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ダンケルは勇者を待っている

作者: 川口黒子

 大陸の遥か北部、山と雪、そして小さな古屋が1つ。この場所にはかつて集落があり、そこで勇者が誕生し、次代の勇者を選定する剣をこの山の頂上に突き刺したという伝説があった。しかし集落は年月と共に廃れていき、今は年老いた老人がひとり住むだけである。


『剣の番人ダンケル』

 その老人にかつて付けられたあだ名だ。ダンケルは勇者が山の頂上に剣を突き刺して以来、その山の麓で剣を抜こうとやって来る者たちにある試練を課していた。


「お前の勇気を示してみせろ」


 この試練を乗り越えると、この世で最も険しく、その頂上は天を貫くと言われるその山の、まさに頂上へと一瞬で連れて行ってくれると言われている。実際に剣を突き刺した勇者もダンケルの力を借りて頂上に行った。


 ある冒険者は言った。


「俺は毎日危険な旅をしてここまで来たんだ。勇者になるためにな。勇気があると思わないか?」


 ダンケルは答えた。


「それは愚かである」


 ある商人は言った。


「私は更なる市場の発展のためにかの魔族との交渉を進めております!どうでしょう?誰も成し得たことのない勇気ある行動ではないでしょうか?」


 ダンケルは答えた。


「それは蛮勇である」


 ある勇者が答えた。


「僕はその剣が無くとも魔族を討ち滅ぼし、魔王を討伐した。剣は記念に貰いたいんだ。僕が勇者になった記念にね」


 ダンケルは答えた。


「それは偽りである」


 ダンケルは頑なに試練を突破させようとはしなかった。世間では"勇者"だと呼ばれている者ですら追い返したという噂が広がり、徐々にこの山を訪れる者はいなくなった。


 年月は恐ろしい速さで流れていった。空には鉄の鳥が飛び交うようになり、薄汚い空気が漂っていた。ダンケルはまだ生きていた。いつものように、古屋で勇者が来るのを待っている。


 ある日、大きな爆発音が鳴り響いた。世間から断絶しているこの山ですら少し揺れるほどだった。それは何回も、何回も聞こえてきた。空は曇り空に覆われて、気温が一気に低くなる。それでもダンケルは生きていた。いつものように、古屋で勇者が来るのを待っている。


 その後何千年もの間、山に訪れる者はいなかった。だがダンケルがいつものように古屋で勇者を待っていると、扉が規則正しい音で叩かれた。扉を開けると、そこには不思議な格好をした子どもが立っていた。頭には球体の被り物を着けていた。


「あなたはだーれ?」


 子どもが尋ねる。


「我が名はダンケル」


「ダンケル、偶然だね。僕の名前もダンケルだよ」


「そうか、ではダンケル。お主はこの山の頂上にある勇者の剣を抜きに来たのか?」


「いいや、違うよ。僕はね、いっぱい星を観光してるんだ。

 この惑星もそのうちの1つだよ」


「そうか、では帰れ」


「えー!もうちょっと話そうよ!僕の旅のお話とかどう?」


「興味ない。さっさと帰れ。我は勇者を待っている」


「……そう。ところで、ユウシャってだーれ?」


「勇気ある者だ」


「ふーん。自分で探しに行かないの?」


「勇気ある者と約束したのだ。頂上にある勇者の剣を相応しい者に渡すと。だからここを離れるわけにはいかん」


「勇気がある人なんて、世界にたっくさんいるよ?この星にだっていたかもしれない」


「我のもとへやって来た者たちは皆、自らの勇気を我の前で語った。だがそれらは勇気とは到底呼べぬ代物だった」


「ダンケルにとって、勇気ってなんなの?」


「それを示すのが勇気ある者の役目だ」


「他人任せだね!」


 子どもはニコニコ笑った。


「ではダンケル、お前は勇気を示せるのか?」


「ううん、無理だよダンケル。僕には勇気が無かった。だから僕は、僕が勇気を持てるために、ここまで来た。ダンケルはどうなの?ずっとここで勇者を待つの?」


「それが我の使命だ」


「それがダンケルの使命なの?」


「そうだ」


「だったら僕の使命でもあるね!」


 子どもは古屋の中に入り、老人を扉の外へと押し出す。


「ダンケル、この山の頂上に僕の船がある。その船を使って世界を旅してきなよ。見たことがないもの、面白いことが多すぎて、すぐにでも若返っちゃうかも!」


「だが、我には使命が———


「それは僕の使命だよ。ダンケル、あなたが見た景色を、出会った仲間たちの話を、帰ったら僕に教えてね。楽しみにしてるから」


 古屋の扉が閉まっていく。


「待て!ダンケル!」


 閉まりかけの扉の向こうで、ダンケルが小さく呟いた。


「お前の勇気を示してみせろ」


 扉が閉まる。


 老人は困り果てた。いくら扉を開けようとしてもピクリとも動かない。それに山の頂上にまで一気に飛ぶ魔法も使えなくなっている。老人は渋々、子どもの言う通り山の頂上を歩いて目指すことになった。


 子どもは小さな手で扉を押さえながら、今までの旅の思い出を頭の中で振り返る。多くの人間と出会い、彼らと共に旅をしてきた。勇気が無い人間なんてひとりもいなかった。だってみんな、死んじゃったから。死ねる勇気があったから。


 老人は山の頂上に辿り着く。頂上からの景色を見たのは、勇者と共に見たきりだった。勇者はここで自身の命を断ち、老人に剣を託した。


 それから老人は、死ねなくなった。


 剣はどこにも無かった。代わりに巨大な船がそこにはある。乗り方は知っていた。操縦の仕方も知っていた。


 勇者がかつて、教えてくれたから。


 老人は船に乗り、宙へとワープする。自分の星は灰色で、目の前の星も灰色だった。ルートはすでに定まっている。勇者が突き刺した剣こそが、行くべき場所の目印だ。


 ダンケルは小さくなった手でハンドルを握り、旅に出る。


 ダンケルはシワの増えた手で宇宙の服を脱ぎ、床に座る。


 今日もどこかで、ダンケルは勇者を待っている。


 だけど、それだけじゃない。


 今日もどこかで、勇者はダンケルを探している。


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