暗躍 その①
ロービスにとって、武器の製造元がブラックレイ公国であるということは予想していたものだった。
あのタイミングで反乱が起こることで、誰が一番得をするのか―――それを考えたときに真っ先に思いつくのがブラックレイ公国だったからだ。
反乱によって、シュヴァルツェ王国のヤークト帝国侵攻を長期化すれば、その両国は間違いなく疲弊する。
東方の大国であるブラックレイ公国にとっては、自国以外の大国が弱っていれば弱っているほど都合がいい――。
本来であれば、ロービスにとってブラックレイ公国もまた倒すべき敵である。
しかしヤークト帝国との決戦を控えた今、ブラックレイ公国から武器の供与を受けることで、ある種の同盟関係を結んでおくのは策として悪くない。今はヤークト帝国との戦いにのみ集中すべきだ。ブラックレイ公国とのことはヤークト帝国に勝った後で考えればいい。
それが、ロービスの達した結論だった。
問題はどうやってブラックレイ公国と交渉の場を設けるかだが――。
「…………」
ロービスはアレサンドラの豊かな金髪を見下ろした。
目の前にいる少女は、かの国を治める大公の血縁者なのだ。彼女を交渉の窓口に出来れば―――。
はやる気持ちを押し殺しながら、ロービスは毅然とした態度で話を続ける。
「せっかく屋敷まで足を運んでくださったのです。メアリの代わりに私が応対いたしましょう」
「あら、嬉しいですわ。パーティでお会いした時から、ロービス様とはいつかゆっくりとお話したいと思っていましたの」
「それは光栄です。では、どうぞこちらへ。客室へご案内いたします」
ロービスはアレンサンドラを連れて客間へ向かい、自慢の豪奢なソファまでエスコートする。
移動中に召使いに手配しておいておいた紅茶が運ばれてくると、ロービスはアレサンドラの対面に腰を下ろした。
「どうぞ、お口に合うか分かりませんが」
「ありがとうございます。……あら、大変美味ですわ。この紅茶はいったいどちらの?」
「シュヴァルツェ王国が誇る最高級品です。喜んでいただけたようでなによりだ」
「こんなにおいしい紅茶、ブラックレイでは味わえません。ふふ、来て良かったです」
そう言って、アレサンドラは優雅に笑う。
その笑顔に不覚にも、ロービスは目を奪われてしまった。
彼はアレサンドラをブラックレイとのパイプ作りのために誘っておきながら、不覚にもそのことを忘れ他愛もない話で盛り上がってしまった。
観光中にアレサンドラが体験した出来事を楽しげに話し、ロービスがそれに相槌を打つ。
そんな、二人にとって心地良い時間が流れている中で、アレサンドラがふと口にした言葉によって、ロービスはようやく本来の目的を思い出した。
それは、アレサンドラがあとどのくらいシュヴァルツェ王国に滞在するのか――という話だった。
「まだ滞在されるのであれば、私が城下街をご案内して差し上げるのだが」
「素敵なお話ですわね。でも……残念ながらそういうわけにもいきません。実は、もうすぐ帰国する予定なのです。叔父から呼び戻されてしまって」
「叔父……ブラックレイ大公のことですね?」
ロービスは感情の変化を見せないよう平静を装う。
「ええ、そうです。早く戻ってきなさいって、電報で」
「ふっ、やはりあなたのように可憐な方をいつまでも異国で出歩かせておくのは不安なのでしょう」
「ロービス様ったら……!」
「ははは、天下のブラックレイ大公閣下といえども一人の人間というわけですな」
「もう、茶化さないでいただきたいわ。そんな理由ではありません。仕事です」
「ほう、仕事とは?」
「流通関係です。貿易商と言った方が分かりやすいかもしれませんわね。叔父様も私を重用してくださっているのですよ」
誇らしげに胸を張るアレサンドラは、自らの関わっている仕事の重要さを力説し始めた。
「ブラックレイ公国が武器の貿易で財を成しているのは、ロービス様でしたらご存じでしょう?」
「ええ、もちろんです」
「実は取引先のひとつがとある事情で武器を買ってくれなくなったそうですの。それが原因で膨大な在庫を抱えてしまったので、急いで帰国し対策を考えろ――それがおじさまからの電報の内容ですわ」
「なるほど、大公閣下から直々の連絡とは。あなたが優秀な方であるのは間違いないようですね。そしてどうやら幸運の持ち主でもいらっしゃるようだ」
「……? どういうことです?」
「つまり、新たな取引先が必要ということでしょう? それでしたら私に心当たりがあります。それも、ごく身近なところにね」
ロービスは声を潜め、アレサンドラに顔を近づけた。
ああ、とアレサンドラが声を上げる。
「まさか、シュヴァルツェ王国が新たな取引先になってくださるとおっしゃりたいの?」
「ええ、その通りです」
ロービスが答えると、アレサンドラはあの蠱惑的な笑みを浮かべた。
「ありがたい提案ですわ。でも、少し難しいかも」
「なぜです」
気まずそうに目を伏せ、アレサンドラは答える。
「叔父様はシュヴァルツェ王国の強靭な軍隊を警戒していますから。ロービス将軍の率いる百戦錬磨の軍団は、ブラックレイにまで知れ渡っているのですよ」
「なるほど。ご事情お察しします。しかし、余剰に生産した武器が資金に換えられないと困るのでしょう?」
「もちろんです。何分、かなりの数らしいので……大量の買い手を見つけるか、それとも大口の取引先を見つけるか……どちらにしても困難な方法です」
アレサンドラは悩ましげに、眉間にしわを寄せる。