7話 傲慢の遊び道具に
アソビトはゆっくりと目を開く。
目の前には一度見たことのある天井が広がり、背中にはふかふかのベッドかあった。
左手に熱を感じ、アソビトは横を向く。
そこにはアソビトと同じように横になり、天井を見ているレモンが寝そべっていた。左手に伝わる熱はレモンがアソビトの手を握っていたからだ。
「……一応、勝ちでいいのか?」
アソビトの言葉にレモンはなんとも言えない顔をし、それから小さく頷いた。
「負け、という訳では無いでしょう」
その言葉にアソビトも呆れため息を吐いた。
「逃げ切るのは出来なかったが、脚はしっかり持ってった。まぁ勝ちだろ」
アソビトは体を起こし、レモンに顔を向ける。
レモンはアソビトの笑顔に釣られ、少し微笑んだ。
「……そういうことにしましょうか」
レモンも起き上がる。その時、小さくなったゾルちゃんがレモンに飛び込んだ。
【ギャルゥー!】
飛び込んできたゾルちゃんに手を伸ばし、レモンはゾルちゃんを抱き締めた。
「ゾルちゃん!おかえりなさい」
【ギャウギャウン♪】
レモンに抱き締められ、嬉しそうに喉を鳴らすゾルちゃん。その傍らでアソビトは少し寂しそうに左手を眺める。
少ししてアソビトは体を伸ばすために立ち上がる。
その時、右手に違和感を持った。アソビトはゆっくりと右手を持ち上げ、目の前に出した。
それを見た瞬間、アソビトは声を荒らげた。
「な、なんじゃこりゃあああ!?」
荒らげられた声にレモンとゾルちゃんは体をびくりと跳ねさせ、驚く。
その1人と1匹の目線の先にいたアソビトの右腕には黒くトゲトゲとした装備が装着されていた。
「主様、いつの間に防具を一新したのですか?」
【ギャルァ?】
アソビトの右腕にレモンとゾルちゃんは首を傾げ、問いかける。その問いにアソビトは全力で首を横に振る。
「いやいや変えてない変えてないから!」
「え、ですがそれって防具の部類ですよね?」
「多分そうだけど、なんかいつの間にかついてた」
「防具の類でしたら、装備ステータスから確認できると思いますよ」
アソビトはその手があったかという顔ですぐさま装備ステータスを表示した。
装備ステータス
武器1:〈壊れた〉黒淵の赤紫狼剣
武器2:ローデリア
頭:なし
胴:軽量剣士のベスト
腕:〈傲慢の呪禍〉
腰:軽量剣士のベルト
脚:軽量剣士のズボン
明らかに異彩を放つ〈呪禍〉という腕装備にアソビトは首を傾げる。
「……傲慢の、呪禍?」
レモンとゾルちゃんはアソビトに近づき、後ろからアソビトの装備ステータスを覗き込む。
アソビトは〈傲慢の呪禍〉を押し、詳細を表示する。
〈傲慢の呪禍〉:装備変更不可
〈傲慢の狂歪 メレデヴェレデ〉が愉悦を味わうための獲物にのみ付与する呪い。
この〈呪禍〉には次の効果が付与されている。
1.エネミーのレベル差補正無効
装備者のレベルがエネミーより高い時にのみ発動する。エネミーが受けるレベル差ダメージ補正を完全に無効化し、装備者に与えるダメージが同レベル以上になる。
2.取得経験値の半減
あらゆる行動において、装備者が得られる経験値の量が半減する。その代わり、レベルが1上がる事に得られるステータス振り分け値が1から2になる。
3.メレデヴェレデとの遭逢率増加
〈傲慢の狂歪 メレデヴェレデ〉との遭逢率が他プレイヤーに比べて圧倒的に増加する。
4.ステータスの一部変更
STRとAGIとRESの数値が大きく上昇するが、DEFの数値が大きく減少する。
5.ステータスの振り分け制限
HPとDEFにステータスを振り分けられなくなる。
6.NPCとの会話補正
パートナーNPCを抜いたNPCとの会話に補正がかかり、特定のNPCとの会話が追加される。
効果を全て読み終え、アソビトは体をプルプルと震わせる。
「主様?」
プルプルと震えるアソビトにレモンとゾルちゃんは首を傾げた。
そして次の瞬間。
「ふ……」
「ふ?」
「ふざけんじゃねぇぞぉぉおおお!!?!?」
声を荒らげ、上を向くアソビトにレモンはまたかという顔をし、ゾルちゃんはびっくりして飛び跳ねた。
「なんっなんだよこれ!装備変更も出来ないのにデメリットデカすぎだろ!?」
アソビトは頭を抱え、沈み込んだ。
レモンは胸を持ち上げてアソビトの前に立ち、口を開いた。
「主様、揉みますか?」
「……デジャブ。でも揉む」
アソビトは沈んだ状態のままレモンの胸を揉み出す。
「主様、この後どうされますか?次の街に行きますか?」
胸を揉まれながら冷静にアソビトに問いかけるレモン。胸を揉みながらアソビトは自分の考えを口にした。
「そうだな。そろそろ次の街に行くのもアリだな。でもその前に壊れた大剣を直したいかな」
「ではまずは鍛冶屋ですね」
「あぁ、だけど今日はもうログアウトするよ」
アソビトはレモンの胸から手を離し、ベッドの方へと歩く。
くるりと半周回り、ベッドに腰掛け、そのまま横になる。
「それじゃあ、また明日な、レモン」
「はい、また明日」
レモンの言葉を聞いたあと、アソビトは目を閉じ、ログアウト状態になる。
レモンはゆっくりとベッドへ近づき、アソビトの隣に寝そべる。
その上にゾルちゃんが飛んでくる。
【キャウゥ】
喉を鳴らし、嬉しそうに尻尾を振るゾルちゃんを撫でながらレモンは笑みを浮かべた。
「はい、ゾルちゃん。おやすみなさいです」
レモンはゆっくりと目を閉じた。
アソビト、もとい遊渡はVRゲーム機を頭から外す。そして部屋のライトが目を劈く。
遊渡は光を腕で遮り、体を起こした。壁にかけてある時計に目を向け、現在時刻が22:38であることを確認する。
「ふぅ、飯食って風呂入るか」
遊渡は部屋を出てリビングに出る。遊渡は現在、通信制の大学に通いながら仕送りで一人暮らしをしている。
そのため家には遊渡しかおらず、リビングに誰かがいるはずもない。のだが。
「あら遊渡、ゲーム終わったの?」
リビングのソファで寛ぎ、テレビを見ている長髪の女性。
後ろを振り向き、遊渡に目を合わせた。
「うん、そういう姉さんも?」
リビングのソファで寛ぐ女性は遊渡のお姉さん。実の姉であり、遊渡の一人暮らしをしている家に転がり込んできた人物だ。
そして何を隠そう、遊渡の姉もゲーム好きで〈フィーニス・ウィア ❖終焉の軌跡❖〉のプレイヤーだ。
しかもリリース直後から開始している。つまり遊渡よりも早くフィーニス・ウィアを始めているということだ。
「どこまで進んだの?」
「まだ1つ目の街だよ」
遊渡はキッチンへ向かい、姉が作った料理を皿によそい、机まで持っていく。
「いつもはかなり攻略早いのに珍しいね」
「あぁ、レベル上げ中に〈特異奇矯種〉にちょっかい掛けられちゃったからな」
そう言って椅子に座り、ご飯を箸で持ち上げて口に運び入れようとした途端、遊渡は突然肩を掴まれ、強制的に顔を姉の方に向けさせられた。
「〈特異奇矯種〉にちょっかい掛けられた!?ちょっとその詳細、姉の麗華に話しなさい!」
「お、おい、ちょっと落ち着けって。先に飯食わせて──」
「それよりも話が先!」
遊渡は詰め寄られ、ため息をついて箸を机に置くしか無かった。
少し前、ベッドから目を覚まし、アソビトは〈傲慢の呪禍〉の効果を見て声を荒らげる。
『ふざけんじゃねぇぞぉぉおおお!!?!?』
その声は壁を貫通に外にまで響いていた。その時、そこを通っていた人物は足を止め、目を閉じて顎に手を置いた。
「……今の声、聞き覚えが」
その人物はうーんと唸り、考えたあと、笑みを浮かべて目を開いた。
「……アソビトだな?」
確信を持った顔をし、その人物はその場から歩き去った。
「まぁ予想通りだな。あいつがいるのは」
そんなことをボソッと言い、その人物は宿に入っていった。