お富士さんのおいしい水 〜 雪山にかけるイチゴシロップ 〜
かき氷が食いたい──
真冬なのに、そんなことを思ってしまった。
1月だというのに外気温は21℃。車のクーラーをオンにしないと暑くて仕方ない。
ジャンパーはもう脱いである。制服の上もトレーナーも脱いで、半袖Tシャツ一枚だ。
それでも足りず、私はコンビニに大型トラックを停めると、かき氷を求めて中へ入った。
ない──
ガリガリくんさえ、置いてない。
冬の冷凍庫内は、まったりとしたバニラやチョコアイスばっかりだった。……いや!
色んなバニラやチョコアイスが並ぶ隅っこに、たったひとつ、カップ入りのイチゴのかき氷らしきものを私は見つけた!
「迷わず、買う!」
商品名も見ずに、私はそれを買った。100円だった。いまどき安っ!
大型トラックへ戻ると、助手席に女のひとが座っていた。
私、ボケてる?
新人ドライバーさんのおばちゃんに仕事を教えてたんだっけ?
いやいや! いつも通り一人で仕事してたから!
ちゃんとドアに鍵もかけてたし──
「だ、誰ですか?」
おそるおそる聞いてみた。
すると女のひとがこっちを向いた。
にっこりというより、もうちょっとじめっとした、にっちょりという感じの笑顔だった。
「私、お富士さん」
溌剌とした声で返事がもらえた。
「わたしの水を買ってくれて、ありがとう」
なんだか昭和の香り漂うひとだ。往年の名女優みたいな風格を漂わせている。幽霊役とかすごく似合いそうだ。
それというのも白い和服を着て、長い黒髪がじっとりと濡れているから──
「もしかして」
聞いてみた。
「幽霊さんですか?」
「あなたは男なの? 女なの?」
質問に質問で返された。
「見ればわかるでしょう?」
「描写してもらわないとわからないわ。だって小説には絵がないんですもの」
「女ですよ」
「おばさん? それとも美少女?」
「永遠の19歳です」
そこまで語って、はっと気がついた。
「そんなことどうでもいいでしょ! なんであなた、私のトラックの助手席に乗ってるんですか!」
「かき氷、溶けちゃうわよ?」
「あっ」
そう言われて、手に持ったカップを慌てて見た。
そこに記された商品名を初めて見て、私は戦慄を覚えた。
── お富士さんのおいしい氷 〜 イチゴ味 〜
「わたしの身体は100%水でできているの」
お富士さんが横でひとりごとのように言った。
「だからそれはわたしの身体を凍らせて作ったものなの」
私は手が勝手にガクガクブルブルと震えだすのを感じた。
「上にかかっているのは血のように真っ赤なイチゴシロップなの」
「ああっ! 食べる気なくなった!」
私は無造作にかき氷をセンターコンソールの上にばしっ! と置いた。
お富士さんがすごく悲しそうな顔をした。
「食べてよ」
恨みを込めたような声を投げてくる。
「わたしのお水はおいしいの。だから、食べてみてほしい」
ぞくりと悪寒が全身を走った。
「食べないと……泣いてやるうぅぅう」
「涼しくなった!」
私はそのことに気づいて、あかるい声をあげた。
「なんかあなたのおかげで涼しくなりました! ありがとう! ではさようなら!」
「だめよ」
お富士さんが私を睨みつけ、言った。
「わたしには未練があるの。それを晴らすまではあぁぁぁぁぁぁ〜……」
「協力するから」
仕事の邪魔だった。
「その未練、晴らしましょう。どうすればいいんですか?」
「……いい山ね」
そう言って彼女が眺める窓外に、白く雪化粧をした伯耆大山が聳えている。鳥取県が砂丘とともに唯一全国に誇れる高い山だ。
「大山は特にこの西側から見る姿が雄大なんですよ」
私はスマホを見ながら解説した。
「まるで富士山みたいでしょう? 実際、伯耆富士なんて呼ばれてます。標高は1,729メートルです。富士山の半分程度ですね……。島根県人のやつらは勝手に出雲富士だなんて呼び方をしていますけど、島根県にはまったくかかってないです」
「わたし、お富士さん……。今、故郷の山梨と静岡のあいだの県境未定地を離れて、鳥取県にいるの」
「お疲れ様です」
「あの山の上にイチゴシロップをかけたい」
お富士さんは繰り返した。
「あの山の上にイチゴシロップをかけたいの」
「そうすれば未練が晴れるんですか?」
「それをおいしそうに食べてもらいたいの」
「そうすれば未練が晴れるんですね?」
するとお富士さんが、ぐりんとこっちを向いた。
すごく哀しそうな目から涙をぽろぽろとこぼしながら、私に言った。
「そんな雄大すぎることはできないから、そのかき氷を作ったの。それをあなたに食べてほしいの」
なんだそこに戻ってくるのかと思いながら、仕方なく私はカップを再び手に取った。
「へんなものとか入ってないですよね?」
「わたしはへんなものじゃないの。おいしいの」
おそるおそる蓋を開けると、森林を流れる清流のような清々しい空気を感じた。そこに甘い蜜の香りがまじっている。
スプーンで口に運ぶと、思わず声が出た。
「おいしい……っ!」
お富士さんが嬉しそうに笑った。そのお尻が子どものように少し跳ねた。
スプーンを口に運ぶ手が止まらなくなった。まるで何かに取り憑かれたように、私はお富士さんのおいしいかき氷を食べ続けた。
「おいしい! こりはおいしいわぁー!」
「キャハハハハ!」
お富士さんが心から嬉しそうに、からくり人形みたいに笑いだした。
未練は晴れたようだった。
かき氷をあっという間に食べ終わると、冬がしっかりと寒さを取り戻した。
上着を取ろうと横を見ると、お富士さんはいなくなっていた。
「あっ」と、私は声を漏らした。
助手席のファブリックシートが、びっしょりと濡れていたのだ。
「ほんとうに幽霊だったんだ……」
大人用オムツを裏返して、びしょびしょの助手席を拭きながら、私は呟いた。
「一緒に乗っていけばよかったのに──」
これから東名高速道路を通って静岡県まで行くところだったのだ。そのまま乗っていれば、故郷まで送ってあげられたのに……。
走りはじめると雪が降りはじめた。さっきまで10月みたいに暑かったのに──地球が狂ってやがる。
山を見ると、雪化粧をしたその頂上に、甘そうな色のイチゴシロップがかかっているのが見えた気がした。そのさらに上の空には、得意そうにお富士さんが、かわいい笑顔を浮かべてスプーンを手に、おいしくて巨大なかき氷を私に勧めてくるのが見えた。
「おいしいかき氷で元気が、出た?」
「ありがとう、お富士さん」
私は思わず声に出して、言った。
「お仕事頑張るから──。お富士さんもいつまでも元気でいてね」




