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フィーニス・ウィア ❖終焉の軌跡❖  作者: 朱華のキキョウ
1章 血肉啜る悪魔の元に
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13話 千日紅は泥中で咲く

 凍りついた空気を砕こうと、アソビトは口を開いた。しかし、言葉を発する前にコウに止められてしまう。


「……アソビト、大丈夫よ」

「で、でも──」


 アソビトの言葉は完全にコウに遮られ、コウは微笑んだ。


「大丈夫だよ、遊渡。私は大丈夫」


 優しく微笑むコウ。アソビトはその笑顔に苦虫を噛み潰した。

 アソビトは少ししてため息を吐き、ゾルちゃんの方へと歩み寄った。


「ゾル、レベル上げをしに行こう」


 【キュルル?】


「……レモン、ゾル借りてくぞ」

「え?は、はい」

「それと姉さん……無理しないでくれ」


 アソビトの言葉にコウは真剣に頷いた。ゾルを抱き上げ、部屋から出る。

 それを確認し終えたコウは深呼吸をし、レモンに顔を向けた。


「……どこから話せば、いいのかな」


 コウは立ち上がり、猫エネミーを持ち上げる。


 【ニャゥー】


 持ち上げられ、鳴き声を上げる猫エネミー。そんなことは気にせず、猫エネミーを抱いたままベッドへと座り直した。


「……そうね、まずは、私がアソビトを好きになった理由から、話しましょうか」


 先程までの緩んだ空気は無く、ずっとずっと張り詰めている。その空気にレモンは固唾を飲むしかなかった。


「私がアソビトを好きになったのは、私が小学生4年生の頃だったわ。アソビトは、小学1年生だった……他の兄弟や姉妹とは比べ物にならないほど仲が良かった。すごく仲が良くて、学校の登下校もずっと一緒だったわ。そう、ずっと」


 話を進めるコウの顔は段々と歪んでいく。猫エネミーはそれをちょいちょいと手で触る。


「……私は生まれつき、成長が早いタイプだった。体は他の人よりも早く大きくなったし、胸もお尻も、制服がすぐに小さくなった。でも、心はまだ子供だったの。いつもアソビトが守ってくれた。いつも、いやらしい目から遊渡が守ってくれた。だから、いつも一緒だったの。でも、あの日だけ、一緒じゃなかったの」


 猫エネミーを持ち上げ、ベッドの上に移動させる。猫エネミーは【ニャン】と一言だけ鳴き、体をピタリとコウにくっつけて丸まった。


「……私1人だった、1人だったの……学校からの帰り道、1人で帰ってた。早く帰って、遊渡に会いたかった。でも、早く帰ることが出来なかった。させてくれなかった……」


 コウの目には涙が浮かび、コウの両手はズボンをギュッと握り締める。


「……何が、あったのですか」


 震えるコウにレモンが問いかけた。コウは涙を拭わず、震えた声で続きを話し始めた。


「……襲われたの、大人に、おじさんに……犯されたの……苦しみと、痛みの中で……」


 コウの横で丸まっている猫エネミーが起き上がり、コウの手に前足を乗せる。

 それには全く気にも止めず、コウは続けた。


「……すごく怖かった、すごく苦しかった、すごく痛かった……何回も、何回も……嫌だったけど、逃げれなかった……そこからもう何日も捕まってた、犯されてた。でも、遊渡は見つけてくれたの。遊渡は助けてくれたの。怖くて苦しくて痛くて暗くて、何も見えなかったけど、遊渡の手だけは見えたから、一緒に逃げて、逃げて逃げて……気づけば、交番についてた」


 歪んでいたコウの顔がほんの少しだけ緩む。


「……交番で私と遊渡は保護されて、ようやく家に帰れた。遊渡が汚れた体を洗ってくれて、遊渡がご飯を食べさせてくれて、遊渡が一緒に寝てくれた。凄く嬉しかった。その数日後、ニュースで私に酷いことをしてきたおじさんは捕まった。色々罪状が並べられて、かなり長い年月刑務所に入れられるって言ってたけど、顔も見たくなかった。これでようやく、いつもの日常に戻れたと思った、けど無理だったの」


 コウは手に乗った猫エネミーの前足を撫で、その前足を猫エネミーの元に返した。


「男の人が怖くて仕方なかった、みんな怖かった、遊渡以外のみんなが怖かった。見るだけで吐き気がして、学校にも行けなくなって、気づけば塞ぎ込んでた。ずっと家に籠ってた。そんな私に学校側は催促してきたし、親もそんなことでなんて顔でいつも私を見てきた。精神病院にも行かされたし、無理やり連れ出されたりもした。その時に行った病院、無理やり犯されたから、傷がないか見るために行った産婦人科で、子宮が壊れてるって告げられたの。それを言われた時、私はもうおかしくなってた」


 コウは目から溢れる涙を拭うが、涙は止まらず、拭ったそばから溢れていく。


「私が何をしたんだろうって、私はなんであんなことをされたんだろうって、なんで、私なんだろうって

……生きるのがもう辛かった、死にたくなった、死にたかった、もう居なくなりたかった……包丁を手に取って、一思いに首を突き刺して、もう終わりにしようと思ったの。だけどね、遊渡が許してくれなかった。私が首に突き立てようとした包丁を素手で止めて、放り投げて、私に怒ってくれた。その時の遊渡、ボロボロに泣いてて鼻水まで垂らして、カッコ悪かった。でも、すごくかっこよかった」


 コウの顔は次第に笑みを含み、涙をき止め始めた。


「私を助けに来てくれたあの時も、遊渡はいっぱい殴られてたけど自分のことなんて二の次で私を助けてくれた。胸元に大きな切り傷が出来ても私を助けてくれた。掌が血塗れになったのに、私に怒ってくれた。何もかも諦めた私を、深海に沈む私を探し出してくれた。何の装備もしてないのに、遊渡は命をかけて私を救ってくれた。いつしか、私は遊渡のことが好きになってた。遊渡は私のヒーローだった。私は私の全てを遊渡にあげてもいいって、本気で思うようになった。でもそれは、無理だって分かってたの」


 笑みを含んでいたコウの顔は悲しみを含み、真顔でただ下を向いていた。


「……レモンちゃんは知ってる?日本の法律には親族での結婚を禁じるものがあるの。それに、周りからは嫌な目で見られる。私が嫌な目で見られるのは別に良かったの、どうでもよかった。でも、遊渡が悪く言われるのだけは嫌だったから、気持ちを抑えてた。バレないように、気づかれないように、ひたすらに隠した。親にも話さず、たった1人で気持ちを押さえ込んでた。きっと、遊渡も気持ち悪がると思ったから」


 コウは立ち上がり、ベッドの近くにある机の上の花を触る。


「こんな気持ち、私だけだと思ってたの。そんな日々が続いてく中、いつものように遊渡の部屋に入ってゲームの話でもしようって思った。たまたまその時だけ、遊渡の部屋のドアが少し空いてて、遊渡が私の名前を呼んでた。何回も呼んでたから、何かあったのかと思って飛び込んだら、遊渡が部屋で1人でしてたの。そこでようやっと、私達が両想いだって気づけた。すごく嬉しかった、その時やっと、死ななくてよかったと思えた。結局その後、私と遊渡は正式に付き合い始めたわ」


 花を愛でるコウにレモンは気になったことがあり、疑問をていした。


「ですが、周りからは嫌な目で見られるって」

「うん、そう。イチャイチャしてた私達を周りはよく思わなくて、すごく嫌な目を向けられた。親からもすごく反対されて、無理やり私達を引き剥がそうともしてきた。でもその時も、遊渡が助けてくれたわ。遊渡はずっと私のヒーローだった、それは今でも変わらない。仕送りの量を減らされても、いっぱい説得してくれた。仕事が出来ない私を責めることなく、庇ってくれた。遊渡を好きな気持ちが毎日毎日増えていく。それを全て遊渡は受け入れてくれる。だから私は遊渡が好き、大好き、愛してるの」


 レモンへと振り返るコウの顔は桃色に染まり、とても柔らかな笑顔を浮かべていた。


「さっき、センニチコウの花言葉が好きって言ったわよね。センニチコウの花言葉は〈色褪いろあせぬ恋、変わらぬ愛、永遠の愛〉。私が遊渡に抱いてる想いとぴったりだから好きなの」


 恋色に染まるコウにレモンは笑みを浮かべた。


「主様とコウ様の関係、最初は少し驚きましたが、すごく素敵です」

「ふふ、ありがとうレモンちゃん」


 猫エネミーはコウとレモンのほんわかした状態を眺めながら眠りについた。

会話が結構多くなっちゃった

詳しい遊渡と麗華の過去は書くかどうかは気分次第になると思います

書いてほしいって要望多ければ1章が終わったあたりで書こうかな

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