メアリ、令嬢の運命 その④
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数時間後、メアリは王宮で開かれるパーティの会場にいた。
窮屈なドレスが再び彼女の身を包み、メアリの顔には作り物の笑顔が貼りついていた。
「国王陛下が主宰される外交パーティだ。お前の席もある。陛下の寛大なお心に感謝するんだな」
セレモニーの時とは違い、メアリの席はロービスの隣だった。
お前のように醜い女を表に出すなんてと、ロービスは何度も呟いていた。
外交パーティというだけあって、会場には周辺各国の要人たちの姿があった。
東方諸国の国王や外務大臣、そして侵攻によって新たにシュヴァルツェ王国の領地となった各地の統治を任されている役人たち……。
「ノッドカーヌ王国、ピンファ国王のご到着です!」
案内役の声の後、派手すぎない正装に身を包んだ若者が数名の部下を連れて会場へ現れる。
国王はにこやかに若者を出迎えた。
「ふん、成金風情が」
ロービスが、グラスの中の果実酒を飲み干しながら小声で言う。
「成金……?」
思わずメアリが呟くと、ロービスは不機嫌そうに顔を顰めた。
「顔だけでなく頭も悪いのか、お前は。あいつらは豊富な資源で金を儲けることしか考えておらん軟弱者共の集まりだ。いつでも滅ぼす準備はできているのだ。……将軍の婚約者ならば周辺諸国の情報くらいは把握しておけ」
「申し訳ありません」
とっさに謝るメアリを他所に、ロービスはピンファ国王に続いて現れた金髪の少女に目を奪われていた。
「おお……何者だ、あの娘は」
ロービスの疑問に答えるように、少女の従者の一人が声を上げる。
「ブラックレイ公国、アレサンドラ・ルーシュ様である!」
黒を基調とした豪奢なデザインのドレスに身を包んだ少女は、堂々とした足取りで会場を横切ると、国王の前で立ち止り、恭しくお辞儀をした。
「アレサンドラ・ルーシュでございます。ブラックレイ大公の代理で参上いたしました」
「おお、よく来てくださった。今宵はどうぞお楽しみくだされ」
「お招きいただき光栄ですわ。……最近めざましい活躍を挙げておられる将軍様はどちらに?」
「ロービス将軍であれば、あの席に」
国王がロービスの席に顔を向ける。
アレサンドラは振り返ると、堂々とした足取りはそのままに、ロービスの席の前へ歩み寄った。
慌てたようにロービスが立ち上がる。
「あなたがロービス将軍ですか?」
「……いかにも。わざわざお声かけいただき恐縮ですな。ブラックレイ大公とはどのようなご関係で?」
平静を装うロービスだったが、その声は少し上ずっていた。
「大公は私の叔父ですわ。代理として参りましたの」
「そうですか。お若く見うけられるが、立派に職務を務めてらっしゃる」
「ありがたいお言葉ですわ。それにしても意外でした。戦をすれば連戦連勝、シュヴァルツェ王国に勝利をもたらす稀代の将軍があなたのように素敵な方だったなんて」
アレサンドラは蠱惑的な笑みを浮かべた。
「……ふ、ふん。アレサンドラ殿は口が達者でいらっしゃる」
「あら? 私は正直なお気持ちをお伝えしただけですわ。……それではまた、ロービス将軍」
香水の独特な香りを残し、アレサンドラはロービスの席から離れていった。
アレサンドラの後ろ姿を見つめるロービスの表情は、メアリが今まで見たことのないものだった。
自分の婚約者が年端もいかぬ少女に誘惑される姿を目の当たりにしても、メアリは何も感じなかった。
そうか―――ロービスが自分を愛していない以上に、自分もロービスに対して何の感情も抱いていないのだ。
所詮は利害関係が一致したというだけの婚約。
しかしそれでも、メアリの居場所はここにしかない。
籠の中で歌うことを強要される小鳥―――センチメンタルな例えをするのであれば、メアリの状況はそれに近いのかもしれない。
「さすがはブラックレイ公国を代表してこられた方だ。それだけの美しさと魅力を備えておられる。お前とは大違いだな、メアリ」
「申し訳ありません」
ロービスの言葉に、メアリは機械的に答える。
そこへ、国王の従者が近づいてきて、言った。
「将軍、そしてドリッシュ家のメアリ嬢。陛下がおよびです」
「そうか。行くぞ、メアリ」
「はい」
先ほどの惚けた表情をどこかへ隠し、威厳ある将軍の顔に戻ったロービスに続いて、メアリも席を立つ。
二人が国王の席に近づくと、国王は立ち上がり上機嫌に言った。
「よくぞ戻った、ロービス将軍。貴公の働きには感謝の言葉もない。そしてメアリ・ドリッシュ。よく将軍を支えてくれた。此度の多大な戦果は貴公らの働きがなければ成しえなかっただろう」
「もったいなきお言葉です、国王陛下」
ロービスが膝をつく。メアリもそれに倣い、ひざを折って深く礼をした。
「外交パーティの場ではあるが、せめて貴公らの羽休めになればと思っておる。戦場へはいつ戻るのだ?」
「明日のうちには。ヤークト帝国の国境付近に斥候部隊が現れたとの情報もあります。兵の士気が高まっているうちに、帝国を陥落させる計画でございます」
「そうか。将軍の手腕をもってすればそれも可能だろう」
つい数年前まではヤークト帝国をはじめとする周辺諸国に怯えていたことも忘れ、国王は自慢の髭を撫でながら言葉を続ける。
「メアリ嬢との婚約、あれはわしが提案したものだったな。功を奏したようで何よりだ。ドリッシュ家という名は残らずとも、その血は貴公らの子供らに引き継がれることだろう。ロービス将軍の功績とともにな」
メアリは何も言わなかった。
国王がひとえにドリッシュ家の救済を思っての提案だったというのは疑いのないことだ。しかしそれが結局は母の死につながったのも事実だろう。
結局、ドリッシュ家という名前は消えるべくして消えたのだ。
ただ思うのは、そうまでして血を残す必要があったのかということだった。
戦場で血と汗にまみれるよりは、あの小さな庭で、母とともに草木の世話をしていたかった――――。
今のメアリにとっては、ドリッシュ家を没落から救うよりも、母と暮していられた方がよほど幸せだった。
そしてその幸せは、母を亡くした今、もう二度と手に入ることはないのだ。
メアリの後悔など関係なく、パーティの夜は更けていった。
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