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アイス、買いに行こっか

作者: 仲乃 斉希
掲載日:2026/02/20

 アイス、買いに行こっか。


 それがわたしたち家族の魔法の言葉。

 わたし、お姉ちゃん、お母さん、三人赤いほっぺをして、白い息をはーって吐いて、雪が少し積もった真冬の二月。


 アイス、買いに行こっか。


 スーパーでお買い物して、何だか物足りない。

帰り道に、そう呟いては近所のコンビニに寄って行く。


「しゅっぱつしんこ〜う!」


 街路灯に照らされた田舎の一本道、三人縦に並んで、わたし、お姉ちゃん、お母さん、小さな電車ごっこの始まりだ。

 先頭のわたしは元気いっぱいな運転士さん、真ん中のお姉ちゃんは優しく笑う車掌さん、後ろお母さんは走っちゃダメ!って心配性なお客さんで、買い物袋は、一緒にぶらぶら仲良し三等分。袋、振り回しちゃだめ! って、後ろのお客さんはうるさいなぁって、小さな運転士は口を尖らせ、おっこら〜れた〜! って、少し小さな車掌さんは、けらけらと笑った。


 しゅっしゅっぽっぽ、しゅっしゅっぽっぽ、


 終点、コンビニー、終点、コンビニー、


 少し低めの気取った声で歌っては、

 自由気ままに線路を解いて、電車ごっこはもうおしまい。

 三人はアイス売り場にひとっとび。

 それぞれの場所へ手を伸ばして、

 いちご、チョコ、抹茶、

 バラバラな色を持ってるけれど、

 おんなじ笑顔でいただきます。

 ひんやりした歯触りにちょっとぶるって震えるけれど、口にとろける甘い味に、目をうっとりしながら、三人は身を寄せ合い、夜道を歩いた。


 少し増えた買い物袋も、三等分。一番軽い荷物だけのわたしはできるぞっ! って、手を伸ばしたけど、お母さんが優しくひったくって、帰りましょう、て、囁いた。

 本当は三等分じゃなかった。末っ子は小さいから、えこひいきをされる。

 だけどお母さんは、これが本当の三等分、なんて、算数の答えをきっぱり言い切る先生みたいに言うから。

 甘いいちごの味に気を取られたわたしは、その時は気付かなかった。

 三等分は形だけ、袋の重さはお母さんが独り占めして、比べてアイスの大きさはわたしとお姉ちゃんばかりが豪華だった。

 お母さんの優しい嘘に気付きはしない、

 まだまだ幼い姉妹は笑い、

 三人一緒に夜空を見上げて、まんまるお月さまがとっても綺麗で、


 ばいばい、お父さん、


 と、空に向けて手を振った。

 

 

 大切なものが欠けた夜、

 ただいまの声が一つ消えたとある冬、


 アイス、買いに行こっか。

 

 お父さんの大好きな口癖は、いつしか三人の心を埋める魔法の言葉になった。


 お父さんは、星より月になりたいな。


 病院のベッドに沈んだ、お父さんの最期の言葉を辿るように、三人も、星より月を探すようになった。


 寒いのに、アイス食べてる、変だねー、変なのって、

 そんなことをくすくす笑って、


「あっ! 電車ごっこ、忘れてたよ!」


「ほんとだね! お姉ちゃん! よ〜し! しゅっぱつしんこ〜う〜!」


「こっほん、次はー、帰り道ー、次はー、帰り道ー………あーっ! こらっ、アイス食べながら運転してはいけませんっ!」


「それを言うならお姉ちゃ……車掌さんもでしょー!」


「車掌さんの飲食は許可されておりますー」


「してないっ! ずるいっ! お母さ……お客さんだって食べてるもんっ!」


「ふふ、いいじゃない。二人とも、早く食べないとアイス溶けちゃうわよ」


「ほんとだっ! お姉ちゃんのチョコもとけそう!」


「もう分かった分かった〜! 電車はただいまおやつタイムの一時停止をしておりま〜す!」


「なにそれー、そのずるっこ、お父さんも言ってた……」


 そうだ、車掌さんは、お父さんの役だった。小さい頃は車掌さんになりたくて、電車ごっこの時だけでもなってやるんだって。

 末っ子のわたしはえこひいきの力で、運転士さん役ゲットして、お姉ちゃんとお母さんは後ろのお客さん。膨れたお姉ちゃんが可哀想に思ったお母さんが、たまには交代してあげなさい! 大人げないんだから!ってお姉ちゃんよりも膨れちゃって……

 

「お父さん、車掌さん役、お姉ちゃんがもらっちゃうよ」


 車掌さん役だけは譲らんぞ〜!


 なんて、子供みたく膨れたお父さんの声は────聞こえない。


 お月さまは、暗い雲に隠れてしまった。まるで空に食べられちゃったように、あんなに綺麗なまんまるの光は、形すらない真っ暗闇のもやに塗り潰されてしまった。

 いつもの一本道、大好きな電車ごっこ、大好物なアイス。だけど、一人欠けてしまった影は、地面に残されたわたしたちは、もう四人じゃなくて、三人ぼっち。


 しとん、と、乾いた音。


 額にしみる冷たい雪。

 それは一つ、また一つ落ちて、まるで、真っ暗な雲が意地悪するように。

 大切な光を、奪っていくように。

 

 意地悪な音が、冷たい嗤いに変わったとき。


 三人は、泣いた。


 えんえんと、わんわんと、顔を歪めて、わたしも、お姉ちゃんも、お母さんも、それはもう、迷子になった子供みたいに、大声で泣きじゃくった。

 目から涙の雨がぼろぼろ、止まらなくなった。しとん、しとん、と、それでも、意地悪な雪は月を奪って嗤い続けた。

 

 しょっぱいしょっぱい、アイスは変な味。

 どろどろ溶けた、ぶさいくなアイス。

 あまいのか、しょっぱいのか、分からなくなった。

 だけど、どろどろ崩れても、あまじょっぱくなっても、この味を、あの言葉を、確かにここで一緒に歩いていたあの人を、忘れたくなかった。消えた一つのただいまの声を、もう一度待ってみたかった。この震えを、全部アイスのせいにしたかった。


 


 アイス、買いに行こっか。


 そうだ、今日も、

 アイスは三つしか買わない。

 三等分しか、してあげない。

 お父さんの好きなラムレーズンも、買ってあげない。四等分なんて、しない。

 だって、そうしたら、

 仲間はずれにするなよって、

 俺のアイスもくれよ! なんて、ぷんすか怒って、化けて出てきてほしいのだもの。


 アイス、買いに行こっか。


 アイスが大好きなお父さん、かんかんになって怒鳴ったっていいよ。怒鳴って、怒って、叫んで、あの声で、あの顔で、もう一度、あの高い月から帰ってきて。


 そんな怒りんぼうのお父さんを、三人ぼっちは待ちぼうけ。


 アイス、しょっぱいね。

 わたしがベロを出して小さく言うと、

 お姉ちゃんも、お母さんも、へらへらと、震える唇で、ぎこちなく笑って、ぼろぼろと、赤く腫れた瞳の涙は止まらなかった。


 しょっぱい、しょっぱいね、変な味、変なの、三人ぼっちは、疲れ切った顔で涙をこぼすけど、少しだけ、昨日より、ほんの少しだけ、笑えた気がした。だけど欠けた月を見るのは、やはり淋しかった。


 アイス、買いに行こっか。


 今日は、たくさん雪が降っていた。欠けた月さえも見えなかった。それだけで、何だか悲しくなって、三人ぼっちは笑み一つこぼせず、泣き続けた。この日のアイスは、一番しょっぱくて不味かった。


 アイス、買いに行こっか。


 また、魔法の言葉を繰り返した。

 その日は雪が降っていたのに、夜になると静かに止んで、ぼんやりとした月が見えた。


 三つだけのアイスを、月に見せつけるように食べて、ほんのちょっぴり、笑えた。それでもしょっぱいアイスに口をすぼめて、わたしたち三人ぼっちは、体を寄せ合った。

 

 電車ごっこ、したくないね。

 うん、したくない。

 もう、やめる?

 やめちゃう?

 きらいじゃ、ないけど。

 うん、きらいじゃない。

 いつか、する?

 いつか、ね。

 また、いつか、したいね。

 そうだね、また、いつか、ね。


 アイス、買いに行こっか。


 相変わらず、電車ごっこはできないまんまだけど。

 今日のアイスは、いつもよりほんのちょっぴり、甘いね、なんて、枯れた声で三人ぼっち、囁き合った。


 アイス、食べに行こっか。

 

 羽織るコートが、暑かったので、その日は、三人でお揃いのカーディガンを着た。本当は、四人お揃いのものだったけど。

 そういえば、最近雪、降らないね、私が言うと、お姉ちゃんとお母さんも、うん、と深く頷いた。

 

 アイス、食べに行こっか。

 

 月を探して空を見上げていた三人ぼっちは、ぎゃっ、と声を上げた。

 アイスが溶けて、お揃いのカーディガンを汚してしまったのだ。三人、同時に、声まで一緒に。


 やだー! 

 つめたーい!

 さいあくー!


 怒っているようで、泣き出しそうで、なぜたが、きゃっきゃっと高らかな笑い声が沸いた。わたしも、お姉ちゃんも、お母さんまで変な顔になって。だって、笑っちゃうくらい、かっこ悪いお揃いになっちゃったから。


 その時に、気付いた。


 わたしたちは、上ばかり見ていて、アスファルトの地面に咲く、小さな花に気付いていなかったのだ。

 この前までは積もっていた雪が、溶けていって、こんなにも夜の道がきらきらと輝いていたのを、何も、知らなかったのだ。


 明日はどうする?

 アイス、食べる?

 うん、食べたい。

 お母さん、また服、汚れちゃうかな?

 そうね、ごめんね、ちゃんと前を向いて歩こうね。

 謝らないで、お母さん。

 そうだよ、前を向いて歩けば大丈夫っ!

 でも、やっぱりお月さまも見たいなぁ。

 うん、お月さまも見よう。

 前向いてー、お月さまも見てー、アイスも食べるの!

 ぜいたくだね!

 ぜいたく!

 そうだ!

 なあに?


 電車ごっこも、しちゃう?


 

 雪は溶けて、春の風が吹き始めた。

 

 




「ねえ、どうかな? 改めて、似合う?」


 牡丹の花が散らばった深緑色の振り袖をピラピラさせては、私は輝く瞳をぱちぱちさせた。


「とっても似合うわっ! いつ見てもお姫様みたいっ!」


 まるで自分のことのように、うきうきと落ち着かない手でカシャカシャ写真を撮っては、感涙に目を潤ませるお母さん。


「出た、親バカ。絵面的に成人式の帰りの親子というよりは、七五三、こんなに大きくなりました! よね。若く見えてよかっじゃない」


「もーお姉ちゃん! それ若いじゃなくて幼いってことでしょ!」


 してやったり、というような顔で笑うお姉ちゃんは、すらっとモデル顔負けなスタイルと聡明さが光る、大学でも人気の高嶺の花。


「お姉ちゃんのおさがり着れるの最高に嬉しいんだけど……少し欲を言えば水色がよかったかもっ」


「欲出しすぎっ! 帯はあんたが選んだし、その髪飾りや小物だって一番高いのお母さんに買ってもらったでしょっ! はいありがとうは?」


「ありがとうございますお母さま!」


 美しい花には棘があるように、 

 時折辛辣なツッコみを入れるものの、なかなか筋が通った正論なので、お姉ちゃんには頭が上がらない。

 

 くすくすと笑みをこぼすお母さんが、


「そういうお姉ちゃんも、この日を楽しみにしてたのよね? もう二ヶ月も前に絶対この日はバイト休みますって店長さんにお願いして、お友達に何度も写真アルバム見せてうちの妹まじ天使って」


「ちょおおおおおおっと待ってお母さんストップ!! あ、あっ、いやっ、そのっ、うそっ……じゃない、けど」


「お姉ちゃん……」


 思わずにやついちゃうけど、そんな私よりもほっぺたが真っ赤なお姉ちゃんが、何だか可愛らしくて、胸がきゅうって、熱くなった。


 この振り袖を着ることを、いつから夢見ていたのだろうか。


 その夢を見ていたのは、私だけじゃなかったのだ。


「ありがとうお姉ちゃん」


「ありがとうお母さん」


 電車ごっこも、走り回って怒られることもなくなった私は、大人になった。


 だけど、この三人で輪になると、私はあの頃と同じように笑う末っ子のまんま。


 いいや、きっとそれは、偶然じゃなく。


 優しい嘘と、見えないえこひいきが、私を静かに支えていたのだ。


 電車ごっこをしていたあの時、後ろの車掌さんとお客さんは、ずっと背中を見守ってくれたように。


 だから、えこひいきは、もう卒業。


 今度は私が、お母さんの重い荷物を、優しくひったくる番。


 お姉ちゃんだからね、って、背中を押してくれるなら、妹だって、って、たくましく、引っ張ってあげたい。


 大きくなった、この手で。


「わ、雪っ!」


 柔らかな粉雪が額を撫でた。


 ほのかなオレンジを帯びた夕焼け空はいつの間にか暗くなって、鈍色の空から、まるで優しく息を吐くように、しんしんと静かな雪が降り落ちる。


 可愛い雪だね、と呟いた。


 うん、と、お姉ちゃんもお母さんも、深く頷いた。


「このあと、どうする?」


「食事は済ませたからねぇ……お腹、空いてる?」


「空いてない。でもデザート食べたいなぁ」


 あ、と、三人が同時に目を見開く。

 空一面に埋まる灰色の雲が、ゆっくりと動し、その動きを視線でなぞるように見上げた。

 少しずつ、少しずつ、雪を吐くぼやけた雲の隙間から、淡い光が剥き出して、少し欠けた月が顔を出したのだ。


 雪と、月が、同時に空から生まれるように。


「すごい綺麗………」


 そういえば、いつからだろうか。


 寒い冬に、夜空を笑顔で見上げられるようになったのは。


 欠けた月でも、美しく思えたのは。


 あまじょっぱいアイスが、甘いだけになったのは。


 だけど時々───あまじょっぱくなるのも、愛おしいと思えたのは。


 懐かしい〜! なんて、電車ごっこをしていた頃のお父さんのビデオカメラを、はしゃぎながら、鑑賞していた思い出すら、もう、遠く。


 でも、一つだけ、変わらないこともある。


「アイス、買いに行こっか」


 魔法の言葉を唱えた三人は、歯を見せるほど明るい笑顔で歩み出した。

 

 買ったばかりのアイスは冷たく、雪降る夜道はこんなにも寒いのに。

 この言葉が無ければきっと、私たち三人ぼっちは生きていけなかった。

 あの冬を、乗り越えることができなかった。

 またしょっぱくなっても、甘くなっても、今も、私たち家族は、一つ欠けたままだけど───あの言葉が生きているから、お父さんと生きた証が、そこにあったから。

 どんなに泣いても、震えても、歩き続けた。

 夜の闇に、沈まないように、生きねばならなかったから。


 三人ぼっちは、止まらない。アイスを買いに行くから。


 これは、お父さんが遺した魔法だ。

 

お読みいただき、ありがとうございました。

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