「何もしてないのに壊れた」と言ってばかりの妹は、自分の婚約さえ壊す
「私は何もしてないのに壊れちゃったの!」
これが私の妹を象徴する言葉だった。
妹に本を貸したことがある。
数日後、返ってきた本は表紙が折れ、ページも濡れていた。
「ケイラ! ……ケイラ!」
私は妹を呼び出す。
「なによ、お姉様」
「あなたに貸した本、表紙が折れてるし、ページも濡れてるわ。どういうことなの?」
問い詰めるも、妹は「私は何もしてない」の一点張り。
何もしてないのに、本が折れたり、濡れたりするわけがないのに。
正直に話してくれれば許すつもりだった。だけど、妹はそれすらしてくれなかった。
後日、メイドからこんな話を聞いた。
「ケイラ様がカタリナ様の本を投げるように扱ったり、浴室に持ち込むところを見ました」
これを聞いて、私は心の中でため息をつく。
メイドにも迷惑がかかるから、これを証言に妹を責めるつもりはないけど、色々な意味でガッカリした。
それに、これはほんの一例に過ぎなかった。
こんなこともあった。
「今度お友達とテニスやるの! お姉様のラケット貸して!」
「私の? 自分のを持ってるでしょ?」
「お姉様のラケットの方がボールがよく飛んで、勝てるの! お願いぃ~!」
駄々をこねるので、結局折れて貸してしまう。
半日後、返ってきたラケットは、なぜかガットが何本か切れていた。
「なんでガットが切れてるの?」
「知らないわ。私は何もしてないのに、ガットが切れちゃったの」
この件も有耶無耶になってしまう。
妹の友達にこの日の様子を聞いたら、妹は点を取られるたびに、ラケットで地面を殴っていたという。
そんなことをすれば、切れるに決まってるじゃないの。
ハンカチを貸したこともあった。
これも、汚れるどころか、破れて返ってくる。
「なによこれ……破れてるじゃない!」
「私はポケットに入れていただけで、何もしてないのに破れちゃったの」
どうしたら、ポケットに入れてただけのハンカチが勝手に破れるのか。
この件も後日、妹が無茶な使い方をしたから破れたことが判明した。
何かを貸してとせがまれる。
断るが、駄々をこねられて結局貸してしまう。
どこかが破損して返ってくる。
こんなことは日常茶飯事だった。
そして怒って問い詰める私に、妹は決まってこう言うのだ。
「何もしてないのに壊れちゃったの!」
***
やがて、私も妹も子爵家の令嬢としてデビュタントを迎える年頃となる。
ベージュ色のストレートヘアで、穏やかな空色のドレスを着る私。
髪色こそ同じだけど程よくウェーブがかかり、フリルもついた桃色のドレスを好む妹。
妹の方が華やかな見た目なので、やはり出会いのチャンスも多い。
一方の私は口数も少なく、なかなか交際してくれるような男性には巡り合えない。
だけど、こんな私を見初めてくれる人もいた。
ある夜会にて、一人で佇んでいると、丁寧に声をかけられた。
「初めまして、レオン・フリーデンと申します」
「カタリナ・ソレイラと申します」
伯爵家であるフリーデン家嫡子のレオン様。
落ち着いた雰囲気の方だった。
金髪を真ん中で分け、整った顔立ちなのだけど、貴族にありがちな自分を大きく見せようという気配は感じられない。
グレーのスーツも相まって、どこか森林の奥深くに鎮座する石、という印象を受けた。
だけど態度は堅くなく、物腰は柔らかだ。
「どうも僕は賑やかなムードが苦手で……夜会を静かに楽しむあなたを見ていたら、つい声をかけてしまいました」
「まあ、光栄です」
第一印象で「ああ、この人は私と気が合う」と分かり、それはそのまま当たっていた。
お互いにおしゃべりなタイプではないのに会話が弾む。
話していて楽しい、というより、話していて楽だった。
「よかったら、今度はもっと落ち着ける場所で、二人で会いませんか?」
「ええ、そうしましょう」
こんなやり取りを経て、私はレオン様と交際をスタートさせる。
デートを重ねるうち、ますます相性の良さを噛み締める思いだった。
妹には「レオン様ってなんだか地味な感じで、お姉様にお似合いね」なんて言われたけど、正直褒められてる気しかせず、つい笑みを返してしまった。
すると、不服そうな顔をしたので、ここでようやく貶されていたのだなと分かった。
それはさておき、私とレオン様の恋仲は順調だった。
少しずつ、しかし確実に私たちの心は歩み寄り、ついに――
「カタリナ。どうかカタリナ・フリーデンになってもらえないだろうか?」
洒落た前置きなど一切ない、実にこの人らしい生真面目なプロポーズだった。
だけど、だからこそ、私はとびきりの笑顔で受け入れた。
「はい、喜んで」
その頃の妹は、侯爵令息アントニオ・グランデス様と交際していた。
アントニオ様も智勇を兼ね備えた素晴らしい男性だ。
「お姉様のお相手は伯爵家、私のお相手は侯爵家。どうやら私の勝ちみたいね」
こんなことを言われたけど、私としては妹と勝負しているつもりなんてなかったし、なにより最高の相手と出会えたと思っているので、「お互い幸せになりましょうね」とだけ返した。
妹は「ふん」と不満げな声を漏らした。
***
私はフリーデン家に嫁ぎ、レオン様のお仕事を手伝いつつ、穏やかな日々を過ごす。
家を出るのは少し寂しかったけど、私のものをしょっちゅう壊す妹と離れられた喜びも少なからずあった。
だけど、あの子の“壊し癖”は、私の新しい生活にまで及ぼうとしていた。
ある日、妹は突然私を訪ねてきた。
「お姉様!」
「どうしたの?」
「私、婚約を……破棄されちゃったの!」
「ど、どうして?」
「分からないわ。私は何もしてないのに……」
妹はアントニオ様と婚約までいったのに、それを破棄されてしまったらしい。
事情を聞いても「分からない」「私は何もしてない」としか言わない。
これだけなら、私も同じ女性として、肉親として、妹に同情していただろう。
だけど、問題はここからだった。
妹は週に一、二度は私の元にやってきて、アントニオ様や自分の現状への愚痴をこぼす。
「私は何もしてないのに……ひどいわ」
「どうして婚約解消されなきゃならないの!?」
「世の中間違ってるわ。お姉様はちゃんと結婚できたのにさ……」
愚痴る気持ちは分かる。
とはいえ、付き合わされる側としてはたまったものではない。
この子の愚痴は長いし、同じ内容の繰り返しだし、一から十まで他責思考だから聞いていて気持ちのいいものではない。
相槌を打つだけで非常に疲れ、一日分の体力を使ってしまう。
かといって、追い返そうとすると「自分だけ幸せになって」「妹を見捨てるのね」と駄々をこねるので、どうしようもなかった。
こんな下らないことにただでさえ忙しいレオン様を巻き込みたくない。同じ血を引く人間として、この子の相手は私がしようと心に決めていたが、それも限界が近づいていた。
きっと明日あたり、またやってくるんだろうなぁ。
やっと妹と離れられたのに……。
***
昼下がり、妹がまたもフリーデン邸にやってきて、私は応接室で愚痴を聞いていた。
(疲れる……。お願いだから早く帰って……)
こんなことを思いながら、妹の話にうんうんそうねと相槌を打つ。
下手に口を挟むと余計愚痴が長くなるから、これが最適解なの。
突然、ノックの音がした。
(誰? お茶はもう出したのに……)
入ってきたのはレオン様だった。愛用のグレーのスーツを着て、手には何枚か書類を持っている。
普段は温和な顔立ちだけど、いつになく険しい表情をしている。
「ケイラ・ソレイラ、君に話がある」
「な、なんですか?」
レオン様に鋭く声をかけられ、妹が動揺する。
「アントニオ殿から事情を聞いてきた」
「え……!?」
レオン様は書面に目を落とす。
「君が婚約破棄された理由を一つずつ挙げていこう」
まるで会議でもするかのような淡々とした口調で、文章が読み上げられる。
すると、その内容は思わず顔をしかめたくなるものだった。
妹は婚約後も、ちょくちょく他の男性とお茶をするなどの交遊をしていた。
グランデス家の邸宅に招待された時、ほんの些細な粗相をしたメイドをひどく叱責した。
さらに、邸内に飾られていた人形を気に入り、どうせ妻になるのだからと勝手に持ち帰ってしまう。
挙げ句、アントニオ様のお父上からソレイラ家のためにと渡された金一封を、衣服を買うなど自分のために使ってしまった。
この他にも、細かい減点要素が数え切れないほどあるという。
せっかく婚約までいけたのになにをやっているんだか。我が妹ながら頭が痛くなった。
締めに、レオン様はこう言い放った。
「こんなことをされたら、僕がアントニオ殿の立場でも、婚約を破棄したくなるだろうね」
「な、なんですってぇ!? 私は……何もしてない! 何もしてないわ!」
「してるさ。今この瞬間にも」
「……!」
「頻繁にカタリナの元を訪ね、長々と自分の不運について不平不満を漏らし、ストレスを発散して帰っていく。これはカタリナの優しさ心の広さにつけ込んだ蛮行と言う他ない」
「う、ぐぐぐ……!」
「本来であれば我が妻に精神的苦痛を与えたことについて厳正に処罰したいが、カタリナの妹だということでそれは免除してやろう」
レオン様はトドメを刺すように言い放つ。
「だが、今後二度と妻には近づかないで欲しい」
妹は顔を真っ赤にして立ち上がった。
「だ、誰が来るもんですか! こんな女のところなんかに!」
妹が睨みつけてきたので、私も姉として最後のアドバイスをする。
「あなたはその性格を直さない限り、一生幸せにはなれないわよ」
「……ふん!」
ドアを壊さん勢いで閉じ、妹は去っていった。
レオン様が私に目をやる。いつもの穏やかな顔立ちに戻っている。
「すまない、カタリナ。出過ぎた真似をした」
「いいえ、嬉しかったわ。私だけでは、このままあの子との関係をずるずる続けていたでしょうから……。ありがとう、あなた」
私の中で夫に対する新たな熱が沸き起こる。
優しく真面目なだけではない、頼もしく厳しい一面を見られて嬉しかった。
私の数々の持ち物を壊してきた妹ケイラだけど、私たちの愛だけはむしろ強固にしてしまったようね。
妹はフリーデン家領地を出入り禁止になり、また私の元に来ようとすることもあったけど、守備兵にあえなく追い返されたそう。
それから妹は、もはや夜会にも出席せず、実家でふさぎ込んでしまった。
過度な飲酒や暴飲暴食などの不摂生を続け、とうとう自分の体まで壊してしまう。
それでも妹は言い続けているという。
『なんでよ! 私は何もしてないのに……!』
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




