゃない」
少しだけ困ったように笑いながらアキはそれにこう言った。
「まぁ、でも強調が必要な点だとは思うよ。日本は福祉が対高齢者に偏っているんだ。ところが、社会を維持する為には若い世代へ金をかける必要がある。つまりは、育児支援も重要で、だから、そこを意識するのは価値があると思う。財政難を考えるのなら、工夫して効率化するべきだし」
それを聞き終えると、ソゲキが言った。
「沙世さんと村上さんの間の会話で、育児の話題! 何かを予感させるね!」
沙世と立石が声を揃えてツッコミを。
「スルー!」
「えーん」と、ソゲキ。
その後で、何事もなかったかのように火田が続けた。
「俺からの案としては、別に福祉に限った話じゃないが、予約注文を社会に浸透させて流通や生産の無駄を省くってのはアリだと思う。そうすれば、労働力の無駄を省けるぞ」
それに卜部が「何で?」と訊く。火田は淡々とこう答えた。
「予約注文にすれば、無駄な在庫を抱える必要がなくなるんだよ。必要な分だけを生産するから、当然、資源の節約になるし物流も効率化する事ができる。労働力を節約する手段として使える。
……まぁ、今はまだ労働力が余っているから、やるべきかどうかは分からないが」
沙世がそれに言った。
「でも、スーパーのインターネット注文とか、少しずつ出ているわよね、そういうの」
「ん、ま、確かにな。少しずつ、そういう体制になってきてはいるな。ただ、自然に任せるだけじゃなくて、積極的に推し進める必要があるとも思う。が… 先にも言ったが労働力が足りなくなってきてからの話だろう」
火田が説明を終えるのを見て、立石が言う。どうやら彼女は、ここらで一段落が付いたと判断したようだった。
「多分、探していけば、他にもまだ社会保障の節約案はあると思うけど、今はこの辺りが限界かしらね?
それじゃ、ま、次に行きましょうか。いよいよ、最後の話題。村上君が言った、年金以外は今の社会保障水準を維持できるかもってやつ。村上君、詳しい説明をお願い」
アキはそれを聞くと、少しだけ照れたような笑みを浮かべ、こう言った。
「うん。ま、年金以外と言うか、労働力を提供して解決できる社会保障は、今の水準を維持できるかもって話なんだけど」
「何でもいいから、言って」と、少しだけ急かすような口調で立石が言う。アキは説明を始める。
「そうだね。ちょっと前に吉田君が言っていた、“通貨の循環”の話を覚えている?」
「覚えてない」
と、言ったのは卜部だった。立石が呆れ気味の口調で言う。
「あんたね~」
卜部はこう返した。
「立石は覚えているっていうの?」
「覚えているわよ。何となくなら!」
沙世がそれに「立石…」とツッコミを入れる。火田が淡々と言う。
「通貨の循環ってのは、文字通り、通貨は循環しているって話だよ。車にしろ、映画にしろ、パソコンにしろ、或いは医療にしろ、そこには“通貨の循環”が発生している。作って、それを誰かが買えば、そこには一つの“通貨の循環”が存在するんだ。そして、それが増える事が経済成長」
それを聞くと、アキはこう言った。
「火田さんが、僕の代わりに説明した方が良い気がしてきました。僕の言いたい事を、ちゃんと理解していますねぇ」
「お前が言えよ。お前の発案なんだから」
「発案って言っても、自然エネルギーの時の話を、社会保障にも適応させただけですよ?」
それから一呼吸置くと、アキは説明を続けた。
「火田さんが説明してくれたけど、経済ってのはこの“通貨の循環”が増える事で成長をしていくもの。そして“通貨の循環”は、労働力が余ってさえいれば、発生させる事が可能なんだね。
で、これを踏まえた上で少し考えてみてね。高齢者が医療を受ける。医療財政から、お金が出てその料金を支払う。お金は病院に渡る。このお金は様々な使われ方をするかもしれないけど、最終的には税金や保険料として国に支払われる、とする。その金がまた、高齢者の為の医療費として用いられる、以降この繰り返し。循環は維持され、制度も維持可能」
アキがそう言い終わると、少しの間の後で、立石が言った。
「つまり、医療に関して、“通貨の循環”が発生しているって事?」
「そうだよ」
それを聞くと沙世が言った。
「ちょっと待って、アキ君。つまり、アキ君は、増税してそれを医療費に使えば、そこに“通貨の循環”が発生して、医療財政は維持できるって言ってるの?」
アキはそれに答える。
「うーん。少しだけ違う。“通貨の循環”が発生させられれば、解決できるはずだ、と言っているんだ。必ずしも、“通貨の循環”が生まれるとは限らないから。
年金は削減するしかない、と言ったのはだからだよ。高齢者は消費意欲が低いから、お金を使ってくれない。だからお金を多く渡し過ぎると、そこで通貨の循環が遮断されてしまって循環が発生しない」
塚原がそれを聞いて言った。
「なるほどな。話は分かったよ。確かに、税金を医療費に使う場合、使った金の行先から次の税収を得られなくちゃ、“通貨の循環”は発生しないもんな。
医者っつったら給与が高いが、高額所得者は所得を消費に回す割合が低い。つまり、それだけ“使われない金”が増えるって話だ。もちろん、充分に労働力を増やせれば給与が分散して、状況は改善するかもしれないが、確実とは言い切れないな。というか、“医療”という専門職はそもそも労働力を増やし難い… 始めるには長い準備が必要って事か」
火田がそこに繋げる。
「どこから税金を取るのか?ってぇのは難しいし重要な問題だよな。ある特定業界を狙い撃ちにすれば、当然、反発が生まれる。この場合だと、医者をターゲットにしたら医療団体から抗議が出まくるだろう。“通貨の循環”を起こす為には必要でも、その理屈は通じないだろうし。
すると、当然、反発の少ない場所から税を取るって事になる訳だが、そうなると、上手く“通貨の循環”を創れない可能性がある」
アキがそれに応えた。
「そうですね。だから、先の議題の“社会保障の節約”が重要になってくるんです。少ない規模にできたら“通貨の循環”を発生させ易くできますから」
そのタイミングで沙世が口を開いた。
「……あっと、少しだけ。
さっきの医療費節約の話も合わせて、何か、お医者さんを悪く言っているような感じになっているけど、医療の仕事は過労が深刻で、医療財政のピンチに伴って負担を押し付けているって話もあるから、安易に批判し過ぎないように気を付けないと駄目よ?」
それに久谷が「長谷川さん、グッジョブです! ナイスフォロー」と言う。それからこう続けた。
「短絡的かつ単純な結論は避けなければ。読んでいる皆さん、気を付けてください」
その後で塚原が口を開いた。
「後、簡単に思い付くのは、“介護関係”か?
それも、その“通貨の循環”を創るって発想で解決できるな」
火田が続ける。
「社会の高齢化に伴って、介護系は万年労働者不足で、その一因には、待遇が悪いってのがあるから、“通貨の循環”を創って待遇改善すれば、解決できる可能性はあるな。
だが、それも何処から金を取るのか? って問題が色濃く絡んでいる。高齢者に資金が固まっている今の社会の現状じゃ、高齢者負担も増やさないと無理だろう。それだって、高齢者にも貧困層はいる訳だから、色々と考えないといけない」
村上はそれに頷きながらも、反論をした。
「言っている事は分かりますが、若者がお金を負担してまた若者に戻すって通貨の循環を創る流れを目指せば、実現できますよ。理屈の上では。
医療に比べれば、こちらの方がやり易いと少なくとも僕は思いますが。労働力を増やし易いから」
「年金支給を減らす事が可能なら、確かにそれでもいけると思うがな」
と、火田はそれに答えた。その後で久谷がこう注釈のように付け足す。
「介護の現場では、老人虐待が少なからず問題になっていますから、それも考えないと駄目ですね。
これも、待遇改善の発想で緩和はできそうですが… ただ、労働力の質を重視する発想も取り入れないと足らないと思います」
卜部がそれに言った。
「ああ、確かに。単に職に困って、就職し易いからって介護職に就いたような人だと少し怖いわよね」
「あんたがそれを言うか」と、立石が言う。卜部は怒った。
「何よ? あたしは、老人を虐待したりしないわよ! 断っておくけど!」
立石はこう返す。
「虐待はしなくても、手抜きで仕事するとかは大いにありそうよね……」
「ありそう…」と、それに沙世が言う。「こら、沙世」と、それに卜部が。その後でアキがこう言った。仕切り直しのような感じで。
「色々と問題があるにせよ、少なくとも原理的には“通貨の循環”を意識する事で社会保障は維持可能なんだ。解決の道筋はある。ただし、この手段は労働力が余っていなければ使えない。今はまだ余っているから平気だけど、将来的には問題になってくると思う。それをどうするか?だね」
火田がそれにこう応えた。
「つまりは、労働力を節約する必要があるって事だろう? 先に俺が言った、“予約注文の普及”はその一つだな。
が、まだ手段はあるぞ。例えば、今の内に太陽光発電を普及させる、だ!」
「またかよ!」
と、それに全員がツッコミを(※ 火田は太陽電池が好き)。
「本当に太陽電池が好きですね」と、それに沙世が。
「だから根拠はあるんだよ! まぁ、風力発電でも、地熱でもある程度の同じ効果は期待できる訳だが、これら自然エネルギーは、生産する時には労働力が必要でも、維持には労働力がそんなにかからない。
だから、労働力が余っている今の内に生産しまくっておけば、将来的に労働力が足らなくなった時に助かるんだ。逆に、今やらなかったら、将来、自然エネルギーに大転換しなければならない時に、悲劇的な事態になる。労働力が余っている今なら、太陽電池生産で雇用創出ができるが、労働力が不足した時代になったら、労働力を他から奪っちまうんだよ。だからやるなら、今がチャンスだ。
今まで、日本社会は、子や孫の世代にツケ回しするような事ばかりやって来たが、これなら逆に助けられるんだぞ?」
火田が言い終えると、沙世が言った。
「うーん、確かにわたしにはやるべきのように思えるな」
塚原がそれに続けた。
「選択肢の一つとしては、ありだって点は認めるしかない」
そのタイミングで立石が言った。何かを見切るような感じで。
「んー いい感じに話が進んだ気がするわね。今回は、ここらで良いのじゃない? そろそろ、終わりにしたいと思うけど、何か付け足したい人いる?」
久谷がそれに応える。
「少しだけ、あります。
時々、年功序列の給与体系の崩壊を、欧米型実力主義の導入だと言っている人がいますが、これは間違っています。
この問題の根にも、実は高齢社会が絡んでいるんですよ。高齢者の人口が増えたお蔭で、高額の給与支払いを賄えなくなった、というのが実情らしいです。必然的に、年功序列は崩壊させるしかなかった。文句を言っても、どうにもなりませんので、そこんとこよろしく。特に公務員の方々…」
「なるほどね。他に、何かある?」
そこでソゲキが手を上げた。それに頬を引きつらせる立石。それからこう言う。
「あんたか……。非常に発言を許したくないけど、仕方ない。言ってみなさいな」
それでソゲキは言った。
「高齢者社会保障の削減って言うと、猛反対をする人がいるけど、もし仮に、このまま放っておいて、国家破産でもしたら、最も被害を受けるのは高齢者自身だって点は、よく理解しておいた方が良い、と少なくともボクは思う!
だから高齢者の人達も、ちゃんと財政改善に協力する姿勢を見せましょう!」
それに皆が驚く。
「なにー ソゲキがまともな意見だとぉ!」と、火田。
「何か、劣等感を刺激されるんだけど」と、卜部。それらの反応を受けて、ソゲキは喜ぶ。そして、こう叫んだ。
「おー!」
それに沙世が「その雄叫びは何?」とツッコミを。
「完成させたかったんだ… 完成させたかったんだ…」と、ソゲキはそれに返す。
「完成って何よ?」と卜部が。その発言を無視するかのように(無視している訳ではない)、ソゲキは言う。
「分からない人は、ボクの今回の発言を全て見直してみよう! きっと、分かるはずだ! 分かったところで、別にどうって事はないけどね!」
それを受けて、立石が言う。
「クッ…… 最後の最後で、ソゲキ・ワールドを展開されてしまった気がするわ…」
続けて、「と言うか、ソゲキ君。初めに言った自分の意見と違った事を言っているわよね?」と、沙世がぼやくようにツッコミを。
そして、
「こんな感じで、今回は終わりです」
そう言って、久谷が締めた。
……最後に簡単に話をまとめてみたいと思います。
社会保障はできる限り節約して、可能な部分は“通貨の循環”によって、維持する。後は、労働力をできるだけ節約するような社会体制を確立する。
これで、高齢社会に対応しよう。
というのが今回の結論ですね。具体的な数字は省きましたが、少し資料を調べてもらえば簡単にデータは出てきます。数字的には、社会保障の存続が危ぶまれるほどの事態に、既に陥っています。因みに、もし仮に共済年金と厚生年金をかなり大胆に削る事ができたなら、財政状況は一気に改善します。
これから先は、(何も対策を執らなければ、ほぼ確実に)医療負担などの増額も覚悟しなくちゃならないでしょう。そうなった時、生活保護の医療費無料はどうなるのかな?と思いもしますが。
公務員の共済年金が一番恵まれているとは、書きましたが、一部の大手企業の企業年金は、それ以上です。
もちろん、それでもリスクの有り無しを考えれば、納得いく部分もあるにはあるのですが… 中にはリスクがないにもかかわらず、高い年金の場合もあるのです。
例えば、電気料金の値上げを発表している東電の年金は、40万とも言われている(すいません、それほど詳しくはないので、誤情報や正確な情報でない可能性もあります)。今の日本の電力会社の社員は、ほぼ公務員ですからね、実質。電気料金上げる前に、年金減らせよ…。って感じです。
もちろん、現役世代の給与等にも言えますが。