暗躍 その②
「そうですか。ブラックレイ大公もお人が悪いですな。そんな重要な仕事をあなた一人に押し付けようとするなど。かといって失敗が許されるというわけでもないのでしょう?」
「まあ、よくお分かりですね。その通りですわ、ブラックレイは実力至上主義。まだ若い私が役職に就けるのはそのおかげですが、同時に、ミスをすればそれまでなのです」
「……なるほど」
ロービスは深く相槌を打つふりをして、目の前の少女を口説き落す方法を探した。
これは武器輸入のきっかけを作るまたとないチャンスだ。
絶対に逃すわけにはいかない。
ロービスは勢い良く立ち上がった。
「アレサンドラ、私はお前を救いたいのだ。シュヴァルツェはブラックレイと事を起こす気などない。将軍の私が言うのだから本当だ」
「ええ、こんなに親切な将軍様がブラックレイ公国に敵対するなど、私は考えておりませんわ。……ですが、やはりそれだけでは、叔父様たちの疑念を取り除くことはできないでしょう」
「では行動で証明しよう。単身でブラックレイに赴き、直々に大公閣下へご挨拶したい」
「そんな! どんな目に遭うか分かりませんわ。叔父様はロービス様のことを最も警戒しています。無事に帰れる保証はありません」
「その程度の危険は承知の上だ。なにせ、敵意がないことを証明するためだからな」
「ロービス様……そんなに私の身を案じてくださるなんて………!」
アレサンドラの瞳に感動の涙が浮かぶのを、ロービスは見た。
ふふ、馬鹿な女よ、とロービスは内心ほくそ笑む。
あと一押しでこの女は私の要求を呑むだろう。そして十分な武器と弾薬を手に入れヤークト帝国を攻め落とせば、次はブラックレイ公国の番だ。
その用意が整うまでの仮初の同盟関係。もう少しでそれが実現する。
「私の身の潔白を証明するためならばどんなことでもしよう。アレサンドラ、何か良い手はないだろうか」
やがて――ゆっくりと、アレサンドラが口を開いた。
「叔父様たちを納得させる方法が一つだけありますわ」
「聞かせてくれ」
「結婚です。私たちが婚約すれば、シュヴァルツェ王国とブラックレイ公国の友好は深まります。そうなれば我々は互いに大陸の覇を争う必要がなくなり、二か国で協力して未来を築いていくことが――――」
アレサンドラは不意に言葉を切ると突然顔を赤くし、頬に両手を当てた。
「ご、ごめんなさい。こんな夢物語を――私、どうかしていましたわ。ロービス様にはもう、愛するメアリ様がいらっしゃるのに」
愚かなことを口走ってしまい申し訳ありませんでした、とアレサンドラは謝罪する。
だが、ロービスは怒るどころかむしろ、笑いをこらえるのに必死だった。
そうだ。よくぞ言った。
解決策があるとすればそれしかない。だが、そんなことをこちらから言い出すわけにはいかない。
望み通りの答えをアレサンドラから引き出したロービスは、敢えて難しい顔をして長考し、発言までに時間を掛ける。
そして、満を持して口を開いた。
「……その提案、乗ろう。アレサンドラ、私と一緒になってくれるか?」
「ロービス様……本気なのですか?」
「ああ、私の目的は争いのない世の中を作ることだ。ブラックレイとの空隙が無くなるのであれば、そしてアレサンドラを救うためであれば、私は妻を捨てる人でなしになっても構わん」
「……うぅ、ロービス様ぁ!」
目に涙を浮かべて抱き着いてくるアレサンドラを、ロービスは抱き止める。
その瞬間、ロービスは自分が世界の中心にいるのだと確信した。
素晴らしい。
すべて計画通りだ。
ブラックレイの武器が手に入るのであれば――もうメアリという名の魔女も必要ない。
この美しく御しやすい少女を傍に置いておく方がよほど良い。
「……あの、ロービス様」
「どうした?」
アレサンドラはさらに身体を寄せ、上目遣いでロービスを見上げる。
見上げて――甘えるような声で言う。
「ここから先は込み入った話になります。いかがでしょう、ロービス様さえよろしければ、このあと少し、私が取っている宿でゆっくりとお話でも。そこなら誰にも邪魔されずに済みますから」
「なるほど、いい提案だ。だがそういうことならば、より適した場所を知っている。私が案内しよう」
ロービスのその言葉を最後に、二人は客室を後にした。
その後、翌日の昼を過ぎるまで、ロービスは屋敷に戻ってこなかった。
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