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フィーニス・ウィア ❖終焉の軌跡❖  作者: 朱華のキキョウ
1章 血肉啜る悪魔の元に
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1話 パートナーNPCが優秀

 真っ青だった視界は黒く染まり、ゆっくりと光が迫ってくる。

 視界が燦然さんぜんとし、景色がゆっくりと目に映り込んでくる。


「……ここは、街か?」


 アソビトの視界に広がる景色。そこにはプレイヤーやNPCで賑わった街があった。

 そして答え合わせのように横から声が聞こえてきた。


「こちらの街は〈ウーナ・レイデア〉と言います。プレイヤー間では〈始まりの街〉とも呼ばれております」

「へぇ、てことはチュートリアルの街か……ん?」


 聞いたことの無い女性の声にアソビトは首を傾げる。ゆっくりと、恐る恐る顔を声の方向へと向ける。

 そこにはアソビトが作成したパートナーNPCアバターが立っていた。手をロングコートのポケットに入れ、美しい顔でアソビトを見続ける。


「えっと、あなたは……」

「あぁ、申し遅れました。私の名前は〈レモン〉。あなた様のパートナーNPCです」

「〈レモン〉……?」


 アソビトは顎に手を当て、首を傾げる。


 ──レモン?俺、そんな名前付けたっけ。いや待てよ、そもそも名前なんて決めた記憶ないぞ!?……ジョブとかなんやらでネームの存在を忘れてた!


 そう、アソビトはあろう事かパートナーNPCの名前を決めることを忘れていた。何しろパートナーNPCの見た目を作るのに1時間もかけていたからだ。更にジョブに目を持っていかれ、それにより名前の存在が1層アソビトの脳から消えた。

 そのせいでパートナーNPCの名前は自動入力されたものになっていた。それが〈レモン〉だった。


「主様?どうかされましたか?」

「え、あぁ、いや……大丈夫」


 アソビトは右手で顔を覆い、ため息を大きくついた。そう、それはもう大きく。


 ──やらかした……俺の性癖つぎ込んだのに、名前はゲーム頼りなんて……確かにレモン嫌いじゃないけど、もっとこう、女性っぽい名前を……


 完全に陰の空気を放つアソビトを後ろからレモンが覗き込む。ポケットに入れた左手を出し、アソビトの肩に置いた。


「主様、大丈夫ですか?」

「……うん、大丈夫、うん」


 レモンの声にアソビトは陰の空気を振り払い、振り返った。しかし、次に出たレモンの言葉にアソビトは陰を再び解放することになる。


「慰めありがとう、レモン」

「いえ、こちらこそ〈レモン〉という素晴らしい名前を授けて下さりありがとうございます」


 控えめに浮かべられた美しい笑顔はアソビトの心臓を軋ませ、アソビトの心の奥底から陰を解放した。

 ゆっくりとレモンから顔を逸らし、先程よりも低く体を丸め、完全に沈みこんでしまった。


「ごめん……まじで……ほんとに……」

「え、主様!?」

「所詮俺は周りの見えない陰キャなんだ……」


 完全に沈みこんだアソビトにレモンは少しわたわたする。そして悩んだ末、レモンは手で胸を持ち上げ、アソビトの前に立った。


「主様、元気をお出しください。揉みますか?」

「へ──」


 目の前に広がる光景にアソビトは思考回路がショートする。

 優しく微笑むレモンとその手に乗ったたわわな果実にアソビトは何も考えず、手を伸ばそうとする。

 が、しかし、アソビトは顔を横に振り、立ち上がった。


「……いや、大丈夫。ありがとう」


 アソビトは屈むレモンに手を伸ばす。その手を取り、レモンは立ち上がる。

 まだ少し心配そうにアソビトを見ているレモンだったが、時期にその顔は先程のように穏やかに戻る。


「あ、そういえば」


 何かに気づいたようにレモンの方を向き、アソビトはレモンに問いかける。


「レモンってさ、〈竜騎士ドラゴンセイバー〉だよな」

「はい、そうですね」

「ってことは竜に乗れるんだよな?その竜は何処にいるんだ?」

「今はここにはいません、お呼びしますね」


 そう言いながらレモンは指笛を吹く。すると、爆風と共に巨大な影がアソビトとレモンを覆う。

 バサバサと音を立て、紅く煌めく鱗を見にまとった竜が空から降りてくる。4本の脚でしっかりと地面に着地し、大きく広げた翼を畳む。ゆっくりと腰を下ろし、レモンの方へととうを差し出す。

 その頭を撫で、レモンはアソビトに竜を紹介する。


「この子は〈紅鱗竜こうりんりゅう ゾルヴァーナ〉、〈ゾルちゃん〉と呼んでいます」


 【クルルゥ♪】


 撫でられて嬉しそうに喉を鳴らすゾルヴァーナ、もといゾルちゃん。


「へぇ、結構かわいいんだな」


 そう言いつつゾルちゃんに手を伸ばすアソビト。アソビトの手がゾルちゃんの頭に当たろうとしたその時、未曾有の臭いに頭を引き、驚いた目でアソビトを見る。まるでアソビトを威嚇しているようだ。


「え、何?俺なんか悪いことしちゃった?」

「大丈夫です。初めて嗅ぐ臭いにびっくりしてしまったのでしょう。ゾルちゃん、この方はアソビト様と言って、私のパートナーです」


 【クゥ?……フンフンッ】


 アソビトはレモンの紹介と同時にゾルちゃんにてのひらを見せて待機する。

 目の前に出されるアソビトの掌を見る。まだ少し疑心があるが、レモンの言葉を信じ、恐る恐るアソビトの手に鼻を近づけ、臭いを嗅ぐ。


「少しずつですが慣れ始めていますね。主様、アシストしますのでゾルちゃんの鼻に手をお触れください」

「え、大丈夫なのか?」

「はい」


 まだ迷うアソビトの手を取り、レモンはゾルちゃんの鼻にゆっくりと近づける。

 ゾルちゃんも恐る恐るではあるが、鼻を近づける。そして遂にアソビトの手とゾルちゃんの鼻がつく。


「そのまま撫でてあげてください、そうです、ゆっくり」


 レモンの言葉の通り、ゆっくりとゾルちゃんの鼻を撫でる。


 【クルルゥ♪クゥン♪】


 嬉しそうに喉を鳴らす。目を細め、打ち解けてくれたゾルちゃんに思わずアソビトも笑顔になる。


「打ち解けられましたね、主様。ゾルちゃんも良かったですね」

「これからよろしくなゾル」


 【クァゥン!】


 アソビトの言葉に返事をするゾルちゃんはどこか誇らしげだ。


「よし、そろそろ〈ウーナ・レイデア〉に入ろう」

「そうですね、行きましょうかゾルちゃん」


 【クゥ!】


 前を進むアソビトの後ろでゾルちゃんを連れ、ついていくレモン。

 そこでアソビトはあることを疑問に思い、歩きながら後ろを向き、レモンに問いかけた。


「なぁレモン、1つ気になったんだが」

「はい、なんでしょうか主様」

「ゾルって体大きいだろ?」

「はい、そうですね」

「街に入ってもそのままなのか?」

「いえ、ペナルティが存在します」


 レモンがそう言った途端、ボフンッと音を立て、ゾルちゃんから煙が溢れる。


「ペナルティ!?も、もしかして罰金とかじゃ……」


 アソビトは先程ゲームにログインしたばかり。つまり金銭など欠片も持っていないのである。初期所持金は多少あるが、所詮1000〈ルピア〉。罰金ペナルティとなればそれはそれは高額な請求が来るであろうことは明白だ。

 初手から借金地獄だと思ったアソビトは酷く慌てふためいた。

 しかし、その心配を跳ね除けるようにレモンが霧を払った。


「ご安心ください、主様。ペナルティと言ってもゾルちゃんが小さくなるだけですよ」


 【キャウ!】


「……え?」


 目の前の光景に腑抜けた声が漏れる。先程までそこにいたはずのゾルちゃんは居らず、代わりにレモンに抱きしめられた小さなあかい竜が居た。

 その竜はきゅるきゅるとした目をアソビトに向け、首を傾げている。


「……ペナルティって、それだけ?」

「はい」

「罰金とかって」

「ありませんよ、小さくなるだけです」


 アソビトは安堵のため息をつき、レモンの元まで歩みを進め、小さくなったゾルちゃんを撫でる。

 ゾルちゃんはとても嬉しそうに笑みを浮かべ、小さなあんよとをはたはたと動かす。


 ──かわい……


 人間であればかわいいものには抗えない。例えそれが男性であろうと決して抵抗できない。アソビトの頬が少し緩む、レモンはそれを見て微笑んだ。


「主様、宿へ向かいましょう。セーブポイントを更新です」

「そうだな、行こう」


 2人と1匹は真っ直ぐに宿に向かう。

 宿に着き、店員NPCと会話する。宿代に50ルピア取られてしまう代わりに、借りた宿がある街の宿全て無料で出入りできるようになるという。レモンがアソビトに説明した。

 早速借りた部屋へと移動する。他の利用者が居ないかと心配したアソビトだったが、別プレイヤーが同じ部屋を使用していても扉を開ければ自分専用の部屋に繋がるとレモンが説明を加える。

 アソビトはベッドに腰掛け、感心した顔でレモンを見る。


「このゲームの情報なんでもわかるんだな」

「はい、機密のゲーム情報以外は全てインプットされています」


 レモンのその言葉にそういえばという顔で何かを思い出し、アソビトはレモンに問いかけた。


「レモンってさ、人工知能なのか?」


 アソビトの問いかけにレモンは頷き、胸元に手を当てた。


「はい、私は人工知能、正確に言えば学習型人工知能です。インプットされた情報はもちろん、主様との対話や旅を通して知識を増やしたりすることもできます」


 誇らしげにそう告げるレモンにアソビトは感心の顔色を表す。


「へぇ、すごいな。まるで本物の人間だな」

「お褒めに預かり光栄です、主様。ですが、それだけではありませんよ」


 人差し指を立て、胸を張るレモン。何かと待ち構えるアソビトの前に手を差し出す。掌を天井へ向け、何かを持っているような手の形をしている。


「こんなことも可能なのですよ」


 表現の乏しい顔でドヤ顔を決め、掌から何かを浮かばせた。


「こ、これは!?」


 驚きを露わにするアソビトの前に出現したものは、スマホサイズのスクリーンだった。

 そこにはゲーム内全体チャットや個人チャット、更には動画を見る機能もある。


「これはゲーム内で扱える小型スクリーン型のチャット機能です。動画を閲覧することも──」

「そのスクリーン俺も出せるぞ」


 その言葉にレモンの言葉が止まり、体がガチッと岩のように固まる。


「……あ、主様、今……なんと……」

「え、あぁいや、チャット機能なら俺たちゲームプレイヤーもあるぞ。まぁ無いと不便だしな」


 レモンは膝を床に勢いよくつき、手すらもついて沈みこんだ。


「……まさか、主様もお持ちだったなんて」


 どんよりとした空気をまとうレモンを見つめ、アソビトは慰めの言葉をかけた。


「でもレモン、俺たちプレイヤーには動画再生機能は付いてないんだよ。それ、すごいと思うぞ」


 アソビトの慰めがレモンの耳に届いた瞬間、どんよりとした空気は消え、とても穏やかな顔でアソビトを見た。


「……本当ですか?」

「あぁ、本当だよ」


 バッと立ち上がり、レモンはアソビトの前まで歩み寄り、軽くお辞儀をする。


「お見苦しいところをお見せしてしまいました、すみません。それと、ありがとうございます、主様」

「感謝を言うのは俺の方だよ。このゲームの情報ほとんど知らないからレモンの知識と動画再生機能、すごい助かる。早速だけど、PVを見たいから動画再生機能、使ってもいいか?」

「はい、私にお任せください」


 レモンの表現の乏しい顔でも、微笑んでいることが見て取れる。

 アソビトはレモンに笑顔を見せ、ありがとうと言葉をかけた。

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