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三夜物語

作者: 平山海人

 その夜はなぜか眠れなかった。


 きっと、間近に迫った会社でのプレゼンが気になっていたのかもしれない。もうすでに原稿も出来上がっている。しかし、気になっているのは、人前で話すということだ。そもそも、学校ですらまともに人前で話す教育を受けていないのに、なんで急に社会人になったら人前ではなさなければならないんだろう?どう考えてもこの社会がおかしいなどと非難したところで、もはやどうしようもない。プレゼンの日は一日一日と迫っているのだ。


 生まれつき、目立つのは苦手だ。とにかく、人前で話すのはいやだ。できるなら逃げたい。そんなことを悶々と考えていると眠りが去ってしまった。


 と、いきなり横で「かい、かい、かい、かいー」と雄叫びがあがった。妻が寝ていたと思っていたのだが、何かにかまれたようだ。


「どうした?なんかにかまれた?」


「うん、ここの指の間と、ふくらはぎのとこ」恨めしそうな顔でボクを見上げる。


「どれどれ、かゆみ止め塗ってあげるから」とかゆみ止めを出し、指の間とふくらはぎに塗ってあげた。


「今日はなんだか、寝にくいの。あなたもそうなの?」妻が聞く。


「うん、間近のプレゼンが気になって、よくねれないんだ」


 妻はいつものことだが、自分が眠れない理由をあれこれと考えたあげく、午後に食べたコーヒー飴のせいだと断定した。


「こういう眠れないときは、無理に寝ようとしないほうがいいのよ」


「ふーん、じゃどうするんだい?羊でも数える?羊がいっぴーき、羊がにひーき……」


「それもやってみたけど、よけい目が覚めるだけ。なんかいい方法ないかしら……」


「そうだ、千一夜物語ってきいたことある?王様が、毎日女性にお話をさせるっていう」


「アラビアンナイトのことね」


「そうそう、どうせ眠れないなら、二人で毎日交代で話を作って聞かせるのはどう?」


「名案ね」


「じゃ、きみからどうぞ」


「えっ、なんでわたし?いいだしっぺからやるのが筋でしょうが……」


「いや、アラビアンナイトは女性が語るのが本筋。君からどうぞ。余は苦しゅうない。話してよいぞ」



「人前で話すのが嫌な割には、ほんとに口がうまいんだから。あなたには弁護士の仕事が一番合ってると思うわ。しょうがない、では第一話は『ワンピン物語』です」


「ほう、『ワンピン物語』。いとおかし。はなしてたもれ」


「あるところに、ワンピンというハンサムな青年がいました。その青年の親はワンピン財閥の会長でした」


「ちょっと、そのワンピンっていのは何人?」


「王平という中国人。そのワンピンはあるとき、町のカフェーにはいると、そこで働く大変美しい娘、リーリーを好きになりました」


「リリーじゃないの?」


「ちがう、李丽。よくある中国の名前。もう、ちょっと黙ってきいといて、話が進まないじゃない」


「はいはい」


「それで、そのワンピンは思いました。なんと美しい娘だ。鮮やかな黒髪に燃えるような瞳、私の理想の女性だ。それで、ワンピンはリーリーをデートに誘いました。二人はすぐに互いを愛し合うようになりました」


「ふむふむ」


「ところが、ワンピンはワンピン財閥の御曹司、お父さんとお母さんに打ち明けると、結婚は絶対に許さん、もし結婚するのだったら家の財産は一切継がせない、というきびしい返事でした。」


「まあ、そうなるだろうね。あの、もう一つ質問してもいい?」


「しょうがないわね。いいわよ」


「なんで、主人公がワンピンなのに、なぜお父さんの会社がワンピン財閥なのさ?」


「あー、それはワンピンのおじいさまであるワンピンがそもそも財閥を興されたのだけれど、ワンピンという名はそのおじいさまからいただいたものだったの」


「うーん、つじつまはあっとるな。それで?」


「それでも、ワンピンはリーリーのことを深く愛していたので、二人は結婚しました。すると、お父さまは一切ワンピンの援助をしなくなりました。ワンピンは困りました。もう独りではなく二人なのです。なんとかしなくてはならない。どうすればいいかな?そうだ、得意の歌でお金を稼ごう。それでワンピンはリーリーの働くカフェで歌をうたい、リーリーは以前通りそこでウェートレスとして働きました。二人は一生懸命働きました。とある日、ワンピンの歌声がある音楽プロデューサーの耳に留まりました。彼の声はいける。よし、さっそく売り出そう。ワンピンに話をもちかけました。二人は上海に行きました。上海の上流階級の集まる有名なクラブで歌ううちに、業界でワンピンの名を知らぬ者はないようになりました。フランクシナトラが上海に来たときに、一緒にステージに上がったりもしました」


「ということは、時代は50、60年代?ところでシナトラって上海に行ったことあるの?」


「そんなことどうでもいいじゃない、お話なんだから。これからいいんだから、黙って聴いて。それで、ワンピンたちはレコードを出しました。すると、これがミリオンセラー。たちまち大金持ちになりました。すると、そのお金をもって、リーリーのところに帰ってきました。さて、ぼくもこのままずっと歌手をやっていくのも大変だ。このお金を元手に事業を興そう。ワンピンがそばにいてくれることに、リーリーも賛成でした。それで、ワンピンは手堅く町の小さな工場を始めました。その会社は業界では注目される大会社へと成長してゆきました。やがてそれがお父さまの耳に届きました。するとお父さまは大変激怒されました。私の目の黒いうちは、この町でワンピンの事業を許す訳にはいかん。それで、お父さまは自分の人脈を用いて、ワンピンの仕事を邪魔するようになりました。そのせいで、ワンピンの工場は銀行からはお金を借りられなくなり、材料は調達できなくなり、作ったものは買ってもらえなくなりました。ワンピンは訳がわかりませんでした。しかし、ある得意先でなぜ急に仕事をくれなくなったのか、しつこく問い尋ねるとワンピン財閥の差し金であるとこを知らされました」


「なんだか、おもしろくなってきたぞー」


「それで、ワンピンはお父さまと……」


「ん、お父さまとどうした?」


 妻はすでにクークーと寝息を立てていた。


「おい、やっと面白くなってきたところで止めるのはズルイぞ」妻をゆする。


「もう、だめ続きはまた今度……」妻は半分目をつぶりながら答えた。


 仕方なくボクも目をつぶる。そのうちにいつの間にか、眠りについた。その夜はワンピンとリーリーの夢を見た。ワンピンはなぜか政府から追われる革命家でリーリーは革命家と出会う美しきヒロインだった。



二日目の夜。


「昨日は、君はいいとこで眠ったから、こっちはフラストレーションがたまったよ。さあ、続きを話しておくれ」ボクは言った。


「だめよ、今日はあなたの番。かわりばんこに話すっていったでしょ」


「えー、ボクが話す?ボクはダメ。大体明後日のプレゼンのこと考えて緊張してねむれないんじゃないか」


「大丈夫よ、お話なんてでたらめ言えばいいんだから」


「君は話し好きだからいいけど、ボクは話なんか作ったことないよ」とそのとき、昔の記憶がよみがえった。


「そういえば、うちの親父が寝る前によく話してくれたっけ。『四つ目のミケロ』の話とか」


「へーおもしろそうじゃない。ねえどんな話?」


「それが全然覚えてない。題名だけはかなり強烈だから覚えてるけど」


「なんだか、海外の怪奇小説みたいね。ねえ、はやくあなたのお話聞かせてよ」


「う〜ん、ボクには話の才能がないよ……」


「別に責任取らなければならないわけでもないから、でたらめでいいのよ」


「わかった、じゃ題は『セミ男ジグリ』だ」


「わー、おもしろそー」


「あるところに、体のたいそう弱い男がいた。その男は思った。ぼくは体も弱いから他の人みたいに働けないし、どうしたらいいんだろう。そうだ、蝉みたいに木にしがみついて暮らす事にしよう。その男は、その日から木にしがみついて、他の蝉とともにジージーと鳴きながら暮らし始めた。人は彼のことをセミ男ジグリといった。一年もその生活をしていたら、セミ男ジグリは自分の体の変化に気づいた。毎日ずっと木にしがみついていたせいで、腕が丸太のように太くなっていたのだ。それで思った。これならひょっとして他の人と同じように仕事ができるかもしれない。それで、彼は町に出て行き、日雇いの人夫とともに働き始めた。セミ男ジグリは他の人の倍はたらいたので、親方は彼に二倍の報酬を与えた。セミ男ジグリはそれに気を良くして働き続けた。が、一方悪い遊びにも手を出すようになった。町の生活は木の上と違い誘惑が多かったのである。それで彼は飲む打つ買うの三拍子そろった、酒池肉林の生活に浸り始めた。当然仕事には行かず放蕩の生活に入り浸った。ついに、かれは金を使い果たし尽くしてしまった。セミ男ジグリはまた昔のように人夫の仕事をして金を稼ごうと思ったが、自分の体の変化に気づいた。放蕩の生活のために、腕もすっかり柳の枝のごとく細くなってしまっていた。彼は思った。これでは働く事はできない。そうだ、山に帰ってまた昔のように暮らそう。それでセミ男ジグリは山へ独りでとぼとぼと帰ってゆき、また昔のように他の蝉たちとともにジージーと鳴きがら暮らし始めた。木の上の暮らしは町と違い誘惑がなくていい。ただ一つさみしいのは、蝉との友情が築けない事だ。蝉は一週間で死んでしまうからである。おしまい」


 しまった、作り事とはいえ我ながらなんというしょうもない話だ、妻の失笑を買うに違いない、と思った。妻は一言も口を挟まずずっと聴いていた。そっと妻の様子をうかがう。一瞬沈黙した後に、急に大声でアッハッハッハーと笑い出しながら言った。


「こんな面白い話聞いたことがない」目に涙を浮かべている。


「えっ、こんなしょうもない話が?」


「いや、あなたこれ傑作よ」


「そうかな〜?」はじめきっと妻はわざとそういってくれているに違いないと思ったが、どうやら本当に面白かったようだ。ボクは少し気を良くした。


 その日の夢はセミ男ジグリがでてきた。セミ男ジグリがタキシードを着て、フランクシナトラとともに歌って踊っていた。



三日目の夜


「さて、今日は例の『ワンピン物語』の続きを話してくれよ」


「はいはい王様、ただいま。えっとどかこらだったけ?」


「ワンピンがお父さまからの反対で事業が立ち行かなくなったところ」


「あ、そうそう。それで、ワンピンは事業たたみました」


「え?会社止めちゃったの?お父さまと戦うのかとおもってたよ」


「それどころか、お父さまの会社の株を買う事にしたの。ワンピン財閥なら安心だと思ってね。少しずつ、お父さんにばれないように買い増していきました。不思議なことに、そのころお父さんの会社の株はとても安く手に入れる事ができたの。その機会に徐々に徐々に買い増していったんです。実は、ワンピン財閥はそのころ、ある大きな仕事に失敗し、その直後に起こった大不況のせいで、経営は傾きかけていたんです。そうとは知らずワンピンはワンピン財閥を陰で支え続けていたのです」


「なーんだ、戦うんじゃないのか」


「男は戦いがすきね。でもワンピンは平和主義社だから戦わないの。まあ聴いて。しかし、すでにワンピンはワンピン財閥の個人筆頭株主にまで躍り出ていました。もうこれ以上は秘密にできないと思ったワンピンは次の株主総会に出席することにしました。そして株主総会の日、会長であるお父さまがやっと経営の危機的状態を脱したことを説明し、皆に感謝し終わった後、すかさずワンピンは手を挙げます。そのときお父さまは筆頭株主がワンピンであることに初めて気づきます。別名を使っていて分らなかったのです。おお、お前は我が子ワンピンなのか?そうです、お父さん。僕はあなたの子のワンピンです。お父さまはきっとワンピンが自分の事を恨んでいると思っていました。愛するリーリーとの結婚を反対し、事業も邪魔をしたのですから当然です。しかし、ワンピンは言いいました。お父さん、僕はあなたの事を少しも恨んでいません。お父さんのおかげで、自分の力で活きていく事を学べたのです。もし、僕があのまま家にいたら、それができなかった。そして、ワンピン財閥を自分の力で援助できたことをうれしく思っています。実は、今日は僕独りではありません。ここに私の妻リーリーがいます。お父さまとお母さまは初めて彼女をみましたが、その麗しい姿に思わず息をのみました。ワンピンは続けます。それだけではありません。ここに、私たちの愛する息子シメオンがいます。と、シメオンはワンピンの後ろからはずかしそうに姿を現しました。お父さまは、そのシメオンを是非我が腕に抱かせてはくれぬか、とおっしゃいました。ワンピンはシメオンに、ほらおじいさまだよというとシメオンはお父さまの方に歩いてゆきました。お父さまはシメオンを抱き上げると、自分のりっぱなヒゲをシメオンに押し当てながら、涙にむせびました。その後、ワンピンは晴れて、ワンピン財閥の社長に就任しました。それからはワンピン家族とお父さまたちは仲睦まじく暮らしましたとさ。おしまい」


「ハッピーエンドだね」


「そう、ハッピーエンド」


 その夜、ワンピン、リーリー、お父さま、お母さま、シメオンたちが、セミ男ジグリとともにジージーと鳴きながら木にしがみついている夢を見た。


 次の日はいよいよプレゼンの当日となった。社長以下、社の重役たち一同の前で緊張したが、なんとかうまくやれた。ひょっとして、お話の効果が現れたのかもしれない。



その日の夜


「さて、今日はあなたの番よ」


「そうだったね。しかし、今日はもう疲れたよ。プレゼンが終わって、ビール飲んだらもう……」


「あなたったら、寝ちゃダメよ!」


 妻に揺すられた覚えはあるが、その後すぐに意識はなくなった。その後、妻とこの寝る前のお話をすることはなかった。千一夜物語ならぬ、三夜物語となったのである。



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