ここだけの話、その男はマザコンですわ!
あら、皆さま、ご機嫌いかが?
私はオリビア・クリスタル。クリスタル公爵家の次女ですわ。前世の名前は小原はるか。占いの館『緋色の城』を経営していましたの。
お察しの通り、前世の記憶を持ったまま生まれてきましたわ。前世で学んだ事は全て覚えていますの。なんなら死ぬ前よりもハッキリと。
ありがたいことに今世で生まれたのは公爵家。とにかく資金が豊富ですわ。12歳になった時から、教育の一貫とやらで毎月結構な金額を使わないといけなくなりましたの。毎月のノルマがありますの。世知辛いですわ。
お姉さまはドレスや装飾品に使うと仰ってましたけど、私の中のはるかが嫌がるのです。お姉さまのものでいいじゃない。十分素敵じゃない!と。
はるかは占いで成り上がって結構な年齢まで生きた昭和の女でしたから、いずれ要らなくなるドレスや装飾品を増やす事を良しとしません。
でも、お姉さまと私、似合う服のタイプが違うんです。それに自分のためのドレスが欲しい。なんとか説得して自分好みのドレスや装飾品を手に入れました。
はるかを説得できたのは、異世界転生定番のドレスのレンタル事業を始めたからですわ。学園のお友達にもお声がけしてドレスを売っていただき、リフォームしたものを買っていただきますの。
お針子は街の奥様方にお願いして、子育てを終えた奥様方による保育所完備。とにかく女性が働きやすい環境作りには余念がありませんでした。
これにははるかも喜んでくれて、ありがとう、ありがとうと、ある日消えてしまいました。私の中に知識だけを残して。
色々とうるさかったはるかですけど、居なくなったらそれはそれでなんだか寂しくて、本当に居たのかも曖昧になってきて…… やるしかありませんわよね?占い屋さん。
始めるにあたってまずは大きな水晶玉を探しました。はるかは水晶玉で映像を見て占っていたらしいのです。お察しの通り、クリスタル公爵家の領地ではクリスタルが採れますの。お父さまにお願いしてまん丸のクリスタルを作ってもらいましたわ。
お父さまは面白がって色々な鉱石を丸くしていましたわ。関係各所で喜ばれたようですけど、クリスタルの物だけは私の管轄にしてもらいました。占いの神秘性が減ると困りますからね。
お小遣いの予算よりも大きなお金が集まった私が取り掛かったのは、タロットカード作りですわ。お気に入りの画家を探すためにコンクールを開催しましたの。数名、好みの絵柄の方を見つける事が出来ました。
このコンクールは貴族の方々にも街の皆さまにも好評で、毎年開催する事にしました。アートスクールもオープンして、芸術振興に一役買いましたわ。余談ですけれど。
さて、カード作りと並行して、占い師を育て始めました。孤児院に出向いて、占いができそうな子を選んで私の知識を伝えました。占い師が一人ではいずれ私が過労死してしまいますからね。適度が一番ですわ。前世で学んだ事です。
カードと水晶玉が揃いましたので、手始めにお父さまを占いましたの。良い鉱石が出る場所、との事でしたから、ダウジングで占いました。クリスタル加工をしている中で浄化用のクリスタルやダウジング用のクリスタルも作ってもらっていましたの。当然セージも見つけてありますわ。
ダウジングの結果は素晴らしいものでした。もう無いと思われていた坑道の先に、あったのです。安全に注意して快適な職場にすると益々良い、と付け加えておいた結果、ご想像以上の結果を生むこととなりました。ありがとうございます。
次に占ったのはお母さまとお姉さまでした。お姉さまの縁談のことです。お受けするかどうか迷っていました。お姉さまは公爵家を継ぐ身なので、婿取りに慎重にならざるを得ません。
提示された条件がかなり良くて、何か裏があるのでは?と不安に思われたそうです。それというのもお相手が第二王子のトーマス殿下だったのです。
結婚後、微妙な立場間違い無しの第二王子な上に、イケメンで社交界で大人気のトーマス殿下の妻になった場合、恨まれたり妬まれたりで平穏な暮らしは難しいのではないか、それに妙に公爵家に好条件過ぎて不安、との事でした。
占ってみると、想像以上の結果が出てしまい、どう伝えれば良いか迷いました。とんでもないモラハラ男だったのです。水晶玉を通して見えた彼は使用人にネチネチと何かを言い、挙げ句の果てには侍女を平手打ち。夜会でお見かけした時は爽やかな好青年といった体でしたけど、プライベートはとんでもない。
それをどうお姉さまにお伝えするか迷いましたが、私はハッキリとこの縁談は薦めない、と伝えました。
「やっぱり……」
お姉さまは不安気に両手を握り締めながら言いました。
「何かあったの?先日顔合わせでお会いしたわよね?」
お母さまも心配そうです。
「違和感があったのです」
「違和感?」
「ええ。侍女に対する態度が冷たくて。お父さまは侍女にいつも感謝していらっしゃるでしょう?トーマス殿下はなにかこう、侍女を物のように扱う印象だったんです。今はお優しいけれど、妻になった途端変わるのかしら……」
私は何度も頷きました。その通りなのです。
「所有物になったと認識した途端、変わると思います。そして外に遊びに行かれますわ」
「愛人って事ね……なんとか角が立たないようにお断りしたいわ。何か良い方法はないかしら……」
「お薦めしたい友人がいますわ、お母さま」
私は学園の友人、伯爵家のアゼリアを紹介しましたの。
彼女は野心に溢れ、男を踏み台にして輝ける素質を持った女性で、スリリングでヒリついた人生を歩みたいタイプ。お姉さまのような穏やかな幸せは望んでいません。見た目もゴージャスでグラマラス。無事トーマス殿下のお眼鏡にかない、お姉さまの憂いも晴れました。
その流れでお姉さまのお相手も占う事になりました。私は以前から学園内で目をつけていた男性を紹介しました。侯爵家の三男で厚めの前髪に黒縁眼鏡と一見地味なんですが、磨けば光るタイプ。
お姉さまの二つ下ですが、かなり良い男です。お兄さま方に遠慮して普段は実力を隠していますが、あの侯爵家で一番優秀なのは間違いなく彼です。第一子継承にこだわっているといずれ家ごと無くなりますよ?とお伝えしたいくらいです。
お姉さまもお義兄様候補の彼も顔合わせの時から好感触のご様子。お見合いババアと化した私、大変満足していますわ。
私の評判は家族を通じて各方面に広がり、当然ながら占ってほしいという依頼も増えました。当たる当たらないは別として、そもそも面白そうですものね。そして私はあるご家庭に秘密裏に伺う事になったのです。
その日、私はある婚約者のお二人を占う事になりましたの。女性側のお宅からのご依頼です。その女性は婚約発表を前にして幸せな筈なのに、落ち込む様子が増え、何か言いかけては言い淀む、突然泣き出す、など情緒不安定。お嬢様を心配したお母様からお嬢さまには内緒のご依頼です。
占い結果をお母様にお伝えしました。
「ここだけのお話としていただきたいのですが、彼はマザコンですわ」
「まざこん?」
「失礼しました。占い用語を使ってしまいました。母親に成長してもなお依存している方のことですわ」
「え?」
「母親の話ばかりしたり、細かなことまで母親と比べたり、何かを決める時には母親に確認したり、そういう言動が多い方です。お嬢さまに自分の母親のように振る舞うことを無意識に求めるタイプですわ」
「まさか!見た感じ、しっかりとした大人の男性ですのに……」
「お嬢さまはご自身を否定されて、自信を無くしている可能性があると思いますわ。彼は母親を賛美する反面、お嬢さまを否定しているはずです」
「なんてこと!」
この後、お二人の婚約が解消されて、娘が元気を取り戻した、と嬉しそうな連絡を頂戴して私もホッとしましたわ。
あの時はお伝えしませんでしたけど、娘さんが寝室に入るとそこで母親の膝に頭を乗せて頭を撫でてもらっている夫の姿を目撃する、という未来が水晶玉に映りましたの。
恐ろしいものを見てしまいましたわ。あの優越感に浸った母親の目。女性としてどちらが上かマウントしたあの表情。エゲツなかったですわ。
ある日、学園の廊下を歩いていましたら、脳内を稲妻が走りましたの。消えたはずのはるかの再来ですわ。自分の登場に効果を付けたかったとかで、雷のイメージを脳内に送ったんだ、とご満悦でした。私、死んだかと思いましたわ。
その時のショックでふらついた私を支えてくださった殿方が今の私の夫ですわ。伯爵家の次男の彼は、次男、つまり継ぐものがない、その上騎士でもなく、ないない尽くしのお見合い二十連敗。傷付いた男性でしたの。
私も次女で継ぐものがない、と彼は思っていたのですが、私は母方の侯爵家を継ぐことになっていますの。母のお兄さまが現侯爵なのですが、紆余曲折ありまして、奥さまとお二人で生きていらっしゃる愛情深い方が私を指名してくださったのです。
それを知った彼は市井で生きるつもりで貯金しまくりの日々から解放されて、好きなだけ学びたい、と旅に出る事になりましたの。今は伯父も元気なので、侯爵家の発展のための視察という名目で夫婦で各地を巡っております。
私はこの世界の占いを学んで更なる事業拡大を目指しています。ちなみに彼はマザコンではありませんわ。
そうそう、はるかは今は高い所にいて質問をすると答えてくれますの。おかげで占いの精度も更に上がりましたわ。以前から水晶玉で光景を見せてくれていたのもはるかだったんですって。感謝しかありませんわ。
そうそう、旅の途中でも占いをしましたわ。トラブルの方から寄ってくるというか、飛び込んで行ってしまうというか…… まあでも、そのお話は何か機会があったらお話するかもしれませんわね。
では、皆さま、さようなら。お元気で。
完