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「それ、恋じゃない?」と親友に言われてから、彼の何気ない優しさに振り回されています  作者: 入多麗夜
1章

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14. セシル・ハインズ

 財務省の庁舎は、中央政庁の中でも一段と重たい空気があった。


 石造りの外壁は高く、窓は少なく、通路はどこも無駄に長い。


 人の出入りは多いが、誰もが忙しなく、視線は手元の書類か床に落ちていて、雑談の声はほとんど聞こえない。


「……やっぱり財務省って、雰囲気違いますね」


 アレクが小さく呟いた。


「でしょう。みんな仕事に追われてるのよ。数字に」


 アリスは慣れた様子で歩きながら、受付で名前を告げ、通行証を受け取った。


 廊下を抜け、階段を上がり、さらに奥の区画へ進む。


 途中、職員たちがすれ違いざまに軽く会釈をしていく。アリスの顔を知っている者も多いらしく、何人かは「あ」と小さく声を漏らしていた。


「……顔、広いんですね」

「ジールのお陰よ。兄が有名だから、妹の私も勝手に覚えられてるだけ。うちの家ってクラウゼン家の派閥だから」


 さらっと言ったが、アレクその一言で十分すぎるほど事情は伝わった。


「……それは、凄いですね」

「でしょ。放っておいても勝手に噂が回るのよ。“クラウゼン派のジールの妹が中央調整課にいる”って」


 アリスは少しだけ肩をすくめた。


「便利な時もあるけど、正直やりにくい時の方が多いわ。結局のところ、兄ありきで見られてる訳だから」


 通路の角を曲がりながら、アリスは視線を前に戻す。


「それでも使えるものは何でも使うつもりよ。仕事なんだから」


 目的の部屋の前で足を止めると、扉の横の札を確認した。


 〈予算編成第二室 セシル・ハインズ〉


「……当たり」


 アリスは扉を二回、軽く叩いた。


「はーい……」


 中から聞こえた声は、明らかに疲れていた。


 扉を開けると、書類の山と、散らばったメモと、机に突っ伏した女性が目に入る。


 赤茶色の髪を低い位置で束ね、袖をまくり上げ、インクの付いた指で額を押さえている。


「……え?」


 顔を上げた瞬間、セシルは一拍置いて目を見開いた。


「……アリス?」

「久しぶり。生きてる?」

「アリスじゃん元気にしてた!?」


 セシルは笑いながらアリスに近寄った。


「ほんと久しぶりじゃない。何ヶ月ぶり?」

「1ヶ月ぶりじゃないかしら。前々回お茶会以来ね」


 セシルはそのまま視線をアレクに向ける。


「……誰?」

「中央調整課の新人。アレクよ」

「初めまして」


 アレクが丁寧に頭を下げると、セシルは軽く会釈を返した。


「ふうん……」


 そのまま何かを測るように一瞬だけ彼を見つめ、

 次の瞬間、何の前触れもなくアリスの肩をぐっと抱き寄せた。


「ちょっとセシル――」


 半ば引きずられるように窓際へと移動させられる。


「……あの人ってもしかして、エレノアが言ってた彼?」

「……そうだけど」


 アリスが短く答えると、セシルは目を細めてにやりと笑った。


「アリス、あんな男どうやって引っ掛けたのよ」


「――っ、引っ掛けたって、何よ……」


 アリスは思わず視線を逸らし、口元に手を当てた。ほんのわずか、頬が熱くなる。


「はいはい。そういうことにしておきましょ」

「もーーーっ!」


 思わず声が漏れて、アリスはセシルの腕を軽く叩いた。


「からかわないでよ。仕事の話しに来たんだから」

「分かってるって。でも久しぶりだったからさ」


 セシルは楽しそうに肩をすくめてから、ようやくアリスを解放した。


「で? その“仕事の話”ってのは何?」


 アリスは軽く息を整え、表情を切り替える。


「金の取引の件。財務省で帳尻が合ってないって話、聞いてる?」

「あぁ。例の件ね。ちょうど今、頭を悩ませてたところ」


 アリスはその反応に、小さく息を吐いた。


「やっぱり、セシルも把握してたのね」

「ええ、色々と話は聞いているわ。仕事仲間の伝手なんだけどね」


 セシルは小さく肩をすくめる


「正式に調査が動く前に、少しずつ噂が回るのはいつものことよ。特に金絡みは、皆ピリピリしてる」


 アリスは腕を組み、静かに頷いた。


「中央調整課としても、放っておけない案件になりそうなの」


 そのときだった。


 コン、コン――とノックがして、扉がゆっくり開いた。


「失礼します……」


 顔を出したのは、ローズだった。


 アリスは思わず目を瞬かせる。


「えっ……!? ローズ、あなた、セシルと同じ部屋だったの?」


 ローズは少し驚いたようにアリスを見てから、慌てて一礼する。


「あ、はい。今期は合同作業が多くて、ここを使わせてもらっているんです」


 セシルが片手をひらひら振った。


「そうなのよ。予算案が山積みで、人手が足りなくてね。ローズにはかなり助けられてるのよね」


 ローズは少し照れたように頷く。


「いえ……私は、言われた作業をしているだけです」


 アリスは二人を見比べて、状況を飲み込むように息を吐いた。


「……なるほど。偶然だけど、ちょうど良かったわ」


 アリスはそう言って、部屋の中をぐるりと見渡した。

 机の上に積まれた帳簿、床に置かれた木箱、壁に貼られた進捗表。

 決算期の財務省らしい、息の詰まりそうな光景だった。


「二人とも、今回の件、どこまで掴んでる?」


 セシルは椅子に腰を下ろし、背もたれに深くもたれた。


「ああ、例の金のことだよね?そういえば、この“ズレ”が出始めたの、ちょうど去年の春からなのよ」

 

 アリスはゆっくりと腕を組む。


「組織の配置替えと、予算の改定時期ね」


「その通り。だから余計にややこしいのよ。かりに人為的な改竄だった場合、特定が難しいのよね」


 ローズが小さく息を吐く。


「私たちの役職じゃ、分からないところもありますから」


 部屋の空気が、わずかに張りつめる。


「ええ。倉庫の実地確認も、担当部署の帳簿閲覧も、“必要最低限”までは出来るけど――」


 彼女は指を二本立てた。


「誰の決裁か、そしてどの記録なのか。そこから先は、部長級以上の承認がないと触れないの」


 アレクは思わず声を漏らす。


「……そこまで厳しいんですか」

「金は国家の信用そのものだもの」


 アリスはその話を黙って聞いてから、ゆっくりと頷いた。


「……だから、中央調整課が必要になるって事ね」


 セシルの視線が、まっすぐアリスに向いた。


「ええ、そうなの。貴方達の部署って権限の範囲が広い訳だし。正直に言って、私たちは助けが欲しいの」


 セシルが続けて話す。


「誰かが意図的に金を増やすっていうのは、減るよりもずっと厄介で、ずっと危険なのよ」


 部屋に、しんと静けさが落ちた。

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