不吉な予兆 その②
異常事態を伝えるべく本陣にやってきた伝令に、ロービスは苛立ちを見せた。
「あとは追撃をかけるだけだろう。何をやっている!」
「それが……どうやら敵方は銃火器を使用しているようです。それもかなり高性能の」
「……何? 銃火器?」
言いつつ、ロービスは納得もしていた。
反乱を起こそうなどという考えに至ったのも、最新鋭の銃火器を入手したからか、と。
「普段であればメアリ様の魔法によって致命傷には至らないのですが……」
「あの女がいなかったから負けました。では、国へは帰れんぞ」
「せ、戦況自体は問題ありません。今日中には制圧できるかと」
「当たり前だ。諸君らの奮戦を期待している」
「はっ!」
「まったく……役立たずな女だ。これで我が軍の士気が下がればヤークト帝国への侵攻に影響するではないか」
伝令が本陣を出ていくのを見届けながら、ロービスは椅子に座り物思いに耽る。
遠くで鳴り響く銃声。そして、その直後には人の悲鳴。
「しかし、最新鋭の銃火器など一体どこから手に入れたというのだ?」
数で大いに勝るシュヴァルツェ王国軍に、反乱軍は善戦した。
本来であれば有り得ないことだ。
それほど高性能な武器があれば、シュヴァルツェ王国軍は更に強くなる。
補助魔法などという不安定なものに頼らずとも勝利を収めることができる。
一刻も早く調達ルートを調べなくては。
ロービスは銃火器を導入するための資金源や訓練の仕方、作戦での運用方法を想像し、胸が躍るのを感じた。
その闘争本能に駆られた思考の中には、当然ながら―――メアリの容態のことなど一欠けらもありはしなかった。
◆◇◆◇◆
数日後。
ロービスは屋敷の自室にて、将軍の執務を行っていた。
反乱を鎮圧した際にシュヴァルツェ王国軍にも被害が出ており、また、兵も疲弊してしまったことから、ヤークト帝国への侵攻を延期せざるを得なかったのだ。
そのためロービスは侵攻の準備も兼ねて王都へ戻って来ていた。
「補助魔法など、当てにしたのが間違いだったのかもしれんな」
様々な報告書に目を通しながら、彼は未だに復調しない婚約者、メアリへの不満を口にした。
いつまでたっても自室から出てこず、将軍の婚約者としての役目を果たそうとしないあの女。これでは新たな侵攻計画を練ることもできない。
そもそも婚約の話を受けたこと自体が間違いだったのかもしれない。
莫大な魔力を持ち、優れた補助魔法の才能を持つ少女―――国王から聞いたのはそんな話だった。
が、こうも調子を崩されるようでは戦力として考えられない。
メアリの運用方法もまた、ロービスにとっては悩みの一つだった。
「まったく……迷惑をかけてくれる」
大きなため息をつき、何か軽食でも取ろうかとロービスは部屋を出た。
無意識のうちに二階へ続く階段へ視線を向ける。その階段の先にはメアリの部屋があり、メアリは今も部屋の中で眠りについているのだった。
体調不良というのは本当だろうか。それとも、わざと具合が悪いふりをしているのだろうか。戦場へ行かずに済むようにするために。
そのように怠惰な精神を持ち合わせているから、ドリッシュ家は落ちぶれたのだ。自業自得だ……そんなことを考えていたロービスは、思わず足を止めた。
正面玄関に立つ、見慣れない人影が目に入ったからだ。
それは煌びやかな金色の髪をなびかせる少女だった。
ちょうどそのとき、向こうもロービスに気付き深く頭を下げた。
「ごきげんよう、お目にかかれて光栄です。ロービス様」
可憐な声で、少女は言った。
「あなたは確か、ブラックレイ大公の……」
「はい。閣下の姪のアレサンドラです」
「ああ、そうでしたね。しかし、なぜ私の屋敷に?」
「先日のパーティで訪れた時からこの国のことが気に入って、あれ以来ずっと観光のために滞在していたのです。メアリ様が倒れられたと聞きましたので、本日はそのお見舞いに」
「ほう。大公代理自らお見舞いとは恐縮です。それで、メアリとはお会いになられたのですか?」
ロービスの問いに、アレサンドラは悲しげに目を伏せた。
「それが……今は人と会える状態ではないそうで」
「ふん、どうだかな。あいつはいつもそうなのですよ。戦いでの疲労が大きいだのなんだのと言い訳をして、長々と休暇を取りたがる」
「まあ、いけませんわ。そんなことを仰っては」
「あなたのような美しい女性の善意を無下にしたのですよ。小言の一つも言いたくなるでしょう」
「あら、美しいだなんてそんな……」
「なあに、正直な気持ちをお伝えしたまでです」
「まあ、将軍様ったら」
顔を紅潮させるアレサンドラの反応を見て、ロービスの心は高揚する。
それには、美しい少女との会話を楽しんでいるというだけではなく、先の戦いで敵が使用していた最新鋭の銃器の出所が関係していた。
メアリの補助魔法よりも安定しており、確実に戦力を増強する役割を果たすことが出来るとして、ロービスは王都に戻ってからありとあらゆる手でその調査を進めていた。
そして、一つの国にたどり着いた。
それがブラックレイ公国だったのだ。