神様に愛されすぎて、婚約ができません!!
「マ、マーティン様、申し訳ないのですが、今回の縁談のお話は、なかったことにしていただけないでしょうか…?」
あああ、まただ…、またダメだった。
私は、ひたすら謝る目の前の彼の向こうを一瞬だけ睨んだ。
それから、すぐに笑顔を貼り付けて、優しく問いかけていく。
「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
「マーティン家の、貴族のお家とのご縁なぞ、私には勿体無いほどでして、決して、マーティン様に非はないのでございます…」
「…ええ、でしたら、何も」
「た、大変申し上げにくいのですが、マーティン様とお会いした日から、私の周りがおかしいのです…!」
必死な形相で訴える彼は、もはや泣きそうだった。
…泣きたいのは、私だ。
「…というと?」
「はじめてお会いした日の帰り道に、なぜか上から花の鉢植えが落ちてきて危うくぶつかるところでしたしっ」
「はい」
「入荷するはずの荷物が、勝手に馬が走り出したとかで1日分の収入は全滅するしっ」
「…はい」
「かと思えば、翌日店に入れないくらいの客数で、対応に遅れて苦情まみれですしっ」
「………はい」
「そして、昨日の夜、夢で言われたんです!『ジーナに手を出したら、お前を殺す』ってえええ!!!!!」
…ああ、またやってくれたわ、あの疫病神。
私は頭を抱えたいのをなんとか堪えて、婚約するかもしれなかった彼に、最後の笑顔を見せた。
「わかりました、では今回はご縁がなかったということで」
「はいっっっ!!!!本当にすみません失礼しますっっ!!!!」
私が言い終わる前に、頭を下げて全力で走って逃げていった彼の背中を見送った。
これで、何回目だ…。
「…はあああああ、あんた、またやってくれたわねええ!?」
私は空中を睨んで、拳を突き上げた。
「はてさて、なんのことかな〜?」
「とぼけるな!人の夢に登場なんて、神様しかできないでしょ!?」
「悪魔や天使もできるぞ」
「屁理屈言うなっ!」
そう言って、私にしか姿が見えていない神の懐を殴った。
見えるだけで触れられないから、このグーパンは神には届かない。
…ぐぬぬぬぬ、ほっんとに腹立たしいわねえっっ!!!
「神を殴るなぞ、愉快な女だ」
「どうしてくれんのよ!やっと見つけた商人の息子だったのにぃ!」
「ジーナ、お前は貴族の娘なんだから、もっと高望みしなさい」
「誰かさんのせいで、誰とも婚約できなかったせいでしょ!?」
…この怪しい男は、これでも一応我が国の神様一覧の端っこに記載されている本当の神ではある。
私のことを甚く気に入っており、他の男が近づくと嫌がらせをしてくるのが現状だ。
おかげで、数えきれないほど婚約前の顔合わせだけでフラれてきたので、社交界では『婚約至らず姫』という不名誉なあだ名がついた。
貴族の嫁はもう望み薄だから、それ以外からも探し始めたというのに…。
「もう、邪魔しないでよ〜〜〜〜!!!」
「お前もしつこいのう、諦めたらいいものを」
「こっちのセリフだわ!」
「いっそのこと、神の声が聞こえると公表してしまえばいい」
「そしたら神殿に拉致されて、巫女まっしぐらじゃない!結婚できないじゃない!」
「ちょうどいい」
「よくないっ!私は、結婚がしたいの〜〜〜!!」
淑女らしさの仮面も剥げて、私はぎゃあぎゃあ騒いだ。
これが黙っていられますかっ!
「はー、人間の考えることはようわからん」
「神の方がよっぽどおかしいわよ〜〜〜〜、…この疫病神め」
「ジーナ、何度も言っているが私は疫病神じゃない。あんなのと一緒にするでない」
「…私からしたら、一緒よ」
キッと睨みつけても、神はプラ〜ンと空中を泳ぐだけだ。
大体、この神は私の何が気に入っているかというと…。
「それにしても、今日も美しくバランスのとれたいい顔だな、ジーナ」
うっとりと呟き、神はにこりと微笑んだ。
私の『顔』である!
気に入っているのは、顔だけである!
もう一回言おう、顔が気に入っているのである!
「顔だけ好みなら、別に眺めていればいいじゃないっ!結婚を阻止しなくてもいいじゃないのおお!!!」
私の顔を見るために、逆さになって上から覗いてきた神の顔面に拳を突き出したら、当たるわけでもないのにヒョイと躱された。
…それが、余計に腹立つ。
「顔の好みは大事だろう」
「そうじゃなくてっ!」
「ジーナだって、細面で、垂れ目で、奥二重で、鼻が高くて、唇が薄くて、痩せ型で、知的で、清潔感があって、そこまで筋肉質じゃない、眼鏡が似合う男が好きじゃないか」
「わ、私の好みは今どうでもいいのよ…!」
私は顔を赤くしながら、ぶんぶんと首を振った。
そりゃあ、好みくらいあるわよ。
でもね、好みの人と合致していないから結婚相手に選ばないなんてことはしない。
そもそもこの状況なんだもの、結婚してくれるなら、好みから遠く離れていようがいいのよ!
「好みの顔にそこまで執着する方が、気味が悪いわ」
「一途と言いなさい」
「それで私が困っているんだから、そんな可愛いものじゃないわ」
「美しいものは、独り占めするに限るだろう?」
「このストーカーっ!」
いつものように文句を言っていると、すれ違った人が、「あ、婚約至らず姫」と言ったのが聞こえた。
はああああああああああああああ!?!?!?!
思わず、そちらを見ると、向こうもこちらを見ていた。
あ、第一王子の側近の…。
目が合ったからか、なぜかこちらに来て挨拶された。
「…どうも。こんなところで会うとは、マーティン嬢」
「ごきげんよう、スペンサー様。私のことをご存知なのですね」
「はい、よく話題に上がるご令嬢でしたので」
「そうですか…」
この方は、クレイグ・スペンサー様という筋肉ムキムキマッチョ紳士である。
あまりのガタイのよさに、王子専属の騎士だと勘違いしていた時期もあったが、実際は側近であり、脳筋だ。
見た目のことをとやかく言うのは失礼だが、ものすご〜〜〜く私の好みとかけ離れているから、逆に記憶しやすかった人だ。
端的に言うなら、浅黒筋肉隆々、吊り目、一重、鷲鼻、熱血ゴリラである。
「このような街中でご令嬢1人というのは危ないですよ。家まで送りましょう」
「あ、大丈夫です。家の者に迎えに来てもらいますので」
実際のところ、神が私の周りをウロチョロしているので、私に身の危険が降りかかることはない。
神の唯一、使えるところである。
「では、合流するまで一緒にいましょう。何かあってからでは遅い」
「なんだ、こいつ。ジーナに気でもあるのか?」
神が訝しげに、スペンサー様を見ている。
もちろん、スペンサー様は何も気づいていない。
ただ紳士なだけでしょう。
見た目は好みではないけど、この方が紳士だということは知っている。
一部のご令嬢たちが、「岩が紳士の形をしたらスペンサー様よ!」色めきたっていたから。
「ですが、お時間はよろしいのですか?」
「ええ、大した用事もないので大丈夫ですよ」
「では、少しの間立ち話に付き合っていただけません?」
「もちろんです」
「そんな男と一緒にいるでない、早よ離れいジーナ」
無視しよう、スペンサー様の前で喋ったら、いよいよおかしな奴だ。
「先ほどは失礼しました」
「何がですか?」
「顔見知りでもないのに、あなたを二つ名で呼んでしまいました」
「ああ…、いいえ」
二つ名なんて、いいものじゃないけどねぇ…。
「マーティン嬢は、どうして婚約が決まらないのですか?」
真っ直ぐに私を見据えて、不思議そうに訊かれた。
これまたど直球ね…。
「あなたに何か問題行動があるわけでも、見目が男受けしないわけでもない。ずっと不思議だったんです」
「あはは、なんでですかねぇ…、私が一番それで困っているのですが」
「あなたの周りの男性陣は、見る目がないのでは?」
「それは、褒め言葉に聞こえますわよ」
「あなたが麗しいのは、本当ですので」
「こいつっ、私のジーナを口説きやがったぞ!散れっ、私は認めん!」
神がスペンサー様の両脇を抱えて飛ぼうとしたけれど、干渉できないのでうんともすんとも動かない。
スペンサー様が筋肉で重いだけだったりして。
いや、ないか。
「ありがとうございます、嬉しく思います」
ちょうど家の馬車が見えて、私は綺麗な角度で礼をした。
「家の者が参りましたので私はこれで。お時間いただきましてありがとうございました」
「いえ、こちらこそお引き止めしまして」
「失礼いたします」
「はい。あなたに素敵な婚約者が見つかりますように」
そう言って、スペンサー様も礼をすると、微笑んで去っていった。
「はあああ、見た目が好みだったら最高なのに…」
「やっぱり見た目じゃないか!ならん!ジーナは、私のものだよ!?」
「違いますけどねえ!?」
結局そのあともぎゃあぎゃあ言いながら、帰ることとなった。
翌日、朝早くに先触れがやってきた。
ほぼ面識のない、昨日街中で会話を交わしただけのスペンサー様だった。
しかも、私宛だった。
両親はようやく向こうから来る婚約者候補か!?と小躍りだったが、私には決闘状にしか見えなかった…。
「昨日の今日にもかかわらず、いきなりの訪問で申し訳ありません」
「い、いいえ…、その、どうかいたしましたか?」
「昨日、ご令嬢と会ってから、妙なことが立て続けに起こったんだ」
…おいこら、そこの神、何しやがった。
「それはどういった…?」
「まず、走っていた人間にぶつかられて大怪我をさせてしまいました」
「えっ、その方大丈夫だったのですか!?」
「私の体に弾き飛ばされて骨折させてしまいました。我が家で治療費を出して、許しを得たので良かったのですが」
「まあ…、それは」
そこの神が、本当に申し訳ありませんっ…!
「そのあと、ぎっくり腰のお爺さんが危うく転倒しかけて、横抱きにして助けた」
「まあ…」
「そして、子どもがでんぐり返りで突進してきたのを、抱き抱えて助けました」
「スペンサー様にお怪我は…?」
「私はこの通り丈夫ですので、大丈夫です」
「そう、ですか…」
きっと、この筋肉が助けたことでしょうね、そうでしょう。
よかった、これでご本人まで怪我していたら洒落にならない
「そして家に帰ると、メイドが階段から花瓶ごと落ちてきて、なんとか抱き留めました」
「ええ…!?」
「そのあとは、馬小屋の馬が暴れ出して屋敷に突入して、跨って止めました」
「ええぇ…?」
「それから、父が趣味の庭いじりの途中でハシゴから落ちてきたのを、運よく受け止めました」
なんで、すべてのものに突撃させに行っているのよ。
そして、ことごとく筋肉が解決している…。
神様の方を睨みたくても、今は後ろにいるからそれもできない。
スペンサー様は、そこで区切るとより一層真面目な顔で、こう続けた。
「そして、夢の中でこう言われたのです。『ジーナに手を出したら、次はお前をこうしてやる』と」
もう本当に、いい加減にしてほしい…!
どうしてこうなるの!?
私はただ、普通に結婚したいだけなのに!
神が私の顔を気に入っているだけなのにっ!
「ですので、相手方に『顔も見せずに卑怯ではないですか?』と問うたのです」
「はい…?」
「『どこの誰かもわからぬ者の言うことは聞けない』と」
「…夢の中だったんですよね?」
「はい」
「返事できたのですか」
「ええ、暗闇しか見せないのはあまりにも横暴だと思いまして」
いたって真面目な顔で言うスペンサー様を、凝視してしまった。
あの神に、言い返したんですか?
しかも、夢の中で?
どういう自我をしているんですか?
やっぱり、筋肉は強いってことなの…?
「そしたら、マーティン嬢、あなたと同じほど麗しい男性が顔を出して、『この私に向かって無礼な!人間なぞにジーナは渡さんからな!』と言われて、目が覚めました」
「…左様でございますか」
「マーティン嬢」
「は、はいっ」
「大変申し上げにくいのですが」
えっ、なに、告白もしていないのにフラれる…!?
スペンサー様は眉毛を八の字にすると、小声で続けた。
「失礼ですが、怨霊か悪魔の類が憑いていらっしゃるのではないですか?」
「へっ?」
「マーティン嬢を名指しだったことを考えるに、あなたのそばにいるのではないかと思いまして」
「はあ…」
「危険があってはいけないと思い、訪問させていただいたのですが、命に別状はないようでよかったです」
「ご、ご心配いただき、ありがとうございます…」
私は、何度も瞬きするしかできなかった。
かなりズレてはいるけれど、この現象で私自身のことを心配されたのははじめてだ。
他の男性陣が悪かったわけではない。
だって命が狙われたら、自分をまず守らなきゃね。
なのに、この人、真っ先に私のところへいらしたわ…。
…せめて、細身の色白だったら、ときめいたのになぁ。
「この野郎っ、私を神どころか霊扱いしやがったぞ!?許さん!絶対許さん!」
「…あー、えっと、それは多分疫病神の類かと思われます」
「違うと言っているだろう!ジーナ、訂正なさい!」
「やはり、何かに取り憑かれていらっしゃるのですね?」
「取り憑かれているというか、気に入られているというか…」
「やはり危険です。もし何かがあってからでは遅い。しばらく私と一緒にいませんか?」
「うぇっ!?」
「私があなたを守ります」
「ダメだと言っている!!!」
「で、ですが、お手間を取るわけにもいきません…!それに…」
「それに?」
スペンサー様は、首を傾げて私の言葉を待った。
これは、大事なことである。
「スペンサー様はたしか、王子殿下がお決めになる婚約者の選定中ではございませんでしたか?」
「ええ、側近として、適切な相手が必要ですので」
「選定中に他の令嬢といるのは、よくありませんわ」
「実際に決まったわけではないので大丈夫です。殿下にも事情は話しておきます」
「でも、一緒にいてくださるのは、スペンサー様じゃなくてもいいのでは…?」
「夢で語りかけてきた主の顔を知っている私の方がいいです」
一歩も譲る気のない力強さを感じて、意識が朦朧としてくる。
「マーティン嬢、私にあなたを守らせて欲しい」
「そうすると、私は…」
「ダメだ、こやつと一緒なんて嫌だぞ!断るんだ、ジーナ!!!」
うるさい神様がスペンサー様をしっしっと払っているが、それどころではない。
それはつまり、婚約を決定前の殿方を侍らせた『婚約至らず姫』に、もう二度と婚約者が現れない可能性しかないってことで…?
結婚が今まで以上に遠のいたことだけはわかった。
私は、抑えきれずに頭を抱えた。
「あああああ、もう、私は結婚がしたいだけなのおおおお〜〜〜〜〜〜!!!!!」
了
お読みくださりありがとうございます! 毎日投稿84日目。




